宍戸さんには、お金が無い!第3話
  
    その5 〜二人の新入生〜 の巻



   七歳になり、念願の氷帝学園小等部への入学を果たした。

   父親は、自分が幼少期に通っていた英国の学校を希望していたが、俺は、

   どうしても日本で教育を受けたかったので、これだけは、譲る気は

   無かった。 日本には、あの子が住んでいるからだ。

   俺の心を虜にしてしまった『 長い黒髪の美しい少年 』の事を、二年間、

   一日も忘れた事は無かったし、彼が、同じ学園に通っている事を祖父に

   聞かされてから、再会できる日を楽しみにしていたのだった。

   俺が、期待に胸を躍らせて、黒沼と共にベンツで学園を訪れると、

   その駐車場には、小柄で、サラサラとした髪を耳の下で切りそろえた

   行儀の良さそうな少年が立っていた。

   「長太郎様、おはようございます。日吉若と申します。

    学園内では、私がお世話をする事になります。これから、毎日、行動を

   共にいたしますので、どうか、よろしくお願いします。」

   そう言ってお辞儀をする少年は、その丁寧な言葉とは、裏腹に、

   固い表情のまま二コリともしなかった。

   学園内の安全確保を気にした両親は、護衛の少年をつけてくれたのだった。

   彼は、俺と同じ年だったが、父親が武芸の達人で、要人警護のプロとして、

   すでにこの年で仕事をしているのだと聞かされた。

   日吉は、黒沼から俺の鞄を受け取ると、丁寧に中身を調べてから、

   「どうぞ、お持ちください。」と返してくれた。

   それから、駐車場を移動しながら、俺に小声でこのような説明をしてくれた。

   「私の存在は、学園長と担任教師には、話を通してあります。在学中は、

   必ず長太郎様と同じクラスで、目が届くように後ろの席に配置されます。

   それから、警護のため、授業予定のコースには、先に父の部下が下見を

   しています。それ以外の場所に行く場合は、必ず、行き先を私に伝えて

   欲しいのです。 

   長太郎様の制服の襟元と鞄には、発信機と小型のマイクが取りつけて

   あります。何か私に用事がある場合、声に出してくれさえすれば、

   すぐに私の耳に入ります。

   そして、予定外の場所へ出かける場合、長太郎様と共に、

   私も必ず同行する事になりますが、よろしいでしょうか? 」

   日吉は、手馴れた様子で簡単に警護方法を説明すると、駐車場の出口で、

   もう一つだけ付け加えた。

   「今後、私の事は、学友として呼び捨てでかまいません。なるべく、

   他のクラスメート達と同等に扱うようにお願いします。

   それから……。申し訳無いですが。私も、長太郎様とお呼びするのは、

   この時点で最後になります。これからは、『 鳳 』と敬称無しで

   呼びかける事になります。こちらの件も、よろしいでしょうか? 」

   俺は、このボディガードの真面目な態度と、律儀さに好感を持った。

   「俺の事は、どう呼んでもかまわないよ。これから、学校では、

   ずっと一緒なんだね。よろしく。えっと……。日吉若君。」

   そう言った俺に、彼は、無表情のまま業務口調で答えた。

   「私の名前は、『 日吉 』と呼び捨てで、けっこうですよ。」

   「うん。そうか。日吉だね? 」

   素直にそう呼び変える俺に、日吉は、ニヤリと笑い、ガラリと口調を変え、

   このように告げたのだった。

   「では。これから、入学式が始まるので、鳳は、それに参加するように。

   会場で、黒沼さんがハラハラしながら、待っているだろうから。

   寄り道は無し。

   鳳を会場まで道案内したら……。俺は、真っ先に保健室に行きたいね。

   学園長の訓辞は、気が遠くなるほど長い。俺は、保健室で昼寝を

   すると言う対抗策で、それに太刀打ちしたい。

    まあ、何かあったら、衣服についているマイクに向かって話をすれば、

   俺の親父がかけつける手はずだ。格闘技しか取り得の無い乱暴な

   男だけど、ガードとしてなら、まあまあ使えるよ。

   今日は、そういう予定だ。以上。 」

   日吉若は、普段は無口なのだが、言葉を発するとかなりの毒舌家であった。

   そして、年齢とは不相応の、大変な皮肉屋でもあった。

   俺は、その変貌ぶりに驚きながらも、普段から癖のある大人達に

   囲まれて育っていたので、ひるむ事なく、このように返答した。

   「そうだね。昼寝を楽しむには、良い季節だし、きっと保健室のベッドは

   柔らかくて気持ち良いんだろうね。

   俺も、日吉と昼寝に行きたいのは、山々だけど。

   その前に行きたい場所があるんだ。

   だから、『 寄り道無し 』だけ却下だ。今から、案内してくれないかな?」

   入学式など最初からどうでも良い……と言わんばかりの、俺の台詞に、

   今度は、日吉が飽きれた顔をした。

   それでも、雇い主の言い分に従って、二年生の校舎まで案内してくれた。

   俺が、この学園に入学した目的は、たった一つだけ。

   一目ぼれした少年に再会する。

   そして、今度こそ、仲良くなってみせる。

   それを果たすために、俺は、氷帝学園に入学しようと思ったのだから……。

   日吉と訪れた二年校舎には、思い人の姿は無かった。

   それどころか、誰の姿も校舎内には無い。それと言うのも、一年生以外は

   全て春休み真っ只中で、まだ、授業は始まっていないからだった。

   俺が、目的を失い呆然と立ち尽くしていると、背後に立っていた

   ボディガードが、静かに口を開いた。

   「……宍戸亮なら、部活中じゃ無いかな? たぶん、この時間なら

    基礎トレが終わって、二年生の部員達と第一コートで乱打を

    始めているはずだけどな。」

   「お前……。な、な、な、何で、そんな……。」

   俺は、日吉若の言葉に激しく動揺していた。

   何で、この男が、俺の好きな相手を知っているんだ?

   どうして、宍戸亮がドコにいるのか、そんなに詳しい情報を

   持っているんだ? 

   そう訊ねようとしたが、頭が混乱していたので、なかなか言葉が

   出てこなかった。

   日吉は、うろたえて顔を真っ赤にしている俺の背中を押すようにして、

   氷帝学園の小等部にあるテニスコートまで案内してくれた。

   「勘違いしないで欲しいけど……。俺は、興味本位で調べたわけじゃ

    無いからな。これも仕事のうち。鳳家の関係者なら、大抵の人間の

    情報は、この頭の中に入っているんだよ。」

   彼は、一度見た相手の顔と、読んだ調査資料は必ず記億して

   しまうのだと言う。そういう訓練を父親から受けてきたらしいので、

   ボディガードとしての優秀さは、感心するばかりだった。

   「宍戸亮。氷帝学園初等部二年B組。

    九月二十九日のてんびん座生まれ。血液型は、B型。

    今、一番興味のある事は、テニス。

   入学した当初、前の席に座っていた跡部景吾に誘われて入部。

   最初は、興味本位だったが、負けず嫌いで上達が早く、来年には、

   三年生で異例のレギュラー取りの可能性が大。

   ただ、難点は、背の低さと骨格の細さ、それに伴うパワー不足。

   それを足の速さと反射神経でカバーしている。」

   まるで何かの書類でも読むように、そんな事を話す日吉は、

   いたずらっ子のような顔をすると、こんな内容も俺に聞かせてくれた。

   「彼の昼飯は、いつもサンドウィッチなんだ。本人は、好きだから……と、

   言っているけれど。本当は、部室で着替えをしながら食べやすい

   からだな。昼飯を食べるのも、時間がもったいない。そういう事。

   とにかく、人よりも早くコートを取りたいらしい。

   単純思考のテニス馬鹿って事だ。

   だから、彼に会うなら、テニスコートを探した方が早い。」

   一人言のように宍戸亮の情報を話ながら、日吉は、南グランドにある

   テニスコートまで、俺を連れていってくれた。

   到着してみると、確かに、テニスウェアに身を包んだ子供達が、黄色の

   ボールを追いかけて走り回っている。

   「このテニス部は、かつてプロ選手も輩出しているので、関東では名が

   知られている。だから、授業にもテニスを取り入れるくらい、学園側も

   熱心なんだよ。ほら、見てみろよ。ガキの遊び場にしては、なかなか

   良い設備だろ? 」

   小等部の第一コートは、八面あったが、土は綺麗に整地され、夜間にも

   使用できるように照明設備がついていた。隣には、シャワールーム完備の

   部室まであるらしい。

   「でも、無駄な出費だろうね。この学校に通えるくらいの生徒なら、みんな

   家にテニスコートくらい持っているし、いくらでもテニススクールに

   通えるし、プロのコーチに指導も受けられるじゃないか……。」

   日吉は、小声で皮肉な台詞を吐いていたが、俺は、そんな事は聞いて

   いなかった。

   いや、耳には、言葉がきちんと届いている。しかし、それを理解するには、

   脳が働かないのだ。

   夢にまで見た彼が、今、俺の目の前にいるからだった。

   五十人近い子供達が練習していたが、俺には、一瞬で『 宍戸亮 』の

   姿を見つける事ができた。

フェンスの向こうで、ひときわ背丈の小さな少年が、細い身体に

   似つかわしくない大きなラケットを振り回しながら、力強くコート内を

   走っている。

   後頭部で束ねてある長い黒髪が、身体のひねりに合わせて左右へと

   なびいている。飛び散っている額の汗が、春の日差しに光り輝き、

   とても美しく見えた。

   そして、彼は、他の部員達と楽しそうに、大きな笑い声をあげている。

   今、この時を楽しんで生きているのがわかる。

   (昔と、何も変わっていない。)

   俺は、二年前の出来事を反芻しながら、初恋の人との再会に

   感動していると、日吉が、予想もしていなかった言葉をかけてきた。

   「ふ〜ん。あれが、次期当主の『 未来の妻 』になる相手ねぇ。

   今まで、そういう前例は無いと聞いたけれど。相性が良ければ、

   女じゃ無くても大丈夫なの? 」

   「つ、つまッ? 未来の妻ッ? 」

   その不可解な発言で、すっかり驚いてしまっている俺に対して、

   日吉は、怪訝な表情をした。

   「確か、彼は、許婚って話ですよね? 御大が、彼を養子にして、

    この学園にわざわざ入学させたと聞いているんだけど……。

    まあ、男同志の婚姻は、養子縁組するしか無いからね。」

   理解できずに押し黙っている俺の態度を、日吉は、どう解釈したのか

   知らないが、一人で納得したような顔をして、さらにこのように言った。

   「御大の財産と言ったら、どこかの国の国家予算並だ。それなのに、

   遠縁の子供を養子にして、相続権が動いたと知られたら大騒ぎだろうな。

   そういう事情は、俺も親父も良くわかってますから。

   任せておいてください。秘密は守ります。」

   自分の知らない場所で、どうやら、おかしな話が進行している事に、

   俺は、やっと気がついた。

   「養子縁組? 俺との婚姻? それは、全て本当の話なのか? 

   一体、いつから、そんな事になっているんだ?

   宍戸さんは……。その事をきちんと知っているのか?

   ちゃんと納得して、この学園に通っているのか? 」

   目の前にいる日吉に、掴みかからんばかりの剣幕で捲くし立てる俺に、

   彼は、冷静な態度を崩さずに答えた。

   「次期当主になる鳳長太郎が知らない事を、俺に、聞かれても

   困るんだけどな。俺も、詳しい事情は知りませんよ。

   宍戸先輩本人は、どうかわからないけれど、彼の両親は知っていると

   思いますよ。どうせなら、本人に直接、事情を聞いたら、どうですか? 

   ここで言い争っても意味は無いしね。」

   日吉は、そう言うと、コートの中へ声をかけた。

   「練習中にすみませんッ! 二年生の宍戸亮先輩に話があります。

   少しの間で済むので、お願いしますッ! 」

   入学式のために、綺麗な三つ揃いのスーツを着た少年二人組へ、

   テニス部員達の視線が集まった。

   その中で、名前を呼ばれた当事者の宍戸亮が、何事かと驚いた顔を

   したまま、足早にやってくる。

   持っているタオルで顔に浮かんだ汗を拭きつつ、接近してくる彼の姿に、

   俺は、心臓が飛び出してしまいそうになった。

   「……何なんだ? お前ら。一年坊主だろ? 俺に何か用なのか? 」

   宍戸亮は、とても不機嫌な顔をしており、ぶっきらぼうな口調で

   そう言った。熱心にテニスの練習をしている最中に、見知らぬ子供に

   呼ばれ、中断させられたのだから、それは当然の事だろう。

   俺は、あんなに会いたかった少年と対面する事になったのだが、何を

   話して良いのかわからず、頭の中が真っ白になっていた。

   「……おいおい、何を押し黙っているんだよッ! 

    用が無いなら行くぞッ! ったく、ふざけんなよッ! 」

   宍戸亮は、馬鹿にされたと思ったのか、イラついた様子で踵を返すと、

   コートの中央へ向かって走り出した。

   俺は、みるみるうちに遠ざかってゆく彼の後ろ姿に、必死で声を

   かけたのだった。

   「宍戸さんっ! 俺の事を覚えていませんか? 」

   宍戸亮は、その声に立ち止まると振り返った。そして、俺の顔を

   ちらりと見たが、首をかしげると、こんな悲しい台詞を投げて

   よこしたのだった。

   「お前みたいなヤツ、知らねぇ〜よッ! 

   ここは、テニス部の練習場所だぞッ! 部外者が入ってくるんじゃねぇッ!

   今度、お前らを見かけたら、問答無用でたたき出すからなっ! 」

   せっかく会えた初恋の相手に、そんな厳しい言葉を投げかけられて、

   俺は、歯を食いしばると、その場から離れた。

   頭を垂れて、走るように移動する俺の後ろを、バツの悪そうな顔をした

   日吉若が追いかけてきた。

   「すいません。どうも、マズイ事をしたみたいですよね? 

   まさか、二人がこんなに仲が悪いなんて、思ってもいなかったから……。

   やっぱり、宍戸亮は、当主を許婚だなんて、考えてもいないって

   事ですかね? 

   まあ、男同志じゃあ、それが普通の反応かもしれないけどな。」

   そんなボディガードの心無い台詞が、俺の心の傷をさらに広げた事に、

   日吉は気がつかず、こんな事までつけくわえて駄目押しした。

   「宍戸亮は、テニス以外には、まるで興味が無いからな。

    好きな女もいないし、初恋もまだ。そんな相手に、愛だの恋だの

   言っても仕方が無い。当主の事を覚えていなくても、当然でしょう。

    だいたい、五歳の時に、たった一度だけ会った人間の事を

   覚えている方が……。実際、そっちの方が変だよ。」

   日吉の台詞に、俺は、立ち止まった。

   さすがに、空気の読めない専属ボディガードも、自分の発言に問題が

   あった事に気がついたのか、気まずい顔をしながら、俺の顔を

   覗き込んできた。

   「俺、親父にも良く注意されるんですが……。言葉が足りないと言うか。

   話せば、話すほど、いつも墓穴を掘るから、なるべく無駄口はきかない

   ようにしているんですよね。今回は、俺の不注意でした。反省してます。」

   俺は、恐縮している日吉の顔をまじまじと見つめると、五分前に

   思いついた事を説明した。それにより、今度は、このボディガードの方が、

   度肝を抜かれる事になった。

   「日吉。俺は、これから家に帰るよ。すぐに車を呼んで欲しい。

   大至急、やらないと駄目な事ができたんだ。」

   日吉は、状況を把握できずにいた。

   「やりたい事? でも、入学式は、どうするんです? 」

   「そんな物は、どうでも良い。お前だって、保健室で昼寝をするつもり

    だったんだろ? そんなに暇なら、俺のやる事を手伝ってくれ。

   それで、今回の言動に対しては、一切、お咎め無し。

   チャラにしてやる。」

   日吉は、俺の横柄な態度に驚いている様子だった。

   俺は、幼少期からこういう姿勢で生きてきた。氷帝学園で生活をする上で、

   礼儀正しい良い子を演じているだけだ。

   俺は、鞄に仕込まれたマイクに向かって、息子を貸してくれるように

   日吉若の父親に話を通した。

   それから、外国に仕事で出かけている父親に携帯電話で連絡を取ると、

   こんな頼み事をしたのだった。

   「家にナイター設備のあるテニスコートが欲しいんです。

   それも大至急、用意してください。 それから、優秀なテニスコーチも

   雇って欲しい。 生徒は二人です。俺と、日吉若君のテニスウェアと

   ラケットの準備も、よろしくお願いします。」

   日吉は、この時になり、やっと事態が飲み込めた様子だった。

   「えっ? テニスを習うのか? これから、すぐに? 

    何で、俺まで一緒にやる必要があるんだ? 」

   出会ったばかりの三十分前は、ポーカーフェイスだった日吉の

   驚愕した顔を、俺は、満面の笑みを浮かべて眺めていた。

   「だって……。一人じゃあ、試合も練習も出来ないだろう? 

   テニスは、二人いないと打ち合えない。だから、日吉が、

   雇い主の俺に協力するのは、当然じゃ無いのか? 」

   「……おいおい。ちょっと待ったッ! 俺が雇われたのは、

   ボディガードで、テニスの練習相手でも、世話係でも、無いはずだろ?」

   「そうだったか? 最初の挨拶で、『これから、学園では、ずっと一緒。』

   と言ったのは、お前の方だろ?

   俺がテニス部に入ったら、もれなくボディガード君も一緒に入る事に

   なるんだよ。これからも、よろしく。」

   「……。鳳。お前、本当は、二重人格なんだろ? どこが温室育ちで、

    礼儀正しいお坊ちゃまなんだよッ! 割増料金を請求するぞッ! 」

   俺は、その台詞に笑ってしまった。

  「嫌味ばかり言うボディガードほど酷くは無いね。人の恋路の邪魔を

   すると、こうなるんだ。良く覚えておくんだな。

   それから、ボディガードを雇ったのは、俺じゃあ無いぞ。文句があるなら、

   俺の父親に直接、言ってくれ。仕事を辞めるか、続けるかは、日吉の

   自由に任せるよ。」

   俺は、元来、こういう性格だ。

   鳳家の次期当主らしく、誰に対しても命令口調。幼少期から

   落ち着き払った態度が、子供らしくなく、可愛げも無く。

   傍若無人な振る舞いを良しとして生きてきた。

   けれど、人を愛する事を知って、少しずつ変わったのだ。

   日吉は苦笑すると、諦めたような顔をした。

   「恋路ねぇ。相手は、許婚の顔も名前も覚えていないようだけど……。

   なるほど、当主様の片思いって事情ですか?

   まあ、せいぜい頑張ってください。今のところ、悲恋の可能性が

   大きいですが……。俺には、そんな事は関係無い。

   とにかく、金さえ入れてもらえれば、働きますよ。首にならないように、

   テニスも、それなりにやってみます。」

   ボディガードも負けてはいない。

   日吉若は、まだ子供の癖に、やたら抜け目なく、妙に肝の

   据わった男だと、俺は思った。


                   ★


   この日、俺は、日吉若のおかげで。五歳の誕生日に、祖父にオネダリ

   したプレゼントの中身を自覚する事になった。祖父は、本気で、

   孫の俺に『 宍戸亮をプレゼントする 』つもりだったのだ。

   あの祖父の場合、自分の所業を取り消すと言う事は、絶対に無い。

   俺の性格を、百万倍ゆがめたような人物だったからだ。

   宍戸亮を、孫と釣りあいの取れる立場に置くため、わざわざ養子に

   してしまう人間なのだ。

   今は、隠していても、必ず、他人に知られる日が来るだろう。

   その時、彼を守ってあげられるのは、同じ境遇の自分しかいない。

   そして、その事を伝えるにしても、宍戸亮と話す機会を

   作らなければならない。

   そのためには、テニス部に入部する事が近道だった。

   それも、彼と同等か、それ以上……。彼が視線をそらす事の

   出来ないくらい優秀なテニスプレーヤーにならなくては、駄目だった。


   俺は、……。

   心底、馬鹿に違いない。

   そのためだけに、家にテニスコートを作り、これから、必死になって、

   テニスを習うつもりなのだから……。




        その6 〜発病〜の巻 へ続く→ 行ってみるその6・発病 


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