宍戸さんには、お金が無い!第3話 その6 〜発病〜 の巻 それからと言うもの、俺と日吉は、テニスの練習に時間を費やし、中等部に進級 してから、やっと念願のテニス部に入部する事ができた。 そして、部活の先輩、後輩と言う立場で、あの宍戸亮と挨拶が、かわせるように なったのだった。 会話で無くて、挨拶だ。 彼に、「おはようございます。」と言う。 会った時には、「宍戸さん。」と名前を呼ぶ。 そんな些細な事だけで、俺の生活は充実していたし、部活をするのが楽しくて 仕方無かった。 それまでに、六年の歳月がかかった理由は、母親と執事の黒沼が入部に 反対していたせいだ。小等部に入学する前、息子を外に全く出さないように 隔離していたくらいなのだから、それも仕方が無い。 日吉若は、鳳家の人間に信頼されており、彼も一緒に部活に入る事で、 やっと大人達を説得する事ができた。一緒に騒ぎに巻き込まれてしまった日吉は、 六年間、死ぬほど、うんざりした事だろう。 中等部の入学式で、そんな事を言う俺に、日吉は、また人を食ったような顔を向けた。 「ここまで来たら。 当主が告白する決定的な瞬間を拝むまで、納得できん気が するのでね。 最後の最後まで付き合いますよ。 他人の片思いなんて、成就しても、玉砕しても、別に俺のせいじゃ無いから。 こっちは、気楽なモンだしね。 それよりも、ちゃんと正レギュラーになってくださいよ。 そうじゃあ無ければ。 テニス部に入った意味が全く無い。 そういう無駄骨が、俺は一番嫌ですよ。 だから、今の段階で、恋路の一番の難関は……。 あなたのノーコンなんじゃ無いですか? 」 どこまで本気なのか、相も変わらず失礼な日吉の言葉でも、俺の心は、それを 聞いて和んでしまった。 彼は、毒舌ばかり吐く人間だが、俺の周りでゴマをする 連中とは根本的に違っている。 信頼できる相手だ。 宍戸亮は、去年の大会で、すでに正レギュラーの一人として活躍していた。 俺と日吉も同等のレベルまで行かなければ、話にならない。 日吉は、これでも、俺を叱咤激励したのだろう。 ★ テニス部に入部し、一ヶ月が過ぎた頃、正・準レギュラーの先輩達と対面する 機会が与えられた。 これを、俺は待っていた。 その日、新入生達は、初めてコート内に入る事を許可され、それまで、基礎トレと ボール拾いばかりだったので、感動している者が多かった。 今日の練習は、二年の先輩達が球出しをする。それを、新入部員が打ち返し、 どのくらいの力量があるか、監督と三年生が見定める。これは、ポジションを 決定するために、とても重要なテストを兼ねた練習であった。 俺と日吉は、これまで大会に出場した事が無かったので、初心者として、 全くマークされてはいない。 その方が好都合だったので、二人とも素知らぬ顔を していたが、テニス部員全員のデータを得ており、前日まで、時間をかけて対策を 練ってきた。 そのため、普段の調子なら、何て事の無い練習内容だった。 ところが、俺は、その日、朝から調子がおかしかった。 身体が熱っぽく、倦怠感が強い。喉が渇くのだが、水をいくら飲んでも口の中が、 すぐにカラカラに乾燥してしまう。 念願だった宍戸亮と練習できるから、もしや緊張しているのだろうかと、 考えたりもした。 練習が始まると、思った以上に俺の調子は、最悪で、いつもなら打ち返せる球を 思ったコースに返す事ができない。 重い身体を引きずり、冷や汗を流しながら、必死でボールに喰らいついていた。 それでも、何とか及第点をもらったようで、名前を呼ばれ、コートに残された。 これから、選ばれた一年生だけが先輩と試合を行う。 ある程度の力があり、即戦力になると思われる新入生だけが、与えられた チャンスだった。うまくすれば、秋には準レギュラーに上がれる可能性がある。 日吉は、一年の中でもダントツの出来で、先輩相手でも接戦を繰り広げ、 ゲームポイントも奪っていた。 それに比べて、俺は、あまりにも冴えない姿をさらしていた。それも、間の悪い事に、 試合の相手として監督に指名を受けたのは、宍戸亮だった。 彼は、さっそうとした姿で、コート内を走り回っている。どこに打ち出しても、 強烈なライジングを決めてくるのだ。 俺も、今までの練習成果を見せたい場面だと言うのに、全く身体が言う事を きいてくれない。 かろうじて、高速サーブが入り、数回、サービスエースをもぎ取ったが、試合には、 ストレートで負けてしまった。それも、ダブルフォルトで相手に点を取られ、 早々に自滅した。 無言で去ってゆく宍戸亮の背中を見ているうちに、俺は、意識が 遠くなってゆくのを感じた。 長い彼の黒髪が、風になびいている姿が、徐々に白くかすんでゆく。 コートの真ん中で、試合終了のコールと同時に、俺は、崩れ落ちるように 地面に倒れたのだった。 次に意識が戻った時、視界の中にあったのは、白い天井と蛍光灯の光だった。 それが、グルグルと激しく回転するので、気分が悪くなり、またすぐに目を閉じた。 辺りから、かすかに消毒液の匂いがする。きっと保健室に運び込まれたのだろう。 そして、自分が寝ている場所は、そのベッドに違いなかった。 頭には氷枕が当たっているようで、ひんやりと冷たかった。 しかし、身体の方は、内部から燃えているように熱くなっている。 けれど、風邪を 引いた感じではなく、熱と眩暈の他には、何も自覚症状は無かった。 「おい、鳳、気がついたのか? 体調が悪いなら、部活は休めッ! すぐに医者に行けッ! 自己管理を徹底するのも、選手の責任なんだからな。」 その怒声に、俺は、驚いて目を開けた。こんなに近い耳元で、彼の声を聞いたのは、 子供の頃以来だと思った。 「あなたが……。保健室に運んでくれたんですか? ずっと、ついていてくれたんですか? 先輩のあなたが……。」 ベッド脇に椅子を出して座っていた宍戸亮は、その言葉に、苦笑しながら答えた。 「お前……。俺のスマッシュを喰らった後で、コートにぶっ倒れたんだぞ。 打ちどころでも悪かったかと思って、本気で焦ったんだからな。 とにかく、無茶をするのは、よせ。 どんなに大事な練習でも。 身体を壊したら意味がねぇだろうが。 それから……。ここまでお前を運んだのは、樺地と日吉だからな。 そんな巨体を、俺が運べるかっつ〜のっ! 」 俺は、怒っている宍戸亮の顔を見ながら、涙が滲んできた。情けない事だが、 こんな風に、彼が心配してくれているのかと思ったら、感極まってしまったのだ。 宍戸亮は、俺の眼に涙が滲んでいる事に、気がついた様子だったが、 泣いている理由は、死んでもわからないだろう。 「お前……。そんなに調子が悪いのか? どこか痛い所でもあるのか? 日吉が、お前の家に連絡しているらしいから、迎えが来るまで、 もう少し我慢しろよッ! 」 そう励ましながら、宍戸亮は、俺の額に当てられた濡れタオルを交換しようとして、 手を伸ばしてきた。 彼の柔らかな白い指が、俺の顔にそっと触れた。 そのとたん、接触した指先から、俺の顔にめがけて、ビリビリとした熱い電流の ような物が走っていった。 それは、凄い速さで背骨を抜け、俺の下肢までいっきに痺れさせる。 俺は、汗を噴き出しながら、海老のようにのけぞると、全身を激しく震わせた。 えもいわれぬ昂揚感と開放感を感じ、俺の下肢は、失禁したように熱く 濡れそぼった。 性に関しては、知識はひと通り持っている。 しかし、このように、何の前触れも無く、突然、射精するなんて事があるのだろうか? 俺は、たった今、発生した事実に脅えながら、毛布の中で隠しつつ、右手を下着の 中へ差し込んでみる。 陰茎が激しくひくつきながら。濃い液体を吐き出し続けているのがわかる。 すぐに、俺の右手は、糊のようにヌルヌルとした液体で汚れてしまった。 射精は、まだ、止まらない。 右手で根元を握って押さえても、止めどもなく溢れ、流れた液体が シーツまで濡らしていた。 「宍戸さん。宍戸さん……。」 俺は、どうして良いのか、わからずに、嗚咽を上げながら、彼の名前を呼んでいた。 そうしながら、身体は痙攣したように跳ね上がり、尿道に残った全ての精を放出した。 宍戸亮は、苦しんでいる後輩を労わるように、俺の汗ばんだ額を撫でていた。 彼から見たら、高熱でうなされているように見えるのかもしれない。 彼の手のぬくもりを感じながら、俺の体温は、さらに上昇を続けた。喉も渇ききり、 激しい飢餓感を感じている。 そして、身体中で何かを欲しがっていた。 激しく強い衝動が湧き上がる。 たまらず、俺は、精液で汚れている右手で、陰茎をゆっくりと擦り始めた。 先ほど精を放出したばかりだと言うのに、俺のモノは、すぐに膨らみ、 ガチガチの石のように硬くなってしまった。それを必死に擦りあげる。 また、すぐに射精しそうだ。 俺は、目を大きく開け、すぐ頭の上にある宍戸亮の心配そうな表情を見た。 彼にこうやって見つめられていると、興奮のあまり何度でも射精できそうな気がした。 もし、擦っているのが、自分の手では無くて。彼の柔らかい白い指ならば、 どんな感じなのだろうか? 彼も、きっと自慰くらいするだろう。 どのように、快楽を貪るのだろうか? こんな美しい人でも、浅ましく、喘ぎ声を出してイクのだろうか? 幼少期に見た、あの細い腰を降りながら、射精するのだろうか? 俺は、そんな事を想像しているうちに、また、頂点を迎えた。 腰を激しく振り上げる ようにして、精液を撒き散らす。それも、目の前にいる宍戸亮に向けて放っていた。 彼の整った顔や、長い黒髪に、俺の精液がかかるのを想像して、 とてつもなく興奮した。 綺麗に筋肉のしまっている白い体が、精液にまみれて汚されてゆく。 胸元の桜色をした乳首にも、細い腰にも、艶のある太股にも、疎らに生えている 若草のような陰毛にも。 俺は、白く濁った欲望の証をかけ続けた。 宍戸亮は、嫌がる様子もなく、暖かな笑顔を浮かべたまま、自分の手と口でも、 それを受け入れた。 飲みきれなかった精液が、彼の口唇からトロトロと零れ落ちていた。 けれど、それは、想像の産物であり、実際に汚れたのは、俺の制服と毛布と ベッドカバーだけだった。 俺は、二度目の射精の余韻にひたり、息を乱しながら、実物の宍戸亮に向かって、 綺麗なままの左手を差し出した。 彼は、一瞬、不思議そうな顔をして、それでも、その手を握り返してくれた。 俺は、強く彼の腕を引き、このまま抱き締めようと考えていた。 そして、力づくで組み敷いて……。 俺は、その時、とてつもなく邪な考えに囚われていた。 彼を犯したい。 溢れる精を、彼の中で放ちたい。 彼の身体も心も、自分の物にしたい。 美しい彼を、汚してしまいたい。 一体、いつから、彼に対して、このような欲望を持っていたのだろうか? けれども、そんな暴力的な行動を実行する前に、保健室にやってきた日吉若の おかげで、正気に戻る事ができた。 日吉は、執事の黒沼と、自家用車の運転手である岩槻を連れてきていた。 大人二人で俺を毛布にくるみ、そのまま駐車場まで運ぶと迎えの車に乗せ、 ろくに宍戸亮と言葉をかわす事もなく出発した。 後部席に腰かけて、ぐったりしている俺に対して、隣に座った黒沼は、ゆっくりと、 俺の先祖の話をしたのだった。 そして、俺の奇病の正体を教えてくれた。 「長太郎様。何も心配なさらないでください。 これは、あなたのせいではありません。鳳家が長い年月かかえてきた遺伝性の 病なのです。 私は、これまで、あなた様を含め、三代の鳳家当主に 仕えてきました。 いつかは、この時が来るのもわかっておりましたので……。」 黒沼は、その言葉どおりに、このような事態を想定していたらしく、俺が保健室で 自慰をした事には、何も触れなかった。 それどころか、このような提案をしてきたのだ。 「長太郎様。 宍戸亮様のご両親には、すでに話を通してあります。 明日、彼を正式に屋敷に招く事になるでしょう。 これから、お二人で共同生活を行います。それが、病を治す最短方法なのです。」 俺は、黒沼の、この言葉に驚いてしまった。 いくら鳳家でそのつもりでも、当事者の宍戸亮が承諾するとは、 とても思えなかったからだ。 「大丈夫です。長太郎様、全て、私にお任せください。 あなた様は、ご自分の病を治す事だけ考えていれば良いのですよ。」 黒沼の話では、鳳家と先祖を同じにする宍戸家の人間にとって、当主と 同居する事は意味のある行動なのだと言う。 「あの方達にも、独特の遺伝病があるのです。その能力を受け継がれた方は、 大変マレです。 宍戸亮様は、その一人だと思われます。そのため、幼少期に 大旦那様が目をかけて、養子にしたくらいなのです。 宍戸亮様の能力を、我々は、『 共鳴 』 と呼んでおります。」 『 共鳴 』とは、簡単にいえば、こういう事である。 音は、空気中を伝わる振動である。 この振動に、ある一定の他の震動を重ねると、 それがゼロになり、やがて消えてしまう。 宍戸亮の能力は、俺のこの病を消し去ってしまう力があるのだと言う。 「そのため、鳳家では、古来より、この能力を持った相手を珍重しています。 宍戸家は、その中でも能力者が生まれる頻度の高い一族なので、鳳家では、 多くの出資をしてきました。 彼らの生活の面倒をみる事により、 その見返りとして、我々は、死の病から救ってもらうのです。」 俺は、今まで宍戸亮を、恋した相手とだけ考えていた。 そして、ただ、彼と仲良くなる事だけを望んでいた。 しかし、それが二人にある遺伝的な運命だったら、どうなるのだろうか? 黒沼は、有言実行するだろう。 明日、宍戸亮は、我が家にやってくるのだ。 俺は、たった一つだけ、黒沼に言え無い事があった。 彼は、必死で俺の奇病を治そうとしているのが、良くわかったからだ。 俺は、『 宍戸亮と同居する 』事に、実は、強い不安を感じていた。 好きな相手と一緒に暮らすなら、幸せな事に思えるかもしれない。 でも、俺は、それだけではないのだ。 この感覚は、発病した人間にしかわからない事に違いない。 あの時、保健室で熱にうなされていた俺は、普段とは全く別の思考を持つ人間に なっていたのだ。 大切にしていた美しい人を汚そうとした。 自分の欲望のまま、相手を犯そうとした。 邪悪で、醜悪な自分がいたのだ。 まるで、火山が噴火するような激しい衝動が自分の中に隠されている。 それは、相手の身体を全て飲み込み、灼熱の炎で焼き尽くそうとする。 俺は、感じていた。 かつて、俺の先祖が施されたと言う『 房中術 』 だが。 その廃れた理由は、たぶんこれだろう。 果てる事の無い邪な欲望と、相手への激しい劣情。 それに、全て支配されてしまう。 この術は、性的な欲望を加速度的に増幅させ、男性は性欲が強くなり、 射精してもなかなか萎えない。 確かに、子供は多く作れるかもしれないが、相手の女性にしたら、 たまったものでは無いだろう。 そうして、愛する相手まで死なせてしまうのだ。 俺は、宍戸亮に対して、優しくしたい。 二人で愛を育みたい。 同居したら、楽しい生活を送りたい。 こういう穏やかな思いも、俺の心には、確かにある。 しかし、それと同じように、彼を欲望のまま、壊そうとしている自分がいるのも、 強く感じていた。 この事を、執事である黒沼に説明しても、わかってもらえる自信は無かった。 そのため、俺は、宍戸亮と一緒に暮らしても、早い時期で終局を迎える事も、 いくらかは予想していた。 それでも、たった一日で終わってしまうとは、いくら何でも考えていなかった。 その7 〜二人の明日〜の巻 へ続く→ 行ってみる ![]() 小説マップへ戻る |