宍戸さんには、お金が無い!第3話
          
※第2話の<鳳長太郎サイド>の話となっています。

    その1 〜当主・鳳長太郎〜 の巻



   宍戸亮を自宅に送りかえした後で、俺・鳳長太郎は、自室のソファに座ったまま、執事の

   黒沼へ視線を向けていた。

   宍戸亮が、最後に向けた怒りに満ちた眼を、きっと一生、忘れる事は無いだろう。

   「一体、どういう事なのか、説明して欲しい。」

   黒沼は、普段通り、皺一つない黒いスーツを着て、背筋を伸ばして、俺の前に立っていた。

   そして、冷静な口調で、このように答えたのだった。

   「申し訳ありません。宍戸亮様は、今回の件について。詳しい事情を一切、ご存知ありません。

   長太郎様のご病気を治す事が最優先だと思いましたので。こちらにお連れしてから、

   おいおいと説明を・・・。」

   俺は、それだけ聞くと、事情がおおよそ推測できたので、頭を下げている黒沼を制止した。

   「もう良い。黒沼。俺が、勝手に思い違いをしていたせいだ。

   全ての責任は、最初から俺にある。 お前は、俺のためを思ってやったのだろうからな。」

   宍戸亮が、全ての事情を知り……。それでも、俺と一緒に同居してくれる事を了解したのだと、

   思い込んでいた。

   自分で彼に、きちんと説明するべきだったのだ。

   でも、何と説明すれば、良かったのだろうか?

   あなたが必要なんです。 

   初めて出会った時から、あなただけを思っていました。

   一緒に、ここで暮らしてください。

   そうしないと、俺は……。

   どういう言い方をしても、宍戸亮にしてみたら、俺の告白など不気味なだけだろう。

   彼は、好き嫌いのハッキリとした性格なので、良い回答をくれるとは、とても思えない。

   もともと二人の出会いからして、あまり良いものとは言え無かった。 なにせ、俺は、初対面で

   蹴りを入れられ、噴水の水を全身にかけられ、庭で追いかけ回された。

   そして、学園でも、言葉をかわしたのは数回しかない。一学年の差は深刻で、せっかく顔を

   会わせても、先輩相手に気楽に声をかける事はできなかった。

   彼に、自分の事をもっと知って欲しい。

   そのために、この館に招いたのだから……。

   それなのに、どうして、あんな事になったのだろうか?

   黒沼の使った薬のせいか、俺は、あの晩の出来事を断片的にしか覚えていない。

   ただ、想い人が、自分の傍らにいてくれる事が、嬉しくてたまらなかった。強く抱き締めたまま、

   彼の滑らかな肌の感触と、身体の温もりを強く求めていた。

   俺は、彼と一緒にいられるだけで幸せだった。

   せっかく手の中に入れたのだから、絶対に離すまいと思って、必死に身体を動かしていた。

   そうして、彼の心と身体の奥深くまで踏み込んで、凶器で切り裂くように荒らしてしまった。

   ずっと、遠い意識の果てで。

   彼の上げた細い悲鳴と、すすり泣くような悲しげな声を聞いてしまった。

   (あの人に……。あんな声を上げさせるくらいなら。

   俺は、死んでしまった方が、ずっとマシだ。)

   俺は、あの晩、覚悟が決まってしまったのだ。

   鳳家の伝承では、このように高熱を出すようになった者は、数年持たないらしい。

   少しずつ衰弱して、確実に死へと向かう。

   この病より助かる方法は、たった一つ。 自分と波長の合う伴侶を見つける事だった。

   俺は、それが、宍戸亮だと信じている。

   それでも、俺は……。 

   俺は、彼を自由の身ににしてあげたかった。

   この先、彼とは、二度と会う事は無いだろう。

   (宍戸さんとは、あれが最後になってしまった……。

    どうせなら、楽しそうに笑っている顔が見たかったな。)

   俺が、身動きせずに深刻な表情で、そんな事を考えていると、見かねた様子で

   傍らに立つ黒沼が発言した。

   「長太郎様。こうなった以上、他のお相手を考えるべきかと思います。どのお嬢様も、お育ちも、

    家柄も、申し分の無い方ばかりでございます。」

   それは、俺が最も嫌がっている話題だった。

   それは、俺が最も嫌がっている話題だった。

   これまでに幾度と無く、結婚相手に相応しいとされる女性と会ってきたのだ。まだ、中学生だと

   言うのに、見合いが何十回も行われているなんて、宍戸亮が知ったら、驚くに違い無かった。

   成人するまで、俺が生き永らえるのは無理だと、黒沼は見越して、次世代の後継ぎの事を

   心配しているのだろう。 まだ、十三歳の俺に、妻をもらって、子を作れと言っている。

   俺が非難がましい視線を黒沼に向けても、彼はひるむ様子も無く、さらに続けた。

   「鳳家では、十代で妻を娶る事は、決して珍しくありません。それは、長太郎様も良くご存知の

   はずです。旦那様も、十四歳でご婚約されております。確か、奥様は、当時、二十歳で……。」

   「そんな事は、俺も知っている。だから、宍戸さんを、ここに呼んだんだ。

   俺の相手は、彼じゃなければ、意味が無い。

   鳳家の後継ぎが欲しいのなら、親戚から養子を取るなり、勝手にやってくれッ! 

   俺は、他の誰とも結婚する気なんて、無いからなッ! 」

   父と母が結婚したのは、家柄のせいでは無い。年が離れていても障害にはならなかった。

   境遇だって、関係が無かった。

   鳳家の結婚には、もともと相性が重要なんだと、俺も、黒沼も十分に承知している。

   俺と宍戸亮には、絶対に何かある。

   俺は、それを五歳の時に感じ取っていた。

   でも、彼も同じように、その感覚を持っていなければ、どうしようも無い事だった。

   俺は、深く溜め息を吐くと、ソファにズルズルと横倒しになった。 そのまま、クッションに頭を

   埋めるようにして、身体を横たえた。

   考えたい事は山のようにあるが、うまく頭が回らない。どうやら、また、熱が上がってきたらしい。

   熱の上昇とともに、身体が強張ったように動かなくなる。それが、ここ最近、頻繁に起きている。

   この状態が、鳳家の嫡子の生まれながらの体質らしい。

   そして、この体質を受け継いでいるのは、親戚筋の宍戸亮も同じだと聞かされている。

   (宍戸さんは、大丈夫なのだろうか? 俺と同じように、身体の異変や、苦しい思いをした事は

   無いのだろうか? それとも、これは、当主に生まれた俺だけの特別な体質なのだろうか? )

   「長太郎様、ただ今、お薬をお持ちします。着替えて、どうかお休みください。

   そのままでは、お体に触りますよ。」

   黒沼が、そう声をかけて、メイドを呼ぶために、部屋を出てゆくのを見送りながら、俺は、

   ゆっくりと瞼を閉じた。

   最初は、頭と顔だけがのぼせたように火照っていたのだが、それが、少しずつ身体中に

   広がってゆく。そして、手足に大きな枷をつけられたように、自分の意思では動かせなくなってゆく。

   そんな不自由な身体に、もどかしさを感じる。

   本心を言うならば、今すぐ、宍戸亮の後を追いかけたかった。女々しいかもしれないが、

   謝罪して、彼に許しを乞いたい。

   どんなに自分が、彼を愛しているのか告げたかった。

   誰よりも、大切にしたい。

   彼に幸せになって欲しい。

   俺が、そう願うのは、この広い世界で、宍戸亮だけだ。

   そんな自分の気持ちを理解してもらう前に、彼には死ぬほど恨まれてしまった。

   そして、俺は、二度と、その誤解を解くすべは無い。



     その2〜鳳家の秘密〜の巻へ続く→ 行ってみるその2・鳳家の秘密 


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