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鳳長太郎の部屋には、鍵はかけられていなかった。
俺は、ノックをして、「おい、入るぞッ! 」と声をかけて、扉を開けた。
以前と同じように重苦しい軋むような音を響かせて、その扉は開いていったが、俺には、少しも
恐ろしい物には、感じられなかった。
テニスの試合前と同じだ。
俺は、一度、覚悟を決めてしまえば、精神統一ができる。
試合に入る前、敵の情報を調べて、何度も戦闘パターンをシュミレーションしている。
だからこそ、落ち着いて勝負ができるのだ。
この前のように、相手に薬を盛られて、奇襲攻撃をくらわされる事は、もはや無い。
先手で、鳳長太郎を攻撃するのは、間違い無く、俺の方なのだから。
俺は、寝室の中へ入ると、迷わず、天蓋のついたベッドの方へと近づいた。
予想した通り、鳳長太郎は、ベッドの中で寝込んでいるのだ。
「おい・・・。起きているなら、顔を出せ。」
俺が、そう言うと、白い蒲団カバーがモゾモゾと動き、鳳長太郎が顔を出した。
「・・・宍戸さん。」
俺の名前を呼ぶのが、せいいっぱいなのか、そのまま、鳳は、荒い息をついている。
顔は真っ赤で、額には汗の粒が光っていた。
「・・・熱、高いのか? 」
俺は、蒲団の上に這い上がると、鳳のそばに近づき、額に右手を乗せてみた。予想以上に、
彼の身体が発熱している事がわかった。
この苦しみが理解できるのは、きっと、世界で俺だけに違いない。
彼に比較したら、俺は、微熱に過ぎない。それなのに、たった、三日で堪えられそうに無かったからだ。
「お前も・・・。やっぱり、嫌な夢を見るのか? 」
俺のこの質問には、鳳は、左右に顔を振って答えてきた。
「いえ・・・。俺は・・・。宍戸さんの夢を見ます。・・・だから、素敵な夢・・・ですよ。」
俺は、また、喉の渇きを感じていた。 きっと、俺の身体も発熱しているのだ。
鳳と話をしているだけで、少しずつ体温が上昇しているのが、理解できていた。
「なあ。お前は、何で、俺じゃ無いと駄目なんだ? 」
鳳は、その質問には、微笑んだ。
「・・・初めて会った時に。今の俺を、破壊してくれる・・・。それが、可能な人・・・だと、そう思いました。
俺の言う事を・・・全く聞かない人は。昔から、あなただけですから。」
俺は、鳳の顔を見ながら、「そうか。」と返事をした。
そして、ベッドから飛び降りると、仁王立ちになり、彼の額に人差し指を向け、大きな声で
こう宣言した。
「 あの指輪は、一体、いくらするモノなんだ。 《 魔よけ 》らしいけどなぁ。
俺は、そんなモンを使わなくても、自分で何でもキリ抜けられる。
不要なシロモノだが、一応、もらっておいてやるッ!
でも、お前なんかに、タダで物を恵んでもらう筋合いは無い。 その代金は、俺がお前に
きっちり全額支払ってやる。 お前は、その代金ぶんだけ・・・俺の事を召使いとして、雇えッ! 」
鳳長太郎は、大きな口を開けて、俺の顔を見つめていた。
きっと予想もしていなかった俺の言葉に驚いているに違い無かった。
そんな鳳の間抜けな表情を見て、俺は、大満足をしていたのだった。
「それからなぁ。 俺は、お前の事を《 様 》付けでなんて、一生呼ぶ気は無いからな。
お前なんて、呼び捨てで十分だッ! わかったかッ!
長太郎ッ! 」
鳳長太郎は、何度も首を縦に振って、うなずいていた。 その顔は、子供の頃の幼い彼の姿を
思い出されてくれた。 五歳の彼も、菓子を食っている俺の隣に座って、こんな風に、
はにかみながら、頬を真っ赤にしていたのだった。
そして、部活で、俺に声をかけてくる鳳長太郎も、こんな風に瞳を輝かせて、嬉しそうに
笑っていたのだった。
もう少し、俺が他人に注意を払える人間だったら・・・。
もっと早く、彼に、惚れられている事に気がついたに違いなかった。
かくして、俺は・・・。
当主様よりも、ずっと態度のデカイ《 召使い 》となったのだった。 どこの世界にも、こんなに、
威張っている横暴な使用人はいないだろう。
それから、俺が、鳳に約束した例の宝石の価値が、億単位であり、俺の奉公する年数が軽く
三十年を超える事に気がついて、ほんの少しだけ後悔したのだった。
そして、俺は、これから、鳳と毎日・・・。
いろいろと大変な目に会うわけだが、それは、この先の話である。
まあ、とにかく・・。
物事は、なるようにしかならないのだから、肝っ玉をすえて、何事にも当たるしか無いのだ。
第2話 了
第3話 その1〜当主・鳳長太郎〜の巻へ続く→行ってみる
※第3話は、第2話の長太郎サイドの小説です。

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