宍戸さんには、お金が無い!第2話 その4 〜熱い身体〜 の巻 カーテンの隙間から、朝日が差し込み、俺の顔をチラチラと照らしているのに気がついた。 自室のベッドで跳ね起きた俺は、今、見ていた悪夢とは別の部屋にいる事に安堵していた。 (・・・そうか。もう、自分の家に戻っているんだ。) 全身が汗に塗れていたので、ベッドを降りると、慌てて風呂場でシャワーを浴びる事にした。 今日は、久しぶりにテニス部の早朝練習に参加するつもりだった。学園に行くのは、三日ぶりになる。 日曜日に鳳邸へ連れていかれ、月曜日に帰宅した。翌日の火曜日から、すぐにでも、登校する つもりだったのだが・・・。 俺は、学園を病欠したまま、今日は、すでに木曜日である。 三日間、微熱が続き、目を閉じて寝ていると、何度も同じ夢をみてうなされた。 鳳邸で経験してしまった・・・嫌な記憶。 鳳長太郎との性行為の夢である。 不思議な事だが、時間が経つにつれて、忘れていた細かな内容まで思い出せるようになっていた。 普通ならば、記憶は、時間の経過とともに少しずつ薄れてゆく物である。それなのに、何故か、 この夢は逆であった。 最初は、おぼろげなイメージだけだったものが、少しずつ形を持ち、輪郭がはっきりとしてきている。 映像が色鮮やかになるだけで無く、音や匂い、身体への感触までがリアルになってきている。 鳳の火照った両手が小刻みに震えながら、俺の身体を弄っているむず痒さ。 彼の熱い舌が、俺の胸にある柔らかい皮膚を愛撫し、硬くなった乳首に吸い付くようにしていた 口唇の濡れた感触。 背後から、楔を強く打ちつけながら、鳳が俺の腰を力強く抱き、狂ったように背に歯を立てていた 強い痛み。 そして、鳳が、俺の耳元で囁いていた言葉が、少しずつ大きな波のように、頭の中に繰り返し 広がるのだ。 (宍戸さん・・・好きです。) (・・・好きです。) (・・・大好き・・・です。) まるで、数時間前に起こった出来事のように、夢の中で明確に細部まで蘇ってしまう。 忘れようと努力しているのだが、眠るたびに、逆にどんどん鮮明な記憶へと変化してゆく。 俺は、脱衣場で、汗で体躯に絡んでいるシャツと下着を取り去った。その時、また、いつもの 状態だったので、顔をしかめてしまった。 夢精で、下着が汚れている。 別に、今までも、夢精くらいあったのだが、あんな夢を見て、自分が射精した事が信じられない。 洗面所で軽く下着を洗ってから、洗濯機へと放りこんだ。 それから、浴室へ入ると、シャワーの調整を冷たい水へと切り替えて、全身に浴びた。 俺の身体は、三日間、ずっと熱を持っている。 冷たい水が皮膚を流れてゆくのが、心地良い。 あの日から、俺の体温は三十七度代から下降しないのだ。 それに・・・。 シャワーを下腹部に浴びせかけているうちに、自然と陰茎が立ち上がってしまう。自分の右手で 触れてみると、夢精をした直後だと言うのに、芯が硬くなり、熱く脈打つ事がわかった。 以前と比較できないくらい、身体が敏感になっている。 ほんの些細な刺激で、興奮している自分に、俺は驚いていた。 (くそッ! 何が、どうなっているんだよッ! ) そのまま、右手で砲身を強く擦り上げた。俺の発熱の原因は、この場所のようで、熱い血潮が 一気に集まってくるような気がしている。 指で敏感な亀頭部を弄ると、まるで、電気に打たれたように背筋にビリビリとした刺激が走ってゆく。 身体を仰け反らせるようにしてから、俺は、白濁した汁を噴出させた。 息を乱して、うな垂れる俺の身体に、冷たいシャワーが降り注いでいた。 ここ数日、何度か行っている事なので、少しずつ慣れてきていたが、昔は、こんな事は無かった。 確かに、思春期なので自慰をした事はある。しかし、もともと性欲があまり無い人間だと自分では 思っていた。 クラスメートが、ポルノ雑誌を持っていても、見たいと思った事は無かった。それどころか、 友人が好きな女の話で盛り上がっている最中も、まるで興味が持てなかったのだ。 自分の興味を持てるのは、小さい頃からテニスだけだった。 それなのに・・・。 一体、俺は、どうなってしまったのか? 俺が、学園を欠席した本当の理由は、これだった。 身体の火照りが少し治まってから、俺は、シャワーを止めて、浴室から出た。 タオルで軽く身体を拭うと、濡れた髪にドライアーの熱風を浴びせかけた。 最近、この長い髪がうっとおしくなっている。 適当に、ゴムをかけて結んでしまった。 登校できるように制服へと着替えをし、台所へと向かった。 夏服には、まだ早い時期だが、上着は、暑苦しいので羽織らず、長袖シャツのボタンも 三つ目まで開いた。 冷蔵庫の中から、ボトルに水滴がつき、良く冷えているミネラルウォーターを取り出すと、蓋を取り、 一気に液体を喉へと流し込む。 例の夢を見た後で、何故か、必ず、喉の渇きを覚えるのだ。 その渇きも日々強くなってゆく。 いくら水を体内に入れても、またすぐに乾ききってしまう。 自分の体質が、この数日で変化してしまったような不思議な感覚があるのだ。 俺は、渇きを堪えると、台所に用意されていた朝食を食べた。母には申し訳無かったが、 俺が胃へ入れたのは、スープだけだった。 トーストも、卵料理も喉を通らない。 この一週間で、かなり体重が落ちてしまった。 テニスをやる者としては、最悪の状態だったので、俺は重苦しい気分になってしまう。 それでも、今日こそ、学園へ登校するつもりだったので、部屋へ戻り、鞄の中へ教科書を詰め、 スポーツバックには、テニスウェアを押し込んだ。その隙間に、初音から強引に渡された携帯電話、 指輪、写真も乱雑に詰め込んだ。 今日、学園で、これを全て鳳長太郎に返すつもりだった。 これで、俺と鳳の接点は、全て無くなるに違いない。 そうすれば、もう悪夢も見ないで済むかもしれない。 微熱と喉の渇きに苦しむ事も無くなるかもしれない。 初音が、俺の上着にこれらの品物を入れた理由は、再び、俺と鳳長太郎を会わせようと したからに違いない。 鳳家の使用人達、黒沼も、寿も、初音も、俺の性格を良く把握しているようだ。 俺は、中途半端な状態のまま、物事を放置しておく事が出来ない性分だった。 白と黒をはっきりと示す。 物事には、勝者と敗者しか、存在しない。 鳳長太郎の事も、自分の身に起きている事も、きっちりとカタをつける。そうしなければ、 自分の生活も元通りにならないように思っていた。 俺は、鞄を持ち上げると、台所で食器を洗っていた母に声をかけ、玄関から走り去った。 いつも平日に家に来てもらっていた家政婦には、昨日限りで辞めてもらったらしい。母が、 鳳長太郎の母親のお供として、出かける事は、もう無いからだ。これからは、ずっと専業主婦として 家事を受け持ってゆく。 兄も留学生として、数年、大学に在籍し、そののち、日本に帰国するらしい。もう、兄も海外で、 鳳家のご令嬢のボディガードをする必要は無いのだ。 父は、すでに勤務先である高校へと向かった後だった。父の方は、高校教師の職を 失う事は無かった。 月曜日の晩、帰宅した父から、俺達の今後の身の振り方を聞いた時、俺も母も驚いてしまった。 俺は、てっきり父は解雇されるのだと思っていたからだ。 「私は、確かに、鳳家の当主をガードする仕事は失った。しかし、高校教師の職は、関係無く 続けられるそうだ。その上、私達が生活していけるように、退職金をそれぞれに出してくれるそうだ。 これも、全て長太郎様が、お父様に口添えしてくれたおかげで・・・。」 あの男を様付けで呼ぶ父の姿に、俺は怒りを感じて、父の言葉を途中で遮ってしまった。 俺は、卑下するような、父の姿を見るのは嫌だったからだ。 「・・・俺達は、もう使用人ってわけじゃねぇ〜だろう。どうして、敬称をつける必要があるんだよ。 金持ちの跡取り息子でも、まだ、俺と同じ中坊じゃねぇかよ。」 そういう俺に対して、父は諭すように言葉をかけた。 「お前は、何か誤解しているようだ。もともと鳳の家に仕えたいと熱心に希望したのは、私の 祖父母の方だったんだ。別に鳳の当主が私達に強制したわけでは無いんだよ。 それだけの恩を宍戸家の先祖が受けたって事だ。確かに、そんな大昔の事は、お前のような 若い者には関係無いかもしれない。でも、私は、お前とは違って、子供の頃から、その話を 聞かされて育っている。だから、少し考え方が違うのかもしれない。 確かに、これからは、鳳家と接触する事は無くなるだろう。でも、感謝の気持ちを失う事は、 私には一生涯無いと思っているよ。」 父の言葉に、俺は、驚きのあまり目を見開いていた。まさか、そんな事を父が言い出すとは 思っていなかったからだ。 「・・・お前は、知らない事だろうが。もともと鳳家と宍戸家は、遠い親戚関係に当たる家同志になる。 片方は、現代になっても変わらぬ資産を有している。しかし、もう片方は、事業に失敗して 落ちぶれてしまい、親戚一同に多大な迷惑をかけてしまった。絶縁されても仕方がなかった 私達を助けてくれたのは、鳳家の当主だけだった。 当時、鳳家の当主には、宍戸の一族を助けなければならない理由があったんだ。 そして、宍戸家にも、鳳の当主に尽くす事には、ちゃんとした意味がある。 私達には、とても強い絆があるんだよ。お前もしばらくあの方達と接していれば、 きっと理解できるはず・・・。」 俺は、父のその言葉をぼんやりと聞いているしか無かった。 俺が、鳳邸でどんな目にあったか知っているはずの父が、鳳家の当主を守るような台詞を 言うのである。 俺は、目の前にいる父親の心を信じる事が出来なくなっていた。 「もう、良いよ。どちらにしても・・・。 俺は、中学を卒業したら、家を出て働きに出る。 俺は、あの連中と一緒に生きてゆくなんて、御免だね。二度と鳳長太郎の事は、 思い出したくも無い! 」 俺は、夜更けまで父と口論した結果、最後に父にそう言い放って、居間を離れた。 どんなに対話をしても、理解しあえない場合も世の中にはあるのだった。 母は、何も言わずに始終無言でそばに座っていただけだった。 たった、一晩、俺が鳳家で過ごしている間に、様々な事が変化したように思えて仕方が無かった。 その変化は、俺の家族だけでなく、鳳長太郎の身にも起こっていた事を、この時の俺は まだ想像もしていなかったのだ。 その5 〜もう一人の新入生〜の巻へ続く→ 行ってみる ![]() 小説マップへ戻る |