宍戸さんには、お金が無い! その1 〜宍戸家には金が無い!〜 の巻 俺、宍戸亮が中学二年になったばかりの春の事だった。 日曜日の朝、目覚めると、いきなり父と母に大切な話があるので居間へ来るように言われた。 教師をしている父は、休日は良く趣味のゴルフへ行くので、朝から家にいる事は珍しい。 さらに、こんなふうに両親からあらたまって呼び出しを受けるのも初めての経験だった。 何事かと驚いて、シャツと上着とジーンズを手早く身につけ、長く伸びている髪に数回櫛を通し、 ゴムで雑に後ろに縛ると、慌てて両親の待つ一階の和室へと入っていった。 到着すると、そこでは、父が険しい表情で腕組みをして座っており、その隣では母が、 ハンカチでしきりに目元を拭っている。どうも泣いているらしい。 「ど、どうしたんだ?! 」 俺が両親のいつもと違う様子に驚いて、その場で立ち尽くしていると、とにかく座るように促された。 父は俺が正座するのを持って、真剣な表情でこう切り出した。 「亮、今まで、お前には黙っていた事がある。これは、とても大切な話だから、心して聞くように。」 こんな暗い思いつめた表情の父を、俺は十四年間生きてきて、一度も見た事が無かった。 ただならぬ状況だと気づいたので、緊張のあまり息をつめ、父の次の言葉を待った。 「実はなぁ。亮、我が家には金が全く無いんだよ。」 「はあ? 金が無い?! 」 突然、そう発せられた父の言葉に困惑してしまった。 なぜなら、今まで、自分の家が貧しいと思った事が無かったからだった。 同級生の跡部ほどの、超がつく金持ちでは無いが、中流家庭のかなり上位の部類だとは思っていた。 宍戸家は、世田谷区の一等地に持ち家を持っている。 ざっと見積もっても数億円はする和風建築の豪邸だった。 さらに、父も兄も高級車に乗っていたし、兄は今、欧州へ留学しているし、自分の通っている氷帝学園も 裕福な家の学生が多かったし、母は習い事とショッピングが大好きだし、家事は家政婦にお願いしていたし。 とにかく 《 金が無い 》 という状態には、とても思えなかった。 「え〜と、この家を建てた時のローンか何かの話か? 」 俺が推測した結論はこうだったが、父はあっさりと否定した。 「ローンは無い。もともと、この家は買ったものじゃないんだ。教師の私の収入で、こんな億単位の 豪邸を買えるわけ無いじゃないか。」 ははは、なんて乾いた笑い方をする父を前に、俺は驚きのあまり声をあげた。 「え? どういう事なんだ? この家は俺達の家じゃ無いって事なのか? 」 「ああ、その通りだ。この家は借り物だ。それどころか、私達の生活費も、お前の学校の費用も。 とにかく何から何まで、ある所から援助を受けている。 もともと、お前の氷帝学園への入学も、その人達からの指示なんだ。 それで無かったら、あの学校の入学試験なんぞ、私達が通るはずが無いからな。」 父は話をしているうちに、だんだんと愚痴のような口調になり、最後には小声になり、 やがて押し黙ってしまった。 意味が理解できずに悩んでいる俺の顔色を見ていた父だが、突然、がばりと畳に頭を押しつけてしまった。 目の前で土下座をする父に、俺は唖然とした。 「すまん。本当にすまん。お前には、可哀相な事をしたと思っている。 亮、これは、お前が子供の時に全て決められてしまった約束なんだよ。 お前は、これから、その方のところへ、《 ご奉公 》 にあがるんだ。 私達には、その取り決めを破る事は絶対にできない。」 父はそう言うと、畳につっぷしたまま嗚咽をもらし始めた。 さらに、父の隣に座っていた母も青ざめた顔色をしていたが、とうとう肩を震わせて泣き出してしまった。 泣いている両親の前で、ただひたすら、俺は意味がわからず呆けていたのだった。 しかし、恐る恐るだが、最大の疑問点だけは訊ねてみた。 「あの、……その 《 ご奉公 》 って、一体、何なわけ? 」 その2 〜当主様のお名前は?〜の巻へ→ 行ってみる ![]() 小説マップへ戻る |