欲望の果て その1「大佐の提案」



   「こんな事、別にたいした事じゃねぇよ。」

   寝室に入ると、エドワード・エルリックはそうつぶやいた。そのまま着ていた赤いフード付きのシャツと、

   下着を、床へと素早く脱ぎ捨てる。


   全裸になった彼の背後に立っていたロイ・マスタング大佐は、まだ十五歳になったばかりの少年の

   華奢な肢体を眺めていた。


   国家錬金術師として、日々の鍛錬で鍛えられ、締まった筋肉をしていたが、年齢よりも、遥かに小柄な

   エドワードは、背後から見ていると少女のようにも見える。

   その白い背に、束ねられた長い髪が揺れている。

   大佐が、その髪に触れ、ヒモを解いてやると、ウェーブのかかった黄金の髪は、波のように揺れながら

   背中に広がった。

   勝手に髪に触れている大佐に腹を立てたように、エドワードは、背後を振り返えると、大きな声で叫んだ。


   「アンタも早く脱げよ。今日は時間が無い。そう言ったのは、アンタの方じゃ無いか! 」

   そう言ってエドワードは、ベッドに這い上がると、シーツの上に仰向けに横たわり、そのまま両の目を

   閉じてしまった。

   静かな室内に、少年の呼吸音が響いている。時々、嗚咽するように、その細い身体を震わせながらだ。

   平然とした顔をしているが、エドワードは、やはり緊張しているのだと、大佐は思っていた。

   すでに三度は同じ行為をしているのに、いっこうに慣れた様子も無く、初心な処女の頃と全く変わらない

   エドワードの姿に、大佐は微笑んだ。

   「わかった。手早く済ませよう。私は、午後から仕事が残っているのだ。君も、あまり長い時間、弟君を

   待たせるわけにはいかないだろうしね。」

   <弟>と言う大佐の言葉に、身体をピクリと振るわせると、エドワードは眉根を寄せ、苦しげに表情を

   歪ませた。
この少年は、大佐との関係を弟・アルフォンスに知られる事を、とても恐れているのだ。


  「もし、アルにバレたら、アンタを殺してやるからな。」

   凄みの効いたエドワードの台詞に、大佐は苦笑しながらうなづいた。


  「約束だからな。アルフォンス君には、絶対に知られないように注意しよう。

   セントラルでは、私はいつもこの部屋を仮眠に使う。君が来たなら、直接、ここへ通すように 部下達には

   言っておくとしよう。」

   大佐はそう言うと、自分も硬く閉じている軍服のボタンを外し始めた。



   彼らが、関係を持ったのは、今から一ヶ月ほど前になる。

   別に二人は、恋人同志でも、愛し合っているわけでもなかった。

   これは、<仕事の契約>のような物だと、エドワードは思っている。



   事の起こりは、中央司令部へエドワードが仕事で赴き、その資料室で調べ物をしている時だった。

   一緒に来ていた弟のアルフォンスは、街に買い物に出ていて不在だった。

   突然、その狭い資料室に、五人の将校達が入ってきたのだ。

   エドワードは、誰とも面識が無かったが、向こうは良く知っているらしく、なれなれしい口調で

   話かけてきた。


   「なあ、おい。お前は、ここで誰かに目をかけてもらっているのか? もし、誰もいないのなら、

   私が面倒をみてやっても良いぞ。」

   狐のような吊り眼をした細面の男は、意味のわからない物言いをするので、エドワードは睨み返した

   だけだった。すぐに机の上に広げられた資料へと視線を戻した。

   返事もろくに返してこない少年の態度に激昂し、狐面の男は、隣にいた大男へと目配せをした。

   命令通り、エドワードへ掴みかかってきたのは、少年の倍は背丈のありそうな、筋骨隆々とした

   大男だった。抵抗しないエドワードの胸倉を太い腕で掴むと、上へ持ち上げた。

   その小さな身体は、宙吊りになり、大男の胸元でゆらゆらと揺れている。


   「新参者の癖に生意気だなぁ、お前は。これから、軍の規律を教えてやる。

   目上の者には礼を尽くせ。ケッヘル大佐が話かけているんだ。ちゃんと返事をしろ。」

   エドワードは、軍部の構造などに関心は無かったので知らなかったが、最初に話かけてきた

   狐面の男は、どうやら大佐らしい。

   国家錬金術師であるエドワードも、扱いは大佐クラスであるが、年齢から言えば、ヘッケル大佐の

   方が上だと言いたいらしい。


  「セントラルに来て、私に挨拶も無いとは、どういう事なんだ? そういう態度は、自らの地位を

   危うくする。ここで生き残りたいなら、規律に従う事だ。」

   その<規律>がどういった物か、エドワードはすぐに気がついた。将校達の自分を見る眼に、

   邪な物が含まれているからだった。


   まるで、獲物を狙う肉食獣のような視線を、エドワードの肢体へと向けている。

   小柄な彼は、昔から、そういう連中のターゲットになりやすかった。

   田舎の東部も、都会の中央も大して変わり映えがしないと、エドワードは呆れかえっていた。


  「下世話な連中は、どこにでもいるんだな。ゴキブリみたいに自然にわいてくる。

   ゴキブリなら、それらしくゴミ溜めで群れていろよ! 」

   エドワードが冷たくそう言って、馬鹿にしたように微笑むと、彼を掴んでいた大男は怒りを露にして、

   拳で殴りつけてきた。

   宙吊りになっているエドワードは身体を大きく揺すると、男の拳が自分の顔を捉えるよりも速く、

   相手の顔面に頭突きを食らわした。鼻血を吹きながら倒れる大男から、身体を素早く離すと、

   床に着地したその足で、そばに立っていた別の将校へも足蹴りを入れた。

   ほんの数秒で、二人を床に倒してしまうと、他の三人へにこやかに笑いかけた。


  「そりゃあ、挨拶しなくて悪かったなぁ。

   遅くなっちまったけど、きっちりと全員に挨拶しねぇとマズイよなぁ。

   まあ、明日から仕事ができねぇかもしれないが、有給でも取って家でゆっくりと休んでくれ。」

   資料室には、複数の人間の叫び声と、物が激しくぶつかり合う物音がしていたが、それも五分ほどで

   終わり、後には、いつもの静寂が戻っていた。



   ロイ・マスタング大佐が、部下に呼ばれて資料室にかけつけると、そこは血の海になっていた。


   床に倒れている将校達の鼻血だと、すぐに気がつき、大佐は顔をしかめた。

  「これは、一体。どういう事ですか? ヘッケル大佐。」

   呼ばれた大佐は、意識はしっかりしているのだが、身体を起こせない様子で、倒れたままうめき声を

   あげている。口角から血を吐き、ゼイゼイと荒い息を立てていた。

   マスタング大佐は、それを見て、彼はあばら骨が折れているのだと悟った。折れた骨が、肺を

   傷つけてしまったのだろう。

   他の四人は、彼の部下である事もわかった。全員が、ヘッケルと同様に西方司令部の出身であり、

   マスタング大佐にはライバルにあたる者達であるが、残念ながら、顔が腫れあがっているので、

   個人識別は難しい状況だった。

   全員を医務室に運ぶと、この事は他言無用にするように、関係者には釘をさした。

   それは、ヘッケル大佐のため、と言うよりも。自分の保身のためだった。

   元々、エドワード・エルリックを国家錬金術師へ推薦したのは、ロイ・マスタングである。

   だから、エドワードが何か騒ぎを起こすと、自分にも火の粉がかかる恐れがあるのだ。

   五人の将校と戦っても、全く無傷であり、ふて腐れた様子のエドワードを自室へ呼ぶと、

   マスタング大佐は、こう言った。


  「君は、かなりのトラブルメーカーのようだな。別に彼らの言う通りにしろとは言わないが、せめて、

   もう少し上手に立ち回って欲しいものだ。」

   それから、マスタング大佐は、エドワードにある提案をしたのだった。


  「今後は、私が君の世話役になる事としよう。このままでは、また同じような騒ぎが起きる

   可能性が高いから。」

   この中央司令部では、誰か目上の者が、世話役として、下の地位にいる者の面倒を見る事が、

   すでに常識となっている。


   ロイ・マスタングの卒業した軍人学校も同じであったが、男社会である軍部の悪しき習慣とでも

   言うのだろうか。 当然、そこには、性行為が含まれている。

   ロイ・マスタングは、エドワードに、「フリだけで十分だ。」と告げたのだが、彼は、それを拒んだのだ。


  「俺は、演技なんて器用な真似はできない。フリなんて、どうせ、すぐにバレちまうよ。

   それに、アンタに借りを作るのは、死んでも嫌だね! 」

   エドワードがそう言い張るので、大佐はしぶしぶ彼を抱いたのだった。

   マスタング大佐にとって、まだ、子供であるエドワードと関係を持つ事は、気乗りのしない

   嫌な作業だった。元来、大佐には、男色の趣味は無かったし、女性関係で不自由する事も

   日常的に無かったからだった。

   ただ、十代の学生時代から、そういう男同志の行為に対しても知識はあったので、

   特に、エドワードを相手にする事に関して、問題は無いように思ったのだ。



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