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月が、地平線から昇ってきた太陽に、姿を追われるように消え去ると、未来流も麗二もいつもの
人型に戻っていた。
未来流の瞳は薄い茶色に変わり、そこにいるのは普段の大人しい弟だった。
陽が上り始めた頃、二人は噴水の中へ飛び込んだ。
考えてみたら、シャワーなどは公園に無かったのだ。
さすがの麗二も精液まみれのまま、二人で家に帰るワケにはいかなかった。
麗二は、未来流の髪を綺麗な水で注いですいてやった。
色素の薄い弟の髪は、陽光の中で金糸のように輝いていた。
水滴のかかった白い頬も、濡れたように煌く珀色の瞳も美しかった。
麗二は、無意識に、弟の温かい桜色の唇に口づけをした。
未来流の驚いた表情を見てから、そう言えば、こちらの弟の方へ口づけしたのは、初めて
だった事に気がついた。
獣化した未来流とは、何度も舌をからめて、貪るようにキスを行っていたのだが。
普通の日常生活の中で、この弟と、キスなどした事は無かった。
三年前、初めて会った日に、麗二が未来流の頬にキスしたのが、最初で最後だったのだ。
未来流は、どうして良いのかわからないと言いたそうな困った表情で、しばらく麗二の顔を
見つめ返していたが、結局、何も言わなかった。
ただ、麗二の頬へ手をあてると、そっと震える唇を押し当ててきた。
麗二は、その軽く唇を掠めるような弟の口づけに驚いていた。 まさか、弟から、口づけを
返されるとは思ってもみなかったからだった。
その後、頬を真っ赤に染めてそっぽを向いてしまった弟が、麗二は可愛らしくてならなかった。
麗二は、その時に自分が《 両方の弟を愛している 》事に気がついた。
二人は性格も態度も正反対だが、どちらも弟の未来流に違い無かった。 そして、二人の弟は、
明確な役割分担を持って生きているように思えた。
二つの人格で、《 正しい未来流 》をきちんと形成しているのだろう。
麗二は、未来流のそんな部分を愛して、理解していける唯一の人間になりたかった。
彼が、未来流に愛の告白をし、世間から認められる事は一生無いかもしれない。
しかし、弟がひとり立ちするまで。
兄の自分を必要としなくなるまで、ずっと見守って行こうと誓った。
「ただなぁ。それまで、俺の身体が持つかどうかが、一番の問題なんだよなぁ。」
そう言って、気だるげに自分の疲労している腰をさする兄を、いぶかしげに未来流は
見つめていた。 麗二の世話役としての受難の日々は、まだまだこれからが本番だったのだ。
八十神家の一階にある、京一郎の部屋で、明け方電話のベルが鳴り響いていた。
その畳敷きの和室で電話を受けながら、寝起きの京一郎の表情は暗かった。
そのうちに、握っていた受話器は、めきめきと音を立て砕けてしまった。 京一郎が無意識に
握りつぶしてしまったのだ。
電話の内容は、本家よりの出頭命令だった。 早朝、長兄の京一郎と、次男の麗二に、本家へ
出向くようにとの通達だった。
「あの、馬鹿者! 誰がそこまでやれと言った! 」
麗二は気がついていなかったが、あの公園にいた亜人の中にも、一族の者がいたのだった。
隠すなら、せめてもう少し周りの事に注意を向けて欲しいと京一郎は思っていた。
麗二は、子供の頃から、やることなすこと派手で目立っていた。
あの男に大人しくしろ、と言うのは無理だと、この二十年で嫌と言うほど知っていた。
けれど、これは今まで麗二が起した不祥事の中でも、もっとも大きな事件になりそうだった。
養子とはいえ、弟と関係を持っている事を本家に知られてしまったのだ。
一体、いつまで、あの弟には面倒をかけられるのだろう?
帰宅した麗二は、玄関先で兄の京一郎が待ち構えているなんて、思ってもみなかった。
それも、京一郎は獣化していた。
いつも澄ましている長兄の牙を向く姿など、この十年間見ていなかったので、麗二は腰を
抜かすほど驚いた。
おまけに、あやうく京一郎に、首をへし折られそうになったのだ。
その後、本家の長老達に詰め寄られた麗二は、こんな事を言い、その後、一生涯、本家への
出入りを禁止された。
「なあ、何で好きなヤツとヤルのが、悪いのか俺にはわからね〜よ。 愛し合っていれば、
そうなるのが自然だろ?
思うんだけどなぁ。 好きでも何でもない相手とシキタリって事だけで、結婚して。
散々セックスしているアンタ等の方が、ちっと頭がおかしいんじゃね〜のか? 」
その後、京一郎が親戚中に頭を下げてまわったが、すでに手遅れだった。
麗二×未来流 編 完結。
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