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   第十一話 〜愛すべき弟達・後編〜



   満月が浩々と輝いている街の路地を麗二は走り抜けていた。

   その瞳は金色に輝き、二本の犬歯が大きく伸び、口元から覗いていた。さらに、麗二の耳は

    普段の倍ほどの大きさになり、先端は鋭く尖っていた。


   麗二が、未来流の部屋に入ると、室内はもぬけの殻だった。

   どうやら未来流は、勝手に抜け出して、外へ飛び出したらしい。

   麗二は苛立っていた。

   以前の満月期での騒動を、未来流は忘れてしまったのだろうか? それとも、また我を忘れて

    暴走しているのだろうか?


   前は、麗二が隠れて行動を共にしていたので、全て自分の見ている前で起こっている。

    しかし、今度は完全に姿を見失
ってしまったのだ。 麗二は自分の愚かさを後悔していた。

   満月期の弟から、目を離すなんてとんでもない失態だった。

   弟を探して、街を駆け回りながら、麗二は珍しく獣化していた。

   いや、成人してから初めての出来事だった。

   未来流が複数の亜人達に襲われ、泣いている姿が思い浮かんだ。見知らぬ男に強引に組み

    敷かれて、悲鳴を上げている美しい弟の姿が脳裏を駆け巡る。


   それを想像しただけで、麗二の身体の奥には、爆発するように広がってゆく、暗い感情があった。

   確かに《 怒り 》なのだが、麗二が感じているものは、もっと深く苦しい、今まで感じた事の無い

    タイプの物だった。


   それは、麗二の身体を著しい興奮状態にし、満月期ともあいまって獣化へと導いていた。

   普段から敏感な麗二の五感は、さらに鋭利に研ぎ澄まされていた。

   その耳は十キロも離れた場所の人の話し声も聞き分けたし、その光る瞳は下水道の暗闇で動く

    小さなネズミの姿すら見つけ出した。


   そのうちに麗二は、廃棄ガスや食料品、多くの体臭の中から、良く知っている芳しい花の香を

    嗅ぎ分けた。
 未来流が興奮した時に出す香だった。

   微かだが、その魅惑的な香を麗二が判別できないはずが無かった。

   麗二が甘美な香を追いかけて走っていると、公園の中へ辿り着いた。

   高層ビルが立ち並ぶ一角にある狭い公園だった。

   遊具が少しと、噴水とベンチとトイレがあるだけだった。他は草木で覆われていた。

   昔は浮浪者の避難所になっていた場所だが、今は、悪人気取りの餓鬼どもの溜まり場になっていた。

   その茂みの中から、芳しい弟の香が漂っていた。


   麗二が飛び込むと、未来流は柄の悪そうな若い男達に囲まれていた。

   全部で五人いる。

   まだ十代後半と思える者達だったが、目つきは悪く、人へ危害を加える事に躊躇する様子も無い。

   まるで、砂糖に集まる蟻のように、彼らは未来流の身体に群がっていた。


   仰向けになって地面に倒れている未来流の上半身は、シャツを身につけていたが、首の辺りまで

    捲くりあげられ、その薄桃色の乳首は男達に嘗められ唾液で光輝いていた。


   下腹部は剥き出しになっており、男の一人が未来流のペニスを口でしゃぶり、他の男達が争うように

    尻穴を弄りまわしていた。


   未来流は、麗二に気がついたようだったが、動けないのか、それとも、動く気が無いのか、腰を

    揺らしながら、切なげな
喘ぎ声を上げていた。

   麗二はその様子を眼にすると、熱い炎の塊のような激しい感情が込み上げた。

   それは、弟を暴力で犯そうとする男達に対する怒りと、愛する者を奪われた者の嫉妬に違い

    無かった。


   麗二は、未来流のペニスに喰らいついていた男の頭を蹴り上げた。 男は弾き飛ばされたが、

    クルリと空中で反転すると、地面に着地する。


   そのまま四つん這いになり、麗二を鋭く睨む男の瞳は、金色に輝いていた。人狼である。

   他の四人も麗二に牙を向いて威嚇してきた。

   「ふ〜ん、お前ら、同族か? 無駄に吼えるんじゃね〜よ。 犬ッコロども。

     俺に勝てる気でいるんなら、良いぜ、相手をしてやる! 」


   麗二は自分の大きな牙を相手に見せるようにして、低く唸り声を上げた。

   それは、大気までがビリビリと震えるような、激しい咆哮だった。





                                  
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