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   第十話 〜愛すべき弟達・前編〜



   未来流が、初めての満月期を経験して、駅のトイレで蛇神に襲われた時。

  そして、兄の麗二にホテルで抱かれた時。

   確かにそれは、《 獣化した凶暴な、もう一人の未来流 》の方だった。

   しかし、ベッドの上で、兄の名前を必死になって叫びながら、狂ったように腰を振って喘いで

   いたのは。
最後に愛する兄の身体にしがみついて、失神するほどに感じてしまったのは。

   本当の自分。《 普段の未来流 》の方だったと、本人だけはすでに気がついていた。

   初めて経験した、狂おしく甘美な満月期が終わり、日数も経ってしまったが、今でも、

   未来流は、あの日の自分を思い出しては頬が熱くなってしまう。


   あの満月期の夕刻、ラブホテルでの出来事だった。

   自分の失態が恥ずかしくて、まだ裸のままで毛布に隠れていた未来流を、麗二は

    そのまま強引に抱き上げてしまった。


   未来流をクルリと毛布にくるんで、そのまま胸にかかえる。

   「俺、マジに金が無いんだよ。未来流、さあ、行くぞ。」

   麗二は驚いて暴れる未来流を抱いたまま、廊下の窓から、外へ飛び降りてしまった。

   そこはホテルの八階だった。人間なら、確実に即死する高さだ。

   しかし、麗二は対した衝撃も受けずに、軽やかに音も無く地面に着地した。

   そのまま、まるで空を飛ぶようなスピードで、路地裏を駆け抜けてゆく兄の腕の中で、

    未来流は思わず笑ってしまった。

    
麗二は、父の東吾に良く似ていた。

   その精悍な凛々しい顔つきも似ていたが、こんな行動まで、そっくりだった。

   人狼の移動能力は、直線ならば時速600キロが限界と世間では言われている。

   彼等は、新幹線よりも速く走れてしまうのだ。

   未来流にはそんな能力は全く無かったが、体術に長けている麗二ならば、きっと近い

    ところまで可能に違いない。


   麗二は未来流を抱き締めながら、耳元でこんな事をつぶやいた。

   「こうすれば、別に裸でも恥ずかしくはね〜だろ? 」

   学生服は駅のトイレで破られてしまったので、未来流は裸のままで、身につける物は何もなかった。

   未来流は、麗二のこんな優しいところが大好きでならなかった。自分の正体を知っても、

    態度を変えない麗二に、未来流はとても感謝していた。


   そんな未来流の兄への思いは増すばかりで、切なくてたまらなかった。

   麗二の逞しい胸に、そっと未来流は口づけをした。



                                  
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