ブータン
ブータンに関して、何の予備知識も無かった。なんでこの国に行こうと思ったのか、はっきりした理由があったわけでも無い。行ってきた感想としても、何か強烈なインパクトがあったというわけでもない。
しかし、帰国したばかりの今、これまでの他の国への旅とは違った感覚が自分の中に強く残っている。
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現在、日本からブータンへの直行便は無い。タイ経由で入国した。
空港のあるパロから首都ティンプーへ向かう際、双方から流れてくる川の合流点のチェ・ゾムというところに「チェックポイント」がある。ここでは、ドライバーさんの免許チェックなどが行われる。
写真奥がパロ、右がティンプー。合流した川は左へ流れ、インドへ向かう。
合流点には「チョルテン」と呼ばれる仏塔がある。チョルテンは、街中や峠など、いろいろなところにある。日本の道祖神みたいな意味合いだろうか。3つあるのは、左からインド・ネパール様式、チベット様式、ブータン様式となっているのだそう。
ティンプーは人口60万人のブータンの首都。ちなみに国の広さは四国や九州と同じくらい。
標高は南のインド国境付近は2-300mくらいだが、北の中国国境付近は7000mを優に超える。
正直に言って、思ったよりもティンプーは大きな街だった。でも、信号は無く、一番大きな交差点では、おまわりさんが「手信号」で車を誘導している。
左は、想像するに上記の新しい108のチョルテン群が設けられる前から峠にあったチョルテンでは無いだろうか。ややこしいことではなく、もっとずっと素朴な願いが感じられるような気がするのだけれど。
右は、雲が無ければどこかにブータン・ヒマラヤの高峰が見えるハズなのだけれど・・・。でも、雲のたなびくなかに松の高木が並ぶ姿は、どこか長谷川等伯の『松林図屏風』を思い起こさせるようで、美しかった。
続き
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ブータンは「貧しい国」と聞いていた。米は美味しくないだろうし、内陸なので魚介類は無いし、仏教国なので肉類も期待できない。また、トウガラシが香辛料でなく「野菜」として食されると聞いていた。つまり、食事に関してはまったく期待できないと思っていた。
しかし、これは思い違いであった。全部じゃないけど、とても美味しい食事が楽しめた。
左上2つはそば、左は赤米で、これはたいした味では無かったかな。右が「エマ・ダツィ」という名物で、トウガラシのチーズ煮。最初は「辛いよ」というだけの印象だったのに、旅の終わるころには「無いと寂しい」状態に・・・
下はジャガイモとかぼちゃで、特にジャガイモはどこでも美味しかった。真ん中も名物で、大根と豚肉の脂身の煮物かな? 脂身だけなんて食べられるかいな、と思っていたのに、食べてみたら「ん・・・美味しい」という・・・
この旅ではやせるつもりだったのに、もくろみは外れた(笑)。
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市場を結ぶ橋。手前が市街地側で生鮮食料品などを扱い、川向うは衣料品やお土産物などを扱っている。どこの橋もこうした「旗」で埋め尽くされていることが多い。この旗は「ルンタ」(タルチョ)と呼ばれて経文や仏画が描かれている。風ではためく度にお経が読まれたことになるらしい。橋や峠などに掲げられているので、やはり安全祈願のような意味があるのだろう。
ブータンには地方ごとに「ゾン」と呼ばれる行政府兼僧院が置かれている。これは首都ティンプーのタシチョ・ゾン。政教一致のお国柄を示すとともに、その由来から歴史的継続性も強く感じられる。たとえば日本で、皇居や京都御所や伊勢神宮や東照宮や増上寺に行政府が置かれるなんてことはあり得ないだろう。
とても美しいデザインで、なぜか周囲にバラが植えられていることが多かった。一見ミスマッチのようでいて、そうでもない感じ。建物の装飾は一般の民家と似たような感じがあるが(つまり民家も美しい)、黄色い屋根と屋根の上の細長い飾り、壁の茶色の帯状のラインなどが宗教建築であることを示すらしい。
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ゾンの中にはいろいろな装飾がされている。
華麗、グロテスク、シンプル、ユーモラス・・・
それぞれにはもちろん意味があるのだけれど、説明してもらってもとても覚えきれない・・・
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ティンプーを見下ろす丘の上。
この日だけはあいにくの雨模様だった。
ここにも多数のルンタがはためいていた。
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早朝、ティンプーを散策してみた。
市場の近くにお寺があった。お寺は「ラカン」と呼ばれる。
白い幟は「ダルシン」と呼ばれ、これも経文が書かれている。ルンタと同じように、風にはためく度にお経が読まれたことになる。
丘の上にも多数あって、そのはためく姿を目にするたびに、谷や街いっぱいにお経で満たされていくような幻影が見える気がする。
早朝からお寺の周りを何度も歩く人達がいて、「マニ車」と呼ばれるこれも経文が描かれたものを回し(回すたびにお経を読んだことになる)、祈りの煙を立てる。そんな中を鳩の群れが飛び立って・・・
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一見、牧歌的で平和な「桃源郷」のように見える国だけれど、歴史的にも現代においても、当然のことながら様々な苦労をしている。
ティンプーから東へ向かうドチェ・ラ(ラは峠)には1 08のチョルテンが設けられている。これは先代の第4代国王の王妃が建てたものだそうで、国内にいた反インド勢力を制圧した際の「記念」(鎮魂)のためのものらしい。
もともとこの国は、チベットからの亡命僧が建国の父である。現代においてはインド・中国の間に位置し、チベットやシッキムの消滅、ネパールとの関係などなど・・・に際して多くの苦労を抱えている。
そんな中だからこそ、国のアイデンティティを強く意識した政策が実施されているらしい。
チョルテンは、青空に美しく映えている。
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