――何よりもこの休みを健康に過ごして下さい。では私からは以上です。そちらから順番に…


 長い話がやっと終わって。
 マイクの声に促され、端の列からぞろぞろと体育館を出て行く生徒の顔を眺める。大半が笑顔。
 そうよね。明日からは冬休みですもんね。
 何して遊ぼうかな。勿論魔術の勉強もしなくちゃいけないんだけど。

 でも明後日なんかクリスマスイヴなのよねー♪
 その日だけは意地でも士郎と2人っきりになってやる。
 クラッカー鳴らして、シャンパンを注ぎ合ったらケーキと彼の手料理を食べてそれから…わーっ。きゃーっ。

「…さかー。なあ遠坂ってば」

 あにゃっ。これから(?)って時に聞き慣れた声で呼ばれている事に気付き我に返る。

「え?あ、綾子なに?」

「アンタ大丈夫?まあいいか。明日さあ、衛宮貸してくれないかな」

 …?
 その言葉の意味が一瞬解らなくて、自動的に傾く私の首。

「だから、アンタの彼氏と明日2人だけで会いたいからレンタル希望って言ってるんだけど」

 うん。理解した。というか今の発言は日本語として微妙よ。

「…士郎に何の用なの?」

「あはは。やっぱり気になるかそうかそうか。衛宮にしか頼めない事だから教えてやんない」

 かちん。
 引っかかる様に言ってるのはアンタでしょっ。
 また何か企んでる、って思っちゃうのはきっと被害妄想じゃないと思う。

「私じゃ駄目なのかしら?頼み事って」

「全くお話にならないね。彼以外は」

 目の前の笑顔が次第に挑発的になってきてる気がする。彼、とか言うなっ。

「いいじゃないか。別にイヴの日に寄越せって言ってる訳じゃないんだから」

 今最も気になる単語を強調してくれやがりました。
 もしそんな事をしたらかなり本気で貴女を埋めてその上に姥桜の木を植えます。

「あいつに直接訊いてくれる?そんなに大事な事なら」

「当然そうするけどね。とりあえず所有者にも話を通しておこうと思ってさ」

 …ちょっと言い方を失敗したかも。これじゃOKしたのと同じだわ。
 士郎が綾子の頼みを積極的に断る筈なんか無いし。

 くるっと背中を向けて彼女が向かった先に赤い頭が。

 あ。
 綾子なに腕なんて引っ張ってるのよっそれは私のだっ!
 出て行く人の波に乗ってそのまま何処かへ行っちゃった…。



 いつもの様に待ち合わせた帰りに訊いてみると、予想通り士郎は綾子と出かける約束しちゃってた。
 でも詳しくはやっぱり秘密で彼もよく知らないらしい。きぃ。

 別に気になんか…なるわよっ。

 うう、何だって休みの初日から他の女に取られなきゃいけないのよ。
 多分平気だと思うけど、万が一もしかしたら。
 アイツ馬鹿だし人が良いし状況に流されやすそうだし一歩向こうはけだものだしっ。
 綾子だってどっちかって言ったら明らかにぶっちぎりで外見は綺麗な方だし。


 …駄目だ決めた。



 明日は尾行する。





――想いに輝く、深紅の果実――





 そして明けて23日。時刻は午前9時半をちょっと過ぎたくらい。

「じゃ、行ってくるぞー」

 さあ行動開始。
 桜に目で合図をすると、コクンと頷いてきた。

 さすがに私1人では只の危ないヒトの様な気がしたので桜に来てもらう事に。
 虎では駄目。うるさいから。
 白いのはもっと駄目。きっとストレスで私がどうにかなる。


 彼が門の向こうに消えたのを確認して私たちも玄関から外へ。
 身を隠しながらカサカサと追いかけていると、何だか変な昂揚感が沸いてきちゃう。
 いけないいけない。目的を忘れちゃ駄目よ。

 かくれんぼしながら鬼ごっこ。気付くと随分歩かされて、町並みが賑やかになってきた。
 まあこの辺で待ち合わせするような場所なんて限られてるわよね。
 あ、士郎が立ち止まったわよ桜。



 彼が辿り着いた先は、やっぱり新都の駅前繁華街。
 フランチャイズのフードショップ、店先の怪しいマスコットの前で突っ立って。
 どうやら待ち合わせの場所はそこみたい。

 というかそのマスコットは赤いコスチュームを着ていて怪しさ倍増。子供が見て喜びそうには思えない。

「わぁ、もうクリスマス一色ですねー」

 隣から呑気なピンク色の声が。

「…そうね」

 キラキラした装飾が施された町中に流れているそれっぽいBGM。かえって興が削がれる気もするわ。
 いちゃいちゃしているフライング気味な男女の群れはどいつもこいつもピンク色で。

 なのに私たちは女2人で何してるんだろうと、いきなり凹みそうになる心を奥歯で噛み砕く。
 とそこへ。

「あっ遠坂先輩来ましたよっ」

 桜が驚いた声を上げたので慌ててその視線の先を見ると。

 …。
 ぶーーっ。

 そりゃ桜も驚くわよ。

「凄い…気合入ってますね主将」

 とっくの昔に主将じゃないでしょ。あんなのは綾子で十分よっ。
 でもあの格好はどうなんだろ。

 あんな綾子の普段着なんて私ですら見た事が無い。むしろあれを普段着とは呼びたくない。
 上半身。ちょっと大き目で、ふわふわなハイネックのセーター。それだけなら普通だけど。

「足、出し過ぎよね」

 問題は下の方。
 大胆と破廉恥のボーダーギリギリくらいの長さのタイトなスカートが、彼女の腿にピッタリと張り付いている。

「はい。遠坂先輩と同じくらい、いえそれ以上かも知れないです」

 …微妙に私も責められた気が。
 一緒にしないでよ。私はオーバーニー有り。あっちはブーツで隠れてるトコから上、全部素足じゃないっ。
 すぽーんと出てる面積がとんでもなくて、辺りの彼女連れの男どもすらチラチラ視線を送る程に目映い。
 あれで綾子が自信満々に歩いてこなければこっちだって照れちゃってるわ。

「せんぱい…すっかり動揺しちゃってます…」

 ぴしっ。
 思わずこめかみが。
 あの空っぽ頭め。そんな太腿に騙されるなッ!よく見なさいそれは武芸百般妖怪美綴よっ。
 顔をそっぽへ向けながらうろたえて話す士郎に対して、綾子は必要以上に近くに立っている様な気がする。


 ぴししっ。
 あれ。これは私の音じゃない。っておい。

「うふふ。せんぱいはそーゆーのがお好みなんですか胸より足の方がそうですか――」

 あ、あの…桜?それ笑ってるのかしら?

「さあ2人が動き出しましたよ行きましょう逃がしてはいけません遠坂先輩」


 …桜を連れてきたのは一番失敗だったかも。




「どうやら服選びの様ね」

 あいつらが先ず入った店のガラス張りの向こうには、たくさんのジーンズやシャツが折り重なっている。

「でもあそこのお店って男性用の物ばかりですよね?どういう事でしょう」

 ふむ。確かにワトソン君の疑問は正しい。少なくとも自分用ではなさそうだって事は解るけど。
 くわっ。士郎でサイズ合わせしやがってるあの女ッ。

「あ、お買い上げみたいですね」

 綾子め、嬉しそうな顔しちゃって。何を買った。
 予め目的地を調べておいたのか、彼女の足取りには迷いが無い。
 紙袋を抱えながら次の場所へ。

「靴屋さん…うーん、よく解りませんねえ」

 ここもやっぱり男物中心。嫌な予感グラフがぐんぐん伸びて行く。

「アイツの事だからロクでも無いことに決まってるわ」

 現状から予想出来る解答その1。
 ・実はあれらは彼女が着るものである。男らしい言動の多い彼女は実際に男装が大好き。

 …ありそうだけど絶対無い。彼女の部屋や私服はたっぷり少女趣味と言っていい物ばかりだ。

 その2。
 ・ストレートに士郎へ渡すものである。

 こっちはありえる。
 彼を引きずり回して最後の最後に”コレ、アンタへのクリスマスプレゼントだから”とか言って恥らいながら渡す気なのよきっとっ。
 士郎の性格を知ってる綾子なら更に乙女モードで迫るぐらいするわ。何て悪辣なやり口ッ。

 あはは、彼女を埋める穴は可能な限り深く掘る事にしよう。2度と出て来られない様に。

「落ち着いて下さい、まだ判決を下すには早すぎます。でももし…くすくす」


 ごめん…あんたが落ち着いて頂戴。お願いだから。


 その後デパートの宝石売り場とかに入られた時は特にまいっちゃった。
 隣でくすくす笑う奴が気になるばかりで士郎達を窺う暇も無くて。
 危うく2人を見失う所だった。







 時計の針が真上で出会う頃。
 いらない事で神経すり減らしたし、いい加減お腹だって減ってきちゃったわ。
 あいつらもどうやら同じ様で、レストランのメニューのフェイクを覗いている。

「お食事…冗談でもあーん、とかしちゃったら有罪ですよね極刑ですよね遠坂先輩」

 …本当にそろそろ尾行止めた方がいい気がしてきました。こんな子の所にはサンタさんは絶対来ない。
 私の方はもう毒気抜かれまくってるし。

 するとそんな心が通じたのか。

「おーい、アンタ達もう出てきていいぜー。一緒に昼ご飯にしないかー」

 やけに男らしい声はどうやら私達に掛けられているみたい。
 こっち見て手なんか振ってくる妖怪太腿。

「あ。…どうなさいますか?」

「はあ。もういいわ。直接訊いちゃった方が早そう」

 妙に悔しいので堂々と出て行ってやった。
 ご飯食べながらキッチリ話をさせて頂きましょう。

「気付いてたのね綾子」

 士郎の方は全くわからなかったのかビックリしてる感じだけど。

「まあね。昨日の段階でこうなるだろうって思ってたし。それに2人とも気配隠すの下手過ぎだ。というか隠してすら無かっただろ」

 それは多分桜の殺気です。




「――と言う訳で、これは柳洞にあげる物なの。あいつってあんまりマトモな服持って無さそうじゃない?」

 適当に入ったファミレスで彼女の口から出たのは予想外の、予想以上の話。

「ほら。遠坂先輩は心配し過ぎなんですよ」

 暖かい紅茶を飲みながらホカホカな桜。
 貴女だけにはそんな事言われたく無い。掌を反した様に何をっ。さっきまでの黒いのは何処へやったのよ?

「うーん。確かに士郎なら体型は近いけど」

 実際柳洞君たら、士郎に負けず劣らずの勢いで背とか伸びたし。

「俺も今日聞いて驚いたけどな。そういう理由だったから喜んで協力した」

「でもそれだけならわざわざそんな身なりをして来る必要は無かったんじゃなくて?」

 相変わらず放り出されている無駄に健康そうな足。
 ふーんだ。私の方が細いもんっ。
 爪先を踏ん付けようとしたら逃げられた。ちっ。

「ちょっとしたリトマス試験紙代わりに衛宮を使わせてもらった。どんな反応するかなーって」

 健全な男の子なら赤以外の色は出ないと思う。絶対解っててやってるわねコイツ。

「駄目ですよ主将そんな、せんぱいを惑わす様な事しちゃ…くすくす」

 …黒いのが少し見えた。だからもう主将じゃないでしょうが。
 うん、別の話題にしよう。

「それにしても綾子と柳洞君…ねえ」

 頭の中で並べてみると割としっくりいってる気がするからまた不思議だわ。
 寺の頑固息子と熟練武道女。カップリングの指向性としては正しいのかも。

「進級してからアンタ達絡みで色々話す機会が増えてね。…それ以上詳しくは乙女の秘密だけど。まあ人生とは驚きの連続、面白いものだって事さね」

 いつだったか弓道場で聞いたのと同じ台詞を吐いてカップに口を付ける。
 私が自分と士郎の事でいっぱいいっぱいだった間にホント、色々変化してたんだ。

「そんな感じでアンタ達2人がキッカケではあるかな。だからココは奢りにしといてあげる。もちろん間桐の分もいいよ、好きなの頼んでくれ」

「そう。じゃ遠慮なく頂こうかしら。それからとりあえずおめでとう、と言っておくべきかしら」

「あはは、さんきゅー。やっぱアンタに限り注文はお手柔らかにな」

 ふふん。ま、それなりで手を打っといてあげるわ。



 眼だけで解り合った私と綾子を差し置いて、

「あの…主将、お言葉に甘えてこれ頼んでみてもいいですか頼んじゃいますね?」

 またしても主将と呼びつつ、怪しいテンションの桜がメニューの高いほうから2番目をサラッと注文していた。