――想いに輝く、深紅の果実〜PARTY NIGHT〜――




『めりぃくりすま〜す!』


 衛宮家中どころか多分外にまで響き渡る声を合図に、コルク栓が次々とすっ飛んでいく。

 私を入れて都合7人。呼んでもいないのに衛宮家へやってきた綾子と柳洞君まで加わって。
 当初の妄想クリスマスイヴとはまるで別物になっちゃった…。

「はい、柳洞先輩もどうぞ」

 いそいそと皆にシャンパンを注いで回る桜はとても上機嫌。

「うむありがたく、と言いたい所だが。…間桐、それはアルコール分が含まれているのではないか?」

「やだねえ柳洞。今夜くらい付き合いなよ。お酒に弱いって訳でも無いんでしょ?」

 ちょっと困ったふうに顔をしかめた柳洞君。
 その隣から悪戯っぽい顔の綾子が、既になみなみと液体をグラスに揺らしながら彼を誘う。
 まだ飲んでもいないのに頬がほんのり赤く見えるのは彼女もそれなりに乙女って事なのかしら。

「そうよー。わたしも許可するから、ね?柳洞君も一緒に無礼講しないと先生泣いちゃうわよ?」

 …更に別方向からもお誘いが飛んできた。
 この生き物は生まれつき酔っている。何せ虎だし。そうでなければ教師の身でそんな台詞は吐けない。

「む…。仕方無い、一杯だけ頂きましょう」

 途端虎とアイコンタクトをして桜が勢い良く満杯に注ぎ切った。
 堅物も飲ませりゃこっちのモノよねー、そうですねーといった表情に見えますがどうか。
 黒いクリスマスだけは避けたいのですが。

「イリヤはこれでいいのか?」

「ええ。私は幾らなんでもお酒を飲むわけにはいかないでしょ」

 イリヤには士郎からオレンジジュースのお酌。
 コイツだけ素面で居させるのもそれはそれで悔しいけど仕方無わね、さすがに。


「みんな飲み物まわったわね。では不肖わたくし藤村が代表して乾杯の音頭を執らせて頂きますが、そもそも乾杯とは杯を乾か…」
『かんぱ〜い!!』

「うあ〜〜っ!先生の話を最後まで聞いてよ〜ッ!」





 30分とかからずに、予想通りクリスマスパーティというより只の宴会になっちゃった。

「先生。そろそろコレにしませんか?」

 …。
 さっきと酌をする瓶が違う。焼酎って書いてある気が。
 迷い無く出されるコップに、同じく迷い無く収まる透明なお酒。

「うむ、苦しゅうないそちも飲め」

 桜さん。その返礼をにこやかに受け取らないで。
 アンタ可愛い顔して結構飲み慣れてるわね?恐ろしい子…!


「ほらみんな注がれたらすぐに飲む!食べる前に飲むっ!」
「先生、おかわりをお願いします」
「桜ちゃん早ッ!?」

 そうしてエンジン全開になった2匹のおかげで周りも被害甚大。でも。

「にゃはは〜。りゅうどおー、お酌してー」
「美綴っ。お前は飲み過ぎだ、自重せよ」
「いーじゃん、アンタが送ってってくれるんでしょ?」

 多少演技も入ってるだろうけど甘えん坊っぽい綾子も面白い。

「一番、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&間桐桜。歌います」
「いいわよ2人ともいっちゃってーっっ」

 ぶーっ。いつの間にイリヤに飲ませたのよっ。あ、歌上手…。アニメの歌だけど。

 …まあいいわ。この先こんなふうに集まって騒げる機会なんていつになるか解らないしね。
 諦めて手拍子を打ちながらふと隣を見ると、首の後ろまで赤くしてるけど落ち着いてる感じの士郎。

「ねえ、何かぼーっとしてない?大丈夫?」

「ん?あ、ああ。楽しんでるさ」

 その言葉は嘘じゃ無さそう。だけどほんの少し様子が違う気が。何か考え事をしてる様にも見えるかな。
 ちょっと勘繰り過ぎかな?と思ったら、

「こらっ!そこよそ見してないで盛り上げるッ!!」

 一瞬の思案も吹っ飛ばされて、慌てて士郎と一緒にみんなの輪へ。

 挨拶代わりとばかりに半端に残ったグラスを頼もしくされて、もう一度みんなで乾杯。
 アルコールくさくて馬鹿でどうしようもなくて。大騒ぎしてやっぱりお酒くさくて、でも最高に笑っちゃった。





 やがて誰からとも無く宴会から脱落していく。
 藤村先生と桜が、両脇からイリヤに抱きつきながら。
 あぐらをかいたまま柱に寄りかかった柳洞君。綾子はその肩を借りて。

 静かな寝息が降り積もる様子を肴にして、何故か最後まで残った士郎と私がちびちびと残り火を焚く。


「今日は面白かったな」

「うん。珍しいものいっぱい見たかも。後片付けとお布団出すのは私たちの仕事になっちゃったけどね」

 そう答えた私に。
 きっと夢の中でもまだ宴会してるんだろうな、と付け加えて。
 士郎がグラスの中身をぐいっと飲み干す。

「あ、何かまだ飲む?」

「そうだな――いや、ちょっと話があるんだけどいいか」

 その言葉は急にしっかりした色。
 …そういう時はとても大事な話がある時よね。

「ん。じゃ、ちょっと軒先で酔いを醒ましましょ?」

 彼もそのつもりだったのかコクンと頷いて、とろけきっている5人を起こさないようにそっと居間を出た。









「う〜、さすがに寒いかも」

 雪は降っていないとはいえ年の瀬の夜中ともなると、静けさと気温が耳に痛い程。

 自然に隣の彼に背中を向けてそのまま体を後方へ投げ出す。
 思ったとおりに抱き止められ、それだけで奥から熱が湧き出して暖めてくれる。
 すぐに絡められた彼の腕からも、この上無く幸せな温もり。
 甘え過ぎな気もするけどアルコールのせいにしちゃえ。

「うふふ。で、話って何かしら?」

 顔だけあげると感じる彼の熱っぽい息。やっぱりアルコールの匂いが強い。
 でもその頬の赤みの方は多分それ以外が原因でしょ?

「ああ。一応クリスマス…プレゼントになるのかな」

 返答はちょっと照れながら。
 絡めていた手の一方をジーンズのポケットへ。そして帰ってきた手にあったのは。


 紺色のフェルト生地が貼られた小さな箱。
 …それって。もしかして。

「…貴方にしては気が利いてるわね」

 受け取る心の準備の為にちょっと時間稼ぎさせなさい。

「む、何か引っかかる言い方だな。まあ確かに俺だけじゃ思い付かなかったか」

 はあ。という事は。

「美綴に昨日、アンタはプレゼントとか用意しないのかーって訊かれて」

 やっぱりね。きっちりお節介してくれちゃって。

「でもあれだぞ。言われたのはそこまでで、これだって決めたのは俺なんだからなっ」

 そう言って少しむくれた声を出し、箱を私越しに大事そうにすっと両手で持ち上げて。

「凛。早く開けてみてくれるとありがたい」

 私の目の前まで来てストップ。

 ああ。決して自惚れじゃ無く、この中には間違いなく、――。
 優しい声に促されてその箱に近づく私の手。
 意思とは関係なしに震えている指は寒さのせいなんかじゃない。内側から踊り狂う期待と喜び。



「あ…」

 それは思ったより随分控えめな感じだったけど。

「俺の中の凛のイメージで素直に選んでみた」

 とても濃い、血よりも濃い紅の小さな石。
 銀のうてなに座ったそれが、清廉な冬の夜空にくっきりと形を成して。
 うっすらと月の光を収めて瞳を揺らす。
 石の種類は…ううん、そんなのどうでもいいわ。

 綺麗。美しい。嬉しい。
 ――愛しい。

 強くそう思わせてくれるだけで何よりだもの。
 まったくもう、こんなもの貰っちゃっていいの?一生大事にしちゃうからね?


「あのさ、凛」

 すっかりそれに見とれていた私へ。
 彼からのプレゼントはそれだけじゃなかった。

「うん?」

「今すぐは無理だけど、あと3ヶ月したら…卒業したらさ」

「うん」

「俺と結婚してくれ。いや、結婚しよう」

 再び自由になった彼の両手で強く包まれて。
 …全く、もう。
 そんな事言っちゃっていいの?一生放さないからね?

「…随分と唐突ね。ひょっとして酔ってる?」

「馬鹿。こんな事酔った勢いなんかで言うかっ」

「むー。いいから私の疑問を解消しなさい」

 一度深く吸い込んだ息を、はっきりと白い形で吐き出してから。

「その、向こうに行ってから…こ、子供とか出来たら色々手続きとか国籍とか面倒だろ」

 はい?
 子供?誰の?私と貴方の?


 …。
 ぷーっ。

「何だよ、笑うなって。すげえ大真面目なんだぞ」

 あは、ごめん、そうじゃないの。
 ありがとう。貴方がそんな事言ってくれるなんて最高よ。

「あと、理由もう一つ。こっちがメインかな」

 うん。

「そうしたいから。凛と目茶苦茶結婚したいからだ」

「…ばーか」

 理由になってるようなそうで無いような。
 でも。貴方の不器用さは、簡単に私の深くまで届いちゃうのよね。
 


「してあげてもいいけど私、我侭だし乱暴よ」

「知ってる。その分俺がお前を大事に扱うから大丈夫」

 くす。またちょっとずれてるわよ、馬鹿。

「貴方の事きっといっぱい困らせるわ」

「いいよそんなの。意地悪してこない凛なんて居る筈無いしな。遠慮無く困らせてくれ」

 言ったわね。覚悟しなさい。

「――私多分、貴方のこと一生放さないわよ」

「ああ。俺もだ。だから――」

「うん。はい」


 返事の代わりに差し出す左手。

「何か思い出した。前に屋上で似たような問答したよな」

 そう笑って。
 大事そうに箱からつまんだ指輪を薬指へ導いてくれた。

「そうかもね。くす、じゃあまたこれで契約成立かしら?ハンコはこちらに――あ…んむっ」

 言い終わる前に不意打ち。今回は彼から。

 あむぅ…ばか。
 ますます好きにさせてくれちゃって、どうする気なの?
 え?うん、いいからもっとキスしなさい――

 向き直り鼓動を合わせる様に抱き合って。
 目を閉じて彼以外を遮断しようとした時。




かたんっ。


 え。


 …こら。


 物音の先、彼の後ろにはあからさまな程に隙間から光が覗いている。
 折角のいい気持ちがすーっと引いていっちゃった。
 代わって押し寄せてきた波の勢いに任せて、手を伸ばし襖を一気に引き開くと。

「ひゃんっ」
「げっ」
「きゃっ」

 多分姦しい方から順番にあがる声。

「あんた達ねえ…趣味悪過ぎるんじゃなくて?」

「むー。そんなラヴラヴ光線出してたら起きちゃうに決まってるじゃない」
「いやあ、大変参考になったよ遠坂。絶対真似できそうに無いけど。今なら口から砂糖が吐けそうだ」
「お願いだから続きは2人っきりの時にしてね」

 きえっ。黙れ、特に白いの。
 人様を見せ物にするなんて覚悟は出来てるんでしょうねっ。

「ん…。続きって、なんですかぁ…」

 出歯亀トリオの後ろから、丁度今目を醒ましたのか桜がトロトロした声で。
 うーん。この場でこいつらを叱り付けるのは危険な気がする。

「パーティの続きよ。ね、士郎?」

「ん?ああ、折角だしそうするか」

「よし、ではもう入れ。体を無闇に冷やすな。その様子では大して冷えてはいないだろうがな」

 貴方も起きてたのね小坊主。しれっと言っちゃう辺りいい度胸だわ。
 …何よみんなして。そんな笑顔向けられたら怒れないじゃないのっ。
 こうなったら泣くまで飲ませてやるっ。





「桜、隣いいかしら?」

「あ、はいどうぞ。まずはまた乾杯からですね」
 可愛い後輩と。

「うふー。実はまだ取って置きの1本があるのだっ」
 姉の様な妹の様な人に、

「お酒って結構楽しいかも知れないわね。気分が悪くなるだけだと思っていたわ」
 妹の様な姉の様な奴。

「む。では衛宮はこちらだな」
「だね。ほらさっさとあたし達の間に来な」
 もちろん親友の貴方達も。

「なんかお前ら性質悪くなってねえか…」



 再び始まった大騒ぎ。

 そこにはいつの間にか繋がっていた、決して切れない糸。
 貴方と私はその糸で編んだセーターを着ているから。
 どんな吹雪の中でも前だけ見て一緒に歩いて行けるわ。ずっと心は温かいままにね。


 テーブルの下でもう一度確かめるようになぞる薬指。
 うふふ。これって…婚約指輪でしょ?
 なら士郎にも指輪を贈らなくちゃね。

 でもね。貴方が大事にしてくれるのは私だけじゃ駄目よ。
 だからお返しは――私たちから。
 これと同じ様に赤い石と、もう1つ青い石を。日にも月にも映える様に。
 頑張って用意するから楽しみにしてなさい。


 密かに独り襖の向こうの月へ呟く。

 セイバー。
 貴女の分は勝手に選んじゃうけど、お金を出すのは私だから貸し借りなしって事にしておいて。
 彼にはふたつを重ね付けしてもらうつもりよ。2人分の想いは永遠の誓いだもの。



 私たち3人だけにずっと結ばれる、運命の赤と青。



 メリー、クリスマス――。