ホームポジションへのリンク

ビール蒸留装置
 

タイムマシーン

 東京工業高校発明研究倶楽部3年主将・大川真一と副将・山口勉は発明に情熱を注ぐ同士であった。この日も部室で個々の発明に没頭していた。お互い希有な発明オタクというのであろうか。一度、発明に掛かると周囲が見えなくなる悪い癖があった。二人は、この夏休みも学校の部室に来て、発明にいそしんでいた。
「山口、俺、しょっとすると大発明しちゃったかも?」
「はいはい、今度は何ですか? 今、大事なところなんだ、待っててくれるかな」
 山口は朝から大事な作業でもある電子基板をはんだで繋いでいる最中だった。10分後、一区切り付くと、身体を起こし、フーと深い息を吐いた。
「これで僕の発明も90%完成です。ところで、大川さ、大発明したとか言ってたようだけど、何を?」
 隣の作業台に座っているであろう大川に声を掛けながら、山口は大川に身体を向けた。
「えええ、???」
 その大川の姿を見て驚愕した。何と、大川が小学生になってしまっていた。いや、正しく表現すると、いや、物理学的には、いやいや、客観的に、いやいやいや、科学的に表現すれば、大川の背丈が通常の半分になったというほうが正解であろう。
「君? 誰? 」
 山口はいるはずであろう大川の代わりにいる何処かの少年に尋ねた。
「俺だよ。大川だ。この装置でこうなったんだ」
 大川と名乗る少年が差し出した物は10センチ四方のサイズのものだった。只の電卓のようにも見える。
「何? これで若返ったのというの?」
 山口は動揺する自分を隠すように笑い顔で少年に訊いた。
「違う、僕は10年後に、君をタイムスリップさせたんだ」
 少年は、否、大川が真剣な顔で、自信に満ちた声で訴えるものであるから、状況が理解不能に陥っている山口はますます頭の中が真っ白になりつつあった。
「何で、僕は何も変わらないぞ? ずっと、ここにいた」
 山口は少年の訳の分からない話に反応していたが、まるで自分の頭脳で解明できないことが起きたのではないかと推測した。それは世紀の大発明であり、大川に先を越されてしまった、という嫉妬が脳裏をよぎった。
「山口、気が付かないかも知れないが、君は僕によって10年後にジャンプしたんだよ。これは周囲の時間を変える画期的な発明なんだ」
 大川の話に山口は完全な敗北を感じながら言った。
「じゃ、何か? 君は小学生の分際でタイムマシンを発明したというのか」
 そんな会話をしながら、山口は大発明をした大川への嫉妬で一杯になったそのとき、部室のドアが勢いよく開いた。
「おお、お待たせ、缶ジュース、買って来たぞ。山口も飲むだろ? 太郎も飲もう」
 山口が声のするほうを見ると大川だった。
「ええ、? えー、こいつ、って? 」
 山口は思わず大きな声を張り上げてしまった。
「ああ、俺の弟だよ、さっき、太郎が遊びに来たとき、お前に紹介しようとしたら、お前、作業に夢中だったから、そこで待たせて、コンビニへ物資を仕入れに行っていたけど、何かあったの?」
 逃げる素振りの少年の手をしっかり掴んでいた山口はにんまり笑った。
「いい度胸じゃん、少年」
 その後、夏休みの間中、太郎少年は山口の助手として、否、小間使いとして、こき使われたのであった。

超短編小説の目次に戻る