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 天上

タマ校長


 「いじめ、無視、不登校、校内暴力、器物損壊、学力の低下、モンスターペアレント、猛烈教育ママ、不遜教育パパ、給食費の滞納、学校を取り巻く諸問題は 増加をたどるばかり、とどまるところを知りません」
 ケーブルテレビに出演しているK区教育長、紺竹正(こんだけただし)はK区の全家庭のモニターに映し出されていた。正面を見据え、スーツを決めた紺竹は 一呼吸置いた。
「私はその打開策として、1つの解決策をここに提示し実行に移すべく、本区幼稚園から中学校にその救世主を順次、配置させていく決断をするに致りました」
 モニターに映し出される紺竹の顔がさらにアップになった。すると、紺竹はにやりと笑ったかのように金歯を見せて言った。
「ご存じあの人気タマ駅長をタマ校長として着任していただくことをここに宣言します」
 紺竹の膝の上に待機していた三毛猫が突如演台に飛び乗ったかと思うとモニターに向いてニャーとひとなきした。お馴染みのタマ駅長の勇姿であった。放送ス タッフからどよめきが起きた。
「ええー、うっそー」「何考えてるんだよw」「まともじゃないよw」
 紺竹に対し罵詈雑言のつぶやきの嵐であった。紺竹は意外な(否、予想していたとおりの)反応に少し動揺した。
「ごもっともでございます。私も駅長職務と校長職務は全く異質なものと認識しておりますが、敢えてタマ駅長の能力に期待すべく、この決断に踏み切った所存 でございます」
 紺竹の額に汗がにじんだ。
「おいおい、そこかよ? 猫に校長が務まるのかってことだ ろ?」
 この教育長会見は全国紙レベルで報道され、あらゆる教育評論家からの反響があった。
「画期的な刷新で脱帽です」「いやいや、猫に頼ろうとは何と」「青天の霹靂と申しますか」「前代未聞ですね」「大胆すぎて付いていけません」「いろんな考 えがあっていいのではないですか?」「さすが日本の風土と申しましょうか」
 どの意見も絶賛とは言いがたいが、おおかた、新しい取り組み、打開策として試してみる価値はあるであろうという反応であった。かくして、タマ校長は実験 的に東京下町のとある小学校へ配属されることになった。タマ校長が出勤する朝、小学校の生徒は全員が正門の前に 集まった。
「おい、猫だろ? 」「校長って、学校で一番偉いんだろ? 」
「おまえ、校長にするくらいだから、すっげえ、スーパー猫なんだろ? 」
「早く来ないかなあ」
 生徒は今か今かとタマ校長の姿を見ようと、背伸びをして待っていたときであった。
黒塗りの車が到着し、生徒は歓声を上げた。ドアが開いて、その中から教育長紺竹が降り立った。生徒から拍手が起きた。
「皆様、お出迎えありがとう。しかしながら、悲しいお知らせを皆さんに伝えなければなりません」
 紺竹教育長はスーツの胸ポケットからハンカチを取り出し、目の下を一撫でぬぐうと、顔を上げ生徒を見回した。
「残念ですが、今朝、タマ校長が亡くなりました。享年15歳でした」
 これにより、紺竹の教育刷新は頓挫した。しかし、最初から猫を選んだという時点で頓挫しているという大方の反応ではあったが。猫の手も借りたい、とは良 くいったものだ。

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