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未来図書館

  江東区の仲町商店街から路地を入ったところに区立の官舎がある。そ の官舎の名前がキヨスミ荘である。このキヨスミ荘から歩いて約5分のところに公共の図書館で清澄図書館というの がある。全国で初めて24時間開館、年中無休開館を開始した図書館として有名になった。
「いつでも知りたいことが知れてこそ図書館だな。知の全面開放だよ」
 独創的な発想の海崎区長の一声で、この営業時間が導入された。当初、ホームレスの宿泊所になってしまうという 反対が地元住人に巻き起こったが、とにかく、導入してからまた考えようと言うことで、月日は流れて5年余が経っ た。予想通り深夜でも利用者はあった。少なからず行き場のない人間が訪れる。だから、キヨスミ荘の住人も人間ド ラマを求めここに常勤する。キヨスミ荘は作家の住む官舎なのである。
   *
「大川君、毎日、ご苦労だね? しっかり頼むよ」
 そう言うのはキヨスミ荘家主兼任区長の海崎でキヨスミ荘の管理者である。海崎は家主に重きを置いていた。そこ に住む大川真一はキヨスミ荘からこの図書館にシフトで深夜の時間に出向き、働いている。24時間体制でキヨスミ 荘スタッフが図書館に訪れる人の随筆作成のため勤務していた。
 午前2時。この図書館は隣が都立の庭園で周囲に家が建っていないものだから、当たりは真っ暗である。しかし、 24時間開館なものだから、ここだけ、闇夜に浮いたように光っている。この図書館を遠くから眺めると宙に浮いて いるような幻想的たたずまいがある。光が虫を集めるように、行き場のない人間もこの図書館を訪ねてくる。
 この図書館の蔵書の特色は、過去1000年余の新聞を所蔵している。江戸時代の瓦版はもちろんのこと。どう やって収集したかは企業秘密というが。それと、ロポルタージュ、自分史も置いてある。光源氏、小野小町、聖徳太 子から仲町八百屋主人・田中一郎史などもある。そうこの図書館の目玉は無名の住民の生い立ちを伝記風に編集し製 本している。
 資料は全てデジタル化されており、音声、映像により閲覧できるシステムを取っている。フロアにはそのためのタ ブレット端末1000台が設置されている。その一角に区民へのインタビュールーム100室があり、そこで、大川 たちキヨスミ荘のスタッフが深夜にここを訪れる人の話を聞き、体験談を編集している。人の一生ほど数奇なものは ない、という海崎区長の特命により、大川たちはキヨスミ荘に常駐し無名の人たちの話を聞き取っている。
  *
 あるとき、海崎が大川たちの仕事をねぎらうために深夜にやってきた。
「いや、いや、皆さん、ご苦労様、盛況で何よりです」
 海崎が来たとき、100室あるインタビュールームは満室であった。 大川はインタビュールームから出て来て、海崎に尋ねた。
「これって役に立つのでしょうか?」
 海崎は笑いながら大川に言った。
「評価は直ぐ出るものばかりではないのだよ、大川君。明日かも知れないし、10日後かも知れない、いや、数万年 後かも知れない。いいかい、かの太平洋戦争で生き残った人たちの声をここでは聴くことができる。魂の叫びと言っ てもいい。縄文式時代の土器にしてもしかりだよ。そういうあったものを、存在したすべてを残す。評価というもの は後世でしかできないのだよ。今できる、私たちの職責は収集し保存することにある」
 それだけ言うと海崎は大川に手を振って玄関を出て行った。

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