メモリ

 

 山口肇は「メモリ高価買取応相談出張有エコS電話XXXXXXXXX」という新聞の3行広告記事を見つけた。昼の仕事休みということもあっていつもは見ない欄だが何となしに目に留まった。

「きょうび、パソコンのメモリなんて安くなったのに買取なんかしてるんだあ? エコサービスか? 変な会社だよな、いくらくらいで買い取りするんだろ? 」

 山口は暇な時間ということもあり、広告の電話番号をプッシュする。呼び出し音が3回も鳴ってやっと出た。

「もしもし、エコSでございます」

 ゆっくりしたしゃべり方で落ち着いた感じのいい声の男が電話に出た。

「あの、メモリの買取広告見たんですけど、いくら位で買い取りするんでしょうか? 」

「新聞広告をご覧になったのですね? 」

「ええ、それで電話したのですけど」

「さようでございますか、お宅様は高価買い取りの条件にかなりの率で適合されており、高額を提示できると思います」

 山口は少し会話がかみ合わないような気もしたが、何分、暇な昼の時間を利用していたからさほど気にもならなかった。休み時間はまだ30分も残っている。

「それで、おいくら位なんでしょうか? 」

「お宅様の年齢はおいくつでしょうか? 」

「はあ? 年齢? 買取に何か関係があるのでしょうか? 」

 山口はプライバシーを聞かれているようで気分を害した気がした。

「大変失礼しました。今、透視できました。20歳くらいの方ですと、メモリが少ないので、価格的には相場で2,000万円くらいになりますが、お宅様のように年齢が加算するに従いまして料金も加算されます。お見かけした所52歳の方と思いますので15億円というところでしょうか」

 山口は男の言葉に驚いた。

「君は何を言ってるのかね、メモリって、パソコンのメモリではないのか? 」

 相手の男は一瞬沈黙した。

「あの広告をご覧になっている方は過去の栄光を捨ててしまいたいと思っている方です。たとえば、あなた様とか」

「何ですか、過去の栄光だなんて、今が駄目みたいな言い方して、失敬だな、だいだい、人のことを見たこともなく、推測でいうんじゃない。そんな、気分悪いぞ、もう、切る」

「ふふ、もう、あなたのメモリは電話を頂いたときから既に当方の流通に乗ってしまっているのですから我が儘を申されては困ります」

「何だね、押し売りもいい所だ。だいたい、人の記憶など買い取れる訳がないじゃないか、悪ふざけもいい加減にしろ」

「ふふ、あなたは何処に電話したかご存じないようですね。エコSとは、エコエコアザラクという黒魔術の呪文から取り、Sは、最後の魔女の呼称、サスペリア・テルザを冠した組織である。お前はもう逃げられないのだ」

 その言葉に驚いた山口は受話器をたたき付けるように切った。直後、電話が鳴る。2回ほど鳴ってから山口はそっと受話器を手にする。

「ふふふふふ、もう、お前は逃げられない」

 再度、同じ男の声である。山口は受話器を慌てて下ろした。

「どうして電話番号が分かるんだ? そうか? ナンバー表示システム? そうだよ、そうに決まってる」

 山口は時計を見る。もう、いつの間にか昼休みは終わり1時を過ぎていた。周りを見回すが誰一人いない。もう執務時間が始まっているのに。フロアにある50名ほどの机が整然と並んでいるだけで、座っているものはいない。山口の席はその席とはちょっと離れた所にぽつんとある。相手の男が言っていたように、山口は窓際に座らせられていた。山口の将来に栄光はなかった。いきなり窓の外が暗くなってくる。ゴロゴロ、雷鳴が轟き、ときどき、稲妻が光る。

「おい、何なんだ、この状況は? 」

 怖くなった山口は鞄を持つと席を立った。執務室から逃げだそうとして出口のドアノブを握った。そのとき、後ろ髪を引かれるように、何か音が聞こえてきた。

エコエコアザラク、エコエコアザラク、我は求め訴えたりエコエコアザラク エコエコアザラク、呪文みたいな声が聞こえる。山口はゆっくり後ろを振り返った。執務室の席に黒い巨大な塊が座っていた。その塊の中央に渦が巻き起きている。その渦に吸い込まれるように山口は足を踏み出していた。

「うわーーーーー」

 山口の足が浮き上がり、渦の中心に頭から吸い込まれていってしまった。

  *

「山口、起きろ? 」

 山口は肩を揺すられて目を覚ました。新聞の上に顔を乗せている。

「給料泥棒、1時だよ。寝てんじゃないよ」

 顔を上げた山口の顔に新聞紙が張り付いていた。新聞を顔に付けたまま立ち上がると、声を掛けてきた社員にゆっくり顔を向けた。張り付いていた新聞紙がぽろりと落ちる。それが不気味で社員は少し動揺した。

「何だよ、やるのか? 」

社員は一歩下がり両手を胸に置き身構えた。山口はにっこりほほえむ。

「はい、では、これから帰ります」

 それを聞いた社員はあきれたという顔をして言う。

「寝ぼけてるんじゃねえぞ、山口、ふざけるな、まだ1時だぞ」

 社員に恫喝されても山口は夢遊病者のように表情がなくなっている。ゆらゆら歩き、社員の横を通り過ぎていく。山口の右手には小切手が握られていた。額面、15億円。ポロリと山口の手から落ちた小切手は執務室のキャビネットの底の隙間に吸い込まれるように入り込んだ。

「おい、山口、何処へ行く? 」

「はあ…… ところで、あたし、山口っていうんですか? 」

 山口の記憶は完璧になくなっていた。

エコエコアザラク、エコエコアザラク、フフフフフ、次はあなただ。

 

 

  

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