福の神

 

「福の神様、どうか、きょうも一杯笑いが取れますようよろしくお願い申し上げます」

 田中の家の居間の真ん中に神棚がある。そこに祭った福の神に田中は柏手を打つと深々と一礼する。田中は物心ついた時から福の神を崇拝し人を笑わすことに情熱を掛けていた。

彼は人を笑いで幸福にしたい、と心から願った。

田中はバラエティ番組で最も脚光を浴びている花形コメディアンで、ふるさと探訪という番組に出ている。全国の家庭を訪問しては言葉巧みに笑いを引出していた。そのやり取りが和やかで沢山の視聴者から好感を持たれ、視聴率は群を抜く数値であった。

 あるとき、田中は福の神が住むという伝説の地方を訪問した。住民は常に円満な家庭を作っている。そういう家を訪問するのである。どんなネタでも笑ってもらえる楽な仕事と思っていた。

「こんちは、お笑いの田中です」

 茅葺屋根の家の外から田中が声を掛ける。

「どなたか、いらっしゃいませんかあ? お笑いの田中でーす」

 玄関の木戸ががらりと開く。

「お笑いの田中さん? 何じゃいねえ? 」

 六〇歳代の丸顔の女性が現れた。オカメな顔立ちをした女性である。田中は顔を見て吹き出しそうになるのをぐっとこらえた。笑わせに来たのに笑ってどうすんだよ。

「ううう、すんません、田中です。ネタやりますから笑ってやってくださいませえ」

「あんれえ、テレビに出てる田中さんかね? はれ、うれしいわ、はあはははあ」

「すんません、まだ、ネタやってないんですけど」

「ははは、もう死ぬわ、あんたの顔、見ただけで」

「それはいくらなんでも、オーバーですわ。ねえ、みなさん」

 そう心の中で呟やきながら田中はスタッフを見た。カメラマンはカメラを担ぎながらへらへら笑い、ディレクターは笑ってしゃがみこんでいる。

「ああ、苦しい、田中、いい加減にしろ」

 田中は笑い転げているスタッフや女性を見て呆然と立っていた。彼はオカメ顔の女性を見て笑いをこらえたため、顔のパーツがくずれてしまった。それはいわゆるひょっとこ顔であった。

その後、田中は街中で人と通り過ぎるだけで笑われる。家では妻や子供が笑い転げいっそう明るくなった。彼は鏡の前に立つ。どうしてこの顔だけで笑いが取れるのか分からない。しかし、考えようによってはこんなにも笑われるなんて、うれしいなあ。俺の願望通り。笑いで人を幸福にしたい、まさに自分の望んだ局地である。そうだ、これだけ、笑いが取れるなら、紛争地帯の国に行って笑いを取っていがみ合いをなくしてやると思った。

 田中は、数十年紛争が続いているA国に自衛隊の軍用飛行機で到着した。

「あははは、田中さん、まあ、見ててください、きゃはははは」

 添乗していた空軍大尉の大原は笑いながら田中に握手を求めてきた。

「いやあ、こんなそばで見ると、噂通りのキテレツですねええ」

 大原は目から涙を流している。

「きゃははは、それ、はは 、では、ふふふははあ、苦しいい。早速投下してまいり、ううう、ます、ははは、苦しい、やっと言えたあ、ふう」

 大原の乗る軍用飛行機の編隊は田中の顔のレプリカを満載し敵対している戦地に次々投下した。田中の顔攻撃を受けた戦地では即座に戦闘不能になり両軍は国連軍の監視下に置かれた。だが、監視しようとした国連軍の兵士も笑い転げて監視どころではない。この噂を聞いた紛争国では田中の等身大のレプリカを購入した。世界は田中の笑いですべてが包まれていった。田中もうれしく益々満面の笑顔になった。田中も儲けた貨幣の詰まった袋を背中に担いで喜んだ。彼は世界から紛争がなくなったとき、福の神となり昇天した。

二〇一二年未明、国連は福の神により世界から紛争を根絶することができた、えへへへ、と宣言した。

 

  

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