クローン介護士・ミナミ

 

ピピピピピ、ナースセンターのコール信号が二か所で警報音を挙げた。その時、介護士2年目の大下ミナミと介護士長の山田玲子が宿直をしていた。山田玲子が警報の場所を確認した。警報盤の前に駆け寄った玲子はマイクスイッチを入れた。

「柳下さん、どうなされましたか?」

 スピーカーから声は何も聞こえない。いや、何かうめき声が聞こえてきた。助けて、殺される、とミナミにはかすかに聞き取れた。ミナミの聴力は人間の100倍である。

「ミナミさんは203号室の柳下さんのところに行ってください。私はこれから503号室の武田さんの状況を聞くから」

ミナミは203号に向かう。午前2時、ミナミは静まり返った病院の廊下を走る。近づく203号室、病室のドアが開いて室内の灯りがこぼれている。ミナミはドアから病室へ駆け込んだ。4人ベヤで奥の右側が柳下千代子のベッドである。仕切られたベッド毎のカーテンを勢い良く開けた。ベッドには見覚えのない若い女が座っていた。20代くらいの青白い顔をした女である。

「あなたはどなたですか?」

 女性は閉じていた目をぱっちりと開けてミナミを見た。真っ赤な瞳が光を放っていた。

「ふふふ、ミナミ、やっと見つけたわ」

 長く伸びてきた女の手が、ミナミの右腕を力強く掴んだ。その手は青白く、手の中の骨や血管が薄く透けて見える。ミナミはその手を見た途端、自分が逃げてきた研究所の風景を思い出した。あの忌まわしい研究所での生活。体が恐怖で硬直した。こいつはクローンだ。その瞬間、ミナミは掴まれた手をねじり上げた。バッキという鈍い骨が折れる音がした。

アアアア、女は絶叫を上げてベッドから転がり落ちた。その時、他の3台のベッドから黒い影が跳び出してきた。

「いけ」

 青白い顔をした女たちが、ゆっくりした動作でミナミを取り囲んだ。

先程、腕をねじ切った女がミナミの足を片腕で抱え込むように必死の形相で押さえ込んでいた。ミナミは右足を軽くあげると同時に軽くジャンプした。そして抱え込んでいた女の頭蓋に左足で着地すると同時、右足を頭蓋の中心にかかとで撃ち落とした。ゴリ、っという鈍い音がした。女の首が胴から外れ皮一枚で繋がっていた。それと同時、3人の女たちがミナミに飛びかかった。ミナミは更に高くジャンプし両足を瞬時に180度開脚した。着ていた白衣が二つに飛び散った。その両足の甲が二人の女の顎をしゃくりあげた。二人の女の顎が歪んだと同時、砕け散った。二人の女はパワーを受けて真後ろに吹き飛んだ。壁にぶつかり落ちると、倒れたまま動かず横たわっていた。二人とも顔の半分が缶を潰したようにゆがんでいた。ミナミは更に開脚したまま空中で時計回りに旋回した。右足がもう一人の女の右側頭部に入った。女はミナミの体から発する衝撃波をモロに受け、首を傾げるように曲げた。声を出すことも与えない素早い攻撃である。4人の追っ手はミナミの一撃でミナミに擦り傷一つ与えることもなく倒れた。

「ここももう駄目みたいね」

 クローン介護士ミナミはまた次の介護福祉施設に向かう。

「追っ手を振り払うことができない」

 ミナミの苦悩は続く。ミナミのDNAには介護福祉施設で働くことが遺伝情報として組み込まれていた。介護福祉施設でしか働くことができないミナミは、絶対に追っ手を振り払うことができないのである。それを知っている追っ手は介護福祉施設のみターゲットにしてくる。ミナミの不毛の逃亡生活はこれからも続く。

 

 

 

超短編小説の目次に戻る