壊す人たち

 

 Mが台所で朝食を食べていたときである。ガシーン、ガシーン。外で異音が聞こえて来た。

「何だろう? 」

 道路工事が始まったのかと思った。でも、まだ、朝の6時である。役所がそんな早くから仕事を始めるわけがない。朝食を食べていたMは持っていた箸を食卓に置く。好奇心と不安が交錯していた。玄関まで来ると、ドアを静かに開けて外の様子を窺った。隣の家に住む鈴木という男が巨大なハンマーを振るって自分の家の壁に穴を開けていた。Mは驚いて鈴木に声を掛けた。

「鈴木さん、こんな朝早く、何をなさっているんですか? こんな大きな音を立てて、まだ、ご近所の皆さん、寝ておられますよ」

「はあ、申し訳ございません。どうしても思い立つと直ぐやる質でして」

「それにしても本当何をなさってるのでしょう? 」

 鈴木は自分の持つハンマーを見つめてからちょっと一呼吸ついてから言った。

「はい、壊しております」

「…う、そのように見えます…。しかし、何故に…壊すのでしょうか? こんな朝早くから」

「私にもよく分かりません。ただ、壊していればそのうち分かるかと思いまして」

 Mは鈴木がまた壊す作業を始めたのをじっと見つめた。何か思い出したように踵を返し、自宅に駆け込んだ。そして、食べ掛けていた朝食を済ませるため食卓に着いた。

「壊さないと分からないかあ? そうだよなあ」

 Mは台所の床の上に飛び散った皿の残骸を足で払いのけた。

「やはり、こんなもんじゃ足りないのかもな」

彼は朝食の味噌汁を飲み終えると、碗をつかみ、台所の壁に思い切り投げつけた。ガシーン。音を立て碗の破片が台所の壁や天井に飛び散った。ふう、と息を大きく吐き出した。彼は部屋の隅に立てかけていたホームセンターで買ったばかりの巨大ハンマーを手にした。ハンマーを持ちながら食卓の周囲を逡巡した。

 何故壊すのか、鈴木の言うように自分にも理由は分からなかった。そして、何処まで壊すのかも分からなかった。ただ言えることは、何かを始めなければ始まらなかった。それが何故壊すことなのか。今まで築いてきたものを壊すことほど難しいことはない。これは革命なのである。既製の生き方から脱皮する。その達成感はことさら大きいかもしれない。その興奮を想像してみた。はたして、壊しただけで得られるものなのか。

「まずは、小さなことからまずは始めよう。壊し終えたらまた築けばいいではないか」

 Mは一人つぶやくと食器棚に向かってハンマーを大きく振りかざすと、勢いよくハンマーを打ち下ろした。

 

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