技術開発  

 

「木下、こんなミス誰もしないぞ」

 技術開発係長の山田が部下の木下栄一に大声で怒鳴った。木下はやっと提出した10センチほどの厚さの書類の束を黙って見つめていた。

「明日の会議までこの計算をやり直して作っておけよ」

「あのう、もう5時を回ってますが、これを明日中となると徹夜になりそうです」

「あたりまえだろ? 原因を作ったのはお前だろうが。明日の会議に間に合わなかったらクビだ。分かったか?」

 木下はハンカチで汗を拭くと、書類の束を掴んで自分の席に戻ろうとした。ところが、足元がもつれ書類をぶちまけてしまう。 

「ああ、あー、派手にぶちまけちまって。ちゃんと書類にページは振ってあるんだろうな?」

「あ、そうでした。今度からそうします」

 あきれ返った山田は両手を上げた。木下がかがんで必死の形相で床に散らばった書類をかき集めている姿を見て思った。

「明日の朝、あいつを締めあげたらさすがに辞めるだろうな」

  *

 翌朝、山田は意気揚々と職場に出社してきた。恐らく木下は今頃必死に書類を手直ししているに違いない。もう、タイムリミットである。もうすぐ厄介者が消えると思うとうれしかった。

 山田は職場に入るなり木下の席を見た。いなかった。

「逃げたか?」

 そう考えながら自分の席に着いた。机の上に書類の束が積まれていた。山田は慌てて書類を見直した。ミスの部分がすべて直されていた。

「誰かが手伝った?」

 職場を見回した。応接室のソファーに木下が横になっている。他には誰もいない。山田は木下の寝ているところに駆け寄ると、横になっている木下を揺すり起こした。

「おい、誰に手伝ってもらったんだ?」

「あ、係長ですか? 何とか間に合いました」

「あああ、そんなあ」

山田は心の中でつぶやいた。

起き上がった木下は山田に一礼すると、洗面所に向かった。廊下を歩く木下の陰から更に黒い影が現れた。

「木下様、あれでよろしかったのでしょうか。もっとまともな上司のいる会社の方がいいのかと存じますが」

「無能な上司でいいのだよ。我々の計画を進める上で何の支障もない。だからこそ我々が雇われてもいる」

 木下は伊賀の忍びの者の末裔である。現在はこの会社の研究成果を盗むことが主な任務である。盗むという言葉は彼には心外かもしれない。彼は通商産業省から直々に雇われている列記とした公務員である。会社の研究成果を盗み、別の会社にその成果を流す。

「先を越された」

 盗まれたとは知らない開発者たちはそう思うのである。彼らは日本の最先端技術開発を促進させる仕事を政府から極秘裏に命令されている。世界の企業は彼ら忍びの者によって意図的に研究が加速されていたのである。

 

超短編小説の目次に戻る