大感染

 

 健康優良児、精力絶倫男、丸山男児62歳が入院した。病気など何十年もしたことが男はかつてないほど大がかりな検査を受けることになった。

というのも、つい2か月前、丸山は会社の定期健康診断を受けた。二次検診のお知らせが届いた。最寄りの病院に極めて、早急に、速やかに、受診するべし、というご丁寧な内容の通知だった。彼は幼少のころでこそ、はしか、種痘などの流行病、感染症などを患ったことはあったが、それ以外、病気らしい病気などしたことがなかった。それが自慢でもあった。それが、突然、今回のような有様である。妻の美也子も、大勢の子どもたちや、孫たちもたいそう心配した。

「ねえ、今はやりのナンダラカンダラA型でないといいですわねえ」

しかし、診断書を観ても血液数値はどれも正常値の100倍という異常である。ナンダラカンダラA型の症状に間違いなかった。一般的には微熱が出て、インフルエンザ初期の症状に似ている。受診し血液検査をすると、ヘモグロビンなど数値が正常値の100倍を超えている。そして、2週間後、高熱を出したまま苦しみながら一気に昇天する。

そんな病気にかかりながら、症状らしい、発熱、など2週間たっても全く出ていない。まさにナンダラカンダラA型そのものである。それなのに、こんなにも元気というのが腑に落ちない。しかし、一番驚いた のが検査結果を観た病院の医師であった。

更に2週間後、現代の奇病ナンダラカンダラを撲滅できる人間が出現したというニュースが、丸山が精密検査をした病院によって発表された。つまり、ナンダラカンダラにり患しながらこんなにも元気な男がいる。この男からワクチンを精製すればこの奇病は一掃され、やがて撲滅されるであろう、というのである。各新聞は1面にこのニュースを掲載した。そして、丸山の顔も紙面一杯に掲載された。世界中誰もが丸山の出現に喚起し、熱狂した。

「マルヤマ、マルヤマ」

 マルヤマのシュプレヒコールが世界中のかしこで起こった。

「マルヤマグッズはいらんかえー」

 丸山グッズも販売された。ファンクラブも結成された。

政府も全面的な資金援助を約束した。そのワクチンプロジェクトチームが緊急設立され、各国の名医師が名を連ねた。

しかしながら、この奇病のワクチン精製のため丸山の血液を取る必要があった。世界中に蔓延した感染症に対抗するには、あらゆる血液に適合させる必要があり、少なくとも初めに30リットル必要とされた。2リットル失血しただけで死ぬというのに、これだけの血液を採取するには長期間を要する。それから、その血液をもとに精製するというステップを踏むことになる。1日に採取できる量には限界がある。丸山の命がなくなってしまえば、ワクチンを作る道は途絶える。作る期間が長ければ、死亡者は増加する一方である。時間との勝負であった。

「先生、こんな私でも世間様にお役にたつことが出来るんですねえ」

「これからは丸山さんの努力にかかっております。頑張ってください」

 丸山は適度な運動をしながら、血液を増加させる栄養食品を毎日摂取させられた。毎週、200mlの血液を採取されながら、約6か月後、待望のワクチンが完成した。

 しかし、丸山は自分から作られた血清の効果を観ることなく、失血死した。

100年後、歴史の教科書に「2013年ナンダラカンダラA型世界に蔓延。死亡者推定70億人。ワクチン精製に失敗」と記された。

地球にはナンダラカンダラA型に抗体のある丸山の子孫だけが生き残った。

 

 

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