呪い

 

 

 むせ込みながら前野治は、雲一つ無い青空を観て泣いた。

「あんな奴ら死んでしまえ。俺が何をしたっていうんだ」

 中学に進級しまともな学校生活が送れるかと思ったが、不良グループの吉川たちも同じように入学したのだから何も変わらない。小学校時代は吉川たち不良グループに散々いじめられた。吉川を中心に小野、塚本がいつもつるんで治にまとわりついてきた。おまけに中学では同じクラスになったので休み時間の度、いじめられた。

 小学校の時は、鞄が校庭に投げられていたり、ノートが紛失したり、教科書がびしょびしょに濡らされたり、物に対する嫌がらせだった。それが、中学に入るとエスカレートし、完璧ないじめになった。

「治、つら貸せよ」

 校舎の裏に呼び出されると、吉川は必ずボクシングの練習をしよう、と言うなり、治の腹をしこたま殴ってきた。ボクシングジムに通う吉川のパンチは半端ではなく強烈だった。

 その日も、しこたま殴られた治が家に泣きながら帰るところだった。

「あいつら呪い殺してやりたい。そうだ、吉川なんか、車にひかれればいい」

 引かれた吉川を想像した。そして、吉川が片足を引きずっている惨めな姿。

「ふふ、いい気味だ」

 想像するだけで気分がすっとした。そうだ、吉川の片足を折ってやろう。吉川が折れてぐちゃぐちゃになった足を抱えて泣きながらうずくまっている。

「よし、腕もへし折ってやる」

 治は痛い腹のことを忘れ想像した。しかし、こんなことを想像してもどうにもならない現実があった。空しい。

 翌日、治が登校すると、みんなが教室で集まって騒いでいる。

「吉川が登校中、車にはねられたんだってさ」

 それを聞いた治は喜んだ。現実になったんだ、念力が通じたんだ、と思った。しかし、1週間後、吉川は登校してきた。それも今まで通り普通に歩いていた。治に近づいて来て言う。

「体がなまっちまった。治、相手しろや」

 放課後、治は例のごとく、吉川に呼び出され校舎の裏でボコボコに殴られた。

「くそお、吉川なんか、呪い殺してやる。今度こそ、車にひかれて死んじまえ」

 治は懇親の力を入れて念じた。翌日、登校すると、また教室でみんなが騒いでいた。

「銭湯の帰り、ダンプにひかれて体中の骨がバラバラになったらしいよ。重体だってさ」

 2ヶ月後、寝たきりになった吉川が死んだという知らせを担任から聞いた。

「俺が本当に呪い殺したのかな」

 そんなことは確認する術もなかった。

 吉川がいなくなってから、今度は塚本、小野たちが治をからかってきた。毎日、二人から放課後殴られた。治は小野、塚本も学校の屋上から着き落とす想像をしたが、何ヶ月たっても何も起きなかった。いじめられながら中学を卒業した。それでも頭脳明晰だった治は、進学高校に入った。勉強のできなかった塚本や小野は別の高校になった。やっと解放された。しかし、高校でも治は同じような第2、第3の吉川や小野や、塚本に遭遇した。そして、いじめられた。つらい高校3年間が過ぎていった。

  *

 治は東北地方の国立大学に進学した。誰も知らない町で新しい生活を送りたかった。卒業し、司法試験に合格し裁判所勤務となった。

 判事補になって2年が経過したとき、道を歩いていると、中学時代の同級生だった田村に偶然道で出くわした。治が下を向いて歩いていると、田村は懐かしそうに近づいて来た。

「治じゃん」

 治は黙っていた。田村は肩に手を回してきて言った。

「ねえ、知ってる? 治ってさ、よく小野や塚本にいじめられてたろ?」

「嫌な話題だな。俺急いでいるから失敬するよ」

 治が顔を背けると、田村は追うように治に食い下がり、勝手に話してきた。

「それがさ、あの小野が高校で飛び降り自殺したんだってさ。信じられる? おまけに塚本は大学に登校中、ホームから落ちて引かれて即死だってさ。あいつら、素行悪かったから悲しむ奴いないよ。いい気味さ」

 田村はなおも何かを話していたが、治はショックで何も聞こえなかった。もしかすると、と思ったとき、治は自分の能力に恐れおののいた。

 

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