かねのなるき

 

 

「何だね、これは、君?」

 貨幣製造局長の石井が、会議室のテーブルの上に置いてある鉢植えを見つめながら部下の大山に聞いた。

「金のなる木でございます」

 そう言った大山は木に付いた実をもぎ取った。

「一見、ただの実に見えますが、この皮を破りますと」

 大山が実をカッターで引き裂くと、中から硬貨がこぼれ出た。テーブルに散乱した硬貨を手にした石井はルーペをあてがって観た。

「まさか、昔の一銭硬貨では? こんな木が存在するとは信じられないなあ。何処で見つけてきた?」

「それがこの建物の裏に生えておりました」

「何だって? どうして今まで気が付かなかったのだ」

「どうやら、今まで実を付けなかったからのようです。剪定に来ている庭師も初めて見る木だと言っておりました。ツツジが変態したのではとも言っております」

「変態?」

「突然形を変えたということです。原因は分かりませんが」

「そうか。この建物ができたときに植栽したから、かれこれ60年ほど経つなあ。今が開花の時期ということか?」

「ここで見つかったということは他にもこういう木が出現している、という懸念があります」

「おお、もっともだな」

「ただ今、職員全員不眠不休で調査に全力で当たっております。この木と同じ木を探せとだけ言ってあります」

「ああ、そうか。そうだな。こんな木が日本中にあって次々と実を付け出していると国民に知られたら大変な騒ぎになる。だが、今は使えない一銭硬貨だったというのが不幸中の幸いだったな」

「え、それは違います。こちらの木の実を良く見てください」

 大山が別の鉢植えを指し示した。同じようにもぎ取った実をカッターで切り裂いた。石井は中から出た硬貨を見つめてから顔面が蒼白になった。

「これは10円硬貨ではないか。それも流通しているものと寸分変わらないように見えるぞ」

「はい、今、救いは実がはじけないということ。この実を食べようとしない限り見つかることはありません」

 そうは言ったもの石井と大山は二人して腕を組んで考え込んだ。嫌な予感がしたのである。

 それから1週間が経過した。二人の嫌な予感は的中した。

 

 局長室にノックも忘れて飛び込んだ大山は、デスクに座り書類に目を通していた石井に言った。

「大変です。全国規模であの同じ木が次々に出現しているようです」

「まさか?」 

「そのまさかです。これを見てください」

 大山は手にしていた鉢植えを石井の机の上に置いた。

「この木は」

 大山が持ってきた木を机の上に置く。実をもぎ取り引き破る。丸まった物が飛び出した。大山はくちゃくちゃに丸まった物をゆっくり広げていく。

「うわ」

 それは現在流通している一万円札だった。

 

 それから1週間、金のなる木は全国至る所で実を付けた。そして、熟すると実がはじけて周囲に飛び散った。まさに金がばらまかれたのである。たちまちのうちに日本中がパニックになった。

「これで働かなくて済むぞ」

「大金持ちだ」

各地で人々による木の奪い合いが起きた。政府は戒厳令を引き、軍隊を出動し、この木の没収、伐採を始めた。さらに1週間が過ぎ、騒動がやっと沈静化し始めたとき、午前0時と同時に、

 キンコン カンコン キンコン カンコン

 この木が音を発した。木は更なる変態を遂げ、時を知らせる木になったのだ。つまり、鐘の鳴る木になった。

 

 

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