大社長

 

 いつも勤勉実直な平八郎は職場に1番で出勤する。そして、自席で職員の出勤風景をうかがう。そして、祈る。きょうも1日平穏無事でありますように。2番目に出勤してきたやり手の鈴木女子が開口1番大きな声を出した。
「もう、傘はロッカーにしまえばいいのに」
 そして山本女子の事務椅子の背もたれに掛けられた傘をにらみつけている。傘の先端が狭い事務室の通り道を遮っている。それに、憤っているのである。
 3番目、デブの佐藤男子が出勤してきた。
「あれ、鈴木女子? 何を朝から怒り狂っているの? 」
 鈴木女子はいきさつを説明する。
「だらしのない女だよなあ。たぶんさ、昨日持って帰ろうとして忘れていったんだよ。大社長、忘れっぽいからな」
 そう、山本女子は居ないところでみんなから大社長と呼ばれている。とてもワンマンな女なのである。ワンマン社長と言う意味から付いたようである。やがて、その渦中の山本女子が出勤してきた。
「あちゃ、ここにあったがや」
 低い声でつぶやいた。オバタリアン丸出しである。自分の傘を何処に置き忘れたかも忘れてしまったようである。手には別の傘を持っている。2本の傘を持って、隣の一ノ瀬係長の椅子の後ろを通ろうとした。両手に傘を持っていたためなのか、手でどかさず、足で椅子を蹴飛ばした。キャスターの付いた椅子は、蹴飛ばされ勢いよく転がるとそのまま事務室の端の壁まで転がりぶち当たった。壁際に傘を置くと何食わぬ顔で、椅子はそのままにして自分の席に座った。それを見ていた鈴木女子は驚いた顔をした。
「うっそー、信じられない」
 そこへ何も知らない一ノ瀬係長が出勤してきた。
「あれ、なんでわしの椅子がこんな所に? 掃除のオジサン、元に戻してくれよなあ」
 みんな唖然としていた。掃除のオジサンは無実である。恐るべし、大社長。

 

超短編小説の目次に戻る