銀玉鉄砲

 

  *現代

「律子、早まるな、話し合おう」

 佐藤啓治は指名手配中の新藤律子の撃った弾丸からかろうじて身をかわした。

「ふん、話して分かるあんたじゃないでしょ。男の癖にいつまでも追いかけて来て、しつこ過ぎよ」

 律子は威嚇の為、空に向けて2発目を弾丸を放った。その瞬間、啓治の胸から血がほとばしった。

「痛ー。当たったあ」

 律子はその血を見て顔色を変えた。

「うっそー、何で当たるのよ。あたし、空に打ったのよ? 」

 啓治は倉庫の床に崩れ落ちた。律子が慌てて駆け寄った。その瞬間、律子の手から拳銃が消え、両手に手錠が掛けられた。

「律子、お前は昔から男にだまされてばかりだったな。胸に入れていたトマトジュースがこぼれたみたいだ。ああ、もったいない。まあ、これからはムショで暮らすんだ。もう、男にも騙されることはないだろう」

「何、嘘なのお? 人が心配したのに、この人でなし」

 自称口八丁デカ佐藤は犯人検挙率警視庁一の凄腕である。佐藤はきょうも犯人をばっさばっさと、口八丁で逮捕していくのであった。

  

 夕焼出版社の編集担当・山口が応接室にあるソファーに座っている。山口は原稿の束から目を離すと、大山啓太に向かって声を弾ませながら言った。

「先生、今度の話し、最高です。これ当たりますよ」

「そう? そんなにいい? 口八丁刑事(クチハッチョウデカ)、当たりそうかい? うれしいねえ。そんなら続編も書いて置くかい? 」

  大山啓太、新進気鋭のハードボイルド作家である。啓太は目を閉じると、瞑想に入った。こうなると、なかなか目を開かないことを山口は知っている。お茶でも飲んで待つことにする。いつものことである。そして、突然、「アイデアが出たよ、山口君」と来るのである。

 しかし、もう、2時間が過ぎたが、きょうに限って啓太はうんともすんとも言わない。これは、寝てしまったのかと思った山口が啓太の顔に近づいた。そのとき、啓太が突然目をあけ立ち上がったものだから、山口はしこたま驚いてソファーから転がり落ちた。

「ねえ、人捜しをしてくれないかな、山口君」

「ええ? 突然、何ですか? それ、続編のネタですか? 」

「まあ、当たらずと遠からず、近いな。僕が小学生の頃のことなんだけど」

 啓太は本棚から木箱を出して来た。それを山口の前に差し出した。山口が箱を手にし蓋を開けると、中から1丁のピストルが出てきた。

「うわ、拳銃じゃないですか、何処で手に入れたんです?」

 山口が顔を青くしていたので、啓太は慌てて箱から取り出すと山口の前に差し出した。

「よく見ろ、玩具だよ」

 山口が拳銃を手にする。

「あ、軽いですね。なんだ、プラスチックでしたか。先生が持ってらっしゃると本物に思えちゃいますね」

「でも、僕はこれで小説家、特にハードボイルド作家になる切っ掛けになったんだ」

 啓太はこのピストルが手元にある経緯を山口に話し始めた。

 

  *転校してきたN

 小学4年生の大山啓太は学校が終わると、1人で家の周りをうろうろしていた。

 今、学校で流行っているのは銀玉鉄砲を使った刑事ごっこである。銀玉鉄砲とは、直径4mmほどの丸い玉をばねで弾き飛ばしてターゲットに当てることができる玩具の拳銃である。バネで飛ぶ小さい玉ではあるがそれでも当たれば痛い。学校では危険な玩具として使用を禁止した。ところが、そんなことお構いなしに、子ども達は隠れて遊んだ。余計遊びにスリルが加わってしまい逆効果であった。もちろん、学校に鉄砲を持ち込むことはできない。が、またそれがスリルでもある。それぞれ、ランドセルに鉄砲を忍ばせて登校した。学校が終わると、原っぱでこっそり集合し、子どもたちは悪漢探偵と名付けて暗くなるまで撃ち合いをして遊んだ。しかし、啓太を誘ってくれる級友はいなかった。それには訳があった。

「ねえ、タカシ君さ、僕も刑事ごっこの仲間に入れてくれないかなあ」

 啓太が同級生のタカシに声を掛けた。

「だめだね、啓ちゃんはお父さんのピストル見せてくれないだろ、嫌だね」

 タカシはそっぽを向いて立ち去ろうとした。

「そんなあ、無理だよ、お父さんのピストルなんて、僕だって見せてもらえないんだから」

「嘘つくな、お父さんは刑事でいつも悪人にぶっ放してるんだろ? おまえだって、打ってるんだろ? 」

「そんなあ、無茶苦茶言うなよ」

 タカシも刑事が拳銃を無闇に撃っているとは思っていないが、本物のピストルを持っている家族がいるというのは羨望の的であった。子どもたちの間では流行っている刑事ものも、啓太の父は疎ましく思っていた。子どもがそんな刑事物の遊びをすることに嫌悪を抱いていた。

「まったく、刑事もののドラマが流行るからやりづらいよなあ。そんなテレビとは大違いだよ」

 父がこぼすが、啓太は毎週やるテレビドラマ「七人の刑事」が大好きだった。だから、そんな父が玩具であっても危険な拳銃など買ってくれるわけがなかった。所詮おもちゃであるから危険なことはないのであるが、啓太の父は好ましく思っていない。弾が目に当たれば失明することだってある。どんな玩具であっても、危険はある。しかし、玩具の拳銃を持たない啓一は必然仲間はずれにされた。おまけに敬一の父は本物の拳銃所持を許可されていた。啓一は父の背広の胸にフォルスターという皮に納められていたのを見たことがあった。しかし、拳銃を身体に付けているときは何か大きな事件があるときのようであった。まして、そんな危険な物を自宅に持ち帰ることなど一度だってなかった。そんなもので身を守らないと危険な仕事なんだと子ども心に心配した。父の帰りが遅いと、また、危険な仕事をしているのだと心配した。そんな啓一の心配などお構いなしに、クラスのみんなは、啓一を羨望の眼差しで見、ねた み、仲間はずれにした。

 しかし、流行り廃りはあるもので、悪漢探偵ごっこも段々と皆、飽き始めてきた。

 そんな時、啓太のクラスに一人の男の子が転校して来た。担任の谷口先生がその男の子を従えて教室にやって来た。谷口先生の横に立った転校生は照れくさそうに立っていた。

「西沢義男君といいます。仲良くしてあげてくださいね」

 谷口先生に紹介された西沢は素早く頭を下げただけだった。西沢は啓太の席とは離れた席になった。

 

  *打ち合いごっこ

 西沢が来てから1週間が過ぎた頃の帰り道だった。啓太の後から足音がずっとする。誰かが付けている。啓太が立ち止まると、不思議なことに足音はしなくなった。やはり、誰かが付けている。啓太は思い切って後ろを振り向くと、そこに転校生の西沢がいた。啓太が不思議そうな顔をしていると、西沢が言った。

「俺の家もこっちなんだ」

「なあんだ、そうなの? じゃ途中まで帰ろうか」

 しばらく歩いてから啓太は西沢に尋ねた。

「まだ、一緒なの? 」

「すぐそこ」

 西沢が指を指す方向を見ると、啓太の家を指さしている。

「うっそ? そこ、僕の家だぞ」

「え、君の家? そうなの? 俺のうち、もう少し先のあれさ」

 西沢が指さした建物は平屋建ての啓太の家の後ろに見える5階建てのビルである。たしか、そのビルは飲食店がたくさん入っている雑居ビルと言われているところである。

「俺のうち、飲み屋でさ、これから父ちゃんも母ちゃんも店があるから忙しいんだ。ねえ、家に寄って行かないか? 」

「え、カバン持ってるし」

「じゃ、置いてから来いよ」

 啓太は友だちの家に誘われて上がったことは一度もなかった。自分の家以外、人の家の中を見たことがなかったので、少しわくわくした。

「うん、待ってて」

 啓太はランドセルを玄関に下ろすと、母がいると思う台所に駆けていった。

「今から友だちの家に行ってくるから」

「ええ、誰だい? 友だちって? 」

「転校してきた西沢君のうちなんだ。直ぐ、そばなんだ」

「そうかい? 遅くならないうちに帰るんだよ」

 啓太は急いで靴を履くと玄関を飛び出した。西沢がしゃがんでローセキで道路に絵を描いていた。

「それ、おばけのQ太郎だろ? 」

「お、分かるか? 」

「上手だね」

 西沢は絵を描くことが得意のようで褒められてうれしそうだった。

「家に来れば別の絵を見せてやるよ」

 啓太は西沢と並んで歩いた。西沢の家に行くと、西沢のお母さんがいた。

「あれ、友だちかい? 何処の子だい? 」

「こんにちは」

「へえ、しっかりした友だちだ。仲良くやっておくれな。親がこんな家業だから相手してやれなくてね」

「母ちゃん、もういいから、もう、お店に行く時間だろ? 」

「あら、もうこんな時間かい。じゃ、留守番しっかりね、父ちゃん、待ってるから」

 西沢は手を振りながら母を見送っていた。啓太がいることを思い出したのか、振っていた手を慌てて下ろして啓太の方を見た。

「俺の部屋に来いよ」

「お邪魔します」

 誰もいない家の中に声を掛けた啓太は90センチ四方のたたきに靴を脱いだ。直ぐ台所があった。台所の食卓には啓太の夕飯と思われるセットが置かれていた。虫が付かないよう、網のかごが被せてあった。

「こっちだ」

 台所を通ると、6畳ほどの部屋があった。炬燵が置かれていた。

「ここ、西沢君の部屋かい? 」

「そんな訳ないじゃん」

 西沢はその部屋を横切り端まで歩くと襖を開けた。押し入れであった。押し入れの片方には特別にこしらえた机と椅子があり、反対側には本棚があった。

「一応、俺の基地さ、元は押入れだけどね。父ちゃんが造ってくれたんだ」

 西沢は本棚から30センチほどのスケッチブックを出した。自分の膝の上に乗せると表紙をめくった。

「俺が書いた奴」

 鉄腕アトム、鉄人28号、ワンダーランドなどの人気の漫画がどれも色を入れ精細に描かれていた。

「すっごいねえ。まるで漫画家じゃん? 」

「おお、漫画家になるんだ。俺の夢さ」

 啓太は西沢の言葉に驚いた。啓太は学校のホームルームで将来の夢という作文を書かされて何を書いたらいいのか分からないで困ったことがあった。何を書いたらいいか分からず外を見ていたら自動車がたくさん走っていた。こんな沢山の自動車を作る会社って沢山の人のために役に立っているのだと思った。自動車会社の社長になる、と作文に書いた。それを読み上げたとき、「おまえがなれる訳ないだろ、バカだから」悪ガキが言った。「可哀想じゃない? なれないから夢なのよ」と誰かがホローのつもりで言ったのであろうけど、啓太はもっと傷ついた。僕の夢は夢ではないのであろうか。そんなことを思い出しながら、啓太は西沢を偉いと思った。ちゃんと漫画を書いて毎日腕を磨いて努力している。

「西沢君なら、絶対、漫画家になれるよ」

「え、そう思うかい? 」

「だって、こんなに上手なんだもの」

「うれしいな。もっといいのがあるんだ」

 西沢は棚からさらに箱を出した。蓋を開けた箱の中には銀玉鉄砲が2丁入っていた。新品で光っている。まだ、使っていないのであろう。

「凄いだろ? 父ちゃんが買ってくれたんだ。外で遊ぼうよ」

 流行りの悪漢探偵をすることになった。

「弾が当たったら死んで交代だぞ」

 啓太と西沢は探偵役とギャング役を交代でやって遊んだ。

 

  *転校していったN

 啓太と西沢はすっかり仲良しになった。西沢は2丁あるうちの1丁のピストルを啓太が言わなくても気前よく貸してくれた。

「うちに持って帰って練習しろよ。俺には1丁あるからさ」

「ありがとう」

 西沢はとても気が付く子だった。西沢のお母さんも同じだ。日曜日も二人で遊んだ。啓太たち二人が部屋で絵を描いていると西沢のお母さんが3時になると必ずやって来た。

「今日はおとなしく勉強かい? 差し入れだよ」

 勉強などしていないことを知っていてもにこにこしながら西沢の母は差し入れと言ってクッキーを持ってきてくれるのである。

 啓太と西沢はクッキーを食べながら将来の夢を語った。

「啓太君は何になりたいんだ? 」

「僕はまだ決まっていない」

「そうなの? でも、きっと、君らしいのが見つかるよ」

「そう思うかい? 」

「なれたら俺と一緒にもっと夢を大きく出来るといいな」

「だとしたら、漫画に合う話でも作ろうかな」

「おおいいな。俺も話は作っているけど、共同もいいぞ。藤子不二雄先生がそうだもの」

「えっ、藤子不二雄先生って、一人じゃないの? 」

「二人で描いてるのさ」

「さっすが、西沢君、漫画のことは詳しいね」

 西沢は頭を掻いて照れくさそうだった。啓太は西沢と一緒にいると夢が膨らんだ。そんな楽しい放課後がずっと続いていたある時のこと。

 夜、西沢が啓太の家を訪ねてきた。

「俺、今度引越しするんだ」

「え? だってこの前、越してきたばかりじゃないの? 」

「俺の父ちゃん、短期でさ。直ぐに喧嘩しちゃうのさ。仕事、クビになったらしいんだ。だから、住み込みでまた別のところに行くことになっちゃたのさ。取り敢えず、おじいちゃんのうちに厄介になるらしいんだ」

「じゃ、学校は? 」

「ああ、また、転校だな。今、荷造の最中なんだ、じゃ」

「あのさ、あれ返さないとね」

「悪い、急いでるから」

 西沢はそれだけ言うと、直ぐに帰っていってしまった。

 啓太は西沢から借りていたピストルを返さなければいけないととっさに思った。しかし、西沢はそれどころではなかった。用件を伝えた西沢は、間髪入れず啓太の家の玄関を飛び出していった。

 啓太が次の日学校へ行っても、西沢は教室に姿を現さなかった。やがて教室に現れた谷口先生が、皆の前で言った。

「西沢君はおうちの事情で突然転校することになりました」

 たったそれだけであった。西沢は挨拶もなく顔を見せることなく、転校して行ってしまった。啓太は学校の帰り、西沢の家へ寄ってドアの呼び鈴を押した。隣の部屋の若い男がパジャマ姿で出てきた。

「西沢君はいますか? 」

「? あ、隣の部屋の人? もういないよ。昼ごろ、引っ越して行ったよ」

 啓太はピストルと一緒に大事にしていたドナルドダッグの貯金箱を持ってきていた。西沢にプレゼントしようと思ったのである。

  *ピストルの持ち主

「そんなわけで山口君、この西沢君を探してほしいんだ」

「そういうご事情ですか。任せてください」

 そう言って胸をぽんとたたいた山口は啓太の部屋を後にした。

 それから1週間ほどした頃、山口が訪ねてきた。そして、おもむろに週刊誌を出してページをめくりだした。

「この方が西沢さんではないでしょうか」

 週刊誌を開いた山口が頁に写った写真を指差した。そこには頭のはげた黒縁眼鏡を掛けた男が写っていた。

「世界最大アミューズメント王国の総帥烏山義男です。先生もお名前は聞いたことあるのでは?」

「ええ、烏山義男が西沢君だというのかい? 」

「小学生の頃、父親が交通事故死し、再婚したため、姓が変わっているようです。間違いありません。ところで、これからどうされます? 」

「ああ、このピストルを返すことにするよ」

 

*再会

 啓太は山口から受け取ったメモを持って千葉県鴨川市にあるアミューズメント王国にやって来た。敷地面積東京ドーム1000個分の巨大施設である。千葉県の5分の一の広大な面積である。山口のメモによれば、西沢が午前10時、東門の愛称Qちゃんエリアで待っている、と秘書から連絡があったので必ず行ってくださいと書かれていた。千葉駅から乗ったタクシーを降りた。何やら人だかりがしている。平日だというのにこうも人が多いものなのであろうかと啓太は思った。

「一体どうしたのでしょうか? 」

 啓太は取り囲んでいる一人に訊いた。

「絵を描いているんですよ、総帥自らが」

 啓太は人垣を分け前に進み出た。一人の男が道路に絵を描いていた。頭の禿げ上がった黒縁の眼鏡の男。それは西沢に違いない。啓太は側に歩み出た。男は書く手を休めた。そこへ男が慌てて飛び出してきた。

「申し訳ございません。今、鳥山先生がパフォーマンス中でございます。外でご覧いただけますでしょうか」

 啓太は男に促されるまま、群衆の中に戻った。そして改めてその絵を見た。西沢のその足元にはあの小学生の時に書いていたものと同じおばけのQ太郎が描かれていた。あの頃と比べるとかなり絵が違う。ダイナミックで迫力がある。しかし、この絵を見るとかなり前からここで絵を描いていたようである。西沢がやっと立ち上がった。

「皆さん、完成です」

 西沢が両手を挙げてから周囲に一礼した。周囲の観客が口々に凄いねえ、とか、やっぱり大御所だよねえ、とか、囁きあった。そして、みんなが拍手をした。誰もが絵を見て楽しそうであった。西沢は啓太に歩み寄った。西沢の前に啓太が歩み寄った。どちらからともなく手が伸び握手した。

「や」

「ああ」

 48年振りに交わす会話だった。啓太は持ってきたピストルを鞄から取り出した。

「これ、借りてたピストル、ようやく返せるな」

「まあ、来いよ」

 啓太は西沢の後について初めて王国の玄関をくぐった。脇に止めてあった黄色の電気自動車に近づいた。西沢が運転し、啓太は助手席に座るように促された。約10分。王国の中は森のようであった。森の中に中世の時代を思わせるような洋館が建っていた。水がたまった堀に囲まれている。自動車でその堀に架かった橋を渡った。大きな両開きの玄関の前で止まる。扉の中に入ると、大きな吹き抜けのある部屋があった。そこを通り抜け長い廊下を歩いた。いくつかの扉の前を歩いてやっと西沢の執務室に通された。サッカーコートと同じくらい大きな部屋の中でスタッフが規則正しく並んで机に向かっていた。ある一角だけガラス張りの部屋がある。その中にソファーが見える。西沢はそのガラス部屋に啓太を招きいれた。20畳ほどの大きさの部屋である。西沢が「クローズ」と声を出すと、透明だったガラスが曇りガラスに変化した。その一角に不釣り合いな襖が付いた箱が床からせり上がってきた。啓太はそれを見て声を漏らした。

「あれは?」

「ああ、俺の原点さ」

 西沢は襖を開けた。左手には机、右手には書棚があった。書棚から箱を取り出すと、僕のピストルをそこにしまった。箱にはあのころのピストルが入っていた。それを見た啓太はつぶやいた。

「随分、あれから遠くまで来てしまった。もう、悪漢探偵ごっこはできないね」

「そんなことないさ。いつまで経っても俺たちは子どもさ。それを楽しませてくれるのがこの施設なんだ。どんな遊びもできる。来園者の希望する遊びを造り出すことができる魔法の王国だ」

 西沢が開発したという何でも夢を叶える夢探検ルームに通された。

「ちょっと動きづらいかも知れないけどこの服を着てほしい」

 西沢がボタンを押すと床からゴム製の上下つなぎのスーツが二つ出てきた。スーツの背中が割れている。啓太と西沢はスーツの背中から身体をねじ入れた。入り終わると後ろが静かに閉じていく。どういう仕組みで閉まるのか分からない。頭の後ろから声が聞こえてきた。

「ようこそ、夢探検の世界に。私は案内役のドリームヘルパー、略してドリヘルです。よろしくね。じゃ、君の夢を叶えるよ」

 次の瞬間、西沢に案内されたところは僕らが小学生の頃育った町が造られていた。これは仮想空間を作り出す装置を付けたスーツのようである。目の前に小学生の時と同じ西沢がいた。

「さあ、続きをしようか。悪漢探偵」

「ああ、ルールはいつも通り」

 啓太は小学生に戻ったことが信じられない。啓太は思った。あの頃夢にあこがれていたけど、実際自分たちがいた世界が夢であったのかも知れない。何の障害もなく、ただ未来を夢見る世界。子どもの世界は夢の中になくてはいけないのである。このまま、我々はピーターパンのようにいつまでも子どものままで居続けるのかも知れない。

 



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