お父さんの約束

 ジョージは白い霧の先にぼんやりした明りを見つけました。近づくと明りの中は青空が広がった大きな草原でした。たくさんの人たちが集っています。

 ジョージが辺りを見回すと、一人の白い服を着た人が、何かみんなに言っています。

「はーい、お一人づつ順番にやっていまーす。並んでくださーい」

 ジョージはおそるおそるその人に聞きました。

「あのー、ここはどこでしょうか?……」

 白い服の人はとても忙しそうにしていました。

「ここですか? 天国前の待合所です…… 順番にやっていますので、もうしばらくお待ちください」

 白服の男は本当に申し訳なさそうに言うと、キョロキョロ見回しました。

「えー、ジョージさん、ジョージさんはいらっしゃいますかー? 」

「あのー、私がジョージですが……」

「えっ、あなたがジョージさんでしたか……。早速ですみませんが、これからの進路ですが……。天国で浮世の垢を流してから下界へ行かれますか、それともすぐ下界へ行かれますか? 」

 ジョージは何のことを言っているのか意味が分かりませんでした。

「私、ひょっとして死んだんですか?……」

  白服の男は気の毒そうに目を細め、

「……ええ、そうです。今朝、あなたは残念ながら交通事故で亡くなられました」

 ジョージは目の前に車が突然現れたところまでは覚えていましたが、そのあとが思い出せずにいました。男の言葉を聞いて、ジョージはとてもがっかりしました。

「私、まだいろいろやり残したことがあるんですが……。息子のトムに毎日キャッチボールを教えてあげる約束もしています…… 。今、死ぬわけにはいかないんですよ」

「……そうですか……。そういう方がやはり多いですね。しかしながら、まことに残念ですが……もうどうすることもできません。ただ、生まれ変わりがきまりなのですが……。なかなかその生まれ変わりがご希望どうりにはできないんです」

さらに困った顔をした白服の男は、手にしていた電話帳みたいなとても厚い本を開きました。

「えーと、ジョージさんは……次は犬に生まれ変わることになってますね。……きっとまた息子さんに会えますよ。さあ、元気を出して! 」

 白服の男はさかんにジョージを励ましました。

「下界へ戻られますと、今までの思い出は一切消えてしまいますがあなたなら大丈夫ですよ。それでは、またお会いしましょう」

こうして、ジョージは大急ぎで下界行の雲のバスに乗り込みました。

  *

「トム、野球しようぜ。でも、おまえ下手くそだからな。やっぱり入れてやんない。おい、みんな行こうぜ」

 トムと同じクラスのブルースが、他の男の子たちを引き連れて行ってしまいました。トムはいつものように何も言い返せず、黙ってうつむいていました。

トムは今日も仲間外れにされてしまいました。一人、家のそばのいつもの塀にボールを当てて、右へ左へ跳ね返ってくるボールを寂しくグラブで取っていました。

 そこへトムのおじさんのゼベルが歩いて来ました。

「トム、元気か? どうだ、おじさんとキャッチボールしようか? 」

トムは不満そうでした。

「おじさんじゃ、毎日相手してくんないもんな」

トムはゼベルおじさんが脇に抱えている箱に気が付きました。ゼベルおじさんも箱のことに気が付くと、

「おお、そうだ。おまえにプレゼントだ」

「えっ。なーに? 」

「まあ、開けてみな」

ゼベルおじさんはトムの前に箱を差し出しました。

トムが箱を受け取ったとき、中でゴソゴソッと音がしました。

「うわー、何か音がしたよ」

 トムはびっくりして箱を落としそうになりました。

 「いいから、開けてみな」

 トムはこわごわ両手で箱を開けてみました。

「わー、小犬! 」

思わず大きな声を上げました。それは可愛らしい白、茶と黒の斑点模様の入った犬でした。

「生まれたばかりなんだ」

「箱から出しちゃ、ダメ? 」

 トムはおじさんの顔を見ました。

「いやー、もちろん構わんさ。おまえを驚かしてやろうと思ってな、犬には悪かったが、狭い箱に入ってもらったんだ。犬におまえを驚かそうって言ったら、喜んで自分から入りおった。とてもりこうな犬だ。可愛がっておやり」

 ゼベルおじさんはうれしそうに犬を抱くトムを眺めていました。それから思い出したように、

「そうそう、お母さんも犬を飼うことは賛成してくれているから。しっかり世話をしてあげな」

お母さんも犬を飼うことに賛成してくれていると聞くと、トムはうれしくて可愛いい小犬を早く見せてあげたくなりました。

「おじさん、早くおうちへ帰ろうよ」

トムはすっかりキャッチボールのことは忘れていました。

トムは小犬にハローと名前を付けてやりました。

ハローはトムととても仲良しになりました。お母さんとも仲良しになりました。

 ハローが来てからトムは河川敷きでハローと並んでランニングをすることが日課になりました。いつものようにランニングをしていると、いじわるなブルースが前から歩いて来るのが見えます。一瞬トムは走るスピードをゆるめました。

「へたくそトム、キャッチボールできるようになったか? 」

 ブルースが遠くでトムを見つけると、いつものようにからかってきました。

ワンワンワン、ハローが勇ましくトムに向かって吠えました。いつのまにか立ちすくんでいたトムはハローの声にハッとすると、

「何だって、僕だってキャッチボールぐらいできるぞ! 」

 トムは持っていたボールをブルースめがけ思いっきり投げました。ボールはブルースに向かって矢のように一直線に飛んでいきました。突然のことでブルースはびっくりしましたが、間一髪胸のところでキャッチしました。

「へー。上達したじゃん」

 ブルースは苦笑いしました。

ワンワンワン、ハローがそばで飛び跳ねています。

「あした、野球やりに来いよ」

トムを見直したブルースは、人さし指で鼻をかくと走って行きました。

「ハロー、壁当てで特訓しなくちゃ」

 毎日トムはハローに応援されながら、ボールの壁当てで練習してきました。

「ハロー、あしたはみんなにいいところを見せてやるぞ! 」

 トムはハローに元気よく言うと、いつもの塀へ向かって走りだしました。

 ワ、ワンワンワンワン、ハローもトムの前を右ヘ左へ飛び跳ねながら走りました。本当にうれしそうな後ろ姿でした。                

 

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