きえてしまう

 

六月に入った朝のこと、青空小学校三年三組の教室で、モモコ先生が、教室を見回しました。

「あしたから、あたらしいお友だちがてん校してきます」

みんながいっせいにさわぎました。

 *

つぎの朝、どんな子がてん校してくるのか、みんなは気になってそわそわしていました。はじまりのチャイムが学校中になりひびきました。がやがやさわいでいた子もチャイムの音を聞いてだまりました。しずかになった教室にろうかを歩くモモコ先生の足音が、聞こえてきます。

みんな、せきに大いそぎですわると、教室のドアを見つめました。がき大しょうのゴロウが、ドアのすきまからろうかをのぞいていました。

「来たぞ!」

ゴロウはどなると、いそいでドアをしめて、せきにとんでもどりました。

三組のドアがあくと、モモコ先生が入って来ました。クラスぜんいんが、モモコ先生の後ろを、じっと見つめました。けれど、だれもいません。先生は、いつものように、ドアをしめました。

「てん校生がいないじゃーん」

 ゴロウがいいました。

「ちゃんと来てますよ」

けれど、モモコ先生の後ろにはだれもいません。

「はーい、みんなだまって!朝のごあいさつしましょうね」

ゴロウは、あいさつもそこそこ、先生のまわりをきょろきょろ見まわしました。

「これからみんなといっしょにやっていきます。おなまえは、ちいのミニオくんです」

 モモコ先生が、きょうだんのうえに右手をさし出しました。すると、ももこ先生の手からなにかがこぼれたように見えました。つくえのうえで、なにかがちょっとだけうごきました。みんな、びっくり。みにおくんは、からだの小さな子でした。とても小さく、それも、おやゆびくらいしかありません。

「うっそ!おもちゃじゃん?」

 ゴロウがわらいながらいいました。でも、モモコ先生のかおはしんけんです。

「ぼく、ちいのみにおです!よろしくおねがいします!」

 体からは考えられないような、とても元気いっぱいな大きな声でした。

「みんなにやくそくしてほしいことがあります。ちいのくんのことはひみつにしてほしいの」

 モモコ先生はまじめなかおでクラスぜんいんのかおを一人ずつ見つめてから、

「ちいのくんは、おとうさんのじっけんだいになって小さくなってしまいました。おとうさんはけいさつでとりしらべをうけています。先生のお友だちがそのたんとうのけいさつの人です。しばらく見てくれるようにたのまれて、先生のクラスに来ました」

「わけってなに?」

 クラスいいんのメグミがすばやく聞きました。

「そのうちはなすわね。今は、なかよくやってほしいの。そして、おうちの人にもひみつ。このクラスだけのひみつです」

「いやよ!大すきなお母さんにもいってはいけないんですか?」

 メグミのかおは、なきだしそうです。今まで、なんでもおかあさんにはなしていたのですから大もんだいです。

「そうです、おかあさんにもひみつです。このクラスのみんなは、えらばれたのです」

「だれがえらんだか、しんねえけどよ、おれ、しゃべっちゃうかも……。そしたらどうなんの?」

 ゴロウがこまったかおをしていいました。

「そのとき……ちいのおくんは……き・え・てしまう……」

 いっしゅん、教室がしずまりかえってから、

「きえるって、どういうこと?」

 みんなが口をそろえていいました。けれど、モモコ先生は、それいじょうははなしてくれませんでした。

 モモコ先生のいっていることや、今おきていることが、ゴロウにはみんなゆめのようでした。

ちいのくんの家は、モモコ先生がつくえそっくりに作りました。これで、クラスいがいの友だちにもわかりません。

ちいのくんはクラスの人気ものになっていきました。クラスの暴れん坊ゴロウはそれがおもしろくありません。

一番、みにおくんにとってたいへんなのが、ドッヂボールの時間でした。

「みにお!おめえ、じゃまなんだよ!」

 ゴロウがみにおくんを足でけろうとしました。

「ひどーい!みにおくんとなかよくやってって、先生もいったでしょ!」

 メグミが目をつりあげて、ゴロウにくってかかりました。

「へん、なんだよ。みにお、みにおって。ちびのくせに」

 ゴロウはみにおくんのそばからはなれ、ドッヂボールをはじめました。

でも、ゲームにむちゅうになっていて、みにおくんをふんでしまうかもしれないから、みんなも学きゅう会で、どうするかきまるまで、みにおくんは、見学してもらうことになりました。みにおくんは、校ていの石のうえにすわってぽつんとながめていました。

「ざまあみろ」

 ゴロウは校ていのすみにいるみにおくんを見ていいきみだとおもいました。

 でも、五十メートルきょうそうはべつでした。みにおくんは、一メートルだけ走ることになりました。みんなといっしょに走れるので、みにおくんは小さなからだをはずませてよろこんでいました。

「なんだよ。たったの一メートルかよ」

 ゴロウははなでわらいました。

 そんなこうけいをみていたほかのクラスの子どもたちがふしぎがっていました。けれど、とおくのまどから、みにおくんのすがたが見えるはずはありません。

  *

 なん日かたったころ。

「おまえのクラス、このごろ、ちょっとおかしくないか?」

 二組のワタルが、ゴロウにきいてきました。ワタルは、二年のときからの友だちで、三年のクラスかえで、クラスはちがってしまったけど、なんでもはなしたなかです。

「聞いておどろくなよ!じつはよお、おれのクラスに小人がいるんだぞ!」

「こびとだって? なにいってんだ、ゴロウ!おまえ、ばかじゃん」

 おこったゴロウは、ワタルを三組のクラスにつれていきました。

「ほら、このつくえが小人の家だぞ」

 ゴロウが見ると、つくえはただのつくえでした。ゴロウはあわてました。

「みんな、小人いたよな!」

 クラスのみんなにさけぶと、みんなはわらっているだけでした。ワタルもわらって、

「おまえ、やっぱりばかじゃん」

 ゴロウはメグミにむかってききました。

「小人いたんだよな!」

「こ・び・とって、なんのこと?」

 ゴロウはクラスの一人ずつきいてまわりましたが、だれもあいてにしてくれません。

 はじまりのチャイムがなりました。三組はたいいくの時間です。みんな、外へとんで行きました。

 ゴロウは、一人教室にぽかんとのこっていました。みにおくんはみんなの思い出からも、今まであったこともすべてけしてきえてしまったのでした。ゴロウはなきながらみんなのあとをおいかけていきました。

 そのようすを見ていたももこ先生が教室でぼつりといいました。

「だからきえてしまうといったでしょ。でも、ゴロウくん、あなただけはべつよ。みんなをうらぎったというおもいでだけはしぬまできえないのよ。フフフ… 」

 

 

 

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