赤い花の種

 

「このなまけ者、出てけ−!」

「こんなトコこっちからねがいさげだ!」

短気で荒っぽく、なまけものの性格の健次郎は、本を作る工場に勤めていましたが、工場の社長さんと仕事のことで、大げんかしてやめてしまいました。      

 いくらなまけ者の健次郎でも、働かなくては生活することもできません。新しい勤め先を探しに、お役所へ行こうとしているところでした。

 そのとき、道端にうずくまり苦しそうにしているおばあさんを見つけました。      

「ばあさん、大丈夫かい?」

 健次郎はおばあさんをおんぶして、家まで送ってあげました。おばあさんの家に着いた健次郎は、

「わ−、すげ−な」

 思わず大きな声を上げてしまいました。おばあさんの家の庭には、赤い花が、一面に咲いていたのです。

「あんた、花は好きかい? 何もお礼ができないし。もうこの花たちも、あたしが死んじまえばおしまいさ。あんた、この花を絶やさないように、育ててくんないかい? 」

「とんでもねぇ。おれみたいな奴が育てられるわけがねえ。だめ、だめ」      

 ちょっと元気になったおばあさんは、よたよた歩きながら、部屋の片隅にある机の引き出しを開けました。その中には黒い種がいっぱい入っていました。

「あんたは、根はまじめでいい人だよ。この花を育てればきっといいことがあるから」

そう言って、一粒だけ花の種を手に握らせました。

健次郎はそんな種をもらっても、生活の足しにもなりませんから、もらうつもりなどまるでありませんでした。けれど、「きっといいことがあるさ」という言葉で、結局、受け取ってしまいました。

「いいかい、毎朝水を上げるのを忘れるんじゃないよ。枯れたらおしまいだからね」

 家に帰った健次郎は、バケツに土を詰め、花の種を埋めました。

 そして、日の当たる窓辺に置きました。

 翌日、健次郎は早起きをして、おばあさんに言われたように、花の種に水をやりました。

こんなことでもない限り、いつも寝坊ばかりしていた健次郎は、職業紹介所へ行くことにしました。待合室には健次郎のほかに四、五人ほどいました。いつもは人で込み合っているのに、今日は不思議な事にすいていました。

「あんた、ついてるよ。仕事が回ったよ」

 窓口の向こうで、お役人が目を細めてうれいしそうに話し掛けました。早起きしたおかげで、新しい仕事がもらえたようなものでした。

 仕事は川の堤防造りです。

 健次郎は河原へ行きました。堤防造りの仕事はやはりつらく、一日もやれば、もう、うんざりでした。なまけ者の健次郎には続けていける自信がありませんでした。

 三日目の朝、健次郎は突然目を覚ましました。

「枯れたらおしまいだからね」

 おばあさんの言葉が聞こえました。花に水を上げようとした健次郎はびっくりしました。一センチほどの緑の芽が、土の中から顔を出していました。

「なんて成長が早いんだろう。あしたになったら、もっとのびるのかな」      

 健次郎は堤防造りの仕事をしながらも、花の成長が気になってしょうがありませんでした。つらい仕事なんて思うことなど、いつのまにか忘れていました。

 健次郎が家に帰ると、花は五センチにのびていました。

 翌朝も早く起きると、健次郎は花に水をやってから元気に堤防造りに出掛けていきました。家に戻ると、ついにバケツの中は緑の葉であふれ出ていました。

「こりゃ、バケツじゃだめだ。そうだ、川に植えよう」

 健次郎は花の苗が入ったバケツを川へもって行き、出来上がった土手に、一本ずつ花を丁寧に植えてやりました。

 五日目に、一輪の赤い花が咲きました。健次郎はじっと花の前に座って見つめてながら、クククッと、声を出して、喜びました。

「こりゃ、不思議な花だ」

 一年のさい月が流れて、川の工事はやっと完成しました。一生けんめい働いた健次郎はとても満足でした。

 今までの健次郎の働きを見ていた監督さんが、健次郎の肩をトンとたたきました。

「健次郎、次の川の工事もたのむよ」

 健次郎はにっこりうなづきました。

いつのまにか川の両岸には、真っ赤な花がおおっていました。

 

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