った一つの柵




「お願いです。私との婚約御解消下さい。」
「どうしたのですかいきなり。」
「私には今あなたよりも心から愛している方がおります。ですから…っ。」


この男が簡単には私を手放さないと言う事はわかっていた。
だけど私はわずかでもある夢を叶えたい。
たった一つの希望に縋り付きたい。


「いいでしょう鈴音さん。ですが一つ条件があります。」
静かに男は私の願いを認めた。
だがその変わりに条件を出した。
「…その条件とはどのようなものなのですか?」
「そうですねぇ…。どうしましょうか?」
からかう様な口調。
癇に障る。
「光輝様!?」
「はいはい。からかうのはここまでにしますよ。鈴音さんは怒ると怖いです
から。」
「わかって下さったらよろしいですわ。」
「その条件とは…」


それを聞いて愕然とした。
だけど諦めたくはなかった。


「…わかりました。」
「それではこれで交渉は成立ですね。それではしばらくどうぞご自由に。」
そう言って立ち上がった男。
「徳本!!車の準備を。」
「かしこまりました。」
そしてドアを開けふと思い出した様に男は言った。


「そうそう。わかっているとは思いますが念のため言っておきましょう。確か
に私は願いを聞き入れました。ですが私は『堂本家』の人間であり、あなたは
『富士本家』の人間であると言う事を。」


そして男は出て入った。





私は負けない。
自分の人生を『家』に決められる。
そんなの絶対に嫌。
たった一度きりの人生を『鈴音』としてではなく『富士本家』として生きるな
んて。
あいつが出した不利な条件。
呪縛を解くためになら喜んで受けるわ。
だからお願い。
誰も私の邪魔をしないで。









「鈴音さん!?あなたはなんて事をしたのですか!?」
「ふざけるな鈴音!?光輝君のどこがいけないんだ?」
帰ってからの両親の第一声。
一気にやる気が失せる。
「私には光輝様よりも好きな方がおります。その事実を伝えたまでです。」

「無礼者!!」

パンっと頬に飛んでくる父の手。
こんな痛み大したことないわ。
「もうすでに光輝様には御了承を頂いております!!」
「…っこの富士本家の恥さらしが!!部屋に下がれ!!」
耳まで真っ赤にした父。
家族よりも何よりも自分の名誉が大事な父。

父が浮気している事に気付いているくせに何も言わない母。
可哀想な方。
まるで人形の様だわ。



よくこんな家で育ってて今まで我慢したものだ。
それでも小さい頃はまだマシだったのに。
この歯車を狂わせたのは堂本。
絶対に許さないわ。