《 女神のキス 》



その日、彼はツイていなかった。
朝一番、起き抜けに愛しい妻から『今日はウルリッヒ様とキスしません!』と
きっぱり告げられた。
仕事では不運なとばっちりをくらい、ケンカに巻き込まれ女性に殴られる。
噴水で遊んでいた子供が派手に水を撒き散らかし、びしょびしょになる。
着替えようと思っていた洋服が偶然飛び出ていたくぎに引っ掛かり大きな穴があく。
家に帰る途中にも上から植木鉢が落ちて来てたりと散々だった。
挙げ句の果て、家に帰った時に最愛の妻が迎えにこなかった。
更にただいまのキスもなければ、夜の夫婦の営みまで拒否をされた。
まったくツイていなかった。


翌朝−
いつも通り起きたウルリッヒが起きないリリーを置いて廊下に出ると
グラハムがいつも通りの冷静な顔で朝の挨拶をしてきた。

「旦那様、おはようございます」
「ああ」
「どうされましたか?」
「・・・いや、なんでもない」
「奥様はどうされました」
「まだ、寝ているようだが」
「そうですか」
「朝食は?」
「出来ております」

2人で食堂に入っていくと、なぜかそこには朝食が無かった。

「朝食はどうしました」
「すいません・・・」

コックが申し訳なさそうに謝っており、周りを見渡すと花瓶は倒れ
何か荒れた感じがする。

「実は窓を開けた瞬間、猫が飛び込んできまして・・・」

止めるまもなく朝食をつまみ食いし、ひとしきり暴れたかと思うと
入ってきた窓からプイと出ていってしまったらしい。

「今、すぐに用意しますので」
「いや、いい。アグネス、お前が悪いわけではない。
 ただ、これから出来るのを待って食べていたのでは間に合わないのでな」
「申し訳ございません」
「リリーには間に合うようにしてやってくれ」
「はい。わかりました」

時間が迫っていた彼はそのまま家を出て職場に向かった。
そして今日もまた、昨日に引き続き不運を彼が襲った・・・。

『まったく昨日と今日はツイていない』

普段、まったく愚痴る事の無い彼も、昨日・今日のこのツイてなさぶりは
その習慣も破らせてしまうほどの不運っぷりだった。


一方その頃−

「あ〜、良く寝た!」

もうお昼に手が届こうかという時間、彼女はさっぱり!という状態で目が覚めた。
手早く着替えて、食堂に行くとコックのアグネスがふわふわのオムレツを作ってくれた。

「奥様、もう大丈夫なのですか?」
「ええ、心配かけてごめんなさい」

にっこり笑いながら絶妙な味わいのオムレツをほお張る。

「今日の夜は旦那様と奥様のお好きな物作りますね」
「わ〜。ありがとうございます」
「特に旦那様には朝、非常に申し訳無い事をしてしまったので」
「ウルリッヒ様に?どうしたの?」
「実は・・・」

アグネスは今朝の一幕をリリーに話した。

「あららら」
「じゃあ、奥様。私は買い物に」
「ええ。お願いしますね」

アグネスを見送ると食べた食器をざっと洗うと、なぜか一瞬背中に
寒気を感じた。

「今、帰った」
「お帰りなさい!ウルリッヒ様!」

夕方、家に戻ると今日はリリーが満面の笑みを浮かべて出迎えに来た。

「リリー」
「お疲れ様でした」

玄関でマントを受け取ると、そのまま背伸びをして頬に小さく口付けます。
いつもと変わらぬその仕草にほっとしつつ、着替えてから食堂に入ると
そこには彼の好物がテーブルの上に所狭しと並べてありました。

「今日は何か祝い事でもあるのか?」
「アグネスさんが『ウルリッヒ様に』って今朝、申し訳ないことをしたからって」
「気にせずにいいと言ったのに」
「アグネスさんもウルリッヒ様の事が大好きなんですよ」

2人でテーブルに着き、アグネスお手製のごちそうを思う存分お腹に入れる。
そういえば、いろいろな後処理に追われて朝食に引き続き昼食も取れなかった事を
今更ながら思い出した。

「うまいな」
「本当ですね〜」

みるみるお皿が空になっていく様は作ったものの料理人冥利に着きそうな
勢いでした。

「うむ。うまかった」
「ごちそうさまでした〜」

一杯になったお腹をかかえ、満足のため息が零れると、ふとウルリッヒが
リリーに尋ねました。

「そういえば、今朝起きなかったがどうかしたのか?」
「え?あ、ええ。実は一昨日ぐらいからちょっと風邪気味で・・・」
「大丈夫なのか?」
「ええ。ぐっすり寝たからもう大丈夫です」

確かにリリーは顔色も良く、今の食欲から見ても健康面で問題があるようには
見えませんでした。

「ウルリッヒ様に移ったら大変と思ってキスも出来なかったんですよ」

そう言って寝室へと向かうウルリッヒになついていきました。

「そうか・・・!」
「ウルリッヒ様?」

いきなり妙に納得したような声を出した彼を不思議そうに見上げる。

「お前のキスか・・・」

寝室に入りベッドの上に座ったウルリッヒはリリーの身体をそのまま
引き寄せました。

「なにがですか?」

先ほどから訳の分からないリリーはきょとんとした顔で彼に問い掛けます。

「いや、実はな・・・・・」

ウルリッヒは彼女にここ二日間の出来事を話しました。


「そんな事があったんですか」
「その原因なんだが・・・お前がキスをしてくれなかったからかと思ってな」

笑いをにじませた声で、リリーへと笑いかけました。

「そ、それはないと・・・」
「言い切れるか?」

唇の片方を少し上げただけの笑い方はリリーが昼間に感じた一瞬の
寒気を思い出させました。

「う、ウルリッヒ・・様?」
「二日間、キスも出来なかったことも埋め合わせしてもらわないとな」
「きゃっ!」

そのままぐいっと身体を引き寄せられるとウルリッヒの膝の上に乗っていました。
じっと見詰められ、あきらめたようにため息を一つつくと、すっと顔を近づけ
リリーの方から彼に口付けをしていきました。

「まだ、足りないな」
「え?」
「二日間分だ。これでは割に合わないと思うが?」
「も、もう!」



朝日が寝室に射し込むなか、何時もと同じ時間に起きたウルリッヒが
リリーの頬にキスをして起します。

「おはようございます。ウルリッヒ様」
「ああ、おはよう」

起き上がると、彼の首に腕をまきつけ唇に軽くキスをしました。

「リリーがキスをしてくれたし、今日は大丈夫だな」
「そんな事ないと思いますけど・・・」
「では今日効き目が無かったら、また、だな」

ニヤっと笑い、リリーの唇にキスを落とす。

「では、いってくる」
「いってらっしゃい」
「リリーのキスは私にとっては幸運の女神の口付けだな」

行ってらっしゃいのキスを受け、満足そうに微笑むウルリッヒが
快晴の空の下に出ていく。

その日、彼はツイていた。
空は澄み渡ってキレイに晴れており気持ちが良い。
仕事は順調に進み、街は平和に満ち溢れている。
やはり、彼の妻の口付けは彼にとって幸運の女神の口付けだった。




『Schnee Blume』のミルト様から頂戴しましたv
キリ番(のニアピン)リク創作第2弾!
>ナンと私が出した二つの候補を、
両方とも描いて頂けましたの!あぁ、ありがたや〜。
初めはエライ災難続きのウル様でしたがその分、
後半の甘さが引き立ちましたね・・・うふふ〜♪
彼女にしか見せないであろう、あの 『ニヤリ笑い』(←え゛っ)もツボでした。
ウル様、リリーのちゅうvで厄落としできて良かったわね。

ミルト様、Wで素敵なウルリリ創作をありがとうございましたー!

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