《 "愛してる"が聞きたくて 》


 
それはふとした瞬間に頭の中に浮かんできた。  
人間は一度気になると、気にかかって頭を離れなくなるものである。  
それを解決するために人は色々と策を弄す。  
ましてや、錬金術師なんて職種だったりしたら、解答が得られるまで  
実行をするしかないであろう。  
たとえ、自分の身を滅ぼすかもしれなくても・・・・。


 
聞こえたのは本当に偶然。  
いつもの様に【金の麦亭】に依頼品を届けに行っての帰り道。  
工房に帰ろうか、それとも自宅に帰ろうかとちょっと迷っていた時のこと。  
ふいにそれだけ抜き出したように聞こえてきた会話があった。
  
「じゃあ、私の事どう思っているの?」   
「そんな事、言わなくてもわかるだろ?」   
「分からないから、聞いてるのに・・・。ねぇ言ってよ」
 
他愛もない恋人同士の会話。彼女の方も甘えて拗ねた真似をしている。  
彼氏の方も照れながら、きっと彼女の耳元で愛の言葉を囁いているんだろうなと
簡単に想像がつく。  
そんな会話に少し微笑みながら、聞いていた時、その事が頭をかすめた。  
−『そういえば・・・、最近ウルリッヒ様に『愛してる』って言われてない』−  
結婚して半年以上たち、そろそろ慣れてくる頃とはいえ、
愛されていないと感じているわけではありません。  
言葉にしなくても態度で、行動でイヤってほど、彼の気持ちは理解させられていますので。  
彼は何気ない所でこちらが真っ赤になってしまうようなセリフを言うのですが  
基本的には無口なので、プロポーズの時以来、そういった
はっきりした言葉を聞いていないのです。  
でも、いかに他の事で示されても言葉でも言って欲しいと思うのは
古今東西の乙女が必ず思う事でしょう。  
一度そういうふうに思ってしまったら、言って欲しいに決ってます。  
でも、真正面から『言って』とは言えないし、言ったが最後、
その日は寝かせてもらえない事は想像に難くない所です。でも、聞きたい。  
そんな事を考えながら歩いて着いたのは、彼女の工房でありました。
 
『う〜〜〜。聞きたいと思ったら、がぜん聞きたくなってきちゃったよ〜』
 
机の上に突っ伏しながら、そんな事がグルグル頭の中を回っています。  
その思考を振り切るようにブルっと首を一振りして、目線を上げると  
目に飛び込んでみたものがありました。

「これだ!!」
 
まさに神の啓示!ただ、そのままでは効果が出るまで時間がかかります。  
それならばブレンドをして、自分の望む効果が出るようにすれば良いのです。  
ブレンド調合ならお手の物です。  
そして、1週間後、それは出来上がり、ミッションはスタートしたのです。


 
「お帰りなさい!ウルリッヒ様!」  
「ああ、今帰った」
 
旦那様をお出迎えするのは結婚してからの2人の不文律でありました。  
こめかみにキスを受けながら渡された外套をグラハムさんに預け、
寄り添って食堂に入っていきます。  
普段はここで2人とも席に着くのですが、今日は『ちょっと』と言いながら  
リリーは台所へと入っていきます。  
この家の食事は腕の良いコックさんが丹精こめて作るコース料理です。  
もちろん、お酒もついたりします。  
それは市場で買ったり、王室からの下賜品だったり、リリーの作ったものだったりと  
種類は色々です。  
ですから、台所から出てきたリリーがワインの瓶を手に持っていたという事は  
それ程、珍しい出来事では有りませんでした。  
ただ、1点気になるのはリリーの笑顔。  
彼女は嘘が苦手です。彼女自身は気づいていないようですが
何かを企んだり隠している時は笑顔がぎこちなくなるので、周囲にはバレバレなのです。  
それが、ウルリッヒであれば一目瞭然と言ってもいいでしょう。  
その笑顔に気づいたウルリッヒは彼女にばれないように諦め半分のため息を小さく吐き
状況を見る事にします。  
どうせ彼女の考えている事などは害のない事では有るのですが、状況によっては  
それ相応の対処は取らなければならないでしょう。  
必要と有れば、ウルリッヒには楽しいお仕置きも。
 
「ウルリッヒ様、これ味見して頂けませんか?」  
「これは?」  
「ハインツさんから新しいお酒の依頼を受けていて、ブレンド調合で   
作ってみたんです。自分だけが味見しててもしょうがないし、
それにあそこのお客様男の人が多いから。男性の方に飲んで欲しいし・・・」  
「わかった。それで何をアレンジしたんだ?」  
「ケルプワインです。そのままだと甘すぎるっていう意見があったんですって」
 
ゆっくりとグラスの中に注がれるワインはいつもの赤いものではなく
うっすらと色が着く程度の色ですが、豊潤な香りが立ち上り、目と鼻を楽しませます。
 
「色が・・・」  
「ええ、皮をむいているんです。その分手間はかかっちゃうんですけど、
香りと味はすっきりしてていいかな?って」  
「そうだな。・・・・・」
 
口に含み、味わいながら飲んでいるウルリッヒの横顔を真剣そのものの表情で見ているリリーは
昔とちっとも変わりません。
 
「どうですか?」  
「うむ、良い味だ。特選会に出しても十分通用するな」  
「本当ですか!良かった〜、あっ、グラス空いてますね」
 
半分ほど減ったグラスの中を継ぎ足すと、氷をいれてあるクーラーの中に  
瓶を差し込みます。
 
「今は常温でしたけど、冷やしても美味しいと思うんです。だから用意してみました。   
まだ沢山有りますので、飲んで下さいねv」  
「お前は飲まないのか?」  
「う〜ん、私、あんまり強くないですもの」  
「こういう物を一人で飲むのは味気ない。少しでかまわないから付き合ってくれ」
 
グラスを持ってこさせると、それにワインを注ぎリリーに渡します。  
リリーがしっかりグラスを持った所で、それを掲げ、軽く乾杯。  
その時、リリーの頭の中にはワインが殊の外良い出来な事に行ってしまっており  
自分の作ったものが対酒好き用にアルコールを強くしているという事実は  
すっかりなかったのでした。


 
「ふにゃ〜・・・」  
「リリー・・・」

猫のような声を出して、ダイニングテーブルに頬をつけているリリーは
すっかり酔っ払いになってしまったようです。
 
「リリー」  
「・・・うるりっひ様・・・v」
 
肩に手をかけ、少し揺さぶると、視線を上げてからニッコリと夫に笑いかけます。  
ゆっくりと身を起こすと、目の前にある彼の腰に抱き着きました。
 
「リリー、寝室へ行くぞ」
 
リリーの甘えてくる様子によからぬ考えが浮かんだとしても、
食堂で及ぶわけにもいきません。  
それにまだ、リリーが何を考えていたのかも分かっていませんでした。  
抱き着いたまま、眠りに入ってしまっているリリーの腕をほどき、腕に抱え上げます。  
すこし肌寒かったのか、抱き上げるとぴとっとくっついてきます。  
抱えた腕に少し力を込め、寝室に入るとそっとベッドの上に抱えてた細い体を下ろし  
額に頬に、そしてほんのりワインの味が残る唇に口付けを降らせます。  
くすぐったい感触にイヤイヤをするように首を振るとうっすらと目を開け  
迫力のない目つきで安眠を邪魔する夫を睨んでいます。
 
「リリー、今日は何をしたかった?」  
「ん・・・?・・・何・・・?」  
「何を企んでいた?」
 
耳元に唇を滑らせながら、甘く低い声でリリーを刺激します。
 
「ぅ・・・ん・・・。ウル・・・リッヒ・・・様・・・?」  
「言わないのか?」  
「ぃや・・・。そこは・・・」
 
巧みにリリーの体を刺激し朦朧としていた意識は急激に覚醒させられ、  
翻弄されていきます。
 
「リリー」
 
隠し事を許さぬ−ある意味独占欲をそのまま音にしたような−声で名前を呼ばれてしまえば、
彼に対して何かを隠蔽するのは不可能な事。
 
「ウ・・・ル・・・リッヒ・・・様・・・」
 
力の入らない腕を彼の首にかけ、切れ切れにかすれる声を必死に囁きかける。
 
「愛・・・して・・・います・・・」
 
意識が飛ぶほど求められ、墜落するように眠りに落ちていくリリーを
腕にしっかり包みながら彼女の心に刷り込むように彼女が聞きたくてしかたのなかった言葉を告げ、
彼女を追いかけるようにまぶたを閉じました。


 
ちゅん、ちゅん―  
カーテンの隙間からこぼれてくる光と小鳥の声に目がさめて見ると  
肩肘をついた状態でこちらを見つめているウルリッヒがおりました。  
昨日の事を思い出し、頬を染めてシーツの中にもぐりこむリリーをしっかり捕らえ  
おはようのキスをかわすし、安心しきったように胸にもたれている彼女の肩まで  
寒くないようにシーツを引き上げると
 
「昨日は結局何をしたかった?」  
「ふぇ?」
 
『ウルリッヒ様の胸って暖かいな〜』とのんきな事を考えていたリリーは  
有無を言わせてもらえない口調に観念し、自分の陰謀を小さな声で  
打ち明け始めました。
 
「・・・最近、ウルリッヒ様に『愛してる』って言われてないな〜って思って。   
あっ!でも、ウルリッヒ様の気持ちを疑っているわけじゃなくて、ただ・・・」  
「『ただ』なんだ?」  
「・・・・・・・・・。ウルリッヒ様の声で言って欲しくて・・・・・・・・。   
でも、結局自分で言っちゃったし、ウルリッヒ様には言ってもらえなかったし・・・」
 
本当に本当に小さな声。これだけ側にいても口元に耳を持っていかなければ  
聞こえない位の音量でした。
 
「いつも言っているのだかな」  
「え・・・?」  
「お前と一緒にいるときはいつも言っている」  
「だ、だって聞いてないです。記憶にあるのって・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・だ」
 
耳打ちされた言葉にまだ引ききっていない赤い頬をさらに紅潮させている彼女を  
ぎゅっと抱きなおし、そして一言。
 
―「リリー、お前のことを愛している」―


 
その日、ザールブルグの錬金術師工房の看板が「Open」になる事はなく  
ウルリッヒに用事のあった騎士がグラハムに追い返されたのはまた別のお話。
 
「たまにはちゃんと聞かせてくださいね」  
「ああ、お前もな」


 
ああ言う事になるから、作戦を考えたのに、結局は・・・。  
素直に「言って」ってお願いすればああいう事にならなかったかもしれない。  
やっぱり大好きな人の声で言ってもらう『愛している』は特別な響き。  
だから、行動だけじゃなくて、ちゃんと何度も聞かせて、ね?




どーですか!このラヴラヴっぷり!きゃぁ〜ん♪
ミルト様のサイトのキリ番踏んでよかった!と、しみじみ思いました!
コレ読んで、妄想魔人様がぐわ〜っと降臨してきて、
図々しくも、2枚もラクガキを送り付けた迷惑野郎はこの私。:汗
でも、絶対妄想しますって!(と、言い訳する)

ミルト様、本当に素敵な創作、有難うございました〜!(礼)

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