スイートリリィ

 

真夜中、ホテルの部屋のドアが蹴り上げられた。

「けっ、くそったれ」

ユアンは、蹴ったところで開かないことを重々承知で、へらへらと笑っている。

後ろに立つ金髪は、困ったような笑いを浮かべてゆらゆらと揺れていた。

「代わりに開けてやろうか? ユアン」

こちらの声もくすくす笑いを浮かべている。

ユアンの後ろに立つ人物は、一生になってドアを蹴り飛ばすほどではないようだが、ユアン同様かなり気持ちよく酔っぱらっているらしく楽しげだった。

「平気。平気」

陽気に返事を返すユアンは、大きくドアを開くと、共演者の肩を抱いた。

ぐいっと引き寄せられた客人の額が、ユアンの額とぶつかる。

「痛てっ」

「なんだ? この位で痛いの? あんた。じゃぁ、これなら、どうだ」

ユアンは、もう一度ごちんと額をぶつけた。

「痛いって言ってるだろ」

ぶつけられた相手は、痛みのあまり目を瞑って文句を言った。

「ほら、どうぞ」

客人の不平を無視して、ユアンは、抱いた肩を強引に引っ張り、中へと通した。

落ちかかる金髪の上から額を撫でるショーンは、それでも、礼を言って中へと入る。

「ありがとう」

二人は、同じ映画の撮影中だった。

ユアンは、主役。そして、ショーンは、その敵役。

ユアンよりも、年嵩のショーンは、端正に整った強面だが、今は、すっかりリラックスした笑いを浮かべていた。

酒に酔った頬が赤い。

だが、二人は、普段から一緒にいるというような間柄ではなかった。

普段の二人は、同じ映画の撮影に望むキャストとして十分な敬意を払い合い、それに見合うだけの距離を置いていた。

仲がいいとか、悪いとか言う前に、二人は、撮影所では、あまり話をする機会もない。

それなのに、今日の酒が、二人を親密にさせた。

たまたま席が隣り合った。

酒の入ったショーンはなめらかに話をしたし、酒の大好きなユアンは、すっかり陽気だった。

ショーンは、控えめな笑いを何度も浮かべた。

対するユアンは、まるで笑顔のマークのように大きく口を開け、目をきらきらさせながら、笑っている。

今も、二人は肩を寄せ合い、くすくすと笑いながら足を進める。

部屋の中の照明は控えめに落とされていた。

部屋の中は、広々としていたが、あっちにもこっちに物が散乱し、ショーンは、廊下に落ちていたユアンのシャツを踏んでしまう。

「あー。ユアン。何かを踏んだようなんだが」

「何? ああ、それ、明日着るわけじゃないから、平気だ」

ユアンは、床に散乱する雑誌も、タオルも、洋服さえも平等に踏みつけながら、先に進んだ。

「こっち。こっち」

肩を組んだまま、もつれ合うように歩く二人は、大きなソファーに同時に座り込んだ。

ソファーに尻が落ち着いた途端に、ユアンは、年上の共演者の太腿をぱんぱんと叩く。

「なぁ、なぁ、ショーン。さっきの話なんだけどな!」

ユアンは、ショーンが思っていた以上によくしゃべった。

たまに、こういう状態のユアンを撮影所で見かけたことはある。

ユアンは、むっつりと黙り込んでいることも多いのだが、あの止まらないのではないかというようなハイテンションの状態が自分に向けられる日がくるとは思ったことのなかったショーンは、楽しそうに口元に笑いを浮かべながら、同じようにユアンの太腿を叩き返した。

ショーンも酔っぱらって箍が外れている。

けれども、ユアンに比べれば、随分と加減して叩いている。

ユアンがショーンを睨んだ。

唇を尖らした大げさな顔で、話を中断させられたことに抗議をしてみせる。

「せっかく、人が気持ちよく悪口をまくし立てているというのに!」

しかし、その顔はまるっきり子供で、ショーンはまた笑った。

身体を折り曲げ笑うショーンの背中をユアンは叩いた。

ショーンが手を振って、ユアンを追い払う。

しかし、その手は、ユアンを打たない。

「お上品だねぇ。ショーン」

酔った目で色っぽく笑ったユアンは、とりあえずは、ショーンから退き、寝転がった。

十分大きなソファーだったが、足がどんっ、ショーンの上に置かれた。

それでも、頭がソファーから落ちてしまい、にやにやと笑う主役は、無理をして首だけを起こしている。

「苦しくないのか? ユアン」

「勿論苦しい」

顔を真っ赤にして笑うユアンが身体を起こした。

ぷうっと、息を吐き出す。

短い前髪をかき上げ、ブルーの目が機嫌良くきらきらとしていた。

「なぁなぁ、ショーン、あんたまだ、俺に遠慮してるの?」

「えっ?」

ユアンは、じっとショーンを見つめ、とても親しいものを見る目で笑う。

「あんたってさ、こんなもんなのか? ホントはもっと悪いんだろう」

あまりに親密な目で見つめられショーンは、照れくさそうに返事を返した。

「……悪い? はは。悪いかもな。でも、こんなもんだよ」

ユアンは、疑わしそうな目を向けた。

「ふーん。まだ、飲み足りない?」

すぐにでもユアンは、酒を手配しそうだった。

ショーンは、止める。

「いや、もういいよ。ユアンに付き合ってたら、明日確実に起きられない」

小さく笑うショーンの上で、ユアンがばたばたと足を動かした。

「なんだよ。ショーン。まだ、俺とは仲良しだって言わない気か?」

ショーンは、暴れる足を捕まえた。

「……いや、こんな目に合わされてるんだ。仲良しだろう」

年上の共演者は、苦笑を浮かべる。

「嘘だ。ショーンは、まだ俺に気を許しちゃいないね!」

決めつけたユアンは、ショーンから足を奪い返した。

「まず、第一に」

引き寄せた膝の上に顔を乗せた酔っぱらいは高らかに宣言する。

「ショーンは、俺の話を聞くばっかりで、全く話をしない!」

「いや、ユアンがしゃべり続けるから、口を挟む間がないだけで」

「のろまめ!」

ユアンが笑い転げる。

ショーンは、陽気に転げ回る足癖の悪い主役が蹴ってくるのを避けて席を立った。

そうしないと、ユアンがきりなくショーンを蹴るのだ。

「ユアンは、話すのが好きなんだと思ったんだが?」

「好きだ! 全く、ちっともしゃべりたくなくなるときもあるけどな、ショーンとしゃべるのは好きだぞ!」

ユアンの陽性は、迷惑なほどだが、ショーンには全く悪い気がしなかった。

撮影所でみせていた少し構えたユアンよりも、この方がずっと話やすい。

あまりにも開けっぴろげなユアンの態度に、ショーンも自分で掛けていたセーブを僅かに外した。

ごろごろとソファーの上で丸まろうとしている主役の足を捕まえ、端に押しやると、できた隙間に腰を下ろす。

すかさずユアンが毒づいた。

「あっちにもソファーがあるぞ。デカ尻!」

すっかり甘えた目をして見上げてくる主役がかわいらしくて、ショーンはからかった。

「なら、お前をベッドに放りこんでやろうか? 子猫ちゃん」

ユアンが嬉しそうに大きく口を開けて笑う。

「腰を悪くするぞ。中年!」

「減らない口だな」

ショーンは、ユアンの口を摘んだ。

ユアンは、む〜、む〜と抗議する。

ショーンは、明るいブルーの目をのぞき込んだ。

「ユアン、もし俺にお前が持ち上がらなかったら、それは、お前がデブだからだ」

「けっ、すこしばっかりこの映画でウエイトを落としたと思いやがって!」

ユアンが、ショーンの指から逃れた。

「えっ?」

ショーンは、そう言った話をユアンにしたことはなく、また、ユアンと顔を合わす前には、すっかり今の体型に調整がすんでいた。

ユアンの手が遠慮なく、ショーンの腹を掴んだ。

「ショーン。何? 何? 俺があんたのこと全く知らないとでも思ってた? あんただって、ちょっと前の作品まで、ころころしてたじゃん」

ユアンの手が、引き締まったショーンの腹を何とか引っ張ろうと何度もつまみ直す。

「ちょっ、お前……」

ショーンは、それがくすぐったくて笑ってしまった。

ユアンは、ショーンに払われた手で今度は自分の腹を摘んだ。

鍛えられた腹筋に満足そうに頷く。

それから、脇腹を摘み、そこの肉が少しつまめることに、ユアンは、にんまりと笑った。

「ショーン。多分、あんたがお嬢さんにせがまれて、俺の超ヒット映画を見るくらいには、俺もあんたを知ってるぞ」

つまり、それは、あの懐かしい大作映画のことか?と、ショーンは少しくすぐったかった。

あれは、懐かしい。そして、ショーン自身、思い入れがたっぷりある。

ショーンは、嬉しそうに自分の腹を触りまくっている主役に笑いかけた。

「その割に、敬意を払ってくれてないようだが?」

「敬意?」

にんまりと笑ったユアンが、突然ショーンの腰に飛び付いた。

「大好きだ。ショーン!!」

笑い転げるユアンが、ショーンの尻を揉む。

ショーンは、ソファーの端から転げ落ちそうになった。

それをユアンの腕が引き戻す。

ついでに、尻を揉んでいく。

「こら! やめろ!」

「やわらけ〜。なぁ、俺の触れよ。敬意を払って特別に触らせてやる」

ユアンはくるりとソファーの上でうつぶせになった。

子供のように楽しげに笑う男は、期待に満ちた目をして、ショーンが触るのを待っている。

こういう酔っぱらいの冗談につきあえる程には、ショーンも酔っていた。

ショーンは、むんずとユアンの尻を掴み、わしわしと揉んでやる。

尻は、本人が特別だというだけあって、なかなかの触り心地だった。

丸く盛り上がり、指を優しく押し返す。

「なぁ、ショーン。今、若いって羨ましいなぁって思ってるだろ」

「いや、若い時は、俺もこんなに恥知らずだったか? と、思ってるだけだ」

大きなユアンの目が、ショーンを見上げ、嬉しそうに笑った。

「あんたのに比べたら、若い分だけ、ちょっと固いかなぁ。でも、気持ちいいだろ。俺の尻」

「自慢してるのか? それ」

「勿論だ!」

ユアンは、ショーンの膝の上まで、ずりずりとずり上がると、そこに頬を擦りつけた。

「なぁ、もうちょっとマッサージ」

「迷惑な奴だな」

「うるさいなぁ。じゃぁ、俺もショーンの揉んでやるから」

ユアンはまた、ショーンの腰を抱き込むようにして柔らかな尻を掴んだ。

強引な手が、ショーンの尻を揉む。

「くうぅ。やわらけ〜。いいなぁ。これ」

ユアンが夢中になって、ショーンの尻を揉む。

負けじとショーンもユアンの尻を揉み返した。

もはやそれは、マッサージというよりも、ただ単にじゃれ合っているだけで、しかも次第に力が強くなっていく。

「痛いぞ。ショーン!」

「お前もだ。ユアン!」

額に汗するくらいお互いに男の尻をもみあって、はたと、ショーンがため息をついた。

「……阿呆だな。俺たち」

「やっとわかったのか? ショーン」

「俺だけじゃない。お前もだって、言ってるんだ。ユアン」

ショーンは、足を投げ出し、どっかりとソファーにもたれ掛かった。

主役を切れ長の目で睨み付けたショーンに、ユアンは、手を伸ばして、その額に触った。

「楽しいな。ショーン」

「ああ、お前だけな。酔っぱらい」

ショーンは、すっかりとユアンといることにリラックスしていた。

もう、ショーンからは、お上品だとユアンに言わせた顔は、どこかに行ってしまっている。

忌々しげに舌打ちをしたショーンに笑みを深めたユアンは、ごろりと転がり直すと、ショーンに向かって両手を上げた。

「だっこ」

「は?」

「パパ、だっこ」

ショーンは、思わずもう一度問い返す前に、ユアンの頭を張っていた。

「痛てっ! おじさんは腰に自信がないから、できないんだって、ちゃんと言え!」

叩かれた頭を撫でながら、ユアンが不平を唱える。

ショーンは、はっきりとユアンを見下した。

「どこのプリンセスが、俺に向かって抱っこだって?」

十分に迫力のあるその顔に向かって、無精無精ユアンは口を開いた。

「しょうがないなぁ。じゃぁ、俺がしようか?」

緑の目が、呆れたような色を浮かべ、ユアンを見た。

「あのなぁ……」

「なんだよ。ショーン。できないと思ってるのか?」

ユアンは、身体を起こしショーンを抱き上げようとした。

「ちょっ! 待て、無理だ」

「嘘つけ。できるに決まってる」

ユアンは、きっぱりと断言した。

ソファーに膝を着き、年上の共演者を掬い上げる。

しかし、ショーンが暴れるということ。実際、かなりユアンが飲んだということ。二人の体格があまり変わらないことなどの理由により、ショーンは、上等のソファーの上で弾むことになった。

上から、ユアンが覆い被さる。

「くそっ! 飲み過ぎた」

「ああ、そうだとも、お前は飲み過ぎだ」

「畜生! じゃぁ、やっぱり、ショーンが俺を抱っこだ!」

酔っぱらいのこだわりは、猛烈に熱心で、酔いということに関してなら、少しばかり負けているショーンは、とうとうユアンを抱き上げることになった。

「……重っ……」

二人はほぼ、体格が変わらない。

しかも、現在の体重は、もしかしたら、ユアンの方が上かもしれなかった。

ユアンはすっかりショーンの肩に顔を埋めて、幸せそうにしがみついている。

「ショーン。英国が誇るセクシー俳優の名にかけて、羽根のように軽いと言ってくれ」

ユアンは、甘えるように肩に鼻を擦りつけた。

「軽いなぁ。軽いだろ。ショーン。俺なんて、空気みたいなもんだ」

その上、その姿は、すっかり板についていた。

年上の面子にかけ、ショーンの足取りはたしかだが、それにしたって、ユアンは、全く落とされる心配をしていない。

「……ユアン、お前……誰にでも、こうやって運ばせるのか?」

見た限り、酒好きそうなユアンが毎回こうなのかとショーンは、苦々しくユアンに聞いた。

ユアンがすっかり甘えた目でショーンを見上げる。

「特別な奴だけね。ショーン。あんたも特別だ。ほら、頑張って、ベッドルームはあっち」

ドアの前では、すかざすユアンが、ドアノブを回し、それをショーンが蹴り飛ばして開けた。

「ひゅうっ! ワイルド!」

ユアンがショーンの態度をはやし立てる。

「うるさい。黙れ、この酔っぱらいが!」

「地が出てきたな。ショーン」

ベッドに放り投げられても、まだ、ショーンの首をユアンは離さなかった。

自然、ショーンが、ユアンの上に覆い被さることになる。

若いユアンの顔を見下ろしながら、ショーンは、ため息をついた。

ショーンは、すっかり乱れ、額に掛かる髪を撫で上げる。

「プリンセス。手を放していただけませんかね?」

「プリンセス! プリンセス! それ、俺のこと? あんたのこと? ショーン、あんたそんな風に呼ばれてる訳?」

笑うユアンが、ショーンの首をぎゅっと引き寄せた。

強引な唇が重なる。

しかし、強引であるくせに、ちゅうっ、と、押し当てられる唇は気持ちがよかった。

ユアンは、そっとと、いうには力強く、しかし、無理矢理だと感じるには、力を抜いて、つまり、二度目に唇が重なるときには、全く同意のキスを上手いことしてのけた。

ショーンは、あきれ果てた。

「ユアン。お前……。いい加減に離せ」

「アレ? おかしいなぁ。もっと動揺するかと思ったのにな」

「酔っぱらいに付き合ってられるか」

すっかりショーンの首に腕を絡ませているユアンは、間近の緑をのぞき込んだ。

「ショーン。あんたもプリンセスだろ?」

かなりの確信を持って、ユアンは、ショーンに言う。

あまりに強く決めつけられたため、ショーンは、一瞬目を泳がせた。

ショーンにはそう言われるに足る過去がある。

しかし、そこは、とぼけきった。

緑の目を大きく見開き、わけがわからないとばかりに、少し口を開く。

「は?」

「かわいい顔して。それも手なわけ?」

ユアンは、ごろりと自分が転がることで、ショーンをベッドの上に転がした。

年上の俳優を見下ろし、口元を大きく開けて笑う。

「あれ? 俺、てっきり、あんたもちょっと退屈してるのかと思ったのに」

ユアンは、罪のない笑顔で笑って、ショーンの股間に股間を擦りつけた。

 

 

続く

 

終わりまで書ききれなかった。くうぅ。

でも、かわいこちゃん同志がいちゃいちゃしてるの書くのって、幸せv