柔らかい肌

 

「ショーン。こっちにおいで」

「なんだ?」

ヴィゴがリビングで呼ぶ声に、ショーンは、寝転がっていたベッドから起き上がった。

手には、読みかけ雑誌を持っていた。

ショーンの格好は、シャツのボタンもかけず、履いている短パンからは、太腿についたキスマークが見えた。

「何をするんだ?」

日差しの差し込む大きな窓の側には椅子を置かれていた。

その隣りに、ヴィゴが立っている。

タオルを手にひどく楽しそうな顔だ。

「何だ?」

ショーンは、リビングに現れ、大きく伸びをした。

なにやら企んでいそうなヴィゴの笑顔に、すこし警戒顔だ。

椅子の側の物置台には、洗面器と石鹸。それから、刷毛とかみそりが載っていた。

洗面器からは、湯気が上がっている。

「もしかして、髭を剃ってくれるのか?」

「当たりだ。ショーン。さぁ、ここに座って」

ヴィゴは、腕にかけていたタオルで、ショーンのための椅子をささっと払った。

恭しい礼とともに、とっておきの客を迎える態度で、ショーンに椅子を勧める。

ボロミアという武人の役柄上、ショーンは髭をあたることが許されていなかった。

長くなったのを、はさみで切ることはできたが、それも、あまり短くすることはできない。

「男前にしてやるからな。ショーン」

「怪我をしないようにやってくれ」

ショーンは、襟元にタオルをかけられながら、ヴィゴを見上げ苦笑した。

ヴィゴは、かみそりを手に、にやりと笑う。

ショーンは、契約が成立していた撮影をこなすため、1週間、帰国することになっていた。

今日をいれて、後、3日で、一旦、ニュージーランドを離れる。

ショーンが、長く英国で俳優として活躍してきた背景は、ショーンがいて当たり前のテレビドラマや、ラジオ劇。その他もろもろの代替の利かない仕事を多々作り出していた。

どんな大作であろうとも、一本の映画のためにそれらを放り出すこともできない。

「髭を剃るのは、どのくらいぶり?」

言いながら、ヴィゴは、ショーンの頬へと熱く絞ったタオルを載せた。

それは、幸せな気持ちにショーンをさせた。

「そうだな…一月ぶりくらいか?」

体から、力が抜け、ショーンは、後ろへと首を倒して、目を瞑った。

ヴィゴは、刷毛に石鹸をつけ、泡立てている。

「そうか。そういや、ショーン、その位、前にも、一旦、帰国してたな」

ヴィゴは、思い出すように宙を見つめた。

ついでに、何を思い出し、すこし顔を顰めた。

「ショーン」

ヴィゴは、ショーンの顔から、タオルを退けると、刷毛を近づける前に、自分の顔を近づけた。

温かくなっているショーンの唇にチュッとキスをした。

ショーンの唇が、笑いの形になった。

「少し、冷たいから、覚悟しろよ」

ヴィゴは刷毛を近づけ、注意を与えた。

ショーンは、少しだけ目を開け、にんまりと笑うと、また目を瞑り、背後に立つヴィゴへと頭を持たせかけた。

ヴィゴは、ショーンの髭に泡をつけた。

 

「なぁ、ショーン」

ヴィゴは、ショーンの髭を丁寧にそり落としながら、ショーンの顔を見つめた。

目を瞑ると、ショーンの顔には、その精密さが浮き彫りになった。

すっと高い鼻も、切れ上がっている目尻も、きつく整ったショーンの顔に絶妙に配置されている。

ショーンは、口を開けずに返事をした。

ヴィゴは、ショーンの温くみを腹に感じながら、少し、ショーンの顎をあげさせ、顎の下に剃刀を当てた。

ショーンは、目は閉じたまま、頭の重みも、ヴィゴに預けたままだ。

「ん?」っと、鼻から、音だけをヴィゴへと返す。

「なんだ?ショーン、切られるんじゃないかと、警戒してるのか?」

口を開いて返事をしないショーンに、ヴィゴはにやにやと笑った。

ヴィゴは、剃刀についた泡を拭うため、ショーンにかけたタオルで刃を拭った。

ショーンが口を開いた。

「いいや。気持ちがいいよ。ヴィゴ」

ヴィゴは笑った。

「ほら、やっぱり、警戒している」

「剃ってもらっている時に、口を動かしたら、危ないだろ?」

ショーンは、本当に気持ちがいいらしく、目を開けようとしない。

緩んだ頬が、ショーンの言葉に嘘がないことを伝えていた。

ヴィゴは、剃刀を持ち直した。

「じゃ、もう一度、口を閉じて」

ショーンの顔を横へと向けさせ、頬の髭をあたり始める。

ショーンは、満足そうな顔で、目を瞑っていた。

ヴィゴは、その顔を堪能しながら、ショーンに話し掛けた。

「なぁ、ショーン。こうやって、剃ってもらうの好きか?」

ヴィゴは、慎重にショーンの髭をそり落としていた。

ショーンは、うまくヴィゴが刃を拭うタイミングで口を開く。

「好きだよ。これだけ気持ちがいいんだったら、毎日してもらってもいいくらいだ」

「怖がってるくせに」

「いや、ヴィゴに、こんな特技があるとは思わなかった。確かに、日差しも温かいし、そのせいもあって気持ちいいんだろうけど、でも、ヴィゴの腕もいいよ。とても気持ちいい」

ヴィゴは、反対の方向へとショーンの顔を向けさせ、そちらに残された髭を剃り始めた。

窓から差し込む太陽の光に、ショーンの髪が煌いていた。

満足げな顔は、眠っているのかと見間違えそうなほどリラックスしている。

「俺の剃刀捌きに、安心した?」

ヴィゴは、慎重に剃刀を動かしながら、ショーンに聞いた。

「した。した。最初はちょっと、バンドエイドを用意しないといけないかと心配したけど、その辺の床屋よりヴィゴの方が上手いよ。たまに、皮膚まで削られて、痛い思いするだろ?」

「いるいる。丁寧な仕事はありがたいが、剃り過ぎで、ひりひりして痛い思いする時があるよな」

ショーンの瞼は閉じられたままだ。

「ヴィゴは、何でも出来るんだな。すごく気持ちがいい」

ヴィゴは、見ていないショーンににっこりと笑いかけた。

 

「さて、ショーン」

ヴィゴは、さっぱりとしたショーンの顔を眺めながら言った。

温めたタオルで、綺麗に泡を拭ったショーンの顔は、血色も良く、新品のように艶やかな印象だ。

ショーンは、髭の無くなった顔を撫で回し、その感触を楽しんでいた。

「ひさびさに、さっぱりした」

「実は、これからがメインなんだ」

ヴィゴは、物置台の上に置かれている先の丸まった鋏にちろりと視線を向けた。

「これから?何?何をするんだ?」

ショーンは、椅子の上ですっかりリラックスして座っていた。

日差しは温かいし、顔はさっぱりしたしで、もう、何も文句のない状態だ。

「ショーン。一週間は長いと思わないか?」

ヴィゴは、油断したショーンの体をねっとりと目で楽しみながら笑いかけた。

ショーンは、シャツのボタンも嵌めず、だらしなく椅子に腰掛けている。

胸元にも、太腿にも、ヴィゴがつけたキスマークが残っていた。

「思う…と、言えば、思うが、どうせ、ヴィゴは、撮影で忙しくしてるんだし、すぐだぞ」

ショーンは、すこしだけ、申し訳なさそうな顔をした。

「ショーン」

ヴィゴは、にんまりと笑った。

「ショーン。悪いが、淋しいとか、そういう話じゃないんだ。あんたが、本国で悪さをしてくるのに、一週間は十分な時間だな。と、そういう話だ」

「…ヴィゴ?」

ショーンは、話がわからないと言いたげに、僅かに首を傾げた。

「ショーン。俺は、結構根に持つタイプでね」

「…ヴィゴ」

ショーンは、椅子にきちんと座りなおした。

眉を寄せて、ヴィゴの顔を伺うように見た。

ショーンには、ヴィゴの言いたいことがわかった。

本当なら、この週末、ショーンは、帰国のための準備に費やしたかった。

それを、ヴィゴの家で過ごしているのは、前回の帰国時にやらかしたミスを埋めるためだ。

出発まで、後、二晩。

それだけあれば、手荷物だけを詰め込んでの帰国に、十分事足りるだろうと、ショーンはヴィゴの機嫌を取りに、こっちに泊りに来ていた。

前回の帰国後、事務所まで使って、ショーンに連絡を入れてきた女がいた。

ちょっと羽目を外して、飲みに行った先で、拾ったのが失敗だった。

思ったより尾を引いた。

結局、ヴィゴにばれた。

冷たい目で見られた3日間。

ショーンは、せいぜい謝って、ヴィゴに甘い言葉を囁いてみた。

だが、ヴィゴは忘れていなかった。

 

「謝っただろ?」

ショーンは、言った。

「ああ、謝ってもらった」

ヴィゴは小さな鋏を手に取りながらにやりと笑った。

ショーンは、鋏が何に使われるのか怖くて、後ろへとずり下がった。

「…ヴィゴは、気にしないと言った」

「言ったね。確かに、言った。でも、あの時は、まだ、ショーンが本当に俺のものにはなってなかった。ショーンは、俺のこと試してる最中だった。あそこで、俺が、あんたのこと酷く詰ったりしたら、俺との関係を考え直す余地だってあったろ?」

ヴィゴはショーンに近づいた。

ショーンは、とても嫌そうな顔をして、ヴィゴを見上げた。

「何を考えてる?ヴィゴ?」

ショーンはもう、これ以上後ろへと下がれないところまで、椅子の背にぴたりと背中を寄せていた。

「浮気防止策をね。…ショーン、今だったら、俺と別れるのは嫌だって思ってるだろ?」

「…まぁ、そりゃぁ、思ってるが…」

「そうだよな。あそこで耐えて見せたのは、完全に成功だったと俺も思ってる訳だ。でも、ショーンに浮気されて、俺が傷つかなかったわけじゃない」

ヴィゴは、ひょいっとかがんで、ショーンの足首を掴んだ。

ショーンの体が、前へと引きずられた。

「ここでする?それとも、ソファーにしようか?」

「…なにを…?」

ショーンは、前へとずり寄せられる尻を引き寄せながら、眉を顰めてヴィゴを見上げた。

「あんたに全幅の信頼を置いて、帰国させるなんて真似できないから、浮気できないようにしておいてやるのさ。俺が剃るのが上手いってわかっただろ?ショーン。綺麗に剃ってやるから、任せてくれていい」

 

ショーンは、椅子にしがみついて、ヴィゴの手を振り払おうとした。

「ヴィゴ!ヴィゴ!あんた、あの後、一言だってあのことには触れなかったじゃないか!」

ショーンは、ヴィゴがやろうとしていることに思い至って、必死に椅子にしがみついた。

「今になって、言うのはずるいぞ!」

浮気防止に剃る毛といえば、頭の毛なんかであるはずが無い。

「思い出すと、胸糞悪くなるかに決まってるだろ」

ヴィゴは、しれっとショーンに言った。

ショーンの足首をがっしりと掴んで離さなかった。

それどころか、一旦鋏を台に戻し、ショーンのふくらはぎから、太腿にかけて撫で上げた。

自分のつけたキスマークの部分を何度も撫でる。

「ショーン。あんた、浮気をしないと自分が口約束をしたとして、それをどのくらいの人が信じてくれると思ってる?」

ヴィゴは、暴れるショーンの足を一抱えに抱きこんだ。

にんまりと笑いながら、ショーンの柔らかな内腿に唇を寄せた。

「……ヴィゴは俺が信じられないってのか!」

ショーンは、抱きこまれた足で、ヴィゴを蹴りながら、椅子ごと後ろに逃げようとした。

だが、床に膝を付く、ヴィゴの方が安定がよく、ショーンの攻撃はまったくダメージを与えない。

ヴィゴは、ショーンのペニスに布の上からキスをした。

「信じてやりたいけど、…あんたの場合無理だろ」

「無理じゃない!もう、俺は、ヴィゴと真面目に付き合うって決めたんだ。浮気なんてしない。全然無理じゃない!」

ショーンは、必死に体を捩りながら、ヴィゴを引き離そうとした。

手は、ヴィゴの髪を掴んでいる。

ヴィゴは、上半身が仰け反った状態だ。

けれども、ヴィゴは、にこやかに笑った。

「じゃぁ、ショーン。誰にも見せないんだ。どんな状態になってたって、平気じゃないか」

ショーンは、目を見開いてヴィゴをみた。

 

 

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