VS劇場 ─1─
「なぁ、これ、俺、だよな」
ショーンは、カンバスの前にたつ、ヴィゴの背後から、画布の中をのぞきこんで、声をかけた。
「よく、わかったな」
ヴィゴは、絵筆に、また、新しい色をつける。
「この目の色、これは俺だ」
「目だってよくわかったな。大抵は、もっと別のものを想像する」
「まぁ、あんたの絵、結構、見たし。傾向みたいなもんも、なんとなくわかったし」
画布に描かれているものは、いわゆる抽象画に分類するようなもので、一見、人の顔だとは、わからない。
ショーンは、しげしげとカンバスをのぞいている。
「これは、あんたの手だ」
「あたりだ。ショーン、絵画の鑑賞に才能があるね」
「・・・なんだか、よくない絵のような気がするんだが」
遠慮がちなショーンの声に、ヴィゴは、今日、初めて後ろを振り返った。
顔には、にやにやとよくない笑いが浮かんでいる。
「本当に、よくわかったな。これは、いわゆるプライベートなもので、全く、公開するつもりのない作品だ」
ヴィゴは絵の具のついた手を、大きく広げて、口を弓形に引き上げる。
「なぜ?」
ショーンは首をかしげた。
一見、何でもない作品だった。
他人が見たなら、全く別の解釈をしても不思議のないものだ。
それを、こんなに熱心に描いているのに、公表しないとは。
ショーンは、恐る々々ヴィゴに理由を尋ねた。
「ここに込められた君への愛を、さらしものにする気はない。と、いうのが、理由のひとつ。それから、実は、この下には、習作が描いてあってね。君のヌードがとても写実的に描いてある。そりゃ、専門家が、しかるべき方法で調べれば、真っ赤になるようなヤツがはっきりと、ね」
ヴィゴは、引きつった顔をしたショーンを抱き寄せた。
ショーンのシャツに、青い絵の具がべったりと、つく。
「・・・なぁ、あんたが、もっと偉大な画家になったとして・・・そうなったら、あんたの死後にこの作品が公表されたりしないのか?」
ショーンは、だめになったシャツも気になったが、もっと気になることを尋ねた。
「まぁ、可能性としては、あるかもな。すべてのことに、可能性はある。大丈夫、その時には、あんたも死んでるから、恥ずかしくなんかない」
「燃やせ!絶対、燃やせ!!」
ショーンは、わめきたてた。
「俺の子孫がとんでもない目にあったら、どうしてくれるんだ」
「平気さ。その時は、俺の子孫だって、とんでもない目にあっている」
ショーンは、描かれている内容が、大体想像できて、血の気の引くのを感じた。
口元が引きつるのに、変わり者の恋人は、平気で絵の具のついた唇を近づけてくる。
「愛してるよ」
ショーンの文句は、ヴィゴの口のなかへと吸い込まれた。
ショーンは、また一回、ヴィゴに愛情を持ってしまった自分を後悔した。
END
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