大人の恋愛 3

 

 

 

翌日、ショーンは、オーランドと一緒の撮影だった。

貴公子然としたエルフの衣装を着けたオーランドは、しかし、大きな目を情けなく潤ませながら、出番待ちをしているショーンの顔を覗き込んだ。

「ねぇ。ショーン。顔つきが違ってるんだけど、もしかして、ヴィゴとの関係が一歩進んだ?」

撮影現場を動き回る小型のクレーンや、発動機の音など、休憩中の役者の声を消してくれるものなど事欠かなかった。

今も、ショーンの前を大きな台をつけたバイクが音を立てて通り過ぎていった。

だが、ショーンは、危険きわまる話題にオーランドを睨んだ。

「しっ、オーリ」

ブルーのコンタクトを入れていないアーモンドアイは、情けなく寄った眉の下で、ショーンをじっとみつめた。

睨み付けるボロミアに、エルフはかわいらしく唇をとがらせた。

「ねぇ。俺、もう、出番無し?」

ショーンは、首を振ると、話題を変えるよう口髭の前で指を立てた。

「金曜には、俺とキスしたよね? 俺に、本当に好きなのかって尋ねたよね? せっかく先週まで、ショーン、なんか思い詰めてて、かなりつけ込みやすそうだったのに!」

地団駄でも踏みそうなオーランドの様子に、ショーンがくすりと口元を緩めた。

「お前のおかげで、踏ん切りがついてね」

「酷い!」

ショーンは、声の高いオーランドを引き寄せ、グローブを嵌めたままの手で口を塞いだ。

ショーンの膝に座ってしまいそうな格好に抱き込まれていたオーランドが目を見開いた。

「踏ん切りってなに!」

ショーンは、にやりと笑った。

「お前のおかげかも。サンキュー。オーリ」

オーランドは目の上を手で覆った。

「マジ? ねぇ、マジ? ショーン、あんた金曜は、かなり思い詰めた顔してたよね? 俺がキスしても嫌がったりしなかったよね? そうだよね。ショーン」

「やめないか。オーリ」

情けなくも眉を寄せた、だが、外聞の悪い話題をやめようとしないオーランドに、ショーンは、小さく舌打ちをすると、椅子から立ち上がった。

腰へと装備された剣を置き、手に嵌めていたグローブを外すと、オーランドの手を引き、セットを離れる。

「ねぇ、ショーン。ねぇ、本当なの? ああ! でも、その顔。すっかり満足しちゃってるその腰! くそっ! なんで俺、ヴィゴのうちに遊びに行かなかったんだろう!」

オーランドは撮影所の廊下を引きずられながら、まだ、口を閉じようとはしなかった。

ショーンは、無人の会議室にオーランドを放り込んだ。

場所柄を考えろと、注意をしたが、旅の仲間のボロミアとしては人の悪すぎる顔で、にやりと勝ち誇ったような笑みをオーランドに与えた。

「オーリ。たとえお前が来てても、やったさ。俺だっていつまでも手ぐすね引いて待ってるばかりじゃないんだ」

「畜生! なんでだよ! あんた、ヴィゴが全く手を出して来ないって悩んでたじゃん。 自分の思ってたのと全然違う展開だって、結構悩んでたよね? ……笑うよな。畜生! そういう顔が一番好きだって、俺、言ったじゃん!」

成功した悪巧みに喜ぶ少年のような輝く笑顔を浮かべたショーンに、オーランドは、本当に地団駄を踏んだ。

「いつまでも手ぐすねを引いてない? ああ! そうだろうね。 そんな顔して笑うショーンが、何時までも可憐な乙女みたいなことしてるなんて、これっぽっちも思ってなかったけどさ!」

オーランドはひとしきり叫び終えると、いくつもおいてある椅子の一つに捕まるとがっくりと肩を落とした。

その前を横切り、ショーンは、悠々と椅子に座った。

ぐったりと疲れ切ったようなオーランドはちらりと目を上げた。

「で、本当にやっちまったの? ショーン?」

ショーンは、足を組んで椅子に深く腰掛け、肘掛けに頬杖をつくと、悪戯に瞳を光らせた。

「オーリ、どうだろう? 他人のセックスライフにそうそう首を突っ込むのは下世話じゃないか?」

「余裕の顔して笑うなよ! ああ、もう、本当に! 先週の顔と、今日の顔、見比べてみろよ。畜生! 先週なんて、俺にキスだってねだったくせに!」

「人聞きの悪いこと言うなよ。オーリ」

「あれを、ねだったって言わないんだったら、キスなんて全部が、強引な男のせいってことになる」

オーランドは、ショーンの椅子へと近づいた。

肘掛けに手を掛け、旅の途中のボロミアとして完璧な装いをしているショーンの顔を見下ろした。

「ねぇ。もう、俺の出番はない?」

「全くない」

この現場は、近くに空港があるため、どこに居ても飛行機の爆音が聞こえた。

ショーンの自慢げな笑みにも爆音が被った。

被さった音で、聞こえなかった返事を読みとろうと、オーランドはショーンの唇の動きを見ていた。

読みとったオーランドは大げさにうなだれた。

「うわ〜。何その余裕の態度。昨日までは、もうちょっとぴりぴりしてたじゃん」

「それで、オーリにご迷惑をおかけしたのかな?」

ショーンは、オーランドに迷惑を掛けていた。

人を恋しがるような迷う目をして、オーランドを誘惑していたのだ。

「信じられない。キスを返してよ!」

オーランドは、ショーンの座る椅子を揺さぶった。

「分割で? それとも一括?」

ショーンは、楽しげに、オーランドをからかった。

「それが、悩んでた人の態度かなぁ?」

「まっ、人の悩みにつけ込んでた奴の姿としては、オーリの態度は妥当だな」

あくまでも楽しげな態度を崩さないショーンに、オーランドは、自分のための椅子を引き寄せた。

ショーンの隣に椅子を並べ座る。

「少々、尋ねるんだけどさ、ショーン」

オーランドは、肩に掛かる金髪を後ろへと跳ね上げ、茶色い眉の間に皺を寄せた。

ショーンは、小さくウインクした。

「満足したかってか? って質問か? したさ。思っていたより、ずっとヴィゴは優しかった」

オーランドは、衣装が皺になることも考えず、ショーンの太腿を掴んで叫んだ。

「ショーン! そういうことが聞きたいんじゃなくて! ああ! そういうことも聞きたいけどさ! じゃなくて、ヴィゴ、どうやって納得させたんだよ。あんたの話によると、ヴィゴ、ずいぶん石頭みたいだったじゃないか」

ショーンは、わざとらしいため息をついた。

「話す相手を選ぶだけの選択肢が無かったとはいえ、俺も相談相手はもう少し人選すべきだったな。オーリ、どうして、そういちいち聞きたがる」

「そんなの次のチャンスを狙うために決まってるじゃん。ああ! もう、しまった! 金曜のうちに、ショーンのこと無理矢理にでもやっちまっとくんだった。そしたら、ヴィゴとできあがったとしても、もう少し俺が優位な立場で割り込めたのに! なんで、俺、やらなかったんだろう。ヴィゴも、ショーンを悩ませるくらい粘ってセックスしなかったくせに、なんでいきなりしちゃうんだよ!」

鬘の髪をかき上げようとして、手を止めたオーランドは、がっくりと肩の力を抜いて、椅子の背にもたれた。

唇を突きだした拗ねた顔で、足をぶらぶらと振る。

その姿は、年相応の幼さで、超然としたエルフとはかけ離れていた。

オーランドは、大きな目を情けなく潤ませ、ショーンを見つめた。

「ああ……、ショーンが、俺なんかじゃ、セックスしたくならないか? って聞いてきた時に、やらなかったことをしみじみ後悔する。……ねぇ、どういう手管を使ったの? 参考までに聞かせてよ」

ショーンは、もう一度わざとらしいため息を吐きだした。

「俺は、お前相手に、自分の価値を計ろうとしたことをしみじみ後悔してるよ。問題がデリケートなだけに、確かにお前に聞くしかなかったんだが、もっと別の誰かが俺に好意を持っていてくれたら良かったのに。って本気で後悔している」

「……ヴィゴに、俺とキスしたことばらすよ?」

オーランドは、天井を仰ぎ見るようしながら口を曲げているショーンを甘く睨んだ。

「ヴィゴさぁ、いつもの余裕なんてすっかり忘れたって感じなくらい、ショーンとの関係には神経質じゃん。多分、ショーンのその浮ついたとことか、俺から密告したら、せっかくうまくいった関係も、即座に破局ってこともありえるんじゃない?」

意地悪く唇を曲げたオーランドは、にやにやとショーンをみつめた。

ショーンは、髪を耳にかけると、オーランドの目を見つめ返した。

ショーンの態度は強気だ。

「なぁ、オーリ。俺は、なんでこんなのに好かれてるんだろうな」

オーランドは、笑顔をやめなかった。

「さぁ? ショーン。それは、俺も聞きたい。でも、恋に理由がある時って、たいてい不純な動機なんじゃないかな?」

「そうかよ。それは、大層な説で」

たしかに、ショーンにも、自分がオーランドの好意につけ込んだ。という気があった。

理解しづらい複雑な愛情を示してくるヴィゴとの関係に悩んだショーンにとって、オーランドが示してきたのは、まっすぐな愛情で、わかりやすかった。

ヴィゴのように、愛情に満ちた目で見つめ、優しいキスをしてくるのに、それ以上に進もうとしない。と、いうのは、ショーンにとっては、自分に求められているものが何なのかわからず困惑するばかりだ。

「オーリ、キスのことをヴィゴに言ったら、完全に旅行は取りやめになるぞ」

「へぇ。……ショーン、まだ、俺と行く気あったんだ」

「行かない気なのか?」

「いや、行くけどさ」

オーランドは、椅子に座り直した。

「ねぇ、ショーン、マジな話、どうやってヴィゴのこと落としたのさ。言っちゃなんだけど、ヴィゴ、あんたに惚れちゃってから、全くあの人らしくなかったじゃん。大抵のことは余裕って顔してたのが、ショーン絡みだと、すぐ思い詰めた顔になったし、それに、……ショーンの話によると、あのフェロモンお化けが全然セックスしようって言い出さなかったんでしょ?」

「お前、本当に下世話だな」

ショーンは、膝の上で組んだ指を遊ばせた。

「だって、俺、被害者だもん。せめて、運命の恋でもしちゃったみたいな、純情なおじさんの話、聞いてみたいじゃん」

オーランドは、幾分拗ねた顔をもう一度した。

ショーンの罪悪感を突くつもりだった。

まだ口を開かないショーンに、オーランドは手を伸ばし、手持ちぶさたに遊んでいるきれいな指を手の中に納めた。

「金曜は、俺、ショーンに、一世一代の告白をしてあげたよね? もし、ヴィゴとうまくいかなかったら、絶対に俺が大事にしてあげるって、あんた、困った顔して笑ってたけど、でも、そう言われてキスされて、嬉しかったんでしょ? 舌入れるキス、ショーンの方がリードしてたと思うけど?」

オーランドの指が、ショーンの指の間をくすぐった。

ショーンは、困った顔で笑った。

「オーリ。若者は、怖いな」

「でしょ? 中年の純情がショーンを悩ませてたみたいだけど、青年の純情もそんなに簡単に踏みにじれるもんでもないんだよ?」

じっと熱い目で見つめるオーランドに、息を吐き出したショーンは、昨日の顛末をオーランドに告白した。

オーランドは呆れた顔をして話を聞いた。

「ショーン、金を払ったって……、なんて、恐ろしい手を使うんだ。ヴィゴが怒らなかったから良かったようなものの、そんなことされたら、俺一発で切れて、その場で別れるね」

「ヴィゴも、怒ったさ。一瞬殴られそうになった。でも、そのくらいやってやらないと、あいつ、臆病だしな」

ショーンは、そのときのことを思い出したのか、勝ち気に笑った。

オーランドは、乾いた笑いを浮かべた。

「そう? ほんと? 俺にはヴィゴが臆病だなんてちっとも感じないよ? ショーンのことすっごく大事にしてるだけだと思ってたけど」

自分が間違っていると言われるのが気に入らないのか、ショーンは、口を曲げた。

「金曜には、ショーン相手にセックスしたくならないなんて、ヴィゴは馬鹿だって言ってたじゃないか」

「まぁ、そりゃ、言うよ。ライバルを蹴落とせるチャンスはちゃんと掴まないと」

オーランドは、ヴィゴのことを思って、すこしばかり可哀相になった。

「でも、よくヴィゴ、ショーンのことを許したね。俺、そんなことされたら、プライドがめちゃくちゃだよ。絶対にぶち切れると思う」

「そのくらいショックな目に合わせてやらないと、尻に火がつかないだろ」

「怖っ!」

大げさに震え上がったオーランドは、しかし、楽しそうに笑うと、ショーンの前へと椅子を移動させた。

正面から、ショーンを見つめると、握っていた手を引き寄せ、チュッと、唇を寄せた。

「これが、不安そうな顔して、俺に相談を持ちかけていた人かと思うと……」

ふっとため息を吐いたオーランドを見下ろしながら、ショーンは、にやりと笑った。

「お前がキスでうっとりした顔してくれたからな。すっかり自信を取り戻したんだ。そしたら、あいつに合わせてるのがすっかり馬鹿らしくなって」

ショーンは、サービスのようにオーランドの手を引き寄せ、同じように軽く唇で触れた。

信じられないくらいきれいなピンクをした柔らかな唇が、オーランドの白い指に次々にキスを与える。

「サンキュー。オーリ。いい切っ掛けだった」

「俺、切っ掛けなんかになりたいわけじゃなかったのに……」

「いい人生勉強ができただろ?」

「……やっぱりショーン、最初から俺を利用するつもりだったんだ……」

オーランドは、ショーンの膝に片手を付き、ぐっと近づいた緑の目を睨んだ。

しかし口元は仕方ないショーンのことを笑っている。

「そういう言い方をするなよ。俺が悪人みたいだろ?」

「悪人じゃなかったら、何だって言うのさ」

オーランドはショーンに握られていた手を取り戻し、ショーンの頬をぎゅっと掴んだ。

オーランドの片膝は、ショーンの太腿の上に乗せられている。

ショーンの膝の上にオーランドが乗り上げている格好だ。

その時、がちゃりと、会議室のドアが開いた。

遠慮なしに中に入ってきたスタッフは、二人の姿を認めて、安堵のため息を吐きだした。

「やっと見つけた。……探したんだぞ。撮影中にかくれんぼはやめてくれ」

それから、スタッフは、二人の接触具合に開けしまったドアを内側からノックした。

渋い顔をしていたのだが、あまりな二人の様子に、苦笑を漏らしている。

「ノックが必要な状況だったか? だとしたら、今度からは、何処に行くのかはっきり言ってから、部屋のドアの鍵を閉めてやってくれ」

「うん。わかった。そうする」

ショーンの膝に乗り上げたままのオーランドはスタッフの労を労うようににこりと笑った。

その顔に向かってショーンが頭突きを食らわした。

「痛っ!」

「オーリ。まず、すみませんでした。だろう」

頭を抱えて蹲ったオーランドに笑ったスタッフは、大きくドアを開け、外に出るように促しながらショーンに言った。

「そう思ってくれてるのなら、ぜひ、ショーンの口からもその言葉を聞きたい」

「いつか、聞かせてやるさ。もう、準備はオッケー?」

「あと、足りないのは役者だけだよ。どうしてもあんた達がみつからないから、別のシーンから行くかって、他のメンバーまで呼ばれてる」

「じゃぁ、そっちが先?」

「いや、ショーンと、オーリがみつかったんなら、きっとあんた達の方が先だろうな」

ショーンを廊下へと促したスタッフは、床にしゃがみ込んでいるオーランドに近づき、手を差し出した。

「オーリ、顔を上げて。よし、額は赤くないな。口の中は? 舌を噛まなかったか?」

涙目のオーランドは、スタッフの手に掴まりながら立ち上がった。

「まず、大丈夫か? って、聞いて……」

「ショーンは、実践慣れしてるからな。手加減の仕方を知っているから平気だよ」

それでもスタッフはオーランドの額を撫でた。

オーランドは、嬉しそうに笑った。

「これだから嫌なんだ。伸び伸びと育った中年は」

オーランドも急いでスタジオへと向かった。

 

スタジオでは、急遽集められた俳優が、それぞれの椅子に座っていた。

その中には、ヴィゴもいた。

ヴィゴは、どう考えてもショーンのことを狙っているとしか思えないオーランドと一緒にショーンがどこかに消えたということに苛立ち、膝を揺すっていた。

だが、急ぎ足で戻ってきたショーンは、ヴィゴの顔を見つけて、なんのためらいもなく蕩けそうな顔をして笑った。

昨夜から、ショーンは、これっぽっちもヴィゴのとった態度を疑おうとしなかった。

朝の目覚めとともに、心温まるようなキスを求め、多少意地悪な表情で、テーブルに朝食が並べられるのを待ち。

まるで幸せな初夜を迎えたカップルそのものという態度で朝を過ごしたショーンは、昨夜のヴィゴがとったやたらと優しい態度を決して検証しようとはせず、そのままに受け取っていた。

多分、ショーンの中では、ヴィゴはセックスに踏み出すだけの勇気の出なかった臆病者であり、その反面、ショーンの気に入るほど十分に優しい気遣いの出来る男のはずだ。

ヴィゴの隣に腰を下ろそうとしたショーンにプロデューサーが声を掛けた。

後ろを付いてきたオーランド共々、ショーンは、セットへと誘導される。

ショーンは、そこで見ていろ。と、言うように、ヴィゴに向かって安心しきった笑顔を浮かべた。

その笑顔に、ヴィゴは目がくらみそうになった。

ショーンの笑顔は極上だ。

しかし、ヴィゴは、ショーンから受けた憤りをなんとか思いだし、昨日の続きの笑顔を返した。

オーランドと何処に行っていたんだと問いつめることもせず、ただ、優しい顔で笑い返した。

まだ、ヴィゴは、あんなことをしでかしたショーンを許すつもりはなかった。

ショーンの演技が続く間、ヴィゴは、痛みを切り捨て、今のままのショーンを受け入れてしまうことを選びたくなる自分と戦いながら、笑顔を浮かべていた。

 

オーランドは、たった二週間で、幸せに不思議な影の彩りを浮かべるようになったショーンの隣で地図をめくっていた。

「どうしたのさ。ショーン。確かに、ヴィゴとのラブラブタイムだったのを邪魔した俺が悪かったのかもしれないけど、そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃん」

この間、すばらしい頭突きを味わったオーランドは、撮影の順番がくるまで、この小さなミーティングルームに居ると、スタッフにきちんと告げて、ヴィゴの隣にいたショーンを引っ張ってきた。

机の上に旅行のための資料がばらまかれている。

ショーンの態度はまるで乗り気でない。

「ショーン。せっかくの旅行なんだよ。ダーリンがあんたにあんまりにも優しいもんだから、一日だって離れていたくなくなっちゃったとかやだよ」

オーランドは、ショーンから聞かされるあまりにもすごいのろけにここ数日辟易していた。

「……オーリ」

「何? もう、日にちが無いし、せめてコースだけでも、俺、そろそろ決めときたいかなぁ。って、言うか、のろけはもう勘弁してよ。これでも、俺、あんたに告白した身だし」

オーランドは、地図から目も上げずに、ショーンの行きたがっていた湖の写真が乗っている雑誌を机の上に滑らせた。

「ここに行くんでしょ?」

しかし、ショーンは、せっかくオーランドが用意した雑誌に目もくれない

「なぁ、オーリ、ヴィゴ、変じゃないか?」

オーランドはため息をついた。

「変? 変って言えば、変なんじゃない? 俺、あの人、どっかおかしいとずっと思ってるけど?」

オーランドは地図を投げ出し、ショーンに向かい直ると笑った。

「だって、変でしょ? あれだけ夢中になって仕事してんのに、その上、趣味までちゃんと持ってて、それを全部極めてて。……俺、尊敬してるもん。優しいし、面白いし。おまけに、恋人には、超スイートみたいだし」

ショーンのことではすっかり先を越されたが、オーランドは、決してヴィゴのことが嫌いではなかった。

好悪の感情で言えば、好きだ。

最初の人当たりの良さを脱ぎ落とし、恐ろしく悪くて、魅力的な顔をして、オーランドに下世話な話をしだしたショーンの笑顔を無視することが出来たとしたら、オーランドは、多分、ずっと側にいさせて欲しい相手として自分は、ショーンよりもヴィゴを選ぶ。と、思っていた。

その位、オーランドの目から見たヴィゴは魅力的だった。

「あの人さぁ、いつも高水位に自分を高めていてすごいと思うよ。価値の判断も自分でするし、だからって、狭量ってわけじゃないし。多少、偏屈なところはあるけどさ、公平で、あんな変な人なかなかいない」

オーランドは、昨日まではヴィゴが優しいと、嫌になるほどにやけきった顔で連発していたショーンの気持ちを引き立てようと、ライバルのことを褒めちぎった。

勿論、嘘は言っていない。

しかし、オーランドが気を回しても、ショーンの顔は明るくならなかった。

ショーンは、不機嫌に眉を寄せたまま、ぼそりと言った。

「ヴィゴ、全く怒らないんだ」

「そりゃぁ、晩婚の新婚だもん。ショーンが何しても可愛いんでしょ」

年甲斐もなく口をとがらせているショーンに、オーランドは苦笑した。

「なにが嫌なのさ。ショーン。昨日まで、ラブラブなの自慢してたくせに」

「……してたさ、してたけど。……ヴィゴ、この旅行のことだって、全くやめろって言わないんだぞ?」

「何? ショーン、あんた、俺にここまで用意させといて、ヴィゴが反対したら、旅行に行かないつもりだったの?」

オーランドは呆れたため息を落とした。

「信じられない。ヴィゴは怒んないかもしれないけど、俺は怒るよ。ったく、いい加減にしなよ。ショーン」

オーランドは、机の上に投げ出した地図を拾い、ショーンの前に差し出した。

「はい、ここ。あんたが行きたいって言ったとこね。確かにさぁ、この旅行の目的は、ヴィゴに行動を起こさせるためだったってことは知ってるよ。でも、俺のこと、少しでも好きならさぁ、ちゃんと行こうよ。ヴィゴ、行ってもいいって言ってくれてるんでしょ? じゃぁ、いいじゃん」

オーランドは、とんでもなく自分本位なショーンに呆れながら、納得のいかない顔をしている年上の目を覗き込んだ。

ショーンの目は、オーランドからそらされた。

しかし、地図を見るわけでもない。

「わかった。ショーン。のろけから、一転して、愚痴になった理由を聞くよ。それ、聞かなきゃ、ショーン、旅行の話なんて一言だってするつもりないでしょ?」

「……オーリ」

「知ってるさ。ショーンに惚れた俺が悪いんだよね。告白なんてもんをしちゃった俺は、もうショーンの奴隷もいいとこで、ショーンの相談相手にして貰えてる自分を幸せに思わなくっちゃいけないんだ」

大げさなジェスチャーをつけて自分を哀れむオーランドに、ショーンは顔をしかめた。

「誰もそんなこと言ってない」

「言ってない? 確かに口じゃ、言わないけど、態度で示してるじゃん。俺に比べれば、ヴィゴとは相思相愛だから、少し遠慮してるっぽいけど、でも、ショーン、あの人にだって、告白されちゃってからは、すっかり強気になってるし」

オーランドは、机の上の地図を畳んだ。

「さて、なんの悩み? 昨日もエッチして盛り上がったんでしょ?  せめて事細かに教えてよ。俺、それをネタに今晩楽しむんだから」

「……オーリ」

がっくりと肩を落としたショーンは、はつらつとした顔をした若いエルフに眉を寄せた。

緑の目は輝いているオーランドの顔を見つめる。

「どうして、お前はそうなんだ」

「どういう意味? 振られたってのに、俺の気持ちがショーンから離れないのは何故か? ってこと?」

ずいぶんときれいにまとめてきたオーランドに、ショーンは、ひくりと瞼を動かしたが、仕方のないように頷いた。

「まぁ、遠くにはそういう意味だ」

嫌そうな顔のショーンに、オーランドは嬉しそうに笑った。

「だって、俺、全然諦めてないもん。確かにさ、ヴィゴがショーンに告白したって聞いた日は大泣きしたし、それから、あんた達がエッチしたって聞かされた日は、頭が上がんなくなるくらい飲みまくって吐きまくったけど、よく考えたらさ、ヴィゴより俺の方がずっと若いじゃん。って、ことは、この先のチャンスは俺の方にあると思わない?」

「なんでなんだ? 俺だって、ヴィゴと変わらない年なんだぞ?」

「ヴィゴに開発して貰ったら、パワフルな年下の方がいいかも。って気になる日もくるかもしれないでしょ?」

「……そういう意味か……」

ため息を吐いたショーンは、ちらりとオーランドの手触りのいい柔らかそうな頬へと視線を投げた。

オーランドの顔はとても繊細だ。

ショーンは、ためらいがちに口を開いた。

「泣いたって?」

「えっ?」

「お前、泣いたって言ったろ?」

「ああ……」

オーランドは、気負いのない笑みを浮かべた。

「うん。泣いたよ。俺、結構泣き虫だもん。ショーンに選んで貰えなかったから、世界が終わったような気がして、めちゃくちゃ泣いた」

まだ、子供の印象を残したオーランドの顔から、その夜の様子を想像するのは難しくなかった。

ショーンは、下を向いたまま声を出した。

「悪かったな」

普段は、決してそうでもないのに、こういう時、ショーンは惜しみなく謝罪の言葉を口にする。

「別にいいよ。言ったじゃん。諦めてないって。それより、ショーンの話を聞こう。それを聞かせて貰わないことには、ちっとも前に進まないんだから」

オーランドは、ショーンの手を取り、ショーンの悩みについて聞く態度を示した。

ショーンは顔を上げた。

ヴィゴがやたらと優しく、ショーンばかりを優先させるセックスをするのだと打ち明けた。

 

                                             →続く