愛でなる病 9

 

それから、ヴィゴは、以前よりはるかに、頻繁に、ショーンの家を訪れた。

前だって、ほぼ、一日おきくらいに通っていたようなものだったから、まるで、ショーンの家にヴィゴが住んでいるような有様だった。

ヴィゴが、ショーンの症状を気にかけていたこともあった。

しかし、実際は、ショーンが、ヴィゴと一緒にいたがったせいだ。

ショーンは、ヴィゴを側から離そうとしなかった。

だが、その態度は、決して甘やかなものではなく、どこか神経症的な独占欲によって、ショーンは、ヴィゴの行動を規制した。

撮影現場においては、少し緩和されたが、それでも、聡いイライジャや、ショーン・アスティンには、眉をひそめさせるに十分なだけ、ショーンは、ヴィゴを誰にも近づけさせなかった。

そんな中で行われるEDの治療と称した、ヴィゴからの愛情に満ちた接触も、ほぼ、いい結果を出さなかった。

だが、ショーンは、毎晩それを望んだ。

ショーンは、毎日きちんとシャワーを浴び、ソファーに座って、ヴィゴを呼んだ。

「ヴィゴ」

決して機嫌のいい声ではないというのに、ショーンに呼ばれれば、ヴィゴは、ショーンのために膝を付いた。

そして、ショーンの快感のために奉仕した。

 

だが、今日は、ヴィゴに約束が入っていた。

自分の車で撮影所に行かなくなったショーンのため、一旦、ヴィゴはショーンを送り届けるため車を走らせたが、家の前で、ショーンを下ろすと、出かけるということを告げた。

振り返ることもせずに、家の中に入ろうとしていたショーンは、足早に戻ってきたかと思うと、ドアに強く手を掛けた。

「どこに行くんだ? ヴィゴ?」

ショーンは、ヴィゴが打ち明けるまで、決して手を離さないと言いたげな、厳しい目をしていた。

ヴィゴは、こうなることを予想して、家に着くまで黙っていた。

運転中に言い争いになることは避けたかった。

気楽な調子を装って、ヴィゴは、ショーンを見上げた。

「ちょっと飲みに行くだけだよ。若い奴に誘われてね」

「若い奴って?」

ショーンは、ヴィゴが名前を口にするまで、決してドアにかけた手を離しそうになかった。

ヴィゴは、困ったように唇の端を上げた。

「どうした? ショーン。近頃、少しおかしいぞ。あんた」

ヴィゴは、ショーンのことを気遣うような目をした。

しかし、ショーンは、ヴィゴを睨みつけた。

「誰と、出かけるんだ! ヴィゴ!」

ショーンの剣幕はずざまじかった。

ヴィゴは、ショーンの手を撫でた。

どうしてこんなにヴィゴを拘束したがるのか、理由がわからないままだったが、イギリスから帰ったショーンがどんどんと良くない方向へと向かっていることはヴィゴにもわかっていた。

そんな状態であっても、ヴィゴは、ショーンの側にいることが全く苦痛ではなかった。

だがヴィゴは、自分が側にいることによって、ショーンが味あわなくてもすんだ苦痛まで与えることになるのは、避けたかった。

「落ち着けよ。ショーン」

ヴィゴは、このまま走り去るのを諦め、車のエンジンを切った。

ショーンがほっとしたようにドアにかけていた腕から力を抜いた。

「一体どうしたんだ。あんた」

ヴィゴは、窓から身を乗り出すようにして、ショーンの頬を撫でた。

ショーンの頬は強張っていた。

ヴィゴは、甘やかすようにショーンを撫で続けた。

「大丈夫か?」

ショーンの頬のこわばりが少し解けた。

ヴィゴは、思い切って、ショーンに尋ねた。

「なぁ……ショーン。毎日俺とばっかり顔を付き合わせていて、飽きないか?」

「ヴィゴは、飽きたのか……?」

ショーンの声が低くなった。

「いいや」

ヴィゴは、ゆっくりと首を振って否定した。

しかし、ヴィゴは、その後すこし複雑な笑みを浮かべてショーンを見上げた。

「でも、ショーン。あんた俺と一緒にいることでストレスを感じているだろう?」

ショーンが憮然と口を固く結んだ。

決してうんとは頷かない。

だが、ヴィゴは、ショーンが、自分といることに、強い苦痛を感じていることを知っていた。

ショーンは、ヴィゴがいることに苛立ち、そして、いなかったとしてもそれに苛立っていた。

現在のヴィゴは、全くショーンにいい影響を与えていない。

ヴィゴは、ショーンの顔を見ながら続けた。

「俺は、ショーンと少しでも長くいられることが嬉しい。だが、ショーンは、無理して一緒にいたがることはないんだぞ? あっちの治療だって、無理したからって早く良くなるってもんでもないし……」

「……ヴィゴ」

ショーンは、また目の色を変え、ドアのウインドーに乗せているヴィゴの腕を掴んだ。

絶対に離さないと言いたげな強さでヴィゴの腕を掴んだまま詰問した。

「ヴィゴ。一体誰と約束した?」

ショーンは、ヴィゴの心配を無視したまま自分の質問に戻った。

その強固な瞳に、ヴィゴは、あっけに取られるしかなかった。

複雑な問題となってしまったらしい離婚手続きを進めてきたイギリスから帰った後の落ち着かないショーンの精神状態というのは、ヴィゴにとっても理解できた。

寂しさのためか、ヴィゴに対して、激しい独占欲をみせるショーンも、まだわかった。

だが、現場の人間との約束にまでこだわるショーンが不思議だった。

ヴィゴは、ショーンが、約束を女がらみなのかどうかを知りたがっているのかと思った。

ヴィゴは、気楽な調子を装って答えを返した。

「心配するなよ。ショーン。今日の約束は、オーリとだ。一緒に飲みに行きたいってうるさいからな」

ヴィゴは、からかうようにショーンを笑う真似までした。

しかし、ショーンの目に冷たい色が浮かんだ。

いきなり腕が伸び、鍵穴に刺さったままだった、車のキーをショーンが引き抜いた。

「おい? ショーン?」

驚いて見上げたヴィゴをショーンは見下ろした。

冷たい声がきっぱりと言った。

「あいつの携帯にキャンセルの電話を入れろ」

「は?」

背中を向けて歩きだしたショーンを追うため、ヴィゴは慌てて車から降りた。

ヴィゴが大きな音を立てドアを閉めて、追ってきているというのに、ショーンは振り返らない。

「一体、どうしたって言うんだ。ショーン!?

ドアの手前で、ヴィゴは、ショーンに追いついた。

ショーンをドアへと押し付けるようにして、ヴィゴは聞いた。

「何がそんなに気に障った? ショーン。あんたを誘わなかったことか?」

ショーンは、ヴィゴの手を払った。

「別に誘って欲しかったわけじゃない。でも、ヴィゴは、今日俺と一緒にいるんだから、オーリと飲みに行っている時間なんてないはずだ」

「何を拗ねているんだ? ショーン?」

ヴィゴとショーンの間で、拘束しあうことを許す約束など交わされたことはなかった。

しかし、ショーンは、真顔で自分の権利を主張した。

ヴィゴは、やきもちのような言葉が出たことに嬉しがってしまうには、どこか荒んだ雰囲気のショーンに、内心深く心配した。

だが、おどけた声でショーンに聞いた。

「誘われなかったから、寂しくて拗ねてるのか? ショーン」

ショーンは、きっぱりと横へと首を振った。

「拗ねる? 違う。そんなわけじゃない」

ショーンは、ヴィゴの気遣いをあざ笑うような顔をした。

酷薄に唇を吊り上げ、じっとヴィゴの目を見つめた。

「ヴィゴ。キャンセルの電話を入れるか?」

「なんでだ? ショーン? 何が気に入らないんだ? 一人で置いていかれるのが嫌なら、一緒に来ればいい。どうせ今頃は、向こうだって大所帯になってるに違いないんだ」

ヴィゴは、けんか腰のショーンの態度に気おされながら、意地で目線を外さなかった。

ショーンの手にぎゅっと握りこまれているキーの存在が、ヴィゴにそうさせた。

痛いだろうに、ショーンは、色が変わるほど強くキーを握り締めていた。

「……ショーン?」

ショーンは、ふいっと視線を外し、うつむいたまま、口元にだけ荒んだ笑みを浮かべた。

ヴィゴは、何故ショーンがそんな態度を取るのかよくわからなくて、ショーンの肩に手を掛けた。

「ショーン? どうした? 一人で家にいたくないなら、一緒に行こうぜ? きっとみんなあんたのことを歓迎する」

ショーンは、小さく肩を竦めた。

「みんな、なんていないに決まっている。いいさ。電話をしたくないというのなら、ずっと待ちぼうけをさせておけばいい。だが、ヴィゴは行かせない」

ショーンは、ヴィゴの腕をかいくぐり、ドアを開けると中に入った。

キーはショーンの手に握られたままだった。

ショーンは、ヴィゴのために、ドアを開けたまま中へと進んだ。

ヴィゴは、ドアの外に立ちすくんだまま、ショーンが、ソファーへと上着を放り投げ、キッチンに立って水を飲む姿を見ているしか出来なかった。

「……ショーン? あんた、本気で行かないつもりか?」

「ヴィゴだって、行かないよ。……さっさと入って来いよ。いつまでドアの外にいるつもりなんだ?」

ショーンは、コップを手に持ったまま、ヴィゴに手招きした。

ソファーを指差し、そこに座れと、合図した。

ヴィゴは、しばらく言葉も出なかったが、頭を掻き毟ると、ドアをくぐった。

「……ええと……じゃぁ、オーリに電話して……」

どうやってもキーを返すつもりのないショーンのために、ヴィゴはソファーではなく、電話に近づいた。

「おい、ショーン。電話帳はどこだ?」

ヴィゴは、オーランドに電話をかけようとして、自分のアドレス帳が車の中に置きっぱなしなのに気付いた。

ショーンは、眉をひそめた。

「電話帳? なんでそんなもんが?」

「いちいち、携帯の番号まで覚えてるもんか!」

電話の周りに積まれた書類の山を引っかきまわしているヴィゴに、ショーンが、自分の携帯を放ってよこした。

「そこから、かけろよ。あんた、相変わらず不便な生活をしているな」

「どうしても必要になったら持つ。まだ、ぎりぎり、どうしても、じゃない」

ヴィゴは、ショーンの携帯から、オーランドに電話を入れた。

少し待たされたが、オーランドが出た。

「オーリ?」

『えっ? ヴィゴ? あれ、ショーンの携帯だよね。これ?』

電話の向こうのオーランドからは、少し離れたところに人の声が聞こえた。

ヴィゴは、オーランドが、店にいるにしろ、まだ撮影所内から出れずにいるにしても、一人でいるのだとわかった。

「悪い。オーリ。今日の約束をキャンセルさせてくれ」

ヴィゴは、約束をした時、嬉しそうに笑っていたオーランドに申し訳なく思いながら、キャンセルを申し入れた。

オーランドは、しばらく言葉を返さなかった。

やっと声を返してきたときには、とってつけたような明るい声が聞こえた。

『いいよ。気にしないで。ダメかもなぁ。って気はしてたんだ』

ヴィゴは、その声を聞いて、思わずショーンに向かって顔を上げた。

通話口を塞いで、ショーンに聞いた。

「なぁ、ショーン。外に行くのが嫌なら、オーリをここに呼んじゃダメか?」

ショーンが目を見開いた。

座っていたソファーから立ち上がると不機嫌そのものという後姿をみせてベッドルームに入っていった。

ヴィゴは、ため息をついた。

電話口からは、ヴィゴが返事を返さないせいで、オーランドが慌てたように言葉を付け足していた。

『ヴィゴ? どうかした? 大丈夫だよ。俺。前に、また、遊んでくれるって言ってたから、ちょっと言ってみただけなんだ。全然、気にしないで。急に約束を入れようとした俺が悪いんだし』

「いや、オーリ。お前は全く悪くない」

ヴィゴは、オーランドの言葉を止めた。

「悪いのは俺だ。すまない。オーリ。お前、何か話がしたかったんだろう? もう、店にいるのか? 一人? ……ほんとに悪いな。また、今度ゆっくり付き合うから、今日のところは許してくれないか?」

『いいよ……』

オーランドは、すぐに、ヴィゴを許した。

しかし、その言葉尻に、オーランドが何かを口にしようかどうしようかと迷うような雰囲気が伝わってきた。

ヴィゴは、オーランドに聞いた。

「どうした? オーリ。もし、電話で聞ける話なら、今でも良いぞ」

『……今、本当にいいの?』

オーランドの気遣いに、ヴィゴは、閉まったままのベッドルームのドアを見た。

ショーンが、そこから機嫌のいい顔をして出てくるということは考えにくかった。

「……実のところ良くはないんだが、でも、今よりそうそう事態は悪くならない」

『ヴィゴ』

小さな笑いをオーランドが漏らした。

ヴィゴは、壁へと背中をもたれさせ、天井に向かってため息を吐き出した。

「そうなんだ。すごくショーンが怒っててね。手が付けられない。一体何が、どうショーンの気に触ったのか、全く訳がわからない」

『やっぱり、ショーンと一緒なんだ。ショーンからの電話だったから、一体何事かと思った』

「……なぁ、お前、ショーンと喧嘩でもしたのか?」

ヴィゴは、自分でもそれは、ありえない。と思いながらも、かすかな希望に縋りつくようにオーランドへと尋ねた。

さっぱり、ヴィゴにはショーンが怒り出したわけがわからなかった。

オーランドは一瞬息を飲んだ。

『するわけないじゃん! ここ半月くらい、俺、殆どショーンと口を利いてないんだよ』

「……そうだよな。そうなんだよな。……ショーン。すっげー気難しくなってて、おいそれと喧嘩できるような雰囲気じゃないしな……」

『違うって、ヴィゴ。喧嘩とか、そういうことをするって前に、俺、さりげにショーンから無視されてるっぽいんだよ』

「……そうか? ……ああ、もしかしたら、そうかもしれない……けど、オーリ、気にしなくていいからな。ショーン、ちょっと今、不安定になってるんだ。お前は無視されたと感じてるかもしれないが、別にそんなつもりじゃなかったと思う」

『……そうかなぁ……』

「ああ、そうさ」

オーランドの納得できていない声に、ヴィゴが言葉を重ねようとすると、ベッドルームから大きな音がした。

ドアに何かが当たった音だった。

かなり大きな音だった。

ヴィゴは、驚いて思わず、ドアを見つめた。

ドアは、それ以上音を立てなかった。

キャンセルを入れるだけにしてはヴィゴの電話が長すぎるというショーンの抗議のようだった。

『どうしたの? ヴィゴ?』

オーランドが心配そうにヴィゴに聞いた。

ヴィゴは、慌ててオーランドに言った。

「本当に悪い。オーリ。まだ悪い事態ってのが残ってたらしい。話は、また日にちを改めてゆっくり聞く。今日は本当に悪かった」

ヴィゴは、慌てて電話を切ろうとする自分の姿を多少情けなく思いながらも、つい早口になっていた。

『……いいよ。気にしないで。ヴィゴ。電話が貰えただけ、ラッキーって思っとくよ』

オーランドの声は、少し寂しげだった。

その様子に、ヴィゴは、焦る気持を押さえ込み、今日、オーランドに会ったら、言ってやろうと思っていた言葉を付け足した。

「オーリ。みんなお前のことが好きだぞ。お前は自信を持っていい。だけど、オーリ。ついでに教えておいてやるがな。世界中の誰もがお前のことを好きになるなんてことはありえない。振られても胸を張っていろ。すぐに、またお前が好きになり、そして、お前のことを好きになってくれる人が現れる」

『なにを? ……ヴィゴ?』

「お前、一人この国に残されることになって、寂しくて、俺に構って欲しがってるんだろう? 今日は、ダメだけどな。明日の昼にでも一緒に飯を食おう。ドムか、ビリーに電話を入れろよ。すぐお前と遊んでくれるぞ」

ヴィゴは、静かになったままのドアが気になった。

慌てて、もう一度、オーランドに謝った。

「本当に、すまないな。オーリ。手のかかる中年が、一人ベッドルームで泣き寝入りしそうなんだ。悪いが、俺はそっちに行かせてて貰う。……また、明日な」

『ああ……うん、ヴィゴ』

オーランドはまだ、何か言いたそうだったが、ヴィゴはあまりにも静かなベッドルームの様子に、携帯を切ってしまった。

 

ヴィゴは、携帯を手に持ったまま、堅く閉まったベッドルームの前に立った。

軽くドアをノックし、ドアノブを回した。

「……ショーン?」

ドアは簡単に開いた。

ただし、開けたドアの下には、ぶつけたものらしいサッカーの雑誌が落ちていた。

ヴィゴは、屈んで、角の曲がった雑誌を拾った。

床から目を上げると、ショーンは背中を向けてベッドに転がっていた。

体を丸めるようにして、壁のほうを向いていた。

ヴィゴは、どうしようかと思いながら立ち上がり、部屋の中から、ドアをもう一度ノックした。

「ショーン。ちょっと話があるんだが……」

ショーンは、返事をしなかった。

ヴィゴは、雑誌を手にショーンのベッドへと近づき、ベッドの上に、雑誌を放った。

寝ているはずはないと思ったが、ばさり。という雑誌の音に、びくりとショーンは体をすくめた。

ヴィゴは、ベッドの端へと腰を下ろし、ショーンの腰を撫でた。

「なぁ、ショーン。どうしてそんなに怒るんだ。オーリにはちゃんとキャンセルの電話を入れた。全部、あんたの思い通りだ。もう、拗ねるのはやめろよ」

ヴィゴが優しい声をかけたというのに、ショーンは、振り返ろうともしなかった。

背中全体で拒否を示した。

ヴィゴは、背中から、ショーンを抱きすくめた。

「なぁ、ショーン。こっちに顔を見せてくれ。喧嘩したいわけじゃないんだろう?」

すっかり腕の中に収めることに慣れた体を抱いたヴィゴは、ショーンの肩へと顔をうずめた。

体からの刺激で笑わせ、機嫌を取ろうと、ヴィゴは、ショーンの肩へと鼻を擦りつけた。

ショーンはくすりとも笑わなかった。

それどころか、腹へと回されたヴィゴの手を解いた。

ショーンは、不機嫌そうにベッドの上に座った。

髪をかき上げながら、横になっているヴィゴを見下ろすと、低い声で命じた。

「ヴィゴ。ここにいろ」

「え? ……ああ、ここにいるよ。ショーン。今日はもう出かけない。約束は断ったと言ったろ?」

冷たい目のまま自分を見下ろすショーンを、ヴィゴは困惑の表情を浮かべながら見上げるしかなかった。

ヴィゴは、ショーンが更に怒りを深めたわけを、ベッドルームに引きこもったショーンの機嫌をすぐに取りに来なかったせいだとばかり思っていた。

だから、嫌がられようとも接触を繰り返し、ショーンの機嫌を取り結ぶつもりだった。

「……ショーン?」

ヴィゴは、ショーンの最初の言葉を、触るな。もしくは、出て行け。だろうと予想していた。

勿論、そう言われたところで、ヴィゴは、接触を続けてなし崩しに持ち込むつもりだったし、出て行く気などさらさらなかった。

しかし、ショーンは、反対に、ここにいろと、ヴィゴに命じた。

ヴィゴは戸惑った。

ショーンの機嫌はどう見たってよくは見えない。

「ショーン……?」

ヴィゴは、ショーンの膝へと手を伸ばした。

だが、ショーンは、ヴィゴの手を避け、ベッドの下へと足を下ろした。

床に下りたショーンがヴィゴを見下ろしたままで言った。

「ヴィゴが、ここからどこへも行かないというのは、当たり前だ。違う。そういう意味じゃない。ヴィゴ。そういう意味じゃなく、俺が戻ってくるまで、このベッドにいろってことだ。俺をここで待ってろ」

「……どこへ行くんだ? ショーン?」

ヴィゴは頭を起こしてショーンを見上げた。

ショーンは、口元に嫌な感じの笑いを浮かべた。

「シャワーを浴びてくる」

ショーンの笑いというのが、強がってはいるがどうにも寂しい印象で、ヴィゴは、悲しい気持になった。

「どうして?」

ヴィゴの質問をショーンは受け止め違えた。

「さぁ? ヴィゴはよく知ってるだろう?」

ショーンは、ヴィゴが直裁な言葉をショーンが口にするよう求めているとでも思ったようだ。

苦く笑うと身を翻しドアから出て行った。

勿論、ヴィゴにはそんな気はなかった。

ヴィゴは、閉まったドアをぼんやりと眺めた。

 

                                                   →続く