愛でなる病 10
石鹸の匂いをまといつかせて戻ってきたショーンは、ベッドの上でちゃんと待っていたヴィゴを褒めるように、ヴィゴの髪を撫でた。
「ショーン? あんた、こんなことしてる前に少し話をした方がいいんじゃないか?」
ヴィゴは、ベッドの中に入り込んできたショーンを抱きとめながら、心配そうに顔を覗き込んだ。
ショーンは、視線をそらした。
バスローブに包まれた体をヴィゴへと押し付け、言葉を使わずに、自分の望みをヴィゴへと伝えた。
つまり、それはショーンがヴィゴの愛情に満ちた治療を欲しているということだ。
ヴィゴは、ショーンを抱きしめながら言葉を続けた。
「……なぁ、ショーン。あんた本当に平気か? あんた嫌な気持になりながら耐えてるんじゃないのか?」
ヴィゴは、ショーンの体を優しく撫でながら、ショーンに尋ねた。
ショーンは、体に不機嫌のラインを残したままだった。
それだけではない。
近頃よくあることだが、今日もまた、ショーンの腕が強張ったままヴィゴを抱きしめた。
ヴィゴは、決していいと言えないショーンの症状に、専門家の手を借りず、治療を続けていくとこに対し不安を感じていた。
この頃のショーンは、ある一つの方法を使わなければ、ペニスを勃起させることが全くできない。
ヴィゴは、ショーンの強張った尻を撫でながら、怒りを残したままの緑の目に尋ねた。
「……いつもの通りにするのか?」
長時間のフェラ。そして、多分今の精神状態では勃たないだろうから、今日も、最後には前立腺マッサージ。
「ああ。ヴィゴ。面倒かもしれないが……」
「いや、面倒じゃなんかない。そういうことじゃないんだ。……なぁ、ショーン。あんた、楽しんでるか? 俺にフェラをされて本当に気持がいいと思ってるか? ……なぁ、前にも言ったが、ショーン。あんた無理してセックスしようとする必要はないんだぞ?」
ヴィゴは、意地になったようにペニスを勃たせることに夢中になっているショーンが心配で、ショーンの背中を撫でた。
だが、ショーンは、頑なな目をしたまま、自分からバスローブの前をくつろげた。
「いいんだ。ヴィゴ。やってくれ」
ショーンのペニスは、いつも通りに小さいままだ。
ヴィゴは、手の中にその柔らかな肉を握ってやりながら、ショーンの目を見つめて、説得しようと試みた。
「ショーン。くどいようだが、セックスは楽しんでやらなきゃ、負担になるだけなんだぞ。そういうストレスが積もり積もって今のショーンの症状になってる部分もあるんだ。この治療だって、やりたくもないのに、早く治さなくてはという義務感だけで、続けたところで意味はないんだぞ? それどころか、もっとショーンの症状を悪くするかもしれない。近頃、ショーン、全く勃たないだろう?」
ヴィゴは、優しく手の中のペニスを揉みながら、ショーンに語りかけた。
ショーンは、ヴィゴの視線を拒んでぷいっと目を逸らした。
「……勃ちはするじゃないか……」
「ショーン……あんた、あの方法だけだろ。勃つのは……」
ヴィゴは、多分プライドを捻じ曲げて、ショーンが受け入れているに違いない行為を思い起こさせるために、ショーンの尻へと手を回した。
確かに、この方法であれば、ショーンはペニスを勃たすことが出来た。
イギリスに帰る前、ヴィゴへの信頼の証のように許された行為だったが、現在は、姿を変え、最終手段として、よく二人の間で用いられた。
どうしても勃たないペニスに苛立ったショーンが、アレをしてくれ。と、ねだるのだ。
勃たないままで、漏らしてしまうか。
勃った途端に、出してしまうか。殆ど、違いのない行為なのだが、ショーンにとっては、意味合いが違うようだ。
ショーンは、尻を触ったヴィゴの手を強く払った。
「やめろ。最初っから、そっちは嫌だ!」
「ショーン。本当は、こうやって治療をするのも嫌なんだろう? そう焦るなよ。ここんとこ毎日なんだぞ? 俺たちの年なら、普通に考えたって、出来るわけがないんだ」
「……ヴィゴ。やっぱり、あんたオーリと一緒にいたかったんだ! だから、そうやって俺のことを責めるんだ! 悪かった。俺につき合わせて! 今からでも行けばいい。きっとオーリは喜ぶ!」
ショーンは、ヴィゴを睨むと背中を見せた。
ショーンは、まるで話をする気がない。
背中は石のように硬く、ヴィゴのことは勿論、オーランドのことまでも馬鹿にしたような態度だった。
ヴィゴは、カッときた。
ベッドの上に跳ね起き、ショーンを怒鳴った。
「ショーン! あんたが俺にキャンセルの電話を入れさせたんだぞ! オーリは、店で俺を待ってた!」
「だから、悪かったと言っている!」
ショーンは、壁に向かって怒鳴った。
ちらりともヴィゴを振り返ろうとはしなった。
ヴィゴは、ショーンの体をぐっと掴んだ。
「悪かった? それが、悪いと思っている奴の態度か?」
ヴィゴは、ショーンに自分の方を見させると、上から押さえつけるようにのしかかった。
「ショーン。あんた、それが、大人の態度か? あのガキが、近頃不安定な顔をしていることなんて、あんただって気付いてただろう? 話をしたがってたんだ。それを俺は、あんたが嫌がったから断った!」
「恩着せがましいことを言うな!」
ショーンは、ヴィゴを睨みつけたまま、手を押しのけようと手首を握った。
「ヴィゴが、ずっと俺と一緒にいると言ったんだ!」
しかし、押さえつけてくるヴィゴの腕の力の方が強いとわかると、やにわに手に爪を立てた。
ヴィゴは、顔を顰めた。
「……言ったさ。言うよ。いつでも、俺は、ショーンと一緒にいたいんだ。でもな、ショーン。あんたは、俺と一緒にいてますます不安定な状態になってきてるじゃないか。それに、オーリは、あんただって気付いてただろう? 人恋しさで、すっかりふらふらしていた。俺は、ほんのちょっとあんたとの間に隙間を開ける必要があると感じていたんだ。それに今回のことは丁度いいと思ったんだ。オーリが立ち直るための相談役になってやるのもいいだろう?」
ショーンは、ヴィゴの手を爪で抉りながら、歯をむき出しにした。
「オーリが、優先なのか?」
「……なんで、オーリが優先なんだ? 説明しただろう? ショーン、あんたとの間に少し距離を置く必要を感じただけだ」
ヴィゴは痛みに耐えながら、ショーンを押さえつけていた。
押さえつけていなければ、ショーンは話だって聞かない態度だった。
ショーンが、吼えるように怒鳴った。
「なんで、俺との間に距離をおく必要があるんだ!」
闇雲にばたつかせた足は、あいにくヴィゴがしっかりと体重を乗せ覆いかぶさっているせいで、目的を達成しなかった。
だが、ショーンの怒りは十分にヴィゴに伝わった。
ヴィゴは、悲しいような目をしてショーンを見下ろした。
「……ショーン。あんた、自分でも気付いているだろう? イギリスから戻って、あんた全く一人でいられなくなってるじゃないか。俺を必ず側に置きたがるが、俺がいることによって、安心するわけじゃない。反対に、ショーン。あんた、いつも苛々しているだろう? 俺が側にいるのが、本当は嫌なんだろう?」
それを口に出して言うのは、ヴィゴにとっても嫌な気持になった。
ショーンが歯をむき出しにして唸った。
否定も肯定もしなかったが、とっさに言葉を返せなかったというのが、ショーンの気持の表れだった。
受け入れがたい事実だが、確かに、二人の現状はそうなのだ。
一緒にいればいるほど、ショーンの状態は悪くなっていった。
ヴィゴが努力すればするほど、ショーンは荒んでいくようだった。
ヴィゴの手に爪を立てていたショーンが、やにわに手を離した。
思い切りもがいて、自分の手の自由を取り戻すと、ヴィゴの頬を打った。
「俺なんかと一緒にいたくないというのなら、はっきり言えばいい!」
容赦という言葉をショーンは知らないようだった。
反射的にヴィゴは歯を食いしばったが、そのせいで、口の中が切れた。
ヴィゴは、反対の頬も打とうとしたショーンの手を捕まえ、ベッドに磔にした。
「離せ! ヴィゴ!!」
「誰が、一緒にいたくないなんて言った!」
ヴィゴが見下ろす緑の目は、興奮できつい光を宿していた。
足だって、ヴィゴがのしかかっていなければ、確実に腹に向かって蹴りだされていたに違いない。
ショーンに妥協はなかった。
ヴィゴは、打たれた頬の痛みを忘れようと努力し、自分が落ち着くために、小さな息を吐き出した。
「……なぁ、ショーン。少し落ち着いてくれ。何をそんなに怒っているんだ。俺は、ただ、あんたの状態を良くしてやりたくて、話がしたいだけで」
「俺のことを持て余しているんだ。と、はっきり言えばいい!」
ショーンは、興奮に顔を赤くして叫んだ。
「しけた面して、もっともなことを言ってないで、セックスもまともにできない男の面倒を見るのが嫌になったんだ。って言えばいい。もう、ヴィゴは、俺といるのに、飽き飽きしてるんだろう!」
ヴィゴは、ショーンのよく動く口を見ていた。
ショーンの口は、小さいくせに、怒鳴り声を上げるときには、十分困らないだけ大きく開いた。
「どうせ、ヴィゴも俺のことなんて嫌になったんだ! ああ、どうせ、俺は自分勝手な男だよ! 自分本位な奴さ。でも、それでもいいって言ったんじゃないか! お前らが勝手に、良いって言ってたんだ!」
ショーンは、ヴィゴの体の下で暴れた。
「離せよ! ヴィゴ! さっさとここから出て行けばいいんだ! あんたの行きたいところへ行けよ!」
ヴィゴは、どうしても腹が立って、ショーンを怒鳴った。
「黙れ! ショーン!」
ヴィゴは、ショーンが自分を追い詰めていくのを見ていることが辛かった。
ショーンは、ヴィゴに負けじと大きな声を出した。
「出て行け! ヴィゴ! お前になんていて欲しくない! 誰とでも一緒にいればいいんだ! 今すぐ出て行け!」
ヴィゴは、ショーンに殴られる覚悟で手を離し、ショーンの頭をしっかりと捕まえた。
真正面から見下ろし、大きな声を出した。
「俺は、ここにいるって言っただろう!」
その声の大きさは、俳優であるだけに生半可ではなかった。
あまりのヴィゴの迫力に、ショーンが怯んだ。
その隙に、ヴィゴはショーンのバスローブを大きく広げた。
「ショーン。あんたの望みをかなえてやる。あんたを意思を尊重する。あんたも、俺の気持を尊重しろ!」
ヴィゴは、有無を言わせず、ショーンの腰を捕まえ、口の中に柔らかなペニスを咥えた。
ショーンは、息を飲んだ。
しかし、ベッドを大きく一つ拳で叩くと、大人しくなった。
ヴィゴに大事な部分を預けておいて、酷い目にあわされないとショーンは確信しているのだ。
「ショーン。出そうだろ?」
ヴィゴは、ショーンのペニスが終わりを迎えようとしているのに気付いた。
ヴィゴが熱心に口の中で遊ばせたというのに、ショーンのペニスは、全く大きくなっていなかった。
しかし、ショーンは、もう我慢の限界に達していた。
ショーンは唇を噛んでいた。
悔しそうなショーンの顔に、ヴィゴは、小首をかしげてショーンを見上げた。
「……なぁ、指を入れてやろうか? そうしたら、勃つことは勃つぞ?」
結果としては、すぐいってしまうという全く同じ道を辿る、だが、ショーンのプライドが少しでも傷つかない方法をヴィゴは選ぼうとした。
ショーンは、いきなり大声を上げた。
「くそっ! もうダメだ! どうせ俺はダメなんだ!!」
ショーンがソファーを拳で叩いた。
ショーンは、涙を流していた。
ヴィゴは驚いて、急いで顔を上げた。
「どうしたんだ。ショーン?」
あまりにめまぐるしいショーンの感情の動きに、ヴィゴは翻弄され続けていた。
フェラの最中、ショーンはずっと沈黙したままで、ヴィゴは大変居心地悪く努力を続けていたのだ。
「……もう、ダメだ。おれは、一生セックスなんて出来ない! ……」
そうやって大声で喚いたショーンは、結局勃たないままだったペニスから精液を漏らした。
ヴィゴから身を引こうとした拍子にシーツに擦れ、我慢が利かなかったのだ。
せわしない息を漏らしながら、ショーンは、背中を見せて、泣いた。
ヴィゴは、途方に暮れて、ショーンの背中をなでた。
「……ショーン……」
ヴィゴは、せめて愛情深く、ショーンに触れた。
泣いている背中に何度も唇を落とした。
「……ショーン、大丈夫だから……」
「……大丈夫……なわけがない。……俺は一生……このままなん……だ……」
ショーンは、嗚咽を隠したりしなかった。
激しい感情の高ぶりのままに大きく唸りながら泣き、ベッドの上で暴れた。
何度もベッドが叩かれた。
足が、ヴィゴの体をも蹴った。
ヴィゴは、ショーンが落ち着くまで泣かせておいた。
ショーンの嗚咽が弱まり、低く唸る声が続くようになると、ヴィゴはショーンに覆いかぶさった。
「ショーン。俺の話を聞く気はあるか?」
ヴィゴは、少しの苛立ちと深い愛情のままに、ショーンの耳元で優しく囁いた。
ショーンは、しゃくり上げながら、濡れた目を少し上げた。
機嫌の悪い緑の目だ。
「……なんだ? ヴィゴ」
意見する気なら聞かないと、ショーンの顔には書いてあった。
だが、ヴィゴは、口元に力を入れて笑顔を作った。
ヴィゴには、いつまでもショーンを泣かせたままにしておくつもりがなかった。
「なぁ、ショーン。今のあんたは、死んでも認めたくないかもしれないが、そろそろ、俺のことが好きなんだと口に出して言わないか?」
ショーンの目が大きく見開かれた。
ヴィゴが何を言い出したのか、と、言いたげに、ショーンの目はヴィゴの顔を見つめていた。
ヴィゴは、ショーンの髪を撫でた。
「もっと、ショーンの状態が落ち着くのを待とうと思っていたんだがな。きっとこれをはっきりさせないと、この状態が改善されないだろうと思ったから、言うことにした。……ショーン。俺相手に、安心感を求めたいんだったら、ちゃんと口に出して、言ってみろ。言えるだろう? 俺のことを愛してくれ。だ」
ショーンの顔に一瞬笑いが浮かんだ。
状況が把握できず、思わず浮かべた笑いだろう。
一瞬後に、真顔になったショーンは、ヴィゴを睨みつけた。
「何を言ってるんだ。ヴィゴ」
「俺は、本気で話をしている。ショーン。あんた、俺のいる地点まで降りて来い。治りたいんだろう? 自分が、今何をどうして欲しいのか自覚しろよ。そんなに恐がってばかりいないで、俺のことを信用しろよ。愛して欲しいんだろ? 自分のことを心底好きになって欲しいんだろ?」
ショーンは、真剣な目をしたヴィゴを睨んでいた。
しかし、あまりにヴィゴが真摯に話すため、顔に不安に近いような戸惑いの表情が浮かんだ。
「……ヴィゴ?」
「ショーン、なぁ、あんた、自分の状態がわかっているか? 自分でよく考えたか? どうして、勃起しなくなっちまったか、よく考えたか?」
ヴィゴは、ショーンが逃げださないよう手首を掴んで、じっと目を見つめた。
ショーンは、ふてくされたように顔をそらした。
濡れた下半身を嫌がって、もぞもぞと足を動かした。
ヴィゴは、ショーンを拘束したまま、言葉を続けた。
「ショーン。少しだけでいい、頭を使え。どうして、出来なくなったと思う?」
「……ヴィゴ。俺に付き合うのが嫌になったんだったら……はっきりそう言えば……」
「違う!!」
ヴィゴは、ショーンを叱りつけた。
簡単な方へとばかり逃げようとするショーンの怠惰さを白日の下へと引きずり出した。
「ショーン。そうやって、楽な方にばかり逃げたがるな。一度だって、俺はあんたに付き合うのが嫌だなんて言ったことはない。ずっと俺はあんたのことが好きだと言ってきた。だが、ショーンは、それを信用してない振りをした。ずっと疑ってるのは、楽だろう? どうせ、俺のことなんてすぐ飽きるんだから、俺はヴィゴのことを好きになんかならない。って態度でいるのは、そんなに心地いいか?」
ショーンは目をそらしたまま唇を舐めた。
ヴィゴの手を振り払おうと腕を振ったが、ヴィゴは手を離そうとはしなかった。
「ショーン。奢ったことを言うかもしれないが、ショーンは、俺のことが好きだよな? ……なぁ、認めろよ。あんたがそうしている限り、俺も気付かない振りをしてやった方がいいのかと思っていたが、あんた、ちょっと飲みに誘ったオーリ相手にまで、焼いてるんだろう? 爪の先から、髪の毛の一本に至るまで、俺のことが独占したいんだろう? で、独占してどうだ?あんた、今、安心しているか?」
ショーンは、ヴィゴの顔さえ見なかった。
仕切りと体をもじもじと動かし、ヴィゴの手に握られた手首を取り戻そうとしていた。
ヴィゴは小さなため息を付いた。
「ショーン。あんた、ただ、ペニスが使えるようになればいいと思っているようだが、もし治ったとしても、このままじゃ、何度でも繰り返すぞ。あんた、本当は、愛情のあるセックスがしたいんだよ。自分が死ぬほど愛されていると実感したいんだ。安心して、セックスできる相手とするのを求めてる」
「……ヴィゴ、手を離してくれ……気持が……」
悪い。と、続くはずの言葉をさえぎり、ヴィゴ濡れた感触を嫌がってしきりに身じろぎするショーンの股間をシーツで乱暴に拭った。
痛いほどの拭い方に、ショーンは文句を言おうと口を開きかけた。
ヴィゴの目が、そのチャンスを狙っていた。
目の合った一瞬、ヴィゴは、とても強い意志を込め、自分に視線を向けたショーンを掴まえた。
「ショーン……」
ヴィゴは、ショーンを引き寄せ油断して半開きになっていた唇を奪った。
「ショーン。俺はあんたが頑固者だってことを知っている。だが、言うぞ。認めろ。ショーン。はっきり言うんだ。この口を動かして、きちんと俺にお願いしろ。俺のことを愛してください。だ。口に出して、自分で何が足りないのか自覚しろ。それができたら、あんたはずっと楽になれる」
ヴィゴは愛しげにショーンを抱きしめ、かき口説いた。
ヴィゴの唇が柔らかくショーンの唇に触れた。
だが、いつものように優しく舌が絡んでくるようなことはなかった。
ショーンは、恐いほど真剣に自分を見つめるヴィゴに困惑した。
「……ヴィゴ」
「ショーン、言ってみろ。俺のことを好きになってください。だ。ずっと好きでいてください。と、言ってみろ。言えよ。今よりずっといい状態になれる」
ヴィゴは、ショーンに畳み掛けた。
ショーンは頼りない目をしてヴィゴを見上げた。
「……なんでだ? ヴィゴは、俺のことが好きなんだろう?」
ショーンの口調は確信に満ちていて、ヴィゴは、ため息を付いた。
「ショーン。ああ、言う通りだ。俺はあんたのことが大好きだよ。ショーン。きっと迷惑なくらい愛してるさ。でも……な。今はそうやって片を付けたいわけじゃないんだ。ああ……わからないか? わかってくれるとありがたいんだが……」
ヴィゴは、肥大したプライドを大事に抱え込んでいる金髪に何度もため息を付いてみせ、自分の髪をかき回した。
「なぁ、ショーン。俺があんたを好きでいることと、あんたが俺に好きでいて欲しいと望むことの間には、違いがあるということがわかるか?」
ヴィゴは、ショーンに説明を始めた。
「ショーン、あんたは愛されていることに慣れてしまったんだ。自分から望む必要がないほど愛されてきた。自分から願わなくても愛情はいつもうっとおしいくらい与えられるもので、……あんたはそれに胡坐をかいてきた。ああ、それが悪いって訳じゃない。そういうことじゃなくて……なぁ、あんたは、今回三回目の離婚を経験しようとしているわけだが。なぁ、ショーン。さすがのあんたも、三回目ともなれば、学習したんだろう? あんた、差し出されるだけの愛情を疑っているんだろう? そうやって差し出されるだけの愛情は、いつかなくなるかも知れないって安心できなくなってるんだろう?」
ヴィゴは、必死になって言葉を探しながら、緑の目を説得しようとした。
「ショーン、あんた、自分が人から愛されたいと思ってるって気付いているか? それが足りないせいで、安心してセックスも楽しめないくらい、あんたが愛情を渇望してるって事に気付いてるか? なのに、すっかり疑い深くなったショーンは、俺の差し出してる愛情も疑ってるよな? 今は、俺も熱心だが、きっといつか冷めるに違いないと思っているだろう?」
ヴィゴは、緑の目を見つめたが、ショーンは、はかばかしい反応を見せなかった。
だが、続けることをヴィゴは選んだ。
「なぁ、ショーン。俺にお願いしてみろよ。いつまでも見下ろす立場で俺のことを疑っていないで、一緒のラインに立ってみろ。安心できるくらい沢山愛して欲しいんだろう? 自分から両手を伸ばしたら、相手が抱き返してくれるってこと思い出せよ」
ヴィゴは、精一杯ショーンを口説いた。
しかし、ショーンには届かなかった。
「……ヴィゴが何を言いたいのか全く分からない」
ショーンは、真顔でヴィゴに返答を返した。
ショーンの言葉は、ヴィゴに大きなため息を付かせた。
ヴィゴは、ショーンから手を離し、立てた膝の上に肘をつくと、顔を伏せた。
しばらくは顔も上げなかった。
ショーンがヴィゴの様子を伺った。
「ヴィゴ? 怒ったのか?」
「いいや。あんたも相当な頑固者だと思っただけだ」
機嫌を伺うようなショーンの声に、ヴィゴは、ゆっくりと顔を上げた。
ショーンは、不安そうな顔をしてヴィゴを見ていた。
ヴィゴは、ショーンに鈍く笑った。
ショーンは、即答した。
「治りたいに決まっている」
「だったら、騙されたと思って、一度俺の言葉を信じてみないか?」
「今までだって、信用してきただろう?」
確かに、ショーンは、ヴィゴを信用してきた。
ヴィゴに自分が不能状態になっていることを打ち明けたし、性的なファンタジーだって話した。
それどころか、治療まで、ヴィゴに任せた。
ショーンの態度に嘘はない。
ヴィゴは、ショーンの顎を掴んで、緩く擽った。
「じゃぁ、ショーン。頼むから認めてくれ。あんた、臆病になっているだろう? 自分が愛されるだけの価値のある人間かどうかってことを疑っているはずだ」
「……それは……確かに、疑っている。さすがに、三度目ともなると、俺には愛情を引き止めておけるだけの魅力がないんだろう。と、思っている」
ショーンは自分を認めた。
ヴィゴは、小さく笑った。
「ああ、そう。……そりゃぁ、助かった」
「どういう意味だ。ヴィゴ」
「言葉どおりだよ。あんたが自分の価値について絶対的な自信を持ってるわけじゃなくて、揺らいでいると知って、安心した」
ヴィゴは、胡散臭い目で自分を見つめるショーンに近づき、肩を抱いた。
「なぁ、ショーン。一遍に求めた俺が悪かった。謝るよ。でも、泣かなくちゃならないほど今の自分の状態が嫌だったら、俺の意見にも耳を貸してくれ。……ショーン。あんた、今、すごく寂しいんだろう?」
ヴィゴは、ショーンとの間に隙間なく体を寄り添わせ、優しくショーンに聞いた。
ショーンは、少し躊躇った。
だが頷いた。
小さな唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「寂しい……ああ、多分、寂しいと思っている。ヴィゴだってわかるだろう? 辛いんだ。それなりに努力をしたつもりなんだが、結局ダメになってしまった」
「ああ、ショーン。ショーンは、ショーンなりに努力した。今だって、誠実に対処しようとしている。よく頑張っていると思う。なんたって、病気になるくらいだからな」
軽口を叩いたヴィゴをショーンが睨んだ。
ヴィゴはくすりと笑った。
「ショーン。自分を愛してくれていると思っていた人に裏切られるのは辛いよな。愛情があることを疑いもせず、当然のことだと受け止めていたのに、突然、冷めたって言われちゃ、立つ瀬がないよな」
ヴィゴの質問に、ショーンが答え辛そうだった。
しかし、時間がかかったものの返事を返した。
「……ああ」
「その経験もあって、ショーン、今、あんたは自分に向けられる愛情を疑わずにはいられないだろう? 俺の愛情だって、疑ってるな?」
今度の質問の答えも、随分間が空いた。
ヴィゴは、ショーンに自分の状態を認めさせることの困難さを思った。
これだけ、頑迷であるから、こそ、ショーンはEDになったともいえた。
もう殆ど諦めながら、ヴィゴはショーンの返事を待っていた。
ショーンが口を開いた。
小さな声だった。
「…………ヴィゴのことは信用できない。あんたが、キスするのは俺だけじゃない」
「はぁ?」
ヴィゴは、ショーンの顔を覗き込んだ。
ショーンはすぐさま目をそらした。
ヴィゴは慌ててショーンに言い募った。
「ショーン。何を言っている? 俺がキスするのは、あんたにだけだろう? ずっと言ってるだろう? 俺はあんたのことが好きだって」
「それは、嘘だ」
「なんだ? 何にこだわってるんだ? ショーン?」
ヴィゴは膝の間へと顔を伏せてしまった金髪を眺めながら、呆然とした。
ショーンの口を重くしていた原因が自分にあるとはヴィゴは思っていなかった。
「なぁ、ショーン。言ってくれ。俺の何が、ショーンにそう思わせたんだ? キス? ああ、でも、キスくらいあんただってするだろう? だが、俺が心を込めてキスする相手なんてあんたしかいない。そんなの傍で見てたってわかるだろう?」
ヴィゴは慌ててバスローブの背を撫でた。
ショーンは下を向いたまま、とても聞き取りにくくぼそぼそとしゃべった。
「俺が、帰国していた間……あんたは、何をしていたんだ? ……あれは、ただの挨拶だとでも言う気なのか?」
ショーンは、帰国後、一番に会いたいと望んで足を運んだヴィゴの家で、オーランドにキスをするヴィゴを見た。
ヴィゴの様子はとても熱心で、オーランドはキスにすっかり蕩けていた。
ショーンは、その事実にとても傷ついた。
「ショーンが、帰国している間? 挨拶じゃないキス? 一体なんのことだ?」
しかし、ヴィゴは、ショーンがそのことを怒っているなどとはかけらも考えていなかった。
残念ながら、ヴィゴには、オーランドと交わしたキスのことなど、ただのからかいでしかなく、覚えておかなければならない記憶ですらなかった。
ショーンは、下を向いたまま、ヴィゴに言った。
「俺が帰ってきた時、オーリがいた」
「……ああ、いたな。確かにいた。ショーンがいない間に遊んでくれって言ってきたんだ。俺もあんたとの時間が減るわけじゃないあの間の方が都合が良かったから、家に呼んだ。……それが、気に入らなかったのか?」
ヴィゴは、ショーンの様子に首をひねりながら、様子を伺うような声を出した。
全くヴィゴにとってショーンの態度は、予想外だった。
あれだけ、ヴィゴは、自分のことを好きなはずだ。と、ショーンに言っていたが、実際、ヴィゴにはショーンに愛されている自覚など全くなかった。
あの発言には願望も入っていた。
そして、もしそうであれば、ショーンの病気が治るであろう解決策をヴィゴが提示してやれるという意味合いも含んでいた。
二人は、互いの感情を読み違えていた。
ショーンは、悔しそうにベッドを叩いた。
「ヴィゴ。俺は、ヴィゴが年若い共演者の面倒を見ることについて文句が言いたいわけじゃない。そうじゃなくて…………ああ、くそっ! なんで、ヴィゴがオーリにあんなキスをしてやる必要があったんだ! あんたは俺が好きなんじゃなかったのか? 俺がいないところで、オーリにも俺にするようなキスをして、それで、俺に信じろっていうあんたのことなんて、まるで信用できない!」
「ショーン……」
ヴィゴは、呆然とした。
しかし、その僅かの後には、思い切りショーンを抱きしめた。
「ショーン……。なんだよ。あんた、ずっとそれで機嫌が悪かったのか? ほんとかよ! ほんとなのかよ!」
ショーンはヴィゴの腕を嫌って、もがいた。
だが、ヴィゴは蕩けきった笑顔を浮かべ、ショーンを腕の中から逃がさなかった。
癇症に寄ったショーンの皺に唇を押し付け、緑の目をじっとみつめた。
「……なぁ、それが、俺のことを愛してくれっていう感情なんだ。わかるか? おい、そんなことで怒ってたんだったら、言えるだろ? 言ってみろよ。すぐ返事をしてやるあんたの勘違いなんてすぐ誤解だってわからせてやる」
言い募るヴィゴは、ショーンがどれほど顔を振って逃げようとしても、両手で捕まえ放さなかった。
ショーンは怒鳴った。
「弁解は? ヴィゴ!」
「弁解? そんなものが必要なのか? ……あの時、オーリは生意気だった。俺は思い知らせてやる必要があった」
ショーンは、ヴィゴの胸に手をついて距離をとろうとした。
目を吊り上げて怒鳴った。
「オーリは、ヴィゴのことが好きだ!」
ヴィゴは、鍛え上げた腕の力を見せつけた。
「そりゃぁ、オーリは、俺のことが好きさ。俺は、あいつのしたいことが出来るし、あいつよりずっと人生を楽しむ方法を知っていて、おまけに、誰かさんよりもずっと親切で、話も合う。でも、ショーン。ショーンの考えていることはただの思い過ごしだ。例えそうであったとしても、俺は、ショーンのことだけが好きなんだ。あいつにぐらつくような余地はない」
ヴィゴは、ショーンへはっきり断言した。
「ヴィゴ……」
ショーンは抵抗をやめた。
ヴィゴは、ショーンを抱きしめ、機嫌の悪い目元にキスをした。
「ショーン。言ってみな。ヴィゴ。俺のことを好きでいてくれって」
「…………」
ショーンの返事はなかった。
だが、有頂天のヴィゴは、構わずショーンをベッドへと押し付けた。
最早、腕を通しているだけのバスローブの中の体にキスをした。
「ショーン。あんたのことを愛している。もう一度、愛情深い治療ってやつを始めよう」
ヴィゴは、ショーンの返事を待たなかった。