愛でなる病 6

 

ヴィゴの肩には、金髪のエルフがしがみついていた。

「ねぇ、ねぇったら!」

椅子に座ったヴィゴをその椅子ごとぐらぐらと揺すった。

「ねぇ、俺も仲間に入れてったら!」

「うるさいなぁ、お前は」

「誰がうるさいんだよ。ねぇ、何の悪戯してるのさ。教えてよ。仲間に入れてよ」

オーランドは、しつこくヴィゴを揺すった。

ヴィゴは、撮影所にいる限り、殆どこの格好だと言っていいアラゴルンの衣装のまま、オーランドに向かって首を横へと振った。

椅子の端に、剣の鞘が当たり、がちゃがちゃと音を立てた。

オーランドがむくれた。

「何、オーリに、意地の悪いことをしてるんだ? ヴィゴ?」

面白そうに周りの視線が集まっていた。

またもや新しくなったスクリプトのコピーを俳優達に配りながら、スタッフがヴィゴに聞いた。

ちょうど通りかかった照明スタッフも立ち止まってヴィゴの顔を見た。

「全然、何もしてない。俺がこいつにいじめられてるんだ」

「違うよ。ヴィゴが、俺のこと、仲間はずれにするから!」

騒ぎ立てるエルフをじろりとヴィゴは睨んだ。

「一体何の仲間はずれだって言うんだ。俺は、何の仲間も募ってない。なぁ、そうだよな?」

ヴィゴは、二人に尋ねた。

二人は、曖昧に頷いた。

確かに、ヴィゴはなんの募集もかけていなかった。

「別に、誘われた覚えはないが……」

「そうだよ。俺は、何もしてないんだ。こいつか勝手に騒いでるだけで」

「でも、ヴィゴ。じゃぁ、なんで毎日そんなに楽しそうなわけ? 何かやってるんでしょ。えっ? もしかして、俺がターゲット? 俺、気付いてないだけ?」

オーランドは慌てたように、背中を振り返った。

この間は、オーランドの背中に間抜けなエルフと書かれた紙が貼ってあった。

それに半日気付かなかったのだ。

だが、今日はオーランドの背中は無事だった。

子犬が尻尾を追いかけるようにくるくると回っているオーランドに、周りの大人はくすりと笑った。

「あれ? ない」

「だから、何もしてないって、言ってるだろう。今は、なんの悪戯も仕掛けてない」

「えーっ、嘘だ。絶対に嘘だ。ヴィゴ。毎日すごく楽しそうなんだもん。時限爆弾みたいな悪戯を仕掛けて、誰かが嵌るのを楽しみに待ってるんじゃないの?」

「そんな趣味の悪いことしない」

ヴィゴはきっぱり否定した。

しかし、不意にヴィゴの背後で寝ていたはずのイライジャが顔を上げた。

「それは、嘘だ。俺、この間、新しい衣装を取りに行ったら、俺のマネキンがリブのドレスを着てた」

「リジィ。お前は、出番まで寝てろ!」

ヴィゴは、クッションを抱きかかえるようにして眠り込んでいたイライジャの頭を押さえた。

「あっ、あれは、俺も手伝った。オーリ、お前のマネキンも、奥方様の衣装着てるぞ」

ドミニクが、床に置かれたチェス盤から顔を上げた。

ヴィゴは、大げさに顔を顰めた。

「お前ら、本当に煩いな。ショーンがやってるんだから、ちょっとは静かにしといてやれよ」

雪の中を全員での行軍を撮るため、珍しく俳優のほぼ全員がスタジオ内に集められていた。

今は、それぞれのアップを撮っておくために、一人ひとり、順番に呼ばれている。

スクリプトは、その全員に配られていた。

また、大幅な変更があったようだ。

「ああ、ショーン、口の中に雪が入ってる」

「あれ、まずいよね。せめて甘くしてくれないかなぁ」

ひょいっと首を伸ばしたドミニクと、ビリーのコンビが、雪まみれになっているショーンために眉を寄せた。

「ああ、ああ、頑張って進んで、まぁ」

「勇ましいなぁ。ボロミアさんは」

ショーンは、指示のままに、何度も豪雪の降りしきるセットの中で振り返るシーンを繰り返していた。

髪が、大型扇風機の風で巻き上がり、ショーンの顔を隠すため、取り直しが連発しているようだ。

ショーンの顔に溶けない雪が張り付いていた。

一生懸命なショーンの様子に、ヴィゴは、瞳の色を緩めた。

「ヴィゴ。なんか、顔が楽しそう」

オーランドは、ヴィゴの隣に立ったまま、冷たい声を出して見下ろした。

「なんか、近頃、ヴィゴ、ショーンとこそこそ楽しんでるよね? あんた達、内緒話が多いよね?」

「はい! はい! 俺もそう思います。ヴィゴ、ショーンのこと独り占めで、ずるいよ〜。ショーンって、ヴィゴみたいに突然背中に飛びつくってのがオッケーってタイプじゃないし、ヴィゴに独り占めされたら、割り込めないじゃん」

どうやらゲームで劣勢に立たされているらしいドミニクが大げさに手を上げてオーランドに加勢した。

「いつでも、ショーンに、ここに座れって、隣の椅子指差してさ」

イライジャは、ヴィゴに椅子の上へと押し付けられた頭をきちんと起こし、いつもヴィゴがするように、少し照れくさそうな、だが口元を大きく広げた笑いをすると自分の隣の椅子を指差して見せた。

「いいじゃないか。お前は。リジ。お前の椅子は、いつだって、隣に庭師が座ってくれるだろう? 座る気もない奴が、口を出すな」

まるで、いつでもイライジャのために椅子を用意しているようなことを言われたアスティンが苦笑した。

「ヴィゴ。ショーン、どうかしたのか? 近頃は、ショーンの方が、ヴィゴのことをいつも探してるだろう?」

ヴィゴは、眉を寄せた。

「あんたもゴシップ好きなのか? アスティン」

すると、アスティンではなく、コンビのイライジャがブーイングした。

「心配してるだけじゃん。俺達。俺は、オーリみたいに仲間はずれにされてるなんて思わないけど、ショーンがいつでもヴィゴのことを目で探してるから、何かあったのかって、一度聞こうと思ってたんだよ」

「……お前ら、優しいといえば聞こえがいいが、ただのおせっかいだな」

ヴィゴは、頭痛がするように頭を押さえた。

髪をかきむしり、自分にまといつく視線にため息を落とすと、好奇心旺盛な仲間達に顔を顰めた。

「あの中年は、今、離婚問題で、すごく悩んでるんだよ。ほっといてやれよ。相談相手は俺だけで間に合ってるんだ」

「ああ、なるほど、離婚の問題、ね」

円満な家庭を築いているアスティンは、したり顔で頷いた。

アスティンには、つい、先週まで可愛らしい子供を連れた妻が尋ねてきていた。

「そりゃぁ、ヴィゴが適任だ」

「でも、ショーン、二度目? 三度目? だっけ。もういい加減慣れたんじゃないの?」

「えっ? ショーンって、そんなに離婚してたのか?」

「ヴィゴも、離婚したことあったの?」

待ち時間なだけにすることもないメンバーは、新しく提供された話題に飛びついた。

「ヴィゴ。結婚してたんだ。どこの国の人? 業界の人? いつの頃の話?」

オーランドは、とても興味深そうな顔で、ヴィゴを覗き込んだ。

「そういうことは、酒の入ってる時にしか、話さないことに決めている」

「じゃぁ、飲みに行こうよ。ヴィゴ、誘っても、誘っても、一緒に行ってくれないんだもん」

ヴィゴは、ねだるような目をしたオーランドを押しのけた。

「そんなことない。なっ、ビリー。お前とこの間、誕生日パーティで一緒だったもんな」

ヴィゴが言うのは、先週催されたスタントチームの誕生日会のことをだった。

頷いたビリーは、オーランドにとても意地の悪い顔で笑いかけた。

「オーリ、誘われなかった? お前、実は、嫌われ者?」

オーランドは、いきなり不安そうな顔になり、周りを見回した。

親切に、アスティンは、胸の前で×印を作り、自分は行っていないということを表明した。

オーランドの目がイライジャに移り、イライジャは、口元を曲げると意地の悪い笑みを浮かべた。

ドミニクは、どっちとも付かない顔で、笑っている。

実際には、出席したのも誘われたのも、ヴィゴと、ビリーだけだ。

歯を出して嬉しげに笑うビリーに、ドミニクが壁面の大きなスペースを占領しているメイクスタッフの面々を指差した。

「ビリー、オーリ泣いちまうぞ。あいつ、あそこのお姉様方にめちゃくちゃ人気があるんだから。オーリが泣くと俺達の面倒を見てもらえなくなるぞ」

「平気、平気。どうせ俺のメイクなんて、顔に泥塗りたくるだけだから」

「足をどうするんだよ」

「もう、今晩から脱がずに寝るからいい」

笑い転げる二人組に、オーランドは、唇を尖らせ、チェスボードを上から覗き込んだ。

しばらく考え込むようにしていたが、駒を取り上げ、ゲームを進める。

「どうかな? こういうのは」

「ヒデェ。邪魔するんじゃない。オーリ」

「いいねぇ。ドム。このまま続けようぜ? どうせ、お前の負けは決まってたんだし」

オーランドは、もう一度ヴィゴの隣に戻ると、本当は最初から言いたかったことを口にした。

「ねぇ、ヴィゴ。そろそろヴィゴの家に遊びに行ってもいいって、許可をくれないかな?」

オーランドの負けん気もそうとうのものだった。

しかし、年若いオーランドは、ヴィゴほどの厚顔を手に入れるにはまだ人生が短すぎ、いままでの強引さを潜め、おずおずとねだった。

ヴィゴは、眉の間に皺を寄せ、オーランドを見上げた。

「オーリ?」

「あっ、勿論、邪魔にならないようにするから。随分前から行きたいって言ってるのに、ヴィゴ、ちっとも誘ってくれないしさ」

強固に目でねだりながらも、ちらちらと遠慮がちな顔を覗かせる若いエルフに、ヴィゴは、にやりと口の端を上げた。

「しょうがない。もうすぐ、ショーンが一時帰国だろ。仕方ないから、その間にお前と遊んでやる」

「……ショーンがいないからって理由かよ?」

オーランドは口を尖らせた。

ヴィゴは、ひらひらと手を振った

「嫌だったら、来なくても結構。俺は描きかけの絵を仕上げる」

「絵を描いててもいいから、行かせて!」

駆け引きをするにも、オーランドはヴィゴの年に随分と足らなかった。

素直なエルフにヴィゴはウインクした。

「わかった。おいで。オーリ」

ヴィゴは、年若い共演者を甘やかすように笑った。

 

なんとか、自分のシーンを撮り終えたショーンがブルースクリーンの前に置かれたセットを跨ぎ、戻ってきた。

「疲れた……」

「ご苦労さん」

途中、ぱちんと手を叩き、入れ替わりにセットに入ったドミニクの背中を見送りながら、ショーンは椅子の上にどすんと腰を下ろした。

ヴィゴは、預かっていたショーンの分のスクリプトを渡した。

「なんだか、盛り上がってたな」

「ああ、オーリがダダを捏ねてな」

チェス板に頭を突っ込んでいるオーランドに顎で示しながら、ヴィゴは笑った。

ショーンは、ちらりとオーランドに目をやったが、新しいスクリプトに目を通し始めた。

その動きはどこか不自然だったが、取り立てて何かを言わなければならないほどでもなかった。

ショーンは指で紙を弾き、何度か頷いた。

「……なぁ、ヴィゴ」

ショーンは、あたりを見回し、ヴィゴへと頭を寄せた。

「うん?」

ヴィゴは、ショーンが言い出すことに大体の予想をつけながら、緑の目を覗き込んだ。

「あんた今晩も来るか?」

オーランドには言えないが、二人に内緒話が多い理由は、やはりこれのせいだ。

耳元でささやく、ショーンの声を甘いと感じながら、ヴィゴは大きく頷いた。

「お招きいただけるんだったら、喜んで」

ヴィゴは、でも、まぁ、確かに、この治療は、離婚問題と遠くになら関係あるよな。と、思った。

 

 

ソファーの上で、ショーンに覆いかぶさっていたヴィゴがある提案を持ちかけると、緑の目は、びっくりしたように開かれた。

その顔を見下ろしたヴィゴは、ソファーに散っている金色の髪が、酷くいたいけなものに感じた。

ヴィゴは、すこし気まずそうな顔をし、ショーンの体の上から、そろそろと退こうとした。

ショーンが慌てたように、ヴィゴの腕を掴んだ。

ショーンの体は白いバスローブに包まれていて、その前は大きくはだけられていた。

その柔らかい肌に、ヴィゴは唇を落としていたのだ。

ヴィゴはいつものサービスと供に、ショーンが望んだため、胸や、首筋にキスを繰り返していた。

性器だけへの愛撫より進んだ関係は、ヴィゴの気持ちを甘く揺さぶった。

つい、度を越して、しつこくキスを繰り返し、ショーンは面白がるように笑っていた。

キスを決して嫌がらないくせに、人前で着替えさせない気なのか? と、咎めるようにショーンは尋ね、ヴィゴはその声の調子に嬉しくなった。

体全体を使ったセックスを望めるようになったのは、ショーンの病気が快方へと向かいつつある証拠だ。

ショーンを抱きしめ、口付けの跡を残さぬよう気を遣いながら首筋へとキスを繰り返していたヴィゴは、ショーンの症状をもう少し快方に向かわすための努力をしようかと思い立った。

「あのさ、ショーン……」

それが、ショーンを脅かした。

ヴィゴは、動揺の色が隠せないショーンの目を見つめながら、掴まれていない方の手を上に上げた。

「ショーン。誓って言うぞ。俺は、自己本位な理由から、提案したんじゃない」

ヴィゴは、言い訳する自分がとても疚しかった。

しかし、ショーンは、ヴィゴの言葉を受け入れ、腕を背中に回しヴィゴを抱きしめた。

「わかってる。ヴィゴ」

それは、思いがけないことだった。

ショーンは、ヴィゴを抱きしめたまま、言葉を続けた。

「悪い。ヴィゴ。ちょっとびっくりしただけだ」

ヴィゴがショーンを抱きしめることは多くあっても、ショーンがヴィゴを抱きしめることは少ない。

ショーンは、ヴィゴの肩に顔をうずめるようにして、ぎゅっとヴィゴを抱きしめた。

腕の中に納まる温かな体を抱き返しながら、ヴィゴは、すこしばかり鼓動が早くなるのを感じた。

ヴィゴは、ショーンの耳元にささやいた。

「……ショーン。やったこと、ないか?」

先ほど、ヴィゴは、ショーンの体の中に指を入れていいか? と、尋ねた。

ショーンが目を見開き、体を強張らせたのは、それが原因だ。

 

ショーンは、くぐもったような声をヴィゴの耳元で聞かせた。

「いや……・ある……には、ある」

「嫌いか?」

ヴィゴは、あくまで軽くショーンに尋ねた。

ショーンは、何度も瞬きをした。

「……・好きじゃない……格好悪いだろう?」

ショーンは、ヴィゴの背中をきつく抱きしめ、肩へと顔を隠してしまった。

ヴィゴは、ショーンの髪を撫でた。

ショーンからの接触が多かった。

だが、ショーンをいぶかしむ気持ちも持てないほどに、ヴィゴは、体全部を使ってショーンが甘えようとするのに、参っていた。

ヴィゴは、そろそろと、ショーンの太腿をなでた。

ぴったりとヴィゴにくっついているショーンの腰は、小さなままのペニスの感触をヴィゴへと伝えている。

「みっともない? 何が? ああ、ポーズが? でも、それは俺達の間なら、もう、いまさらな気がしないか?」

「でも、それと、これとは……」

拒絶というよりは、駄々を捏ねているようなショーンの声に、ヴィゴは、緑の目を覗き込んだ。

「薬を飲むのは嫌なんだろう?」

ヴィゴが、ペニスの勃起時間が短くて、パートナーを満足させてやることができない。と、作り話をし、医者で手に入れてきたEDの治療薬は、最初の一錠のみが使われただけで、その後、ショーンの口に入ることはなかった。

だからといって、勿論ショーンが治ったというわけではない。

ショーンのペニスは、未だ、うまく勃起しなかったり、勃起してもすぐに射精してしまったりを繰り返し、ショーンのプライドを傷つけ続けていた。

病状は、緩やかに回復へと向かいつつあったが、その足取りは、あまりにもゆっくりで、決して満足できるようなものではなかった。

やはり、薬を使っての治療が、一番楽な治療法のようだ。

だがヴィゴは、出来るだけショーンの気持を優先して治してやりたかった。

だから、ヴィゴは、嫌がっているショーンに薬を飲めと強要するつもりはなかった。

「理屈はわかるか? ショーン?」

ヴィゴは、重なった二人の体の間に手を入れて、小さいままのショーンのペニスを優しくなでた。

ショーンは、随分とリラックスして、ヴィゴの愛撫を受け入れるようになっていた。

それでも、ショーンのペニスは、今日だって勃起できていなかった。

ショーンは、先ほど、身を引きかけた引け目があるのか、自分からヴィゴに強く腰を押し付けた。

ヴィゴは、ふざけるように腰を揺らしてショーンのペニスを擦り上げ、ショーンに笑いかけながら小さなペニスを扱いた。

ショーンの目が、困ったように少しそらされた。

ヴィゴは、ショーンの頬に口付けた。

「……ショーン、しようって言った理由を説明しようか?」

ショーンは返事をしなかった。

ヴィゴは、自分がショーンを好きにしたくて、言い出したわけではないことも含め、求められなくとも口を開いた。

「ショーン。信じてくれていると思うが、俺は、あんたのことを襲おうとして、その準備をしようと思い立ったわけじゃない。あんたも知っていると思うけれど、尻のなかに、前立腺っていう部分があるだろう? アレを刺激してやると、ペニスだけ舐めてるよりは、ずっと勃起しやすい」

「……わかってる……」

ショーンの声は小さかった。

どの程度わかっているのか、ヴィゴには全くわからなかった。

ショーンは、何か別のことにでも気を取られているように、頑なな顔をしていた。

消極的なショーンの態度に、ヴィゴはこの方法の選択をほぼ諦めながら、説明だけは続けた。

「ショーン。じゃぁ、あれを触ってやると、その気がなくても、勃起するっくらいいいってのは、知ってるか? いや、知らないとは思わないけど。……なぁ、ショーン、あんたの病気は、とにかく、繰り返し勃起させて、あんたに自信を回復させてやる必要があるってことは、理解してくれてるよな。近頃は、割合、成功率が高いけど、これが100パーセント近くになって、何回か無駄玉を撃ったとしても、平気で射精のコントロールも訓練できるようになるくらい安心してられるくらいになって。おれは、あんたにそうなって欲しくて、ペニスを勃たせるための方法の一つとしてどうだろうと前立腺マッサージを提案したんだ。いや、本当に、やましい気持ちからじゃない。ショーンが満足できるセックスライフを取り戻すことだって、夢じゃないと思って」

ヴィゴは、ショーンの耳を噛むように説明していた顔をあげ、上からショーンを見下ろした。

「もう一度、誓うが、別に俺は、あんたにアナルセックスを覚えさせるために、そこに触りたいって言ってるわけじゃない。俺があんたに惚れてるもんだから、話がややこしくなるんだが、本当に、あんたのことをどうこうしたいとか、このチャンスに付け込んでやれなんて思ってるわけじゃなくて」

ヴィゴは、ショーンの頬を撫でるように叩くと、小さなペニスを舐めてやるために、ショーンの腕の中から抜け出した。

ショーンの顔は、何かを悩んでいた。

ヴィゴは、自分に撤退を課した。

「俺は、ショーンが嫌なことをするつもりはない。俺の提案も忘れてくれて構わない。嫌な思いまでして治療したって、きっと治りゃしないしな」

緑の目は、ヴィゴの動きを追っていた。

ヴィゴは、ここしばらく、ショーンとの関係を続けてきて、ショーンがEDになったであろう理由を自分なりに掴んだつもりでいた。

ショーンは深く傷ついていた。

繰り返される離婚という経験が、ショーンに、自分の価値観を疑わせ、自信を喪失させていた。

下手に愛されることばかりになれていたショーンは、自分に向けられる愛情がなくなるということを覚え、プライドが傷ついていた。

そこで、反省でもして、愛情を取り戻す努力をしていれば、こんな病気にかかるほど寂しい気持ちになることもなかったのだろうがショーンは、少しばかり自分本位だった。

ヴィゴは、今日はフェラさえも諦めたほうがいいかと体を引き始めた。

しかし、そのヴィゴを捕まえ、ショーンは、きっぱりと言った。

「ヴィゴ。してもいい」

「えっ?」

ヴィゴが聞き間違いかと思わずショーンの顔を覗き込んだ。

ショーンは、自分から大きく足を開いた。

「治るんだったら、してもいい」

「……でも、ショーン」

思わず、ヴィゴの方が戸惑った。

「ヴィゴが、してくれることは信頼している。ヴィゴがやった方がいいと言うのなら、俺はする」

ショーンは、前にした時がそのポーズだったのか、自分から、両足を抱いた。

あそこが、丸見えだった。

ヴィゴは、直截的なポーズに、思わず心の中で口笛を吹いた。

「ショーン。無理することはないんだぞ」

ヴィゴは、緊張を見せるショーンの額をなでた。

ショーンは、首を振った。

「いいんだ。ヴィゴ。ヴィゴが、そうするほうがいいって言うんだったら、する」

「……ショーン」

ヴィゴは、胸に付くほど曲げられたショーンの足を撫で、ショーンの顔を見つめた。

「……ショーン。どうした? 本当に、無理することはないんだぞ。薬のことだったら、確かに、その方法を取るほうが、楽に良くなれるんじゃないかとは思うが、あんたに無理強いするつもりはないし」

「……薬は……確かに、飲みたくないんだが……まぁ、それも、あるんだが……」

「うん?」

ヴィゴは、ショーンの手を足から離させ、無理に曲げた足を下ろさせた。

すばらしい眺めだったが、本当に、ヴィゴは、ショーンに無理をさせ、せっかく回復しつつあるプライドを傷つけるつもりはなかった。

「……ヴィゴ。俺も……雑誌で読んだことがあるんだ。……あの、……勃たなくなったペニスだって、あそこを触ってもらえば、一発だって書いてあるのを……」

「ああ、なるほど」

ショーンの言っていることは、確かに間違った知識ではなかったが、またまた、出所は、いかがわしげなところかららしかった。

そらしがちな目が、ショーンの知識の曖昧さをあらわしていた。

ショーンが言っているのは、治療のための方法とは違う。

いうならば、普通のセックスでは刺激の足らなくなった時のためのプレイの一種だ。

ヴィゴは、ショーンの足をぐいっと大きく開いた。

「……うわっ!」

「覚悟したんじゃなかったのか?」

ヴィゴは、にやりとショーンに笑った。

「……覚悟……ああ、覚悟なら出来てる」

ショーンは、ぎゅっと目を瞑り、腕を伸ばすと、ヴィゴにしがみついた。

「……・でも、前、した後、痛かったんだ。ヴィゴ……そっとしてくれるか?」

ショーンの声は、酷く恥らっていて、か細かった。

ヴィゴは、ショーンの背中を撫ながら、口説こうと思っているとしか思えない友人の声の威力に苦笑した。

この声で囁かれて耐えている自分をヴィゴはこっそりと褒めてやった。

 

→続く