愛でなる病 2

 

ヴィゴは、時計を見上げた。

早すぎる時間というわけでは決してなかった。

「……ショーン。今日のところは、俺も何もわからないから、とりあえず、眠らないか? 明日も仕事があるんだし、あんたも休んだほうがいいだろ?」

「……ヴィゴ」

ショーンは、見捨てられたような子供のような顔をしてヴィゴを見た。

ヴィゴは、ショーンの頭を撫でた。

「違う。違う。ショーンの話が聞きたくないとか、そういうことじゃ決してない。そうじゃなくて、今日の俺じゃ、あんたに何のアドバイスもしてやれないから、とりあえず、時間が欲しいんだ」

「……ヴィゴ……」

ショーンは、途方に暮れた目をしていた。

無意識だろうが、ヴィゴの服を掴んでいた。

「思いつめるなよ。ショーン。たかが、一月だろう? あんたの言うとおり、明日には、勃ってるかもしれない。そうしたら、今日俺に打ち明けたことを、ショーンはきっと後悔するぞ」

ヴィゴは、ショーンの気持ちを少しでも軽くしようと笑いかけた。

ショーンは、目を瞑りため息をついた。

「……そうだな。ヴィゴ」

無理に自分を納得させようとしていることがはっきりとわかった。

だが、今日のヴィゴにはこれ以上何もしてやれない

「ショーン。大丈夫だ。ただ、ここで、俺が、闇雲に大丈夫だって、繰り返したって、あんただって、本当に安心したりは出来ないだろう?」

ショーンは、ヴィゴにもたれかかるように体を預け、小さくうなずいた。

「大丈夫だよ。ショーン。どうしてもダメだったら、俺がショーンのこと嫁さんに貰ってやるよ。そうしたら、一生ダメでも、何にも問題ないだろう?」

ヴィゴは、軽口とともに、ショーンの髪に口付けた。

ショーンは、小さく笑った。

「……わかった。ヴィゴ。じゃぁ、ベッドを用意するから」

立ち上がったショーンの手を、今度は、ヴィゴの手が引いた。

 

ショーンのベッドに潜り込んだヴィゴは、眠れずにいるショーンの手を握った。

ショーンが被っているシーツは、規則正しく上下していたが、時折、ため息の音がそれに混じった。

「……眠れないのか? ショーン」

ベッドルームの中にある光は、ほの暗く、ショーンの輪郭をヴィゴに教えた。

ショーンが、指に力を入れ、握り返してきた。

ヴィゴは、体をショーンに向け、顎の下にひじを付いた。

「ショーン、さっきのこと、……俺に話したことを後悔してるか?」

ヴィゴは、ショーンの手をそっと握り返しながら、何気ない風を装ってショーンに尋ねた。

上を向いていたショーンの唇が、尖った。

「……してない」

機嫌が悪いショーンの表情に、ヴィゴは、小さく笑った。

「ありがとうな」

ヴィゴは、ショーンから、すこし視線を外し気味にしながら、独り言を言うように口を開いた。

「俺は、勿論、ショーンの秘密を誰にも話す気はないから、信用してくれていい」

ついでを装って、ヴィゴは、ずっと二人の間で話題にならなかったことを口にした。

「ショーンが、俺のことを誰にも話さないのと同じようにな」

何をショーンが黙っているのかあえて話さず、ヴィゴは、ショーンの様子を伺った。

ショーンは、寝たふりを続けていた。

寝ているにしては、苛立っている様子だが。

「ショーン……」

ヴィゴは、小さな声で続けた。

「ショーンが、俺に態度を変えないでいてくれることを、とても嬉しく思ってる。とてもプライベートな相談の相手に俺を選んでくれて。そして、こうやって、前と変わらず、同じベッドに入れてくれて……」

ヴィゴが、そのままで、じっとショーンの手を握り続けていると、ショーンは寝返りを打ち、ヴィゴに背中を向けた。

「お前が、言ったんじゃないか。言いたいだけだから、無視してくれて構わないって」

ショーンの声には愛想がない。

「……でも、ショーン、気持ちを打ち明けられると負担になるだろう……?」

ヴィゴは、口元に笑い皺を刻みながら、ショーンの背中に視線を向けた。

柔らかいパジャマに包まれたショーンの背中は、少しの苛立ちを浮かべていた。

ごそごそと枕の位置を直している。

「ヴィゴが無視していいって言ったから、俺は、あんたの言ったことを、俺達の付き合いにカウントせずにいるだけだ。俺は、あんたのことを、なんでだかわからないが、やたらと俺に優しい男だと、そう思ってる」

「……ずるいなぁ」

ヴィゴは、ため息のような声で、つぶやいた。

そして、くすりと笑った。

「どの位、ショーンが人の気持ちを弄んできたのか、よくわかる。好きになった方が悪いって奴だな」

「それで、良いって、言ったじゃないか」

「いいよ。……十分だ。感謝してる。ショーン」

ヴィゴは、ショーンに覆いかぶさるようにして、丸みのある肩に、口付けを落とした。

ショーンの肩は、機嫌の悪さを隠さないが、決して、ヴィゴを警戒したりしなかった。

それは、ヴィゴがショーンに気持を打ち明ける前も今も変わらない。

ヴィゴは、ショーンの頭の下に、自分の腕を通すと、ぽんぽんと、ショーンの体をゆっくり叩いた。

「眠れないんなら、子守唄を歌ってやろうか? あんたが、眠れるまで、必ず起きててやる。安心しな」

ヴィゴは、ショーンの体から余計な緊張が取れるまで、優しく何度もショーンを叩いた。

「眠るんだ。ショーン。多分、ショーンに、必要なのは、安心することだよ。それが、出来るようになれば、きっと何もかも上手くいく」

ヴィゴは、ショーンが眠りに落ちるまで、本当に低い声で歌い続けた。

ヴィゴの口元には、嬉しそうな笑いが浮かんでいた。

 

 

あれから、幾日かたった。

その間、ヴィゴは、一生懸命、ショーンから症状とそれに対する知識を引き出そうとした。

だが、ショーンは、あれほど悩んでいるはずのことなのに、あやふやな知識しか持ち合わせていない。

いくらでも知るすべがあるのに、それをしないショーンは、まるで頑なな子供のようだった。

ヴィゴは、どうしてショーンが対処法を講じないのか考えた。

そして、自分自身は、ED(勃起障害)についての知識を深めていった。

 

 

ヴィゴは、ショーンの手を握ったまま、瞬きを繰り返す緑の目をじっと見た。

今日も、撮影が終わり、ヴィゴはショーンの家に来ていた。

ソファーの上のショーンは、ヴィゴからの質問に、体を固くしていた。

「ショーン、はずかしがらないで欲しいんだ……あの、ああ、何回も聞くと、変質者みたいだ。……ああ、でも……つまり、ショーンにとっての性的なファンタジーってのを俺に話してくれないだろうか」

ヴィゴが質問を繰り返すと、ソファーに浅く腰掛けていたショーンは、手を引こうとした。

ヴィゴがその手をぐっと押さえ、離さなかった。

「落ち着いて、ショーン。別に、ショーンを辱めたくて、こんなことを聞いてるわけじゃないんだ。……その」

ヴィゴは、自分の足が触れているショーンの太ももをじっと見つめながら、言葉を捜した。

ショーンと、ヴィゴは、同じソファーに腰を下ろし、体は、肩だって触れそうな距離だった。

しかし、ショーンの気持ちは逃げていた。

ショーンは、ヴィゴから目をそらそうとしている。

ヴィゴは、ショーンの手を優しくさすった。

「ショーン。気持は分かるが、そんなに怖がらないでくれ。大丈夫。大丈夫だから」

ヴィゴは、緊張で堅くなったショーンを溶かそうと、一生懸命言葉を重ねた。

「おかしな意味で聞きたいわけじゃない。違うんだ。そうじゃなくて、これは、治療の一環なんだ」

ヴィゴは、ゆっくりとショーンを説得し始めた。

「ショーンは、あまりこの病気について知らないだろう?」

「……ヴィゴ?」

ショーンは、まず、病気という言葉に反応を示した。

ヴィゴは、辛抱強く説得するつもりだった。

「ショーン、あんたは、こうやって言われるとショックかもしれないけれど、ショーンの状態を、俺は病気だと言っていいと思う」

「ヴィゴ……」

ショーンは、傷ついた目をした。

ヴィゴは、ショーンから手を離さず、ゆっくりと話を進めた。

「ショーン。一月くらいじゃ、全くたいしたことないけどな。でも、セックス出来ないことでショーンが悩んでいるんだったら、病気と分類して、多分、いい。ああ、そんな泣きそうな目をするなよ。ショーン。あんたは嫌かも知れないけれど、ショーンの状態は、本当は、病院に行けばちゃんと治るんだ」

ショーンに淡い希望の色が沸いた。

ヴィゴは優しく聞いた。

「病院に行ってみるか? ショーン? 俺は、付き合ってやってもいいぞ」

だが、ショーンは、うつむいた。

ヴィゴは、予想通りの展開に、握っているショーンの手を軽く叩いた。

「そうだろうと思った。ショーンは、病院になんか、絶対に行きたくないと思っている。違うか?」

「……違わないが……」

手を取り返そうとするショーンを軽く逃がしてやりながら、ヴィゴは、ショーンの目を見つめた。

「多分、あんたの症状は、医者に行ってカウンセリングを受けて、経口薬を飲みながら、何度かセックスすれば完治すると思う。一応、いろいろ調べてみた。あんた、調べることもしてないだろう?」

ショーンが、ヴィゴの目を覗き込んだ。

「治る?」

ショーンは、心配そうにヴィゴに聞いた。

自分の怠慢についてはまるで反省しない緑の目が、縋りつくようにヴィゴを見つめた。

「治る。そう、ショーン、ちゃんと治るんだ。ショーン。気持ちはわかるが、逃げ出してないで、ちょっと調べて、医者に行きさえすればすむことなんだ」

ショーンは、まだ、不安を払拭しきれない目をして、ヴィゴの顔を見つめた。

「本当に、治るのか? やっぱり、俺は病気なのか?」

あまりに頼りない目をして、ショーンが聞くので、ヴィゴは、ショーンの体を引っ張るようにして、ソファーの背に倒れ込んだ。

ショーンは、驚いたように、体を起こそうとした。

だが、ヴィゴは、力強くショーンの腰を抱いて、ショーンを放さなかった。

ヴィゴは、ショーンの背中に顔を付けたまま、話しかけた。

「ショーン。俺も専門家ってわけじゃないから、もしかしたら、違うのかもしれないし、本当に、あんたのペニスに障害があったら、もう、本当に俺にはお手上げなんだが、多分、本や、雑誌で読む限り、あんたの病気は、機能性勃起障害って奴で、心因性の障害で、いわゆる心の病気って奴だ」

「えっ?」

ショーンの背中が、驚いたように跳ねた。

ヴィゴを苦笑させたことに、ショーンの知っていたEDに対する知識といえば、こういう食べ物を食べれば勃起率が良くなるだとか、パートナーを変えれば気分が変わって出来るようになるだとか。

決して自分が病気だとは思いたくないらしく、知識のなかったヴィゴと同じくらい曖昧で迷信に近いようなものばかりだった。

ヴィゴは、振り向こうとしているショーンには気付いていたが、背中に顔を寄せたまま言葉を続けた。

「自分でやるときは、ちゃんと役に立つんだよな。それに、痛いとか、そういうことも、ショーンは言わなかった。ただ、女性とセックスしようとするとできないって」

「……ヴィゴ。あの、自分でする時にも、あんまり役に立たなくて……」

上から降ってくる情けのない声に、ヴィゴはくすりと笑いを漏らした。

「それはな、ショーン。思いつめすぎって、奴だよ。多分。ちゃんと、勃起させなくちゃいけないって、あんまり必死になって思ってるから、勃たないんだ。平気だよ。結構そういうことで悩んでいる人は沢山いる」

「でも……ヴィゴ」

「ちょっと待って、ショーン」

ヴィゴは、ショーンの腰から腹に腕を回し、優しく抱きしめると、ショーンの背中にささやきかけた。

「俺も医者じゃないから、断言は出来ない。でも、俺自身の考えでは、ショーンは、病院に行けば、間違いなく治ると思う。要するにあれは、自信を回復させてやればいいんだそうだ。心優しいタイプの女性に協力してもらって、薬を使いながら、何回か、セックスをしてみる。知ってた? ショーン、EDの薬って、勃起させるわけじゃなくて、勃起している時間を持続させる効果があるんだ。そして、ショーンは、とりあえずマスターベーションなら、勃たすことができるって言ってたから、ちゃんとこの薬を使うことが出来るし、そうやって、何度か繰り返し、満足のいくセックスをすることができたら、あんたの自信も回復して、もう、勃たないなんて悩むことも無くなる」

「本当に?」

どこまでも、ショーンの声は疑り深く、そして頼りない。

「多分……な。心の病気って奴だからね。時間がかかるかもしれないが……」

ヴィゴは、ショーンがあまりにも情けない顔をするので、背中に隠れこっそりと笑った。

それから、ヴィゴはショーンの股間に手を伸ばし、軽くぽんぽんと上から叩いた。

「ショーン、こいつの威力も元通りだよ。安心しな。でも……」

ヴィゴは、ショーンの背中に顔を擦りつけながら続けた。

「ショーン、なんで俺に頼ろうとした?」

ヴィゴは、べったりとショーンの背中に覆いかぶさり、ショーンを腕の中に拘束した。

「俺のことを信頼してくれた? 俺になんとかして欲しかった?」

ヴィゴは、身じろぎするショーンを放さず、背中に尋ねた。

ショーンは、口を開かなかった。

ヴィゴも特別返事を求めたわけでもなかった。

ショーンを抱きしめたまま、背中に語りかけた。

「なぁ、ショーン。病院に行かずに、済ませたいというショーンの願いを、もしかしたら、俺は叶えてやることができるかもしれない。でも、完治を約束することなんてできない。確実に直したかったら、ショーン、病院に行け」

ヴィゴは、顔を上げて、振り返っているショーンと目を合わせた。

「でも」

ヴィゴは言った。

ショーンの目が、期待するようにヴィゴに言葉の続きを待っていた。

「でも?」

「でも、あんたが病院にもいかず、このまま放置しておくって言うんだったら、俺は、俺の愛情深い看護を提供するつもりがある。俺は協力を惜しまない。結局のところ、よくわからなかったんだが、EDってのは放っておいたって悪くなるってもんでもないみたいなんだ。なったら、まぁ、そこでおしまいだ。確かにそうだよな。セックスができなくなるだけで、それ以外には、特に支障がない。だから、今すぐ、病院に行っても、後で病院に行っても、治る時期が変わるだけだと思う」

ショーンの目が迷うようにヴィゴを見た。

「病院に行かないですむのか?」

「だから、それは、ショーンが判断してくれ。間違いなく治るためには、医者にかかることだ。でも、今のまま医者にも行かず放置しているっていうんだったら、それよりは、俺は、もしかしたら、あんたの症状をよくすることが出来る手伝いをすることができるかもしれない。だが、それは俺の間違った判断で、もしかしたら、あんたの症状を悪戯に長引かせるだけかもしれないが……」

ヴィゴは、力の抜いた笑いを浮かべた。

ショーンは戸惑うような顔をしていた。

ヴィゴは、ショーンの横顔をじっと見た。

「……ショーン。ただし、俺の愛情に満ちた看護が受けたかったら、ショーンは、俺に恥ずかしいことだって、告白しなくちゃいけない。それで、今日、あんたをびびらせた質問に戻るわけなんだが、ショーン、俺に、あんたのファンタジーを語ることができるか?」

「……なんでだ?」

戸惑いに満ちたショーンの目は、ヴィゴの顔の中に不審の芽を探そうとするかのように、つぶさに観察していた。

隙間なくべったりと背中から抱きしめられて、この態度。

ヴィゴは、やはりショーンが好きだと思った。

ショーンがこんな素気無い態度を取れるのは、ヴィゴが、本気でショーンに惚れていると確信しているからだ。

ショーンは、ヴィゴが自分にどれだけ踏みつけにされようが、変わらない愛情を示すだろうと信じているから、どこまでも疑い深くヴィゴを見ることができる。

「ショーン。俺があんたの恥ずかしい妄想を聞きたがるのは、嘘じゃない、治療のためだ。治療の第一歩として、二人の間に信頼関係を作らなきゃならない。嘘みたいだと思うかもしれないが、性欲の減少や、性的なものに対する嫌悪感とったものが、障壁となって、EDになるケースも結構あるんだそうだ。だから、まず、そういうところから、ゆっくり解していくのがいいと思う。どう? 俺のこと、信頼して話をしてみないか? 悩み相談の、下半身編って奴だな」

「……ヴィゴ」

ショーンは、小さくヴィゴの名前を呼んだ。

「なんだ? ショーン?」

「……随分、調べたのか?」

体の力を抜いたショーンは、ヴィゴに寄りかかった。

ヴィゴは、重みを受け止めた。

ショーンの頬に軽く唇を寄せ、髪を撫でた。

「あんたが、全く調べてくれないからな。まぁ、確かに調べはしたよ……でも、いろいろって言っても、人に聞いて噂が立っても困るし、本を読んだりしただけだ。でも、少なくとも、ショーンよりは、ずっと知ってると思うけどな」

「俺、治るのかな?」

ショーンは、ヴィゴの視線の中で、ゆっくりと自分のペニスを撫で摩った。

目を覆うようにして、小さなため息を落とした。

ヴィゴは、ショーンの指先に小さく口付けた。

「俺は、治ると思うぞ。枯れるには早すぎるだろう? ショーンは、別にがんの手術を受けた経験もないし、糖尿病でもない。乏しい俺の知識を総動員すると、ショーンは治る」

ヴィゴは、ショーンの重みを幸せな気持ちで受け止めていた。

ショーンは、柔らかな生の感情の部分に、ヴィゴが立ち入ることを許していた。

似合わない遠慮がちな声をショーンが出した。

「……ヴィゴの手を煩わせても?」

ヴィゴは、ショーンの強張った頬に何度も口付けた。

「俺に、いろんな恥ずかしい告白をしてもいいって、つもりになってるのなら、喜んで」

ヴィゴは、ショーンの肩に顔をうずめ、匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

ショーンが、抱きこまれたままだと恥ずかしいと言うので、ヴィゴは、ショーンの隣に座りなおした。

ショーンの膝に手を置き、うつむく金髪に、優しく尋ねた。

「なぁ、ショーン。あんた、セックスは、好き?」

「……ヴィゴは、嫌いか?」

もう、最初の質問から、逃げ出そうとするショーンに軽く笑いながら、ヴィゴは、横に首を振った。

「俺は、好きだよ。大事な人の体に触れるのは気持ちがいい」

小首をかしげて、ショーンのことを見つめると、ショーンは、少しだけ、困った顔をした。

ヴィゴから、視線を外し、膝に置かれているヴィゴの手をじっと見つめた。

「……俺は……・近頃、……実は、あまり好きじゃない」

ショーンの思いつめたような声に、ヴィゴは、優しく膝を撫でた。

「ショーン。大丈夫。別に、好きじゃなきゃ、いけないってルールがあるわけじゃない」

「……そうだけど」

「わかるけどな。でも、気分にむらがあるのは当然のことだろう? 俺達は、それほど若くないんだし、嫌になる時だってあってもおかしくない」

ヴィゴは、ショーンの膝を撫でながら質問をした。

「ショーン、どうして嫌いなのか、理由ってわかるか?」

「……あまり」

「そうだな。面倒くさい。とか、少し前のセックスで嫌な思いをしたとか。気持ちが良くないとか」

ヴィゴは、他に理由がないか考えた。

考えている間に、ショーンのほうが先に口を開いた。

「……近頃は、あまりいい印象がない。なんだか、するたびに、損をしているような気がする」

「損?」

ショーンの言うことがよくわからなくて、ヴィゴは緑の目に尋ねた。

ショーンは、視線を逃がしながら、もごもごと続けた。

「自分ばっかり、一生懸命努力して、それで、翌日になって、機嫌が直っているかと思うと、まだ、怒ったままなんだ」

「……ああ、ああ、わかった。奥さんのことだな。ショーンが、機嫌を取ろうと、一生懸命努力しても、その場じゃ、喜んでくれるのに、結局のところ、関係の修復にはまるで役に立たなかったと」

ショーンは、小さくうなずいた。

「それに……他の子の時も同じなんだ。せめて楽しもうとやるだろう? なのに、その場は楽しいのに、目が覚めると、気分は変わらない。労力の無駄だって気分になる。ひとりでゆっくり眠ったほうがましだ」

自分勝手なショーンの言い分に、ヴィゴは耳を傾けた。

「なんだか、むなしいんだ。どうしたって、無性にやりたくなるときはあるよ。それに、努力しなくちゃいけない時もある。でも、両方とも、終わっちまうと、もう、絶対に再トライなんてしようがないくらい疲れちまって」

ヴィゴは、筋肉の運動のように笑ったショーンの頬を撫でてやった。

「そんなに嫌な気分だったら、勃たなくなっても全く不思議じゃないな」

「だが、今までなら、面倒だって思っていたって、そういう場面になれば、ちゃんと勃ってたんだ」

「ああ。ショーン。でも、そんなに無理することはないんじゃないか?」

ヴィゴは、ショーンの髭を指先でなぞった。

ショーンは、首を振って、ヴィゴの意見に反発した。

「……出来ないなんて、格好悪い」

強張った頬は、指に撤退を求めた。

ヴィゴは、ちゃんとショーンの意思を尊重し、ショーンの顔から手を離し、小さく笑った。

「わかる。ショーン。出来ないと格好悪いというショーンの気持ちはよくわかる。でも、楽しくもなく、疲れるだけで、なんの満足感も得られないことのために、一生懸命努力し続けることなんて、俺にはできない。ショーンだって、出来なくて、問題ないんじゃないか?」

「でも……」

ショーンは、納得していない。

「ああ、そうだな。ショーン。でも、だよな。ショーンは、出来ないのは、嫌なんだよな。そうだな……」

ヴィゴは、ショーンの膝に乗せていた手を戻し、代わりに、足をぴったりと寄せた。

そうやって、体の接触を続けたまま、気楽さを装いながら、ヴィゴはソファーにのけぞった。

うううっと、ヴィゴの口から、うめきが漏れた。

体を大きく伸ばしたことによって、自然とあくびもでた。

「くたびれたな。ショーン。一日中、撮影の日は、流石に疲れる」

「ヴィゴは、頑張りすぎなんだ」

ショーンは、話が自分の病気のことから離れた気楽さからか、ほっと緩んだ顔でヴィゴを振り返った。

「ショーンも疲れたろ?」

ヴィゴは、青い目に、ショーンの様子を観察した。

ショーンもつられたようにあくびをした。

ショーンは、ヴィゴと違い、ちゃんと口元を隠すようにしてあくびをしていた。

ヴィゴは、ショーンの態度に口元を緩ませながら尋ねた。

「疲れた時は、どうするのがいいと思う? ショーン」

「休む。それしか、ないだろ?」

ショーンは、自然と目に盛り上がった涙を拭いながら、ぼんやりとヴィゴを見た。

撮影が押し、随分遅い時間に訪ねたせいもあり、結構な時間だった。

ショーンは眠そうな顔していた。

「休むってのを、ショーンは、許す?」

ヴィゴは、ショーンのその顔がいいな。と、思いながら質問を続けた。

ショーンは、気楽に答えを返した。

「ヴィゴ、体がきついのか? ぎりぎりまで頑張って結局撮影に迷惑をかけるくらいなら、そうしたほうが良いと思うぞ?」

ショーンは、オーバーワーク気味であるヴィゴの態度についてちくりと突いてきた。

ヴィゴは、にやりと笑った。

「じゃぁ、ショーンも、こういっちゃ失礼だけどな。ちょうど離婚調停中で、セックスをしなくちゃならないパートナーがいるわけじゃないんだし、ちょっと休憩してみろ。と、いうか、休憩してもいいんだ。くらいの気楽な気持ちになるよう努力してみないか? 誰も、ショーンにセックスを強制しちゃいない。俺だったら、絶対に休暇を申請する」

ショーンは、少し驚いたように目を大きくした。

肩をすくめたヴィゴに、ショーンは無意識にだろうぺろりと赤い舌を出し、唇を舐めてみせた。

ヴィゴは、ゆっくりとソファーから起き上がり、ショーンのことを抱きしめた。

「ショーン、ゆっくりだ。なにも焦ることはない。勃起しないからって、ショーンのことを責める奴なんて一人もいない。俺だって、ショーンと話す時間が増えるのは嬉しいから、いくら時間がかかっても構わない。まずは、自分を責めるのをやめるんだ。できるか? ショーン?」

ショーンは、しばらく返事を返さなかった。

しかし、少しの沈黙の後、ショーンは、首を横へと振った。

ヴィゴは、肩をすくめた。

「まじめだな。ショーン。本当は、このくらいで今日はやめにしとこうかと思ったんだが、じゃぁ、一つ、宿題を出そうか」

ヴィゴは、ショーンの顎を持ち上げ、緑の目をじっと見つめた。

あまりに至近距離過ぎて、ショーンは、じっとヴィゴの目を見ていることができなかった。

「治すために、必要なことか?」

ショーンは、自分の顎を持ち上げているヴィゴの腕をじっと見つめた。

「宿題は嫌なのか?」

ヴィゴはくすりと笑った。

「まぁ、そうだな。無理に努力する必要はないが……」

どうしようかと迷うヴィゴの声に、ショーンは、ヴィゴの顔へと視線を戻した。

逃げるということを潔しとしない気の強いショーンに、ヴィゴはにやりと笑った。

「じゃぁな、ショーン。今晩、俺が帰ってから、ショーンは、ベッドに入るだろう? それから眠くなるまでの間、あんたは、お気に入りのストーリー、いや、別にストーリーじゃなくても全く構わないんだが、とにかく、あんたの好きな性的なファンタジーを楽しむんだ。必要だったら、本や、ビデオを使ってもらって、全く構わない。どんなのでも、いい。あんたが気持ちよくなれるようなのを頭の中で楽しむんだ。勃起させるまで、努力することはない。ただ、ぼんやり気持ちがいいことを考えて、ゆっくり眠ってくれ」

「どうして?」

ショーンの薄い唇が動いた。

ヴィゴは、そっとショーンの唇をキスでふさいだ。

怖がらせることのないよう、柔らかく唇を合わせ、弾力を楽しむように、何度も重ね合わせる。

「ほら、このくらいのことは、ショーンだって、気持ちがいいだろう? こうやって、少しづつ、気持ちのいいことを思い出していくのさ」

逃げ出さなかったショーンに、ヴィゴは、もう一度、ついばむようなキスを繰り返した。

何度も、何度も、ショーンの唇を挟み、小さな官能を与えていく。

ショーンの唇が、そっとヴィゴの唇を挟んだ。

ヴィゴは、唇をそっと笑いの形にすると、ショーンから、体を離し、ソファーから立ち上がった。

「今晩は、こんなところで、失礼するよ。ショーン。明日? いや、明日は、夜に打ち合わせをするって言ってたから、あさってか。あさって、またお邪魔する。ゆっくり眠りな。ショーン」

置いてきぼりを食らったようなぼんやりと開いた色の薄いショーンの唇が、ヴィゴの唾液で濡れていた。

 

                                              →続く