ドッグ・スタイル(前編)

 

「おかえり」

撮影が始まった段階になれば、次の仕事の打ち合わせが入ってくるのが当然のことであり、僅かに一週間だったが、現場から姿を消していたロバートを、ホテルの部屋のドアを開けたジュードは優しい目で見つめて迎えの言葉を口にした。

「向こうで何か、楽しいことあった?」

恋人の腕は、ロバートを抱きしめる。落ち着いたホワイトの壁紙は一週間前と勿論変わらず、ロバートには蔦類としかわからない植物のデザインだ。恋人の腕で抱きとめられて、思わず、ほっとついた息の代わりに、肺を満たしていくジュードの匂いに、ロバートは、自分の帰るべき場所に帰ったことを自覚した。だが、キスするために近づいてくる品良く整ったジュードの顔は、一週間もの恋人の不在があったにしては、満たされた笑顔で、キスしながらもロバートは内心面白くなさを感じた。

「楽しかったのは、お前の方に見えるぞ。何だよ。その幸せそうな顔は? たった一週間、いなかっただけで、もう俺以外のいいのを見つけたのか?」

唇を離して、さっそく冗談じみた口調で悪態をついた。けれど、真夜中に近いこの時間の柔らかい色合いの照明で照らされるジュードの表情は、言いがかりに近い絡み方をしだした恋人に対しても、気分を損ねず、機嫌良く笑ったままだ。

「この一週間の間に? まさか。うーん。楽しかったと言えば、贔屓チームが試合に勝ったことくらい? あなたがいない分、俺の撮りが多くて、朝から晩まで仕事ばっかの毎日だったって。あーでも、実は、ひとつ」

さすがに、今晩のフライトで帰って来たばかりのロバートは、大人のたしなみとして、主役が不在の分、スケジュールがきつくなったはずのジュードの部屋の奥まで入り込むことまではしようとしなかったが、ドアの裏側で、くすくすと機嫌よく笑いながら抱きしめてくる恋人が、愛しげに何度も頬へとキスするのまでもは、拒むつもりはなかった。しかし、ロバートは、早くここへ戻りたいと、フライトの一時間遅れにじりじりとした思いを味わったというのに、ジュードといえば、幸せそうに笑み崩れたままで、その能天気そうな顔を見ていると、やはり、自分ばかりがこの男に夢中な気がして、すこしばかり腹立たしい。まぁ、かわいいのだが。

かわいい年下の男は、尖らせた唇を、ちゅ、ちゅと、ロバートの頬へと押しつけながら、その合間にくすくす笑う。

「ロバート、疲れてる? 不機嫌? 俺もさ、あなたがいない間、本当にすごく忙しくて、あなたの眉間に出来てる皺と同じくらいの深い皺が出来てたと思うよ。でさ、気楽にちょっと笑いたい気分でさ、おとついと、昨日の晩にわけて、あなたの出てた映画、えっと、シャギー・ドックだっけ、見たんだよ。そしたら、かわいい。ロバート、尻尾が」

ロバートにとって、その映画は、大分前に済んだ仕事だが、昨日初めて見たばかりだというジュードは、よほど気に入ったと見え、かわいいと言いながら、自分の方がよほどかわいい笑顔で笑み崩れ、まったくセクシーでない手つきで、ロバートの尻を撫でまわす。特に、尻尾の生えていた部分を。それは、本物の自分の犬に対するような愛情深く、親密なものだが、人間の恋人にするには、大雑把なものだ。いまいち、ロバートの好みからは外れている。だって、ごしごしだ。

「犬、好きなのか?」

どうせ、撫でるなら、この一週間の間、熟すだけで焦れたままの尻そのものをいやらしく撫でてくれればいいのにと思うが、ジュードの手は、尻の谷間で、あるはずのない尻尾を探すのに熱心だった。

「犬も、猫も好き」

両手で顔を挟まれて、キスした後に、強引に鼻を擦り合わせさせられた。そのやり方が、あまりに幸せそうで、ロバートは、自分がジュードのペットにでもなった気分だ。

だから、ぺろりとシュードの高い鼻を舐めてやった。

それから、言った。

「……なるほど」

 

 

疲れているはずなのに、ホテルに着くなり、顔を見せに部屋を訪ねてくれた恋人の気遣いがうれしくて、あの時、ロバートを解放すること決断したジュードが、その後、恋人との時間が持てたのは、ラッキーなことにその翌々日だった。

土産を取りに寄れよというロバートの誘いに、頷いたジュードは、今、自慢げに笑うロバートを前に、この年上の恋人の悪乗り癖のどうしようもなさに、苦笑で眉が寄っている。

「夢を叶えてくれて、ありがとうって言うべき……?」

「勿論」

ソープのいい匂いをさせている清潔で艶やかな肌を、バスロープ一枚で覆って、ジュードの言葉をさも当然と腕を組んだまま瞳をにやつかせる年上のお尻の部分のローブを盛り上げているのは、ふさふさの犬の尻尾だ。

それは、あらぬ場所から生えている。登場と同時に、これ見よがしに裾をめくりあげたまま、くるり一回転してくれたから、ジュードの妄想ではない。

毛の色は、黒っぽい茶色。映画と同じ、グレーの毛並みではないが、かなりロバートの体毛に近い色で、これの方が、らしいと言えば、らしい。

ジュードが、このセックス・トイにどんな態度を示すのかを、面白がりながら目を輝かせて見ているロバートが、全くこういう趣向に抵抗を示さないのは、これまでの経験からも知っていたが、ジュードとしては、犬の尻尾がついたバイブを尻に挿したまま、そんな自慢げな顔で、さぁ、食いついてこいとばかりに見つめられても、……弱る。

「俺が、想像したの、……バレた?」

「そりゃぁ、ばっちり」

ロバートは、おずおずと上目がちに尋ねたジュードを満足そうに、にんまりと笑ったが、実は、ジュードが想像したのなど、ほんのちょっぴりだ。しかも、それは、こんなエッチな道具を使ってのことじゃなくて、本当にロバートに尻尾が生えていたら、どんなにかわいいかと思って、それから、ちょっと、尻尾があったら、あの最中のいたずらなロバートのお尻を、尻尾を掴んで好きに自分の方へと向けさせることができるんじゃないかなとにやついたくらいのもので。

だが、サービス精神旺盛で、早とちりなところのある年上の頭の中では人工の尻尾を生やしたロバートを、ジュードが好き勝手にしている妄想でもしたことになっていた。多分、あの、再会の「なるほど」の時にはもうだ。

だから、ロバートの方こそ、湯上りのいい匂いをさせながら、まるでお預け状態の犬みたいうずうず、ワクワクしながら、GO! の合図を待っている。

 

「……ありがとう。ロバート」

だが、やはり、セックスへの期待で満ちた目元を潤ませる年上には、逆らいがたい魅力があって、ジュードは不道徳な妄想を抱いたという濡れ衣で疼く心を、部屋の片隅にでも押しやるとお礼を言っていた。ぎゅっと両腕でロバートを抱きしめながら、ちゅっと唇を合わせる。抱きしめた身体は、まだ湿り気があって、やわらかく、いい匂いだ。首へと腕を回してきたロバートは、白いバスローブの袖に頬を埋めるようにして、にやついている。

妄想を抱いていなかったとはいえ、勿論、ジュードにも尻尾が刺さったいやらしい尻には、興味があって、ロバートににやつかれている最中にも、腰を抱いた手で、そろそろと盛り上がるバスローブの丸みを撫で降りた。

充溢した尻の重みをバスローブごと両掌の中で鷲掴むと、その時を待っていたくせにロバートは、はっとしたように一瞬身を強張らせた。だが、ジュードが、瞳を覗き込むようにして頬笑みかければ、身体の力は抜けていく。

胸へともたれかかるようにしたロバートの身体を支えながら、ジュードは、やわらかな生地越しに、恋人の大きな尻のたっぷりとした手触りを手のひらで撫で回すようにして味わった。バスローブごと尻肉をぎゅっと掴み上げると、身体に力を入れたロバードの口が喘ぐように開く。

「好きか?」

「なにが?」

キスの合間にされた問いの意味を掴み損ねて、聞き返したが、ロバートは身体を摺り寄せてくるばかりで、教えてくれなかった。

「あなたのこと? 勿論、好きだけど?」

ローブの後ろ姿を奇妙に盛り上げている尻尾の付け根がどうなっているのかが知りたくて、せっかちなのを笑われなきゃいいと思いながら、撫で上げていた尻の山から手を滑らせ、指先で触れた。じっと胸を押しつけたまま、身体を動かさずにいるロバートの胸の鼓動が、早い。手触りのいいふかふかのバスローブの布が邪魔をしてわかりにくいが、確かにそこは、広がり硬い筒状のものを咥え込んでいる。筒状のものの先には、ふさふさしたものがローブを盛り上げて広がる。

ジュードの指が、セックス・トイの構造をもっと知ろうと、谷間を丹念に撫でまわそうとすると、まるでその時を待っていたかのように、ロバートが、尻を振って邪魔する。

「ダメなの?」

「駄目じゃない」

だが、ロバートは、いたずらに尻を振ってジュードを焦らす。

ロバートの唇が、偶然を装って、何度もジュードの頬へと触れている。

「でも、触らせてくれない?」

ロバートの唇が柔らかく触れていくキスは、ジュードが好きなものの一つだ。だが、正直、くすぐったい。

逃げる顎を捕まえて、唇を合わせ、深くキスし終えると、ロバートは満足だと言いたげに、ふわりと笑った。

「そんなに知りたいのか? じゃぁ……」

めくって、見てみろよと、ロバートはジュードの耳へとくすぐったくキスしながら、ローブの裾へと目配せした。

 

ふさふさの尻尾が半分も見え、太股も大分際どいところまで見えてきていることに気付いているはずなのに、澄まし顔のロバートは気付かぬふりで、ジュードの首へと腕をまわしたまま、熱心に頬へとキスを繰り返している。

触れてくるロバートの唇の感触のくすぐったさに笑いながら、年上の身体を包むやわらかな生地を、めくり上るジュードの視界では、背中越しのなめらかな肌が見える。

抱きしめた身体にまるで覆いかぶさるようにした、少し背伸び状態で覗き込み、徐々に露わになっていくロバートの尻ばかりを見ていると、あと少し、ぎりぎり尻付け根までバスローブの裾が上がったところで、ロバートに強く身体を押し当てられた。ロバートも、その時を待っているのだと、ローブを握る手に力が入る。だが、小さな舌打ちの音を聞かされ、実は、あまりにも真剣になり過ぎだと冷やかされているのだとジュードは気付いた。ロバートは、自分の魅力をフルに発揮できるあの上目がちの色っぽい目付きで、悪戯にジュードをじっと見つめている。

「また、だめなの? どうして?」

だが、ロバートは質問には答えず、口元にやたらと色気のある笑みを浮かべると、急にしゃがみ込んだ。

バスローブを掴んでいたジュードのせいで、ロバートが目を顰めて苦しげに見上げてきて、慌てて手を離す。

 

「ワン!」

四足で這ったロバートは、甘えるように見上げて吠えた。腰をくねらせ、尻尾を振った犬は、ジュードの手のひらをぺろりと舐め、膝へとぐいぐいと鼻面を押し当てて、ジュードは後ろへと追いやる。気がつけば、ジュードはどすんとソファーに腰を下ろすことになっていた。

「ロバート……?」

自分の唇をぺろりと舐めたロバートは、ソファーにひっくり返っているジュードの膝へと上半身を乗り上げると、ひどく不器用そうにジーンズの前を開け始める。指を丸めこんだ両手でひっかくような仕草を繰り返して、そのうち、外れないボタンに、口がジュードの股間に押し当てられる。

熱い息を吐く口をぐいぐいと押し付けられ、思わず、ジュードは呻いた。

上目づかいでジュードを見上げたままロバートは、前足と、口を使って、不器用にジッパーを開けていく。ジッパーが下げ終わった時には、ジーンズの前だけでなく、中のものが硬く盛り上げている下着までが唾液でべっとりと濡れていた。まだロバートは口だけで下着中から勃起したペニスを取りだそうともがいている。ロバートの行動に驚きながらも、ジュードの股間は正直に、何度も股間へと吹きかけられる息の熱さで、すっかり硬くなっていった。

とうとう望みのものを下着のなかから取りだしたロバートは、唾液やそれ以外のもので濡れているもので汚れることも気にせず、そそり立つジュードのものへと顔を摺り寄せ、伸ばした舌を這わせていく。ジュードは、愛しげにロバートの名を呼んで、髪に手を差し入れた。フェラしてくれる恋人の髪を撫でながら、何度名を呼んだ。だが、ロバートはクゥン、クゥンと、鼻でかわいらしい泣き声を聞かせるだけだ。

指先を丸めた両手もジュードの腿へと置いたまま、使おうとはしない。

「え、……あのさ、……これ、本気でドックプレイ……?」

そうだとばかりに、ぺろりと先端を熱い舌に舐められ、思わず息だけでなく、はっと声を漏らしたジュードに、ロバードの目元がにやりといやらしく笑った。くんくんとかわいらしい鼻声を聞かせているくせに、ロバートの舌は、まるで飢えたような貪欲さで生の肉棒に舌を這っていく。先端の窪みに溜まったぬめりを、餌皿のミルクを啜る犬の執拗さで、ピチャピチャと音を立ててしつこく舌で舐め取られるのは、とても気持ちがよくて、だが居たたまれない恥ずかしさだった。

しつこく舐めて気持ち良くしてくれる人の名を、何度名を繰り返し呼んでも、恋人は甘えた鳴き声を返してくるばかりで、ろくに顔もあげてくれない。

ジュードは、ロバートの髪を、まるで犬の頭でも撫でるように乱暴にかき混ぜた。

「ロバートは、俺の犬になる気なの?」

強引に顎を両手で挟んで顔を上げさせる。

ペニスの先を口の中に咥え込んだまま、ロバートはくすぐったそうにジュードを見上げる。

「ワン」

大きな目でじっと見つめながら照れ臭そうに頷かれて、その申し出の齎した奇妙な快感と居心地の悪くなるような落ち着かなさに思わずジュードは激しく動揺した。だがジュードが身の内で膨れ上がる強い感情の処理に手間取る間にも、熱心に、フェラを続けるジュードの犬は、バスローブの後姿を盛り上げている尻の尻尾をしきりに振って見せる。しつこく促され、ジュードは、今度こそ、ロバードのローブを剥いだ。裾を背中まで捲り上げれば、つるりとした大きな尻の谷間から、ふさふさとした犬の尻尾が生えている。

「うぁ……」

感嘆の声が出た。人工の毛皮を纏った尻尾は、まるで元からロバートの尻から生えていたかのように、しっくりとそこに嵌まっていた。

ペニスを口に咥えたまま、黒目をしっとりと濡らしたロバートの瞳が、ジュードの興奮をさぐるように見上げている。媚びるように尻がくねり、尻尾が揺れる。尻尾の先が、ロバートの剥き出しになった太股を撫でていた。

ロバートの口の中を占拠していたジュードのペニスは、ドクリとまた硬さを溜め、ロバートは長い睫毛を伏せたまま、満足そうにそれを舐める。

「ねぇ、あの、さっ、ロバート……」

下腹部に渦巻く快感の強さに、ジュードの声は喉に絡んだ。艶やかな大きな尻をバスローブから晒したまま、猛々しいジュードのペニスをぺろぺろと舐めるロバートの大きな目が、褒めて欲しそうに、どう?と、見上げている。

「そりゃぁ、も、最高……!」

こんなセクシーなロバートを前に、それ以外には言えない。

瞳を緩めたロバートは、舌で硬く節だった幹の側面を唾液まみれにすると、ジュードを動揺させるような羞恥の表情をちらりと浮かべた。腿へと置いていた右手がそろそろと股の間へと下ろされる。見えない場所でごそごそと動く手は、どうやら、この行為で興奮してしまった自分のものを扱いているのだ。

クンクンと鼻を鳴らすロバートは、ジュードの太股へと赤くなった頬を乗せて擦りつける。そして、興奮に硬い自分のものを扱きながら、舌を伸ばして、天を向いてビクビクと震えている幹を舐める。

 

「最高か、そりゃぁ、いいな」

自分も、はぁはぁと息を荒くしながら、ロバートが、やっと人間の言葉を話した。

はふっと鼻から洩れ出る息が、ジュードの下腹の表面を熱く擽る。

「でも、あのさ」

からからに乾いた口の中を何とかして落ち着かせようと、唾を飲み込むジュードが何度か髪をかきあげると、上目がちにしたロバートが、そんな抵抗は無駄だと、背中を逸らして、尻尾を嵌めたいやらしい尻を強調して、腰を何度もくねらせた。そのたびに、犬の尻尾が、誘うようにふわふわと揺れる。

ロバートは、まるで隠さず、勃った自分のものをくちゅくちゅと音をさせて扱いている。

「俺がこんな風にしてるだなんて、ジュード、興奮するだろう?」

落ち着こうとジュードは、何度も顔を擦った。

「……するよ、するけど、でも、ロバート、ストップ!」

 

→つづく