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ムミア事件

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どのようにして事件は起こったか?

1981年12月9日の深夜、タクシーの仕事をしていたムミアは交通違反で捕まった弟のビリーが白人警官のダニエル・フォークナー巡査に暴行を受けているのを目撃し、止めに入ろうとした。
その後で、銃声が鳴り響き、フォークナー巡査、ムミア共に銃弾を受けて重症を負うことになる。
二人はすぐさま病院に運ばれるが、巡査のみが1時間後に死亡。ムミアはその場で逮捕された。

事件後の裁判

翌年1月にムミアが法廷に召喚され、同年6月陪審選定が開始される。ムミアは自分自身で自分の弁護を行うも、7月2日ムミアに対して、第一級殺人と武器携行の罪で有罪が宣告される。翌日、陪審が死刑を評決。
1983年にムミアは判決の取り消しを要求する法的処置をとるが、却下され、正式に死刑判決が下る。
ムミアの身柄が、Huntingdon州刑務所の死刑囚監房へと移される。
1989年3月6日ペンシルベニア州最高裁が有罪と死刑判決を確定し、1990年合衆国連邦最高裁が判決の見直し、再審の要求を退け、1995年にはペンシルバニア州知事のトム・リッジ氏がムミアの死刑執行命令書に署名をし、死刑の執行を8月17日とした。
ムミアの主任弁護士、レオナルド・ワイングラス氏が、人身保護請求を提出し、再審を再び要求。
ペンシルバニア州強制局は、ムミアの獄中でのジャーナリストとしての仕事を理由に外部との電話連絡を禁止したり、裁判の打ち合わせの書簡が開封されるなどの訴訟妨害を働く。
8月にムミア弁護団の努力が少し実り、再審請求に対する結論がでるまで死刑執行を無期限に停止する決定が下る。
再審のためのヒヤリングで、証言に立ったシングレタリー氏は射撃事件が起こった時には、ムミアはまだ現場に来ていなかったという重大証言をする。
にもかかわらず、再審請求は却下され、ムミア弁護団は上訴。
1996年に1982年の一審裁判時にムミアに不利な証言をしたヴェロニカ・ジョーンズ氏とパメラ・ジェンキンズ氏が、当時の証言は警察の脅しによる虚偽の証言であったと告白する。
この決定的な証拠にもかかわらず、またしても判事はこれらの証言を不採用とし、ムミアの再審請求を棄却。
トム・リッジ州知事が再審請求の棄却後すぐにでも死刑執行命令に署名すると明言していたため、各地で抗議行動が始まる。
Rage Against The Machineが行った再審請求のコンサートもその一つである。
1999年4月24日には、ミリオンズ・フォー・ムミア大集会が開催され、フィラデルフィアとサンフランシスコで5万人の人たちが、ムミアの釈放、再審、死刑執行の停止を求めてデモを行った。
トム・リッジ州知事がついに12月2日にムミアの死刑執行を行うことを決定する。
ムミアの弁護団は、人身保護請求をフィラデルフィア連邦地裁に提出し、連邦地裁は死刑執行の停止を決定し、死刑の執行は一時的に回避される。
そして2001年12月18日、ムミアの再審請求を審理中だった、ペンシルベニア東地区連邦地方裁判所のウィリアム・ヨーン判事が、ムミアの再審請求を却下する決定を下す。同時に、死刑判決にいたった審議過程に疑問があったとして、検察側に180日以内に量刑を見直す陪審員審判を開くよう命じた。もしこうした審判を開かない場合は、自動的に死刑が終身刑に減刑される。
Rageのトムはこの決定に「大衆からの永続的な抗議により、とりあえずはこの政治犯の首から絞首台の縄が外された。忘れるな。これは法廷内と一般社会の両方で係争中の事件だということを。この戦いはまだまだ継続していくが、今日の裁定は祝うに十分に値するだろう」とコメント。
死刑はとりあえず回避されたものの、再審請求が却下されたため、ムミアの闘争はまだまだ終わらない。

裁判の不公正

この事件がなぜこれほどまでに注目を集めているかというと、その裁判の過程にある。
なぜなら、ムミアが受けた裁判は不公正極まりないものであったからである。
この裁判を担当したアルバート・セイボ判事は全米で最も多く死刑判決を出す人物であり、検察官もまた、以前に無実の人間を殺人犯にした経歴を持っていた。
ムミアの弁護活動に認められた経費はたったの150ドルで、その結果検察側が125人の証人をたてたのに対し、被告側は2人の証人しかたれることが出来なかった。
ムミアは自分で答弁などもしたが、くだらない理由で法廷から締め出されることもしばしば起こった。
陪審員は警察官関係の者や、黒人陪審員が白人の老人に交代させられたりと、人選に偏りが見られ(最終的に12人中黒人はたったの2人)るといったありさまだった。
検察側の証人は検察の考えたストーリーと辻褄が合うように証言を二転三転させているとしか思えないような証言を平然と言ってのけているし、実際に警察と接触し、証言を求められた売春婦は法廷で検察の要求通りに証言すれば、商売に手心をくわえるとした内容のことを告白している。
ムミアの犯行であるとされる証拠の拳銃に関しても、検死官は致命傷を与えたのは44口径の弾丸であると言っているが、ムミアの拳銃は38口径である。
ムミアが病院に運ばれたときに「奴は俺がやったんだ。くたばればいい。」とムミアが叫んだという証言もあるが、医師によると当時のムミアはとてもそんなことを言える状態ではなかったという。
なにやらどこかの首相が病院に運び込まれたときと同じようなことがアメリカでも起きていたらしい。
現在ムミアの再審請求と死刑執行の延期を審査しているのが、一審で死刑判決を出したアルバート・セイボ自身である。自分の一審判決を自分で再審査するといった考えられないことが実際に起こっているのである。
以上ざっとこの事件に関しての不正な部分と不審な点について挙げてみたわけだが、少なくとも別の判事によって、再審を行うことは必要と思うのが普通の人間ではないだろうか。


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