ユングの夢分析と5つのアーキタイプ



 夢分析というのは、夢占いとは違い、現在自分がどういう心境にあって、なぜそういう夢を見たのかを理解しようという試みです。
 カール・グスタフ・ユングは夢分析の大家と言われる人ですが、その考えの大前提として、ユングの師匠であるフロイトも提唱したように、夢とは無意識が生み出す産物であるという考え方があります。
 人の心には、意識──自分がふだん認識している世界の下に、広大な無意識の領域があり、それは無意識という言葉通り、日常意識されないのですが、 睡眠中意識の部分が低下することにより、無意識領域から様々なイメージが湧きあがってくる。それが夢になるという考え方です。
 ユングの説によると、無意識にはさらに自分の心の中だけのものと、人類全体が共有するものがあるとされていますが、そこまで手を広げると広大になりすぎるので、ここでは割愛します。
 元型、またはアーキタイプというのは、すべての人が無意識の中に持っている固有の要素であり、それが様々な形になって夢の中に現われるとされています。それを正しく認識し、心の中に統合することによって、 自分の心を成長させていく──それが、夢分析の大きな目的なのだそうです。

 アーキタイプには、次の5つがあります。


シャドウ

 もう一人の自分。人は生まれた時、様々な性格を形作る可能性を持ちますが、その後の生育環境の中で、今の自分のパーソナリティが形成された。
それ以外の、可能性はあったのだけれどそうはならなかった自分の性格が、もう一人の自分、分身といえます。それがシャドウです。
 シャドウは夢の中では、自分と同じ性(男性なら男性、女性なら女性)の兄弟姉妹や友人、見知らぬ人の形をとって現われます。 そして往々にして感じが悪かったり恐ろしい印象を持ったりしがちだといいます。それは、たぶん現在の自分のパーソナリティが、 分身の存在に対して感じている気持ちが、反映されているのでしょう。『そうなったかもしれない』ということは、自分にとって自らの存在が脅かされるような気分がする、もしくは邪魔だ、 そう感じるのかもしれません。
 まだ自我に認識されないシャドウは、黒っぽい動物や黒っぽい形のはっきりしない人などの形をとって現われるといいます。
 シャドウに限らず、すべてのアーキタイプにおいて、認識されない初期段階のアーキタイプは黒っぽいイメージを取るようです。


アニマ

 アニマは男性が無意識の中に持っている女性原理──男らしくあるべきという社会的要請によって抑圧された女性的要素──情緒、感情、恋愛などを司るものです。いわば『魂の女性』で、そのアニマに基づいて、男性は心の中に『理想の女性像』を作り上げるといわれています。
 自分のアニマイメージを現実の女性に投影して、恋に身を滅ぼすこともあるそうです。アニマの存在は男性にとって、男性に足りない女性的情動や感情、潤いを補って、完成した人間へと導く存在でもあり、また一つ間違うと破滅の淵に引きずりこんでしまうような、危険な存在でもあるわけです。
 まだ発達していないアニマは、動物の姿や黒っぽい女性だったりすることがあるそうです。男性の夢に登場する女性はすべてアニマと考えてもいいでしょう。


アニムス

 アニマが男性にとっての『永遠の女性』なら、アニムスは女性にとっての『心の中の男性』──女性の心の中に形作られた、内なる男性です。
一般に知性や理念、決断力、論理性などを象徴します。アニマが『魂』なら、アニムスは『精神、ロゴス』であり、女性が成長するため必要な存在です。
アニムスをきちんと認識していないと、やたら理屈っぽいだけになったり、妙な男性に自分のアニムスイメージを投影してのぼせ上がったりと、やはり男性同様危険な側面があるようです。
 アニムスは父親のイメージではじまることが多く、やはり認識されないうちは黒っぽいえたいの知れない男性の姿を取るといいます。女性の夢に登場する男性は、すべてアニムスなのだそうです。


グレート・マザー

 あらゆる物を育てる偉大な母のイメージで、女性の成長の究極的な目標だとされています。
 ただ、母という要素には二面性があり、一つには子どもを慈しんではぐぐむ力、もう一つは子供を束縛し、のみこんで破滅させてしまう恐ろしい力です。
 女性だけでなく、グレートマザーのイメージは男性にも重要な意味を持ちます。すなわち、母の影響力から逃れること、自立、精神的乳離れの際に、このグレートマザーと対決しなければならないと。
 夢に現われるグレートマザーは、年長の女性、女神、老婆、魔女などの姿を取り、否定的イメージが強い時には鬼婆、化け猫、メスの猛獣、渦巻きなどの姿になるそうです。


老賢人(オールド・ワイズ・マン)

 男性にとって、成長の最終的到達点です。現実の社会的な権威をはるかに超える、仙人のようなイメージだといいます。あらゆる知識を身につけ、悟り、永遠の生命をもち得た人間、と言ったところでしょうか。
 グレートマザー同様、老賢人は女性にとって、しばしばファザー・コンプレックスと結びつくといいます。
 老賢人は夢の中では、学者や仙人、権威ある男性の姿を取って、成長の導き手となるそうです。老人のイメージとは逆に、永遠の少年の姿を取ることもあるそうです。ただ、やはり他のイメージ同様否定的な面も持ち合わせていて、時には悪の大王や冥界の王になったりもするといいます。雷に姿を変えることもあるそうです。


 夢に出てくるアーキタイプを認め、受け入れれば、アーキタイプは成長する。五つのアーキタイプを成長させること、それが自分の心の成長につながる。 それが、ユングの夢分析の考え方だそうです。
なお、説によってはペルソナ(自分の外面、社会的役割)をアーキタイプに含めて六つとするものもありますが、基本的に『アーキタイプを成長させて、自分の心も成長する」と言う考え方に変わりはありません。



参考文献 『ユングの心理学』 秋山さと子著 (講談社現代新書)
     『夢の本』 宝島社・編      


 
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