アブサロムとダビデ王


 ダビデ王は、旧約聖書に出てくるイスラエルの王です。初代はサウル王で、ダビデは彼の家来だったのですが、 倒して王様になった経緯があります。

 ダビデ王には何人か妻があり、多くの子供たちがいました。ソロモンの栄華で有名なソロモン王もダビデの子供です。 ソロモンの誕生にはまた経緯があるのですが、今回は割愛します。ダビデの子供たちの中で、ソロモンは末っ子に近いほうです。

 アブサロムはダビデ王の三男で、聖書の記述によれば、子供たちの中では一番美しく、男っぷりもよく、りりしい若者だったといいます。 それゆえ、常々ダビデ王に愛されてきました。アブサロムはまた、長い髪の毛が自慢で、腰まで届くほど伸ばしていたといいます。
 ダビデ王の長男はアムノンといい、アブサロムとは母親が違います。最初の頃は特に仲が良かったとも悪かったとも書いていないのですが、 アムノンがアブサロムの同腹の妹タマルに恋心を抱き、一方的に彼女を犯して捨ててしまってから、アブサロムはアムノンを憎むようになります。 彼らの父ダビデ王も当然、このアムノンの行いに憤ったのですが、それ以上何もしなかったのが、アブサロムには不満でした。 妹はアムノンの理不尽な仕打ちのおかげで、終生独身で寂しく暮らさなければならないのです。そこで彼は個人的に、兄に復讐を誓います。

 アブサロムの計画は周到でした。しかるべき時間を置いて、タマルの事件がほとんど忘れられた頃、自分のテントで盛大な宴会を開き、  兄弟全員を招きます。そして宴が終わりに近づいた頃、家来に命じてアムノンを急襲し、殺してしまったのです。 驚いた他の兄弟たちは逃げ、アブサロムもどんな理由であれ、兄殺しの罪を犯してしまったわけですから、父のとがめは免れないと覚悟を決めて、 逃亡します。

 ダビデ王は事件に深く悲しみましたが、王たる自分が私情で法を曲げるわけにはいかないと、アブサロムを許そうとしませんでした。 そこで、王の家来ヨアブが父子の間を取り持ちます。彼は偽の陳情をしたのです。
「私には息子が二人あります。ある時二人が喧嘩をし、弟が兄を殺してしまいました。そして弟は兄殺しの罪でまた、殺されなければなりません。助けてください。そうしたら、私は息子を二人とも失ってしまいます。弟が兄を殺したことは確かにいけないことでしたが、最初の原因を作ったのは兄なのです。二人とも息子を失っては、我が家系は絶えてしまいます』と。
 ダビデ王は彼の訴えを聞き、弟を許すべし、という裁定を下します。そこでヨアブは、それは実はアブサロムとアムノンのことだと言うわけです。すっかりのせられてしまったダビデ王は、アブサロムを許すことになりますが、まだ城内に来てはいけない、城の外に住むようにと言い渡します。

 アブサロムはすぐに父に許されるものと思い、エルサレムに戻ってきて城の外に居を構えるわけですが、意に反して、なかなかダビデ王は城内に入る許可をくれません。アブサロムはとうとう痺れを切らして訴えます。
『あなたのお顔が見えるところに住んでいるのに、あなたは私を見てもくれない。許しても下さらない。ならば、どうして私を呼んだのですか。それくらいなら、まだ兄殺しの罪で処刑された方がましだ』と。

 ダビデ王は心を解き、父子は抱きあって和解します。しかしアブサロムの心には、父への強い不信感が植えつけられていました。
 彼は自分が父にとって代わろうと、野心を抱くようになります。計画は、兄を暗殺したのと同様、周到でした。王の代理として国民に近づき、徐々に自分の勢力を拡大していきます。そしてある時、彼は父に口実を設けて旅に行かせて欲しいと言い、ダビデが快諾すると、旅先の地で自分を王と宣言し、父に反旗を翻したのです。

 しかし、反乱は失敗に終わり、アブサロムは敗走しました。それでもダビデ王は、息子を殺さないようにと、家来に命じます。
しかし、アブサロムは馬で逃げる途中、髪の毛が木に引っかかり、宙吊り状態になってしまいます。馬は走り去ってしまい、アブサロムは逃げたくとも髪が絡まって、動きがとれない。そこへヨアブがやってきます。
『殺すな』とダビデ王に命じられたにもかかわらず、ヨアブは矢をつがえ、アブサロムを射殺してしまいました。 アブサロムは信用できない、生かしておいたら、いずれまた反旗を翻すだろうと、判断したわけです。

 ダビデ王は、この報告を聞いて大変悲しみました。王は髪をかきむしり、泣き叫びます。
『アブサロム、アブサロム、ああ、我が子よ──おまえのかわりに、私が死ねばよかったのだ』と。
 ヨアブは言います。『あなたはこの国よりも、あの若者の命が大事なのですか』と。
それでも、ダビデ王は嘆き続けたそうです。 国家のためには、謀反を企てた息子を生かしておくわけにはいかない。そうわかってはいても、なお親としての情が王に言わせたのでしょう。
『アブサロム、ああ、アブサロムよ。おまえのかわりに私が死ねばよかったのに」と。




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