☆ ギンザNOW/POPTEEN POPS70年代後半、TBS系列で夕方五時から放映していた番組。銀座テレサと言うところで、月曜日から金曜日まで、毎日生放送でやっていました。司会はせんだみつおで、曜日ごとに指向が違っていました。お笑いと音楽のオーディションコーナーもあり、ラビット関根、小堺一樹、桜金造、あごいさむなどが、この番組の「お笑い道場」出身だと記憶しています。「スターへのパスポート」と言う、アマチュア勝ち抜き音楽選手権のようなこともやっていて、清水健太郎などが、ここからデビューしました。当時の中高生に人気の番組で、クラスの話題に、よく上がっていたものです。 私にとっては、QUEENとの出会いとなった番組でした。‘76年の来日時のことです。 それからほどなく、ギンザNOWの木曜日に、POPTEEN POPSという洋楽専門プログラムが加わりました。当時BAY CITY ROLLERSが人気絶頂で、QUEEN、KISS、AREOSMITHの三代バンド人気も盛りあがり、今からは想像もつかないほど、洋楽人気が高まっていた時代でした。だからTBSで夕方五時からという時間帯に、洋楽ONLYの番組が、成り立っていたのだと思います。内容は、リクエストとレコード売上を集計したベスト10もので、その他に新しい注目アーティストなどのフィルムも流したと思います。QUEENもほぼ常連さんでした。 |
☆ ベストヒットUSA 80年代初期から後半にかけて、土曜日の夜11時くらいから、放映していた番組です。偏向や私見を交えない小林克也さん(最初は哲也さんと書いてしまいました。ひらやまさん、ご指摘ありがとうございます)の穏やかなトークが、いい感じでした。UHFをのぞけば、当時洋楽のビデオが見られる番組は、これだけだったように思います。ヒットチャートだけ
でなく、毎週「Pick Up Artist」として、一つのアーティストの特集もしていました。 「Popteen〜」が、名の通りティーンエイジャー向けの洋楽入門編なら、これは若い人から大人までみんなが楽しめる、洋楽好きのための番組だったと思います。 |
☆ 全米TOP40 今もFM局でやっていますが、(FM横浜で、土曜の夜8時からやっています) 私が聞いていたのは、ラジオ日本(`70年代はラジオ関東と呼ばれていた)で土曜日の深夜、12時から3時までやっていた(もう日曜日?) 湯川れい子さんのDJによる番組です。ビルボードのシングルヒット・チャートを1位から40位まで順に紹介していくもので、ダウン曲をのぞけば、各曲それぞれ3分くらいオンエアされます。先代DJケーシー・ケースン(近年、また復活されています)のオリジナル版も、土曜の午後にFENでやっていました。 |
☆ 深夜放送 中学生の頃、「深夜放送を聞く」と言うのが、一つのステイタスだったことがあります。「セイ、ヤング聞いた?」「走れ歌謡曲、まで聞いちゃったよ」なんて会話が、よくクラスで飛び交っていました。当然深夜まで起きていたら寝不足で、授業中居眠り、なんて事態もあったのですが、「深夜放送を聞いていて寝不足の居眠り」は、決してカッコ悪くないと言うような感じがあったものです。 今思えば、メディアの限られていた時代、ネットもなかった時代ですので、洋楽をかけてくれる番組は貴重でした。新譜特集として発売前のアルバムから何曲か聞けたり、インタビューが聞けたり、シングル曲だけ知っているアルバムの、ほかの曲が聞けたり、と言うことは、ラジオ番組を通じてしか、出来ませんでしたから。学生の身分では、特に中高生ではレコードを気楽に買うわけにもいかず
(中学生当時、LPレコード一枚の値段は、私のお小遣いの2ヶ月分だった)、今と違って高校生でもめったにアルバイトも出来なかった時代ですから、ラジオのエアチェックは、かかせない音源でした。 |
☆ フィルム・コンサート これは放送プログラムではないのですが、この項目に入れます。70年代後半は、まだホームビデオも普及していなかったので、映像作品の一般ビデオリリースというのは、考えられない時代でした。「ウッドストック」も、「ロッキー・ホラー・ショウ」も、ツェッペリンの「永遠の歌」も、THE WHOの「トミー」も、わざわざ映画館に行かなくては、見られなかったものです。 映画館方式でなく、狭い会場に椅子を並べて、いろいろなアーティストのビデオやプロモーションフィルムをかけていた、ライブハウスならぬビデオハウスのような場所は、その後もありました。でも、これほど大掛かりで盛りあがっていた上映会は、この時期だけだったかもしれません。 |