政治経済フォーラム


                                                  (このページの写真は私が撮影した写真です)     河野 善福 記
                                                           (挨拶および講演の概要を筆記したもので、発言のすべてではありません)


H23.11.16 東京プリンスホテル 「プロビデンスホール」 


     講演会    講師   伊藤元重氏     総合研究開発機構(NIRA) 理事長
                               東京大学大学院経済学研究科教授


                                   1951年生まれ。 東京大学、経済学部卒業。
                                   ロチェスター大学大学院経済学博士号。専攻は国際経済学、流通論。
                                   1993年東京大学経済学部教授を経て、96年より同大学大学院経済学
                                   研究科教授。2006年2月よりNIRA理事長。
                                             
          「漂流する日本経済をどうする〜内外の諸変化を踏まえて〜」

       { 講 演 要 旨 }

 経済の話をする前に、始めにちょっとだけ、皆さんに経済学の話しをして、経済学と言うものの見方を広げてもらいたいと思います。
経済学では18〜20世紀に偉大な人がでています。
 一番右側の考え方の人はハイエクと言いまして、原理主義を唱えた人で経済は自由な市場に任せるのがよいと言った人です。それに対して、マルクス
は左端の考えを持った人で、市場に任せると問題が起こると言い、政府が計画経済を行うのが良いと言いました。
韓国の友人から私は「伊藤さん、日本人とあんまり付き合わないほうが良いよ。日本人と付き合うと共産主義に染まるよ」とジョークを言われました。
真ん中の考え方の人がケインズで、市場が大事であるが、格差があるだろうし、不況になると長引くから、混合経済が良いと言いました。
 私が言いたいのは、まったく違う見方をする経済学者グループがあるということで、その創始者はシンペイダーですが、彼らは非常に悲観的で、市場経
済はやがて破綻する。しかし破壊の後には創造が起きるという考え方です。われわれは経済をコントロールできないのです。起こったときにどうするか、
それを考えておかねばならないのです。
 なぜこんな話をするかと言うと、どうもそういう時代に日本も世界も入った。大変特殊な時代に入ったと思われるんです。
 1980年代中頃から2005年の間は先進国を中心に、物価が極端に上がらない安定した経済成長を続けました。日本はバブルがはじけて、ちょっと
外れましたが、人類の歴史を永く見るとこんな安定期は特殊なことなのです。いまが普通の時代に入っており、リーマンショックからヨーロッパの通貨危
機に、発展しようとしています。ヨーロッパがどう収まるのかは判りにくいのですが、これが収まったら後はうまく行くのかというと、この先にもリスクが待っ
ています。一つの懸念は中国です、中国が経済的にうまく収まるのか、この加熱をソフトランニングで納めることが出来るのか、経済的にはうまくいって
も、社会主義的な問題が起こるのではないか、これは神のみぞ知るところです。
 急速に成長した新興国経済は、多くがバブルの崩壊で終わっています。中国だけが30年間安定成長を続けていまが、この財政安定が何時まで続くの
か判りません。もう一つの不安がアメリカと日本の財政問題です。何も怒らないに越したことは無いが、起こったときにいかにして早く立ち直るのか、その
心構えが問われ ています。企業経営も同じで、早めに対処できるかどうかが問われるところです。
 なぜこの話を最初にするかと言うと、日本も危機とは言いませんが、大きな転換点にあると思うのです。この10〜20年の日本経済を見ておく必要が
あります。この間の日本経済はデフレ期でした。消費者は雇用不安や年金不安など将来に対する不安感があるので、出来るだけお金を使わないように
しました。
 日本の家計の負債を除いたネットで持って居る金融資産は、平均で見ると家計年収の4倍くらいあります。この10年で3〜4倍になりました。アメリカ、
イギリスが3倍。ドイツ、フランス、デンマーク、スイスあたりでも2倍くらいです。日本経済の低迷の原因はこのお金を使わないことにあるのです。困った
ことに、景気は悪いのに金融資産は増えているのです。企業がそれに輪をかけて投資を抑えています。企業は本来は設備投資をし、商品開発をし、海
外に打って出たり、M&Aを行って、それで将来、利益を上げて行くというのが本来の姿です。しかし、日本の企業はバブル破壊後のこの10年〜20年何
をしてきたのかと言いますと、過剰投資、過剰雇用、過剰設備を抑制し、リストラを行い、正規雇用を出来るだけ減らして、派遣やパート雇用を行い、入
ってきたお金を貯金していったのです。過去最大の金融資産があるのですが、金融機関は集まった金の投資先が無いのです。殆どが国債に廻っている
のです。消費者が物を買わないから物価が上がらない、こういう状況が5年は続くでしょう。
 政府は40兆円の税収で、90兆円の予算を組んでいます。この中には国債の利払いも入っており、政府の負債は年々膨らんでいます。日本の債務は
1,000兆円くらいあり、GDPの5倍くらいあります。イタリアは140%くらいです。日本はCIAのデータではアフリカのジンバブエに次いで世界2番目の債
務超過国だと言われています。それでも日本の国債を持ちたいという人が日本には多いのです。一部の人たちの見方は、5年くらいはまだデフレは続く
と見ているのです。こういう状況が本当に続くのか、大きな変換点が近いのか、皆さんにぜひ考えて欲しいのです。ここをどう見るかと言うことが、これか
らの日本のあるべき姿をみちびいていくと思うのです。
 一言でデフレと言いますが、デフレってそんなに悪いもんじゃないという意見があるのも事実なんです。デフレは将来の展望も無いし、不景気で売り上
げも伸びないけれど、あえて言うなら将来への安定感があります。暴動も起きてないし、餓死者も出ていない、企業倒産はあるが次々起こっていると言う
ほどでも無いのです。
 円高は当然です。ユーロは当分上がらないし、アメリカのドルもこの5年間で50%も下がりました。アメリカは国内の消費需要で景気を上げるのは難し
いのです。5年間で輸出を倍にしようとしているのです。だからアメリカ政府はドル安を容認しているのです。マーケットもそれを受け止めています。人民
元はあがるべきなのだが上がりません。中国はアメリカが口出しをするので益々反発していますが、本気で元をあげて行くかも判りません。
日本はもう十年、20年景気が悪くて、政治も混迷しているのに、どうしてこんな国に投資をするのだと言いたいのです。アメリカ人は、日本は確かに成長
率が低いし景気も悪い、しかし、「日本は大丈夫だ、後半年は・・・」と言っているのです。トレーダーに「あなた方の見る長期ってどのくらいですか」と聞い
たら「20分以上だ」と答えていました。
 為替がなぜ円高に動いているのかと言うと、りそなの救済から10年で金融問題は収まっている。経済は良い状態ではないが東日本の震災、それに続
く東京電力の問題、それは大変な破壊であったが、明らかなことは復旧しなければならないということです。政府は20兆円くらいの予算を組んで、復興
がこれから始まります。復興は国だけがやるのではなくて、JR東日本は、東北沿岸の悲惨な状況からすでに修復に取り組んでいます。ドコモは基地だけ
造ればよいのですから始めています。この十年間日本には需要が無かったのです。需要が無くてデフレが続いていたのですけど、これから需要が出てく
るのです。
 もう一つ重要なのは供給です。電力は原子力問題が不安定なので厳しいでしょう。仮にガスでしのげても電力料金が上がることは間違いないでしょう。
こう言う中で日本の経営者が、電力の供給を高めるための投資をする決断が出来るかというと、これもなかなか難しいと思います。
 もう一つ気になるのは世界的な資源価格の高騰です。中国、インド、ブラジルのような後進国が産出国で、物価の高騰が激しいのです。中国の物価上
昇は6%だけど、豚肉は一年で倍になっていると言います。アメリカの大豆・トウモロコシだけではないのです。新興国は皆同じなのです。ヨーロッパもこ
の経済状況の中でも物価は上がり続けて居ます。アメリカも景気は良くないのですが特に食糧などが値上がりしています。日本だけが世界的な資源不
足の中で、物価が下がっているのですが、こういう状態がずっと続くのかと言うと、多くの方の意見は値上げだと言いました。牛丼の値下げ競争の中でも
コストはアップしています。値上げしない訳には行かないのです。コストをどうやって下げて行くか、量を減して対応している企業もありますが、食品業界
にはどうやって値上げをするか、値上げのマグマが間違いなくあります。
 冷蔵庫は銅とアルミとレアアースで出来ているといわれます。これらの資源が10倍・20倍になっているのです。
欧州の不況からアメリカに普及し、世界が同時不況に突入すると言うことも考えられます。ある人に、こういう話をするときには、出来るだけ悲観的に話
しておきなさいと言われました。当たれば注目される、外れても許してもらえると。
 デフレが本当に5年10年続くかもしれません。しかし、為替が動いています。さらに円高が続くかもしれません。非常に安定が崩れ始めています。金利
もいつまでも今のような低い水準で行くのかどうか。ギリシャのように30%になるとか、イタリアのように13%になるとは言いませんが、1.5とか2%にな
ってきた時に、日本の産業界はどうなのでしょうか。
 「うちは無借金だから、ライバルが潰れて楽になる」と言った人が居ます。今までの日本は皆が同じように傷を舐めあってきたのですが、すこし、変化が
見られるようになったのかなと思いました。
 もう一つデフレ経済を壊すかも知れない要因があります。財政問題です。私は、震災が起こる以前に、日本はドカンが起こらないと目が覚めないと話し
たことがあります。もちろん起こらないほうが良いのですが、ドカンで始めて目覚めました。
 今この時点でも消費税を上げるべきかどうかと言うことで、賛否は大きく分かれています。
 身体の痛みは身体が不調を教えてくれますが、癌は悪化を教えてくれません。メタボもほおって置くと数年後にどうなるか判るのですが、財政もこういう
状況の中では何も起こらないのです。                                                                    
 財政構造改革は非常に厳しいのですが、経済的には意外と単純かもしれないのです。日本の人口は減ってきているのです。人口が減る中で教育資金
も減るでしょう。防衛費もGDPに比較したら減って行くでしょう。これからGDPに比較して増えて行くものは、医療と年金と介護しかないのです。これをどう
するかと言うことに尽きるのです。歳入のほうは大きい政府にするのか、小さい政府で行くのかにもよるのですが税金しかないのです。世界的に見ても
所得税だけでは行かなくて消費税が必要とされているのです。方向としては、社会保障と税の一体化しかないのです。
 産業構造はどうなっているかと言うと、今はどこも厳しいのです。優良企業は海外に出て行っています。空洞化と言っていますが、自動車でも家電でも
これまで余りにも内向きだったから、国際競争に負けてきたのです。サムスンは海外に出ているんです。ヨーロッパでも中国でも日産やトヨタよりゲンダイ
のほうが車が売れているんです。日本のマーケットが縮小する中で、メジャーな産業がもう少し海外に出ていかなければならないのです。
 そのとき国内産業は大丈夫なのか、ここが大きなポイントなのですが、私は一つの大きなキーワードがあると思います。それは何かと言うとGravityな
のです。日本語に訳すと引力です。近い星ほど引き合う力が強いことはご承知の通りです。大きい星ほど引っぱりあう力が大きいのです。経済でも近い
国ほど貿易額が大きくなる。相手の国のGDPが高いほど貿易額が大きくなる。言われれば当たり前のことですがオランダの学者が言い出して、彼はノー
ベル賞を貰っているのです。このことは今の日本に非常に重要なことなのです。
 残念ながら、この10年・20年日本にはグラビティが働かなかったのです。日本の近くの国は中国を除き、タイもマレーシアもシンガポールも小さい国ば
かりだったのです。アメリカやヨーロッパと貿易をしなければならなかったのです。日本は貿易額が30%くらいですがドイツは72%です。なぜドイツが高
いのかと言うと近くにフランスやイタリアやスペインなど大きな国が近くにあったのです。幸いこの10年・20年にアジアに大きい国がたくさん出来ました。
このまま行けば中国に次いでインドそしてASEAN各国が成長しており、そういう国に対して日本からの輸出が拡大するはずです。日本からは消費財と高
度技術が輸出されます。
 中国の観光客が言っている銀座の3Mというのを知っていますか。三越・松屋・マツモトキヨシです。中国人が大正の漢方薬をマツモトキヨシで求めるの
は、中国より信頼ができるからです。マレーシアでは花王の洗剤がNO1です。熊本のラーメン屋は中国味千620店にスープを出しており、大阪のナット
製造会社、ハードロック工業は飛行機一機に15,000個も使われるナットを生産しており、世界の飛行機はこの日本の部品を使っているのです。日本
人が日本でやってきた日本の技術が海外で今高く買われているのです。
 日本で空洞化が起こっているのではないのです。産業の大転換が起こっているのです。
 私はこう断言します。「国を閉ざした国で発展した国は無い」、1950年代の発展途上国は国を閉ざして成長できなかったのです。一つだけある例外は
江戸時代の日本です。
 厳しい時代ではありますが、皆で頑張りましょう。                                             おわり





        「福田代議士挨拶 要旨」
    
今日は伊藤先生に、非常にためになるよいお話をしていただきました。
10年ほど前になりますが、官邸での総理大臣がいろんな政策を決めるグループに伊藤先生も入っていただき、歯車を廻すお手伝いをして頂きました。
日頃色々な権限を持っていらっしゃる先生のお考えを、報告書のなかに歯車の一つとして加えさせていただいたのですが、先生のお考えと私の考えは
一緒でした。
 今日も勉強をさせていただいていたら、最後は急な電話が入って中座いたしました。そこが大事なところだったかも知れないので残念でした。
 結局、日本は増税か、緊縮財政のどちらかでやるしかないんですよ。歯車がうまく廻るように進めたほうが良いと思います。
震災のほうは復興のほうに向かっているし、原子力発電所の事故は、完全修復のために、これはまた違った角度で、一応のメドを今立てつつあると聞い
ております。穏やかな状況になるのではないかと思っております。
TPPの問題は、今の議論の中でどういう形で参加するのか、入らない場合には日本はどうするのか、今と同じようにやっていればよいのか、入るほうが
良いのか、入らないほうがいいのか、皆で議論する必要があると思います。
自民党はTPPに反対とは言っていないですよ。本音はね、今の政権に納得していないのです。いずれにしても、日本が今の状況で良いということではあ
りません。
私も今年は油断して風を引きました。来年は新しい新鮮な形にしなければいかんと思っていますのでよろしくお願いします。今日は本当にありがとうござ
いました。


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千代田経済懇話会(福田康夫後援会)
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