|
「○○のつもりでああ言った」「何にも言わないから、問題ないのだろうとおもった」 こんな事でたった一つのエラーが取り返しのつかない事故につながってしまったことが沢山あります。 新聞記事ではなくて残念ながら当院の話です。 エラートロイカ[1]の avoid error-trap error のためのスキルの中でもっとも重要視されているのが コミュニケーション です。 何となく行っている「コミュニケーション」を「本当はなんぞや?」と考えたことがありますか。 7.1 相手はあなたの言葉をほとんど聞いていない… あなたは「一生懸命、話しています」。しかし、あいてはその何分の一を「聞いている」と思いますか? ましてや「理解している」のはさらにそれより少ないわけです。 有名なデータ[2]があります。言語的コミュニケーション(言葉)で理解されるのはたったの7%だそうです。 そのほかの要素、つまり言葉の抑揚、調子であるとか、仕草、表情がコミュニケーションのほとんどを占めるのです。 こう考えると問題が明らかになります。一つにはこうしたnon verbal communicationに期待できないような状態の時 (例えば電話や騒音の中で仕事をしているとき)にどのように正確なコミュニケーションをとれるか、もう一つは、逆にnon verbal communication、 とくにボデイランゲージなどで誤解をまねくことがないかどうかということです。 7.2 二人の価値観が違うと… 「おい、あれ」 「はいはい、これですね。はいはい」 この会話が何十年も連れ添った爺ちゃんと婆ちゃんの会話なら、きっと間違いもないでしょうし、仮に間違っても、大したことにならないでしょう。 しかし、仕事の場面ではそれではすまない可能性があります。 術者の「あれ」と差し出した看護婦の「これ」が違っていたり、後輩に「あれやっといて」「ハイやっときます」なんてことが実は違った、 なんてことはないでしょうか? 「自分が思っていること」と「相手が思っていること」は実は違うのです。自分があることを考えているときに、 急に「それ」はどうなっている?」と聞かれたとしたら、かなりの割合であいてから言われた「それ」じゃなく「あること」を想定した答えをしてしまうと言います。 こんなことで機体も乗員にも天候にも問題がないのに墜落してしまった飛行機さえいるのです(1972年イースタン航空トライスター機)。 と、こんなことをアップしているまさにその時病棟でこのタイプの典型的[3]なエラーが起きました。 隣同士に座った恋人同士や仕事の打ち合わせなどで「面と向かって」そのことをだけ話している場合にはそんなに間違いは起きないのですが (それでも起きるのですが修正が効きやすい)、電話や無線を媒介にしていたり、人を挟んでいたり、時間がなかったり、 急いでいたりするとお互いの価値観の違いがエラーを誘発します。 7.3 信頼できる人でも… 1977年スペイン領テネリフェでおきた史上最大の航空機事故を知っていますね。(何度もこのシリーズにでてきます) このときに一方の当事者であるオランダのKLMは事故調査に差し向けようと、社内でもっとも信頼され安全運航の権威であるある指導機長をあちこちさがしたそうです。 ところが、皮肉にもその機長が当該機の「操縦席」にいたのです。そして、事故の原因は(いろいろなスレットはあったにせよ) 管制と操縦席のコミュニケーションの問題が大きく問題になりました。特に、言葉の問題と権威勾配TAGです。 (事故の詳細に関しては昨年のCRMセミナー資料、HFCセミナーのビデオCDを思い出して下さい。 この事故はヒューマンファクターの観点からあらゆる現場で「教訓をしゃぶり尽くす」必要があります) 7.4 あなたが偉すぎても、そうでなくとも 上に述べたTAG(権威勾配)の話です。クルー間の権威勾配が適切でなければコミュニケーションははかれません。 機長が偉すぎて副操縦士が何もいえない、逆に友達のような関係だったら、どちらもだめですね。 これは、航空界でもやはり難しいことのようです。 しかしそれが必要だと十分認識しているからこそ取り組んでいるわけです。 適切な権威勾配が必要なのはどんな現場でもおなじです。「24.リーダーシップ:リーダーシップをつかいわける」で書きましたが 「指揮系統のはっきりした命令的コミュニケーション」も「率直な確認に基づいたコミュニケーション」も、その両方が必要なのです。 で、「偉くないあなた」には「業務上の意見を言う」ためのほんの少しの勇気と正義感が必要です。これは少しずつ練習しなければなりません。 そして「偉すぎるアナタ」には「(えらすぎて)自分には本当の情報が伝わっていないのかも」と考える畏れ、が必要かもしれません。 (空の上と違って陸上ではあなたと部下は「運命共同体」ではありません。副操縦士のように「命がけで」あなたに意見してくれるとは限らないのです) あなたはいつのまにか「裸の王様」になっているかもしれないのです。 なんと言ってもチームの風通しです。 一見「明るく話し合っている」(かのような)当院にその危機を感じるのは筆者だけでしょうか? 7.5 「コミュニケーション」「カンバセーション」「ノミニュケーション」 ノミニュケーションは別としてもカンバセ−ションとコミュニケーションの違いを考えたことがありますか? 語源的に
時としてアフターファイブの「ノミニュケーション」がコミュニケーションであるかのように取って替わられていることがあります。 またそれをコミュニケーションと錯覚しているようなところもあります。いつも一緒に飲んでいるからといってコミュニケーションが取れているわけではありません。 あっ、ノミュニケーションが悪いといっているのではないですよ。念のため。僕も良くいきますし…。 それを錯覚するのが駄目だ、と言っているのです。 7.6 コミュニケーションを解剖すると コミュニケーションを解剖すると下のようなことになります。(HFC資料) ある事象を見たとき(知ったとき)、それを「ん!こういうことかな」と感じ、いままでの自分の持っている知識や経験と照らし合わせます(解釈) そしてそれを「こういうことか」と(表象形成)考え、それを今までの知識と比べ精選し、場合によっては付け加え「発信」します。 発信する場合の媒体として言葉、動作、表情などが一般的ですが、文書のこともあります。 受け取った側は(受信者)それを自分の知識と照らし合わせて「解読」し、こういうことかと解釈し「表象形成」、 自分のもっている知識で「こうしようか」と「判断」し行動に移るわけです。これが1サイクルです。 コミュニケーション ここで大事なことは「伝えたいと思った通りに伝わることは、ほとんどない」ということです。 コミュニケーションは
7.6.つまり図のあっちこっちで「エラー」が起きる可能性がある。 よく、「そんなこと聞いてません」ということがあります。 多くは単純な「伝達ミス」なのですが、それを図に従って少し細かく考えると違って見えてきます。 「いわれたことは覚えているが、大事なことだと思わなかったので、あえて伝えなかった」 「聞いたことが良くわからなかったので、伝えなかった」 「聞こえなかった(解らなかった)部分を、自分で(勝手に)補って判断した」 ですから「2ウエイコミュニケーション」とか「3ウエイコミュニケーション」[4]とかが大事なのです。 形式的な(おまじないのように繰り返す)「ダブルチェック」とは意味が違うのです。 「言った」「言わない」よりもその過程で「構造的ダブルチェック」があったかどうか?ということが大切です。 下の図でコミュニケーションエラーの発生個所を考えてみて下さい。 7.7 コミュニケーションを阻害する要因 貴方はこんな態度をした覚えはありませんか?
「コミュニケーションを阻害する原因」として、特に「face to faceのコミュニケーションでない」場合(特に電話) に注意しなければならないポイントとして以下があげられています。(JASCRM)
7.8 JASは「4C-N」を考えた 地上とつながっているのは無線だけ、機長と副操縦士との間でさえ「非言語的コミュニケーション」がとりにくい (お互いまっすぐ前を見ている)航空機ではコミュニケーションの原則を「4C-N」としてまとめています。
コミュニケーションの行動指標
コミュニケーションの三原則 「2or3wayコミュニケーション」「積極的傾聴」「Assertive」 が見事に行動指標になっていると思います。 7.9 「プロトコール」 情報の送り手と受け手の間の約束事、これをプロトコールといいます。これがきちんとしていると
夜勤のリーダーや当直医にとって(呼ばれる人にとっても)「プロトコール」を考えることは必須の技術です。 (「何かあったら電話すりゃいいのよ」なんて指導はしないで下さいね) もっとはっきり言うとCredibility(信頼)のある関係なら「ちよっとヤバイ感じ」と言われただけでもでも「行かなきゃならない」なんて事は伝わります。 普通はそれはないのですから、きちんと、正確に、正しい用語で、わかりやすく・・と言った原則を守らなければならないのです。 7.10 シフト引継は「エラーを発見・修正する場所か?」 それとも「エラーを増幅する場所か?」 「24時間続く医療」が医療事故の大きな要因であるとするなら、申し送り(「シフト引継」)はまさにその引き金になるところです。 「言ったり言わなかったり」、「何も言わないからいいのだと思ったり」、「変だと思ったけど言えなかったり」「言う雰囲気でなかったり」 「つい、忘れてしまったり」・・・と「シフト引継」は、「事故へのヒューマンエラーを発見・修正するチャンスの場」であると同時に 「ヒューマンエラーがもっとも起こりやすい」「増幅しやすい」場所ともなります。 CRMのブリーフィングでもありましたがMRM WAT0202にシフト引継でのコミュニケーションの要件があります。
まえに「患者も治療チームの一員となれ」ということを書きましたが「引継」を受けるとき、わたすときに「治療チームの一員」として「これでいいのか?」と (山内隆久先生のいう)「構造的チェック」をすべきなのです。 そうすることが「chain of events」の鎖を断ち切るチャンスにもなるのです。 7.10.2 「出来る医者(看護婦、スタッフ)」を演じたい だれでも「出来ない奴」と思われるより「なかなか…」と思われたいものです。ちょっとした見栄です。 でも、この感情がシフト引継(申し送り)時に表れるとどんなことになるでしょうか?
※ブリーフィングの目的は認識の共有、ボトムラインの共通認識 これは昨年のCRMセミナー資料を参考にして下さい 7.11 「文書」にすれば確実か?! 「口頭支持は駄目」なんて事がよく言われます。しかし・・ 文書によるコミュニケーションは一見確実であるかのようにみえますが、欠点もあります。 文書はボデイランゲージや口調の変化など(コミュニケーションの93%)を使って微妙な意味を伝えることが出来ません。 またほとんど「一方通行」で読んだ側(読者)からのフィードバックがすぐ得られません。 ですから文書でコミュニケーションをとろうとする場合には以下の点に留意しなければ「口先」以下になる可能性があります。
※参考までにFAAのMRMガイドでは覚えやすく4Cとして以下の4つをあげています。
こんなふうに考えてみるとコミュニケーションとしては文書のほうが難しいような気さえしてきます。 7.12 「読めない字」「汚い字」 …「よめませーん」というのが「有効なダブルチェック」になる? それにしてもまず「読める文字」を書いてもらう必要があります。 当院での悪筆の代表は○○医師、××医師、△△医師、・・・・・やれやれ沢山いるなー。これでは指示を受ける人は大変だ! 会議で言ったように汚い字(下手でもいいのですよ)で読めない場合は指示受け拒否が一番安全です。 こんなことで実際エラーが誘発されています。確かにレントゲンを取る患肢を左右間違ったのですが、「先生これどう見えます?」と持ってきた伝票は、 すこし傾ければ「右」が「左」に見えてしまうのです。 もう一つはやはり前の図の「受けての知識と照らし合わせて解釈」と言うプロセスを考えると(もちろん汚い字のグレーゾーンの話ですが)エラーを誘発する 「読めない字」もありますが「知識があれば読める」ということもあります。 またある程度よめる字、正確な表現でも受け手の知識がなければ「読めない」「重要性がわからない」「内容がわからない」ということもあります。 とりあえず当院では支持を出す側は「読める字で書く」こと、「正確な用語を使う」こと。「支持を受けたものが読めない字」は「受けないこと」を原則としましょう。 「読めません」というのはかなり有効な(エラーを予防する)「ダブルチェック」になるかもしれません。 この業界は文書に関してもかなり世の中とはかけ離れています。例えば、カルテ、専門用語をきちんとした横文字で書くならそれはそれでいいのですが、 日常語が「知ってるものだけ」入ってきたり、各科によって勝手な略語(それも横文字の)を使ったり、それを平気でよその科への紹介状に使ったり、・・です。 また、かつて「カルテ開示」に反対した理由のひとつに「カルテは主治医のメモだ」なんて事をいう「先生」もいらっしゃったようです (あっ、うちの医者じゃないですよ) とにかく、「カルテも伝票も看護記録もコミュニケーションだ」ということを理解してもらわなければなりませんね。 え!お前はどうだ。あんまり書いてないじゃないか!といわれれば「・・・・・」 まあ、それはさておき「文書管理」ば別稿で。 7.13 「健全な自己主張」(assertion)が必要だ ⇒7)-2とします 「assertive communication」は「ある人」にお願いすることとします。 7.14 「二人は危ない?」 ⇒7)-3に 二人でやれば大丈夫?いや二人が危ない? この連載にご批判、ご意見をお願いいたします ------------------------------------------------------------------------- [1] R.Helmreich(テキサス大学)のエラーマネージメントのモデル。Helmreich教授はCRMの元祖で最近では「threat management」 「医療のCRM」を提唱している。第6章(6-A-2)参照 [2] アルバート・メラビアン コミュニケーションの内容は 言葉7%、抑揚、調子38%、仕草55% [3] 人工呼吸器をつけている患者がファイテイングがひどいので担当医が呼吸器をいじりながら、「塩酸モルヒネを5mg」と指示を出した。 そばにいた主任看護婦が1mlのシリンジにモルヒネを10mg吸って、若い看護婦に「はい、5mgね」と渡した。 渡されたM看護婦は「はい、5mgですね」と1ml全部注射してしまった。この間、この間主任看護婦は少しの間、席をはずした。 (医者も「5mgだぞ」と念を押したが)戻ってきて「えっ! 5mgだよ、といったでしょ」。 医師の指示でM看護婦は慌ててラインのモルヒネを吸引した。やや血圧が下がった。 この手の事故を単なる確認ミス、とかたずけないほうがいいでしょう。基本的には緊急でないので一人で行なうべき仕事かもしれません。 また、「モルヒネ」の知識があれば(使用量、使用法、薬液量など)「え!?ちょっと待て」と思えたかもしれません。 また「ふたりが考えていることは違うかもしれない」という前提での確認行為でなければならないのです。きっとお互いに「○○と考えているはずだ」 と思ってのやりとりです。 「この中から5mg」と渡したつもりがもらった側は「これが5mg」と思ったわけです。 ですから「ハイ(これを)5mgね」と渡したときの、言葉は正確な使い方とは言えないわけです。 言葉の抑揚、仕草にもエラーを誘発する要因はなかったでしょうか。 [4] その例は昨年のCRM seminar 資料を参考 [5] Credibilityについてはわかりやすい例が身近にあります。経済何とか大臣の竹中さんです。 昨日まで、節税(脱税)対策のために年に2回も住所変更していた人間が(仮に)正しい財政政策を説いて、 (株屋のコンサルタントみたいなやつと一緒に)「国民にも負担を!」なんていってもダメですね。話を聞く前に「ノー」です。・・・ 竹中サンはとりあえず反面教師として、まず何かあったときに、聞く前から拒否されるような人間関係は普段から改善しておきましょうね、ということです。 間違えないで欲しいのはCredibilityというのは「あんたに全部まかせる」というインチキの信頼関係ではありません。 追加、又最近「この株は儲かるから買った方がいい」なんてことを大臣になってから「指南」していたそうですね。 要するに株をやっていたら「大臣の口がかかった」というかたなのでしょうね。K泉さんどうする。 | ||||||||||||
  | |||||||||||||
  | [メインページへ] [HF講座トップへ] [前の章へ] [次の章へ] |