Chapter.6「エラーをコントロールする」という発想
 
 どんなに自分が頑張っても、脅しても(罰を与えても)、すかしてもヒューマンエラーを完全になくすことはできません。しかし人間のエラーと共存し、その結果をコントロールすることは可能です。

6-A-1 エラーの分類はいろいろありますが…

CRMセミナーでもお話しましたが、ホーキンスの「ヒューマンファクター」では人間のエラーを3つに分類しています(JASCRMでも同じ説明をしています)。

 もう一度簡単に説明しますと、例えばライフルで的をねらったところ
1)
   図1.ランダムエラー
 初心者はこんなふうになります。これを「ランダムエラー」と言います。つまり弾がどこに飛んでいくかわからない状態ですね。このタイプのエラーには 初心者は間違えやすい。これは初心者向けの研修や訓練を重ねる、という対策が考えられるわけです。
2)
   図2.システィマティックエラー
 あたるところが偏ってしまう。これを「システィマティックエラー」といいます。照準がずれていたりする場合ですね。実際の現場では、マニュアルやシステム通りにやっていたのに間違いが起こった。あるいは、多くの人が同じ間違いをおこす、これはそのマニュアルやその組織のシステムに間違いが潜んでいる可能性がある、と考えます。
3)
   図3.スポラディックエラー
 ほとんどが真中にあたるのですが、ときとして全然外れてしまうような場合、これを
「スポラデイックエラー」と言います。エ−ッそんな馬鹿な!まさかあの人が?と思えるようなエラーが重なって事故になる。ベテランが突発的に起こすスポラディックエラーは、一人で防ぐ事は極めて難しい。周囲の人みんなで防ぐ努力が必要となります。また、システムとしてのバックアップも必要になります。
つまり(どんなに教育や訓練を受け、知識や技術に問題がないと思われる人でも)誰でもエラーを起こす可能性があります。

6-A-2 人間である限りエラーはさけられない。
        であるなら、問題はエラーとどうむきあうのか?だ。


 個人でのエラー発生防止に限界があるなら、常に見張っておく必要があります。そして、エラーを速やかに発見し、被害が大きくなる前に処理する事が重要というわけです。テキサス大学のR.Helmreichは「エラートロイカ」を使って「人間のエラーと共存し、その結果をコントロールする」(そして進む)というError Managementの理念を説明しています。
そこではヒューマンエラーの対処を三段階に考えます。ピラミッド型にしたのは、下の段階ほど捕まえるエラーの数が多いという事を表しています。(R.Helmreich)

図4.エラートロイカ

 エラーは完全には防げない、だから「エラーと共存する」「エラーに強い」体制が必要になるということです。
これが「エラーマネージメント」という考えなのです。
CRMコンセプトの具体的行動指標でもある図の右のCRMスキルは我々の世界にもほばそのまま応用することができます。[1]

6-A-3 エラーを誘発するスレットとどのように向かい合うか(エラー&スレットマネージメント)

 スレットというのはCRMの生みの親R.Helmreichが最近主張している概念で「エラーを誘発する要素」という意味です。これに対する不適切な対応がエラーを誘発しエラーマネージメントをより困難にしていると考えます。
  潜在的スレット:国民的文化、組織文化、職業文化、スケジュール、曖昧な方針

  顕在的(直接的)スレット:環境要因、組織要因、個人的(医師) 要因、チームの要因、患者要因

これらのスレットが患者を前にしたときエラーを誘発したり、エラーの発見やそれに対する反応に影響を与えたり、さらには患者の管理に影響したりします。つまり、エラーマネージメント全体に影響を与えることになります。(下の緑の枠)

図5.エラーマネジメント概念

 一昨年から学んだCRMがスレット&エラーマネージメントの実践的な行動指針になります。(下は航空界の図ですが昨年のオリエンテーション時に作成説明した図と殆ど同じで、筆者がうそをつかなかったという意味で「一安心」)
図6.CRM Skillとスレット&エラーマネジメント
  図6-1.Dr.ヘルムライヒ 図6-2.CRMスキルとスレット&エラーマネージメント
  Dr. Robert Helmreich


6-A-4 スレットマネージメントはCRMスキルそのもの

 スレットマネージメントはJASCRMによると3つのステップがあり、そこにCRMスキルを活用していくことだそうです。
1)見つける:適度な警戒心をもってモニターを行い、スレットを発見する。
         発見したらその影響を予測する。(CRM状況認識資料を参考に)

2)避ける:スレットをどのように対処するか、その計画や方法をブリーフィングに含め、
         メンバー間で認識を共有する。(同資料、「コミュニケーション」、「ブリーフィング」の項参照)

3)とらわれない:突然発生したスレットに対してはそのことにとらわれない、重要なものをみさだめること。
         スレットにとらわれてチームや自分のパフォーマンスが影響を受けないよう
         (同資料、「ワークロードマネージメント」の項参照)
 そして管理者のあなたは自分がエラーを誘発していないかどうか考え、方針や計画からスレットの要因を出来るだけ排除すること、変更すること、避けられないスレットはその存在を明らかにすること。

6-A-5 やはり技術や知識が(標準以上に)あることが前提

 この項では、いわゆる知識も経験もあるベテランの起こすエラーを、事故につなげないために事故対策に長い経験のある組織はどういうことをしてきたのか、 という話でした。しかし、(他の世界と違って)私達の周りで起きている事故は上の1)、2)、3)、のどの要因が大きいのかと 冷静に考えてみるとどうでしょうか?単独ではないにしろ1)>2)>3)の関係であることはあまり誰も指摘しないような気がします。 対策として一番お金も手間もかかる医療従事者の再教育、資格の更新には厚生省は口をつぐんだままです。 「対策をしなければ保険点数を引くぞ」というだけです。

しかしそのことはさておいて、上の関係を認めるなら、(安全対策を突き詰めつつある他の業界にくらべて)事故対策の初期効果は意外と簡単かもしれません。 こんなところでヒューマンファクターなんていってないで(医療技術・知識の)「教育と訓練」のプログラムを考えたほうがいいのですから。

 本当はそうなのかもしれません。でも、ヒューマンファクターやシステムとしてのバックアップをいま考えなければならない理由はやはりあるのです。  でもそれはオジサンの口からはいえません。


6-B-1 東京電力ヒューマンファクター研究グループ河野龍太郎主任研究員の提案

「エラーをコントロールする」という考え方を我々に提案しているのは航空界ばかりではありません。 東京電力ヒューマンファクター研究グループの河野龍太郎主任研究員は「医療用」にヒューマンエラーをコントロールする考え方を示しています。

ソフトに分類されるのかハードに分類されるのか、preventなのかmitigateなのかはどうでもいい、自由な発想で(かつ論理的に)対策を考えようということです。
左から2列目を称して「4STEP/M」としていますが、「Error Troika」と共通するものがあります。(次の図表7は文章から書き出したものです。下の図8がオリジナルです。
第2章「ヒューマンファクターをSHELLモデルで考える」を参考にして下さい)

1)ヒューマンエラーの低減 a.作業の数を減らす 1. 作業工程数を減らす、やめてしまう。
2. 危険の程度を減らす
  例:手術や注射行為そのものをなくすことは出来ないか、本当に必要か、そこでやるのも必要か、薬の選択は正しいか
作業プロセスは正しいか
b.発生確率を低減する 1.エラーを誘発しにくい環境にする
人間中心のシステム構築
a.物理的制約:フールプルーフ、fail safe,resistant
b.認知的負担の軽減
c.身体的負担の軽減 やりやすくする
例:あるやり方しか出来ない工夫
覚えておかなくても良い、考えなくても良い工夫(スイッチのカバー、ラべリング、カラーリング、タギング
やりやすくする
2.行為者のエラー耐性を高める 1.エラー誘発可能性を予測する能力を身に付ける 疲労⇒休息、自分の能力を知る
a.エラーパターンの知識(学習させる)
b.KYT
c.経験の共有化
2.安全を優先させた正しい判断 a.自分の能力、プロの視点で
b.プロとしての職業的正直「わからない」と言えるか
c.記憶に頼らない(チェックリストやメモ)
d.指差呼称(覚醒水準を高める)
2)エラーによる損失を小さくする a.発見・拡大阻止の多重防御壁 1.エラーを自分自身で発見する工夫 1.チェックリスト
2.チェックを反対からする
3.re-checkの習慣
 
2.自分以外で発見 1.エラーを検出する仕組み
a.ズレ
b.機能
2.チームによる
a.仲間によるチェック、二人で同時に、縦に
b.チームとしての連携(組織を超えたチェック)
 
B.被害を最小にするために備える 1.物理的・化学的な危険を小さく  例:転んでもラバー、安全ネット
2.替わりの手段を準備  
図表7

図表8.4STEP/M 概念図
図表8


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[1] 病院で働いていて、仕事でものを話すときの原則やルール、引継ぎの目的やルール、先輩や同僚と意見の違ったときの表現、きっと世の中ではあたりまえのことを我々の世界では教育されていない、ということが良くわかります。
 
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