欲望
ここのところ、眠りが浅いから、と呟いて、早々に寝室に引っ込んだリーマスは、シリウスがベッドに入ろうとしたときにはすでにか細い寝息を立てていた。
今回は満月の後も酷く体調を崩していたし、最近食欲もなさそうだったから、明日は彼の好きな甘いデザートでも作ろう、と考えながら、丸くなって眠る友人のひやりとする額にキスをして毛布を引き上げた。
冷たい空気を感じて目を醒ますと、隣で眠っていた友人が自分を覗きこんでいた。
夢でも見ているのか、とシリウスは考える。名前を呼んだつもりだったのに彼はじっと自分を見るだけだったので。
頬に触れると、彼はその手をしばらく見つめ両手で押さえるとゆっくりと自分の歯をたてた。
彼の口元に見えた白い歯が、奇妙に印象に残る。
指の骨にはっきりと歯の感触が残る。その容赦の無さに驚き、眠気が飛んだ。
強く吸われる感覚があった。それから血がにじんだかもしれないあたりを舌でなぞり、また柔らかく噛み続ける。
ロックナッツヌガーでも愉しんでいるようだ、とシリウスは思う。まあ、ナッツ代わりに指の骨を食われたりすると少々困るが。何度か名前を呼んだが、まったく理解していないのか、やわやわと小指を齧っている。
真剣で執拗なその様子は、官能的というよりはどこか子供か獣の仕草に見える。そう、子供や獣。彼らには手加減が無い。その認識は常にシリウスの裡に小さい恐怖を生む。
しかし、この友人にキスや噛むことを教えたのは他ならぬ自分だった。彼が必死で押さえ込んでいた欲望の枷を望んで外したのだから、元はといえば自分の蒔いた種だ、とシリウスは思った。これが代償なら、安いかもしれない、とも。
もう一度呼びかけたものの、やはり反応は無い。
そのまま彼は自分の手を噛みつづける。
手の平の肉をそぎ取ろうとでもいうように舌を動かす。
彼の中の獣は、自分をきれいに食べ尽くすつもりかもしれない。
シリウスは自由な右手だけで彼のボタンを一つづつ外していく。
ガリ、とはっきり音がして、指の付け根のあたりに強い痛みを感じた。さすがにシリウスも顔を歪める。
そろそろ潮時だろう。
リーマスは一緒に満月を過ごした後でさえ自分の身体に傷跡を見つけると酷く傷つくし、ましてや噛み跡を見つけた日にはおそらく自分の傍から逃げ出しかねない。
リーマスの両手に捉えられている左手はそのままに、自由な手を伸ばし、布の上から彼の中心に触れる。
一瞬だけ強く指に歯の当たる感触があったが、構わずその手をわき腹へ這わせる。撫でるように上下させると、噛んでいた力は緩んでほう、と溜息のような音が聞こえた。
「リーマス?」
腕を引き寄せて、引きずられるように近づいた顔に舌を這わせた。背を撫でる手に力をこめる。
上気して、けれど、どこか焦点の合っていない表情がこちらを見上げていた。自分の手を取り返して彼の唾液で濡れた指でそのまま頬に触れる。
強く光を弾く、無機質な瞳。どこかぞっとするほど奇麗な表情だが、キスはしない。
首に滑らせた手にゆっくり力をこめて彼の身体を横たえる。くすくすと、小さいがはっきりと笑い声が聞こえた。額から柔らかい髪に滑らせた手で彼の喉元を優しく押さえる。
自分の外したシャツの中で青い光にくっきりと浮かぶ肋に静かに口付けた。
念のため彼の手はゆるく押さえていたが、抵抗も反応も無い。
互いの体が熱を持ち始めているのが解ったが、友人の顔は陶然としているようにも静かにも見えた。
半ば立ちあがっていた中心に触れると耳元に甘い吐息が漏れて、痺れたような快感が自分の背中を走る。彼の声にすら反応する自分の身体が少し滑稽に思えて笑った。
彼の名を呼んでみたが明確な反応は無く、瞬きを忘れたような眼だけがゆっくりと宙をさ迷う。
シリウスは丁寧な動きで彼の瞼を撫で、眼を閉じさせた。
白い額に手を当て、剥き出しにさせた喉の動脈の近くに歯を立てると友人の身体が小さく撥ねた。
目が閉じられたためか彼の顔は自分のよく知る表情になる。上気して切迫した甘い恋人の顔。
互いの中心を触れ合わせるように腰を動かすと浅い呼吸の中に微かな甘い声が混じる。
押さえていた手を離して彼の手を包む。
絡めた手の傷に友人の爪が食い込んで、その痛みがシリウスの中に奇妙な満足感をもたらした。
うっすらと汗ばんだ体に残った痕跡を脱ぎ捨てた自分のシャツで拭う。ひくりと反応した友人の白い体から無理やり視線を外して体が冷える前にとシャツを着せて毛布で包む。
月の薄明かりの中、はっきり赤黒くなっている指の傷を手早く治療しながら彼が覚えてなければ良いな、と思う。
イヤな事は全部忘れてくれれば良いな、と思う。
つぶやき
キスしないのはうっかりすると舌を噛み切られるから(怖)。
’04.03.18