言い訳

 



泣き喚き、怒りと呪いを吐き散らす。

現実の世界で一体何時からそんな力を放棄したのか判らないほど遠ざかっていた行為を、夢の中の自分は何度も繰り返す。

 

強い感情は、良くも悪くもわたしにとって負担が大きい。

強い感情は、自分の中に巣食った獣にとって、そのまま『力』 だったからだ。

わたしの怒りは獣の力を増幅させる。

不安や恐怖は、強ければ強いほど獣を自由にした。

程なく、わたしは自分が安定していれば獣が暴れないことを学習した。

それからは常に不安定になる事のないように強い感情を抱え込まないようにした。

ホグワーツへ入学した頃には、子供ながらかなりそれが上手になっていたと思う。

ところが、そこできた友人達は常に私の感情をゆさぶり続けた。

頭が良くて冒険好きな友人たちを持つなんて、秘密を持つものには自殺行為に等しいことではあった。

それ以上に彼らは私の感情をつねに揺さぶり続けた。

とくにシリウスが突きつける感情は何時も自分を不安に叩き落すような強烈なものだった。

彼自身、出自にそぐわないほど感情を表に出し、しかもそれを他人にぶつけることにためらいを覚えないタイプだったために余計だったろう。

 

かつて不機嫌な彼が、自分の手をひいたときも。

 

自分の秘密を見破られたときも。

 

彼らがアニメ−ガスとなって手を差し出したときも。

 

その友人たちが一人残らず自分の側から奪い去られたと知らされたときも。

 

一人残された自分を呪い、誓いを破ったジェームズとピーターを呪い、約束を破ったリリーを呪い、自分をこの世界に置き去りにしたシリウスを憎んだ。

そう、初めて明確に誰かを憎んだ。

自分自身が『獣』のように『人』を憎むことがあるとは思わなかった。

たぶん、自分はその強い感情を認識できないほど狂っていたのかもしれない。

自分の中で変化したシリウスへの感情が、憎しみといわれるものだと気がついたのはそれなりに時間がたってからだった。

もはや彼は私の手の届く場所にはおらず、私は自身と古い友人たちを呪いながら、それでも彼らとの約束に縛られ生き長らえた。

 

 

 

シリウスが脱走したと聞いたとき、自分は彼の人生に終止符を打つと決めた。

ダンブルドアの招請をうけてからも繰り返し考えた。

自分の生命は無いだろう。

自分の世界ごと彼を破壊する覚悟が必要だった。彼と自分の能力の差ははっきりしていたし、私であることを理由に彼が反撃をためらう可能性など思いつかなかった。

けれど自分のどこかでのろのろとした安堵のようなものを感じてもいた。

ともかくも、なにかしらの片は付くはずだった。

彼にも、自分にも。

 

笑いたくなるような出来すぎの偶然。

地図に浮かんだ名前が呼びこんだ混乱とそのあとの嵐の凄まじさ。

そのあとの4年はあまりに目まぐるしくて、彼が新たに私に与えた感情は、やはりこれまでの私のなかには無い、鮮烈なものだった。

 

抵抗できない吐き気や眩暈に似ている。

それを抱えて動こうと思ったら、慣れるしかないのだ。

とりあえず、私はそれらと同居して生きてみようという気にはなった。

この4年間で、多少シリウスに感化されたのかもしれない。

 

そして今また、突然自覚したこの感情は、不安という、酷く強い要素をもって、精神を揺さぶる。

不振を招かないためでも嫌だ。

言葉でさえも忌まわしい。

 

『いなくなった』なんて。

 

あの美しい生き物がもう『いない』なんて、考えるのも嫌だ。

 

涙こそ出なかったものの、吐き気に襲われて蹲りそうになる。

シリウスがあわてて私の肩をささえ、ソファに座らせた。

 

「そんな顔をすることはないだろう?」

「本当にいなくなるわけじゃない」

「おい、リーマス?」

 

シリウスの声が遠くから反響する。

そうじゃない。

そんな言葉を『彼』に使いたくないんだ。

 

「…わかった。新しい家を探そう」

 

私は、苦しさと安堵でめまいをこらえながらうなづいた。






08.10.15



戻る